第46話 どんぶりパフェとの死闘

【喫茶どんぶり飯】が開店したので、俺達は店に入った。


「ご注文はいかがいたしましょう?」

「どんぶりパフェ1つと、アイスティー2つ」


 店員が、オーダーを厨房に伝えに行く。


「この店にはよく来るのか?」

「たまにね。紗耶香と玲奈と来るわ。カツ丼が美味しいわよ」


 カツ丼か……食ってみたいが、パフェと同時にはきつい。またの機会にしよう。



 しばらく待っていると、注文の品がやって来た。


「お待たせしました。どんぶりパフェでございます」

「よっしゃ! 来たわー!」

「うお……マジか……」


 どんぶりパフェは、想像以上の代物だった。

 これ一つで、数日分のカロリーを稼げそうなくらいの山盛りである。


「さあー! 食べるわよー! アンタも食べるんだからね?」

「分かったよ」


 ひまりはスプーンを持って、ガツガツと食べ始めた。

 俺も反対側から、ほじるように食べ始める。



 10分後。


「ひまり、俺はもういいわ……」

「ダメよ! 意地でも完食しなさい!」



 さらに10分後。


「気持ち悪くなってきた……お前も辛そうに見えるぞ? 無理すんなって」

「うう……ダメよ……絶対完食するんだから!」



 さらに10分後。


 俺はすでにギブアップしており、ひまりだけが今にも吐きそうな顔で食べ続けている。

 一体何が、ひまりをここまで駆り立てるのか……?

 食べ物は絶対に残さないようにと、徹底的な教育を受けてきたのかもしれない。


「ひまり、もうやめとけ。アフリカの飢えた子供達だって、満腹になったら食べないんだ。罪の意識に苛まれる必要はない」

「うぷぅ……」


 反対側のボックス席から笑い声が聞こえてきた。


「『うぷぅ』だって……!」

「見て見てあの顔、ちょーウケるんですけど……!」

「もしかして、あの噂信じちゃってるのかな……?」

「本当に挑戦してる子、初めて見たわ。あのパフェって4人でもきついのにね」


 なんとなく分かった。パフェを完食すると、何か縁起の良いことがあると噂されているようだ。

 それが何なのかは分からないが、ひまりはそれのために無理をしている。


「仕方ない。協力してやるか……」


 俺は再びスプーンを手に取り、パフェを食べ始めた。



 そして10分後。


「よし! 完食だ!」

「うっぷぅ…」


 八神颯真、男を見せた。

 とりあえず今日は、もう何も食いたくない。


「すっごーい……! あのカップル食べ切った……!」

「良かったじゃん……! お幸せにね……!」



 俺達は1時間ほど休憩してから店を出る。


「うぷぅ……まだ苦しいわ……」


 ひまりはお腹をさする。彼女のお腹はぽっこり出ていた。

 俺はひまりの腹に耳を当て、「お、動いたぞ。元気な子だ」と言って彼女をからかう。これは怒るぞー。


「この中にいるのが赤ちゃんだと思ったら、全然平気になったわ。ありがとう八神」


 ひまりはニコッと笑う。可愛い。

 こいつのこういう変に素直な部分は、正直好きだ。


「ねえ八神! なんかアタシにプレゼントちょうだい!」

「は? 今、どんぶりパフェ食べただろう?」


 こいつニワトリ以下か? 3歩すら歩かないうちに忘れてしまうとは。


「そうじゃなくって! 形に残るものが欲しいの!」


 どんぶりパフェ3千円もしたんだぞ? それだけでは飽き足らず、さらに何か買えと言うのか。なんとワガママかつ図々しい奴だ。



[1、ひまりにプレゼントをあげる]

[2、「これが俺からのプレゼントだ!」ひまりにビンタをお見舞いしてやる]



 プレゼントはなんでもいいみたいだな。じゃあいいか。


「分かった。やるよ」

「え、本当!? ちょー嬉しー! ネックレス? 指輪? なんだろー!?」


 んな高価なもん、あげられる訳ないだろっての。

 俺は近くに落ちていた良い感じの石を拾い、油性ペンで笑顔を描いて、ひまりに手渡した。


「……は? 何よこれ?」

「プレゼントだ」


「ざっけんじゃないわよ! ただの石じゃない!」

「いや、ただの石ではない。笑顔が描いてある」


 ひまりは石を裏返した。


https://36804.mitemin.net/i565104/

(石の挿絵)


「キッモ! 何よこの笑顔! 気色悪いったらありゃしないわ!」

「いつまでもその可愛らしい笑顔を絶やさないようにと、祈りを込めて描いたんだ。大切にしてくれ」


「そうなの……? じゃあ、ありがたくいただくわ……ありがとう」


 ひまりは、ただの石ころをバッグにしまう。

 こいつがトップクラスの馬鹿で助かった。余計な出費の回避成功である。



「――じゃあ用件も済んだし、帰るか?」

「え? もう帰るの……?」


 ん? まだ何かあるのだろうか?



