第五章 眠り姫

第44話 中間テスト

 東西王者決定戦終了後、憲司は関東番長4名と、入院中の馬場先輩に正式に謝罪。

 関西総番長の座を退くこととなった。


 そして、関東と関西は統合され、東西総番長という肩書ができあがる。

 その役に就くのは……俺だ……。


 こんなもの死んでもやりたくなかったのだが、いつものように選択肢に強制され、やるはめに。


 だがあくまで名誉職とし、実質的な支配は、極悪院先輩がおこなうということで話をまとめられたので、なんとか一命はとりとめたといったところだ。

 これでまたいつもの平穏な日常に戻る……と思っていたのだが……。



「フレ! フレ! 八神! フレ! フレ! 八神! うおおおおおおおおお!」


 本日俺は、陸上インターハイ県大会の会場に来ていた。

 応援席には、男臭い連中の一団がおり、野太い声で俺を応援し続けている。


「ちょ、八神。なによ、あいつらは? なんで他の高校の奴等が、アンタを応援しにくんのよ? しかもガラ悪い連中ばかりじゃない」

「あー……極悪院先輩つながりって感じかな……」


「え? 関西の高校もかなりいるわよ?」

「うん、まあな……」


 信じられないことに、関西勢まで応援に来ている。

 そのため、応援団の規模は数百人だ。



「颯真ちゃーん! 頑張りーやー!」


 憲司がチアガールの恰好で、ボンボンを振っている。


「……誰よ、あの女? アンタのこと名前で呼んでるわよ?」


 ひまりがジト目で俺を睨んでくる。


「鎌田憲司。俺の幼馴染だ」

「けんじ……? ウソ言ってんじゃないわよ!」


「嘘じゃない。あいつは男だ」

「はぁ!? いい加減にしなさいよ! そんなウソに騙されるほど、バカじゃないわよ!」


「パンツをのぞいてみろ。そうすれば分かるから」

「はあ?」


 俺はひまりの背中を押して、観客席へ向かう。

 ひまりは、柵のすぐ前に立つ憲司を下からのぞきこんだ。


「……もっこりしてる!?」

「な?」

「いやん! パンツのぞかんといてやー!」


 憲司はスカートを手で抑えた。

 パンツまで女物を履かなくてもいいだろうに。まったく。




 大きな声援を受けたからだろうか? 俺は1,500m、5,000mともに県大会決勝を1位で通過した。


 木野村はここで敗退し、市ヶ谷先輩も通過できたのは5,000mのみ。

 陸上部全体でも、ブロック大会に出場できたのは、極わずかだ。


 ここまで来て、ようやく自分の実力を認識できるようになってきた。

 俺には元々、持久系競技の才能があって、地獄峠の通学がそれを開花させていたのだと。


「呪いを受けなければ、一生気付かないままだっただろうな……」


 あの占い師に感謝するべきか、しないべきか……。



「颯真ちゃーん! 銭湯いこうやー! 背中流したるでー!」



[1、「背中だけじゃなくて、前も洗え」]

[2、「マッサージも頼む」]



 俺は感謝しないことにした。





 5月の後半、いよいよ中間テストの日がやって来る。


 テストの前日の夜、俺はひまりの総仕上げにかかっていた。


「うむ……すべての教科を赤点回避することは難しいかもしれないが、去年よりは良い結果が残せるはずだ」

「じゃあさ八神、もし赤点減ってたらアタシにご褒美ちょうだい!」


 ご褒美だと? ご褒美が欲しいのは、お馬鹿なひまり相手に、ここまで教え続けた俺の方だ。


 ……でも、まあいいか。モチベーションを高く保つのも重要だからな。


「分かった。何がいいんだ?」

「どんぶりパフェ奢って!」


 どんぶりパフェ……? どんぶりに入ったパフェということか? 一体何キロカロリーあるんだか。


「まあ、それくらいならいいぞ」

「やったー! じゃあ頑張っちゃお!」


 パフェって結構高い。それがどんぶりサイズとなれば、なおさらだろう。

 だがひまりは、金にそれほど困っていないはず。食べようと思えば、いつでも食べられるはずだが? ……まあいいか。


 ひまりはそれからさらに集中力を高め、勉強に励んだ。




 そして中間テストが終了し、順位が貼りだされた。


 1位 難波湾

 2位 一条聖也

 3位 星優月

 7位 八神颯真


 64位 吉田徹

 95位 木野村泰久


 201位 品川餅太郎

 223位 北原紗耶香

 237位 小松玲奈

 238位 瑠璃川ひまり

 239位 金田一賢人



「やったわー! ビリ脱出よー!」


 ひまりは大声で喜んでいる。

 ちなみに2年は全部で239人。つまりビリから2番目だ。

 これでここまで喜べるのだから、こいつの頭は本当にハッピーセットである。


「見て八神! 玲奈にあと一歩のとこまで来たわ!」

「そうだな。で、赤点はいくつだった?」


「これよ! はい!」


 ひまりは、テストの答案用紙の束を俺に渡してきた。


「現代文B、数学Ⅱ、数学B、化学、生物が赤点か……昨年よりは確かに減ったな」

「でしょ!? じゃあ、約束どおりご褒美ね!」


 本音を言えば、現代文と生物は赤点回避して欲しかった。

 しかしここは、結果を残せたことをしっかりと褒めてやるべきだろう。


「よく頑張ったな。……で、いくら出せばいい?」


 3,000円くらいだろうか? バイト代1回分がパーになるが、仕方ない。


「は? アンタまさか、お金出して終わりだと思ってないわよね?」

「え? 違うのか?」


「ばっかじゃないの! それじゃ奢りにならないじゃない! アンタも一緒に行くに決まってんでしょ!」


 馬鹿に馬鹿と言われてしまった。ショック。

 どうやら奢りとは、奢る側も参加しないと駄目らしい。それは知らなかった。

 社交経験に乏しい俺は、こういった常識が欠けているのだ。


「じゃあ、今日の放課後行くか?」

「えっと……明日の土曜日がいんだけど……」


 ほう? 意外だな。ひまりの性格からして、今すぐ食べたがるかと思ったんだが。


「分かった。じゃあ明日な」

「うん、駅前の邪神像の前で待ち合わせね! 楽しみだわ!」


 こうして俺は明日の昼、どんぶりパフェを食べに行くことになった。

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