第28話 Sideひまり②

 コンコン。

 もうだいぶ遅い時間なのに、誰かが部屋のドアをノックした。――まさか八神? いやん、何しにきたの? まさか……アタシを?


「は、入っていいわよ?」


 ガラッ。ドアが開いた。


「なによ、紫乃じゃない……なんか用?」

「ちょっと、ひまりちゃんに相談したいことがありまして……」


 相談? こいつがアタシに相談することっていったら、恋の相談しかないわ。

 一条となにか進展があったのかもしれない。面白そうだから聞いてみよう。そんで、すぐに紗耶香と玲奈にメールしちゃえ。


「いいわよ。座りなさいな」

「お邪魔します」


 紫乃はクッションに座った。



「……で?」

「ねえひまりちゃん……旅行に誘ってくるってことは、好きってことですよね?」


 なるほど。男に旅行に誘われた訳ね。

 しっかし、紫乃ったらお子ちゃまだこと。男ってもんが、まったく分かってないわ。


「そうとは限らないわよ。ただ、やりたいだけかもしれないじゃない?」

「うっ……! で、でも、私が悲しそうにしていたから誘ってくれたんですよ!?」


 はー……、マジでこの子ダメだわ。

 ここは姉であるアタシが、しっかり教えて上げないと。


「女が弱っている時に付け込んでくるのは、ヤリチンの常套手段よ。もっと冷静になりなさいな」

「あう……! で、でも! 行くのに、お金も手間もすごいかかるんです! そういうことが目的なら、もっと近場で簡単なプランを用意しますよね!?」


 アタシは「むふー」と鼻息を出しながら、やれやれと言った感じで、首をふる。


「男のおせっせにかける情熱を舐めんじゃないわよ。ヤレると知れば、大阪から東京までチャリで走って来る奴もいんのよ? それくらい訳ないわ」

「はうう……! ……で、でも、その人はとっても紳士的なんです! 私が『まだ帰りたくない』と言っても、そういうことをしようとはしませんでした!」


 ウソ……こいつ、自分から誘っちゃったの? とんでもない淫乱じゃない……!

 アタシは、そんなこと絶対できないわ。


 しかし、「紳士」ですって? ぷぷぷ、まったく……笑いが止まらないわ。


「アンタって本当馬鹿ね。いい? その日は、別の女とおせっせする予定があったからなのよ。すぐに自分をオンリーワンだと思わないことね」

「うにゅにゅにゅにゅ……! せ、先輩はそんな人じゃありません!」


 先輩……? もしかして一条かしら?

 ええ、きっとそうね。紫乃の方から積極的に誘ってるんだもの。一条しかいないわ。


「一条ってあんまり女にガツガツしてないように見えたけど、やっぱり男は狼なのねー」

「あ、一条先輩じゃないです」


「え? ……じゃあ誰よ?」

「そ、それは……秘密です……」


 紫乃は頬を赤らめて、モジモジとしている。

 何よそれ? 可愛いと思ってやってんの? 今日日流行んないわよ、そんなの。


「……まあ、いいわ。とりあえずこれだけは言っておくわよ? その男が、アンタを本気で好きな可能性は5%ね」

「5!? いや、80%はありますよ!? だって横浜からおうちまで、ずっと手をつないでくれていたんですよ!?」


 ふーん、そいつ紫乃を家まで送り届けたのね。確かにちょっとは紳士的かしら?

 将吾は1回もそんなことしてくれなかったし……。


「ま、まあ……10%くらいはあるかもしれないわね」

「ひまりちゃんのジャッジはおかしいです! じゃあ、ひまりちゃんはどうなんですか!? 気になるクラスメイトさんとの、脈あり度を教えてくださいよ!」


 な、なによ急に……! 八神との脈あり度ですって?

 いいでしょう! ひまりコンピューターではじき出してあげるわ!


 ピコピコピコピコ。


 嫌な態度をとっても怒らない。+10%

 桜子を狙っている宣言。-50%

 桜子を可愛いと発言。-20%

 今日も可愛いと言われ、頭を撫でられる。+10%

 毒グモを退治してくれる。+10%

 不良たちから助けてくれる。+20%

 将吾から助けてくれる。+10%

 アタシに微笑んでくれる。+10%

 アタシのスペシャルドリンクを飲んでくれる。+10%

「お前を大事に思っている」とハグしてくれる。+50%

 好きなタイプが黒髪ロングの家事上手。-30%


 チーン。


「う……30%といったところね……」

「かなり真面目に計算したっぽいですね……その微妙な数値の原因は、なんなんですか?」


「そうね……色々あるんだけど、やが……その人の好きなタイプと一致してないのよ。黒髪の家事上手がいいそうなの」


 これくらいなら、八神だってことはバレないでしょ。


「へー。だから最近、お料理やお洗濯を始めたんですね。一つアドバイスをしておくと、お米を洗剤で洗う必要はないです。あとひまりちゃんのパンツは、一度漂白剤に浸けてください。そうしないと頑固なシミが落ちません」

「うっさいわよ! そうやってすぐ、マウントとろうとしないでくれる!?」


 紫乃は「ぷっ」と噴き出した。

 キーッ! 本当こいつ、ムカつくわ!

 だってお米を水洗いすると、真っ白に濁るのよ? 相当汚れてるってことじゃない!


「ちなみに、髪色を黒にしないんですか?」

「うん……ここぞって時が来た時に、染めようかと思ってるの」


 ズバリ初デートの時ね!

 そこで変身したアタシを見せつけて、一気に落としてやるつもりなの!


「そうなんですね。よく分かりました。私、ひまりちゃんに負けないように頑張ります」

「え、あ、そう」


 紫乃はニコっと笑うと立ち上がり、部屋から出て行った。



「なんなのよアイツ……」


 アタシはなんだかモヤモヤしてきて、クッキーをバリボリと食べ始めた。

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