[1、「じゃあ、おせっせするか!」ひまりを抱く]

[2、家に帰る]



 なんとデリカシーのかけらもない誘い方だ……。

 この選択肢考えている奴って誰なんだろう? もっと常識的な奴と交代してほしい。


「ああ……ちょっと腹が苦しくてな……横になりたい」

「そっか……でも、公園でお散歩もできたし、満足よ! 石も貰ったし! 八神、今日はありがとう!」


 さすがに鈍感な俺でも気付いた。ひまりが一瞬悲しそうな顔をしたことに。

 きっと遊び人のひまりには、これくらいでは全然遊び足りなかったのだろう。

 一応ご褒美という名目だし、もうちょっと付き合ってあげたい。それにこいつといるのは嫌じゃないしな。


「ひまり……明日もどこか行くか?」


 さすがに緊張する。

 なにせ、俺から女を遊びに誘ったのは、これが人生初なのだ。断られたら結構へこむ自信がある。



「うん! 行くー!」


 ひまりは満面の笑みを見せた。

 俺も嬉しくなり、つい微笑んでしまう。


 こうして俺達は明日の昼、再び邪神像前に待ち合わせすることになった。



     *     *     *



 超嬉しい! 八神からデートに誘ってくれるなんて!


 アタシは家に帰ると、早速明日着ていく服を選び始めた。


「うーん……黒髪に似合う服はどれかしらー?」



 やっぱり黒髪にしたのは正解だった。

 金髪のままだったら、明日のデートには誘われていなかったかもしれない。八神の妹、ナイス!


「似合ってるって言われちゃった……えへへ……」


 鏡の前で、自分の黒髪を撫でる。


 もう金髪とは永遠におさらばよ! アタシは黒髪乙女になるの!

 桜子と被るけど、アニメじゃないんだし、困ることなんてないわ!



「公園のお散歩も楽しかったなー……えへへ……」


 なんだか大人のデートって感じで、とっても素敵だった。

 今まで付き合った男達は、カラオケやゲーセン、ボーリングばかりだったから、すっごく新鮮に感じる。


「ポケットの中で手が触れ合って……ってもう! 完全にラブラブカップルじゃない!」


 恥ずかしくなったアタシは、ジャンボガエル(ぬいぐるみ)の腹に顔をうずめて、ジタバタと足を振った。


「あ……でも、桜子と紫乃を悪く言っちゃったのは反省ね……」


 なんだか焦ってしまい、つい口を滑らせてしまった。明日は気を付けよう。



「……どんぶりパフェも完食できたし、きっとこのままゴールインよね?」


 どんぶりパフェを完食したカップルは、必ず結ばれると玲奈から聞いたのだ。

 だから意地になって食べたんだけど、正直吐く一歩手前だった。

 後半八神が頑張ってくれなかったら、完食は無理だっただろう。


「……もしかしたら八神も、あの噂知ってたのかしら?」


 八神は最初、食べるのに消極的だった。

 でもアタシがギブアップしそうになった途端、モリモリと食べ始めてくれたのだ。きっとあいつも、アタシと同じ気持ちだったに違いない。

 途中まであまり食べなかったのは、パフェを譲ってくれようとしてたのよ。うん、間違いないわ!


「いやーん! じゃああの妊娠ジョークも、あながち冗談でもないってことー?」


 きっと「俺達はもう結ばれるんだ。お前は1年後、こうなるんだぞ?」って意味が込められているのだ。うん、きっとそう! きゃっ!


「もしかしてアタシ、明日……きゃー! どうしよー! 一番きれいなパンツ履いていかなきゃ!」


 アタシはタンスの上から2番目の引き出しを開け、中身をチェックする。


「――えーっと……これは染みつき……これも染みつき……じゃあ、これは……? 染みつきじゃない! なんでアタシのパンツ、染みつきばかりなのよ!」


 アタシは染みつきパンツを床に叩きつけ、きれいなパンツを買いに、街へと飛び出した。




 そして数時間後。

 アタシはぜえぜえ言いながら、部屋へと戻った。大量の買い物袋を引っ提げて。


「パンツだけじゃなくて、黒髪に似合う服、一式買ってきちゃったわ! あーん、早く八神に見せたい!」


 興奮してきたアタシは、買ってきた服に着替える。


「ヤバい! マジ可愛いアタシ! どうしよう!? 今すぐ、八神に見せに行こうかしら!? でも、明日のとっておきにしたいし……!」


 何だか落ち着かなくなり、イスから立ったり座ったりを繰り返す。

 そして、そのまま夜が来た。


「待ち合わせ時間まで、あと12時間ね……ダメだわ。興奮して眠れそうにない」


 新しい服を着たままベッドに横になったが、ギンギンに眼が冴えている。

 明日のデートが楽しみで楽しみで、どんな内容にしようかと頭をフル回転させてしまうのだ。



 そして、ベッドに座ったり寝たりしながら3時間が経過した。


「もうそろそろ行っていいかしら? あと9時間くらいなら、いいわよね?」


 アタシは外へ出ると、邪神像を目指し、真っ暗な街の中をルンルンスキップで進んだ。


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 次話から、今までの展開が嘘と思えるくらいシリアスな展開になります。

 ギャルゲーが各ヒロインルートに入ると、途端に重くなるアレですね。


 明るく楽しい話が読みたい読者の方は、ここで読むのを止めることをお勧めします。

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