第29話 金策
もう4月も終わるというのに、俺は大きな悩みを抱えながらサンドバッグを叩いていた。
呪いの時間制限ってどうなってるんだろうか? それが今一番気になっていることである。
俺は、紫乃とバイクで北海道に行くことになってしまった。
だがこれを実行するには、普通自動二輪の免許を取得し、バイクを購入しなくてはならない。
それには1か月以上の期間が必要となるのだが、呪いはそれまで待っていてくれるのだろうか?
これはもう占い師の常識と善意を信じるしかないが、早目に実行するに越したことはない。
だが教習所に通うにも、バイクを購入するのにも、かなりまとまった金が必要となる。
紫乃に金を貸してくれというのも格好悪いので、自分で用意したいところだが、家庭教師、ボクシング、陸上部だけで手一杯で、これ以上バイトを増やすのは難しい。何か良い金策はないだろうか?
【黒鉄の武士】の大会は優勝賞金1,000万円だが、開催されるのは当分先だし、そう簡単に優勝なんてできるもんじゃない。
「闇の地下闘技場みたいなところ、ねえのかなー……」
まあ、あったところで勝てる訳ないのだが。
俺はふっと笑いながらジャブを連打する。
「あるぞ八神……」
俺はビクッとして声の主に振り返る。
「迫田さん!?」
迫田さんは俺の耳に口を近づける。
「今夜試合が開催される……行ってみるか……?」
「……え? 見学ってことですよね……?」
「ああ。だが、別に出場しても構わんぞ」
「いえいえ、とんでもない!」
戦おうだなんて思わないが、正直ちょっと見てみたい。
裏カジノと一緒で、絶対に関わってはいけない場所なのは分かっている。だが、何かが俺の心を惹きつけてやまないのだ。
「連れていってもらえますか?」
「よっしゃ。このことは絶対に秘密だからな?」
迫田さんの眼がマジだ。
引き返すなら今の内である。だが俺の好奇心がそれを許さない。
「もちろんです。楽しみですね」
ジムのトレーニングが終わると、迫田さんは俺を連れて、5駅離れた街の小汚い中華料理店に入った。
「――チャーハン、米、卵抜きで」
迫田さんが、中国人の店員に注文を伝える。合言葉というやつだろう。
俺達は黙って奥の部屋に通された。見た感じ、ただの倉庫だ。
野菜が入ったダンボールを店員がどかすと、床に鉄の扉があった。
店員は工具で扉を引っ掛けて開ける。すると、下に降りる階段が現れた。
これ、絶対ヤバいやつだ。
「じゃあ行こうか」
「……はい」
俺の理性は「行ってはいけない」と警報を出しているが、本能が俺の背中をグイグイと押してくる。
俺はゴクリと唾を飲み込んでから、迫田さんに続いて地下へと下りた。
狭い廊下を進み、扉の前にいた2人の見張りにボディチェックを受け、中に入る。
「いいぞ、やれえええええええ!」
「腕折っちまえええええ!」
会場は思ったよりしょぼかった。
中心にはリングがあり、その周囲に観客席があるのだが、数十人分の広さしかない。
だが、観客の熱気はすごい。
父上に連れられて野球観戦やサッカー観戦に行ったことがあるが、あれとは比較にならないレベルだ。正直、狂気すら感じる。
「今やってんのは、キックと柔術だな」
「異種格闘技戦なんですね」
これは熱くなるのも分かる。格闘技を毛嫌いしていた俺でも、「最強の格闘技は何か?」について考えてしまうことはある。
ここでは、実際にそれがおこなわれているのだ。格闘技ファンからすれば、最高のエンターテイメントであることは間違いない。
「ここに来る選手と観客は、どんな人達なんですか?」
「観客はよく分からん。社長とかもいるみたいだが。選手は大体プロ崩れだな。金に困って出場する。まあ、中にはそうでない奴もいるんだが……あいつみたいにな」
迫田さんが指差したのは、ちょうど今勝利したばかりの柔術の選手だ。
対戦相手はリングの上に倒れており、激しい痛みに襲われているのか、顔を歪めている。どうやら、脱臼してしまったようだ。
「あいつは早乙女医院の院長の息子、
早乙女医院といったら、ここら一帯で最大規模の総合病院だ。金に困っている訳がない。
「つまり、合法的に人間を痛めつけたいがために、出場しているということですね」
「そういうことだ。――きっと、普段威張っている立場の人間が、SMクラブにハマるのと同じ原理なんだろうな」
なるほど。治してばかりいると、壊したくなってくるということか。
世の医者が、そんな奴ばかりだったら最悪だな。
「どうする八神? 次の試合賭けてみるか?」
「いや、やめておきます」
さすがに、違法賭博にまで手を出すつもりはない。
俺は次の試合が始まるまで、観客をじっくり見渡すことにした。
よく見ると結構身なりがいい。迫田さんの言ったとおり、それなりの立場の人達なのかもしれない。
「――お、女性もいる」
帽子をかぶり、マスクをしているから顔はよく分からないが、なんとなく良い女のオーラが出ている。
「ん? おお、本当だ。珍しいな。多分社長の愛人とかだろう。女が一人で来ることなんてないからな」
なるほど。でも、そばに誰もいないな。連れはどこにいるんだろうか? もしかして選手?
その時、女がマスクを外し、ペットボトルの飲み物を口にした。
「お、結構良い女じゃねえか! ありゃ、秘書かホステスだな」
「……いえ、違います」
「あん? じゃあ何だよ?」
「……あの人は、教師です」
俺が見ていた女性は、瑠璃川桜子。間違いなくその人だった。
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