第27話 デートの終わり

「先輩、見てください! とっても素敵な夜景ですよ!」

「ああ、そうだな」


 紫乃は普通に楽しそうだ。いいのだろうかこれで。


「なあ、紫乃。一条に頼んで、もう1周してもらおうか? こんなチャンスそうそうないぞ?」

「いえ、いいです」


「いいって、お前……」

「どうせ無意味ですから」


 紫乃の表情が冷たくなる。

 何かマズい領域に踏み込んでしまったようだ。


「ごめんなさい……空気を悪くしちゃって……」

「いや、気にするな」


 俺と紫乃はしばらく黙ったまま、ゴンドラの窓から夜景を眺める。


「……私は高校を卒業したら、ある大企業の御曹司と結婚します」

「マジでか……?」


 政略結婚ってやつだろうか? 本当にそんなことあるんだな。


「なので、恋愛はできないんです」


 父親としては、当然そうするだろう。

 変な男とくっついて、破談になるのは避けたいだろうからな。


 そこで俺は、ふと気付いた。


「――ん? じゃあ、なんのためにデートの練習を? 意味ないじゃないか」

「あ……えっと……そうですね……! なんででしょう……!?」


 いや、俺に聞かれても……。

 困り顔で紫乃を見ると、真っ赤な顔であたふたとしている。


「……まあ、いいや。もしかして、先生やひまりにも婚約者がいるのか?」

「いえ、桜子ちゃんは父が用意した縁談があったのですが、破談になりました。ひまりちゃんもお馬鹿すぎるため、良い貰い手が見つかりません。なのであの二人は自由です。私と違って……」


 紫乃は儚げな笑みを見せる。

 普段見せないその表情に、俺は目を奪われた。


「姉二人が父を失望させてしまったため、私は大きな期待をかけられています。だから束縛も強いんです。私の人生は、あの人に完全に握られています」

「なるほどな……」


「あ、誤解しないでくださいね? 私は桜子ちゃんのことも、ひまりちゃんのことも、まったく恨んでいません。……でも、二人を悪く言う父のことは大嫌いです」


 紫乃が俺の家族を羨ましいと言う訳が分かった。

 八神家は、全員がリスペクトし合う関係だからな。


「あーあ……誰かが私をさらってくれたらいいのに……」

「紫乃……」



[1、「俺が、父親の手の届かないところへ連れて行ってやる」]

[2、「白馬の王子様でも期待しているのか? 馬鹿女め」]



 おい、2! 本気で悲しんでいる女の子に対して、そんなこと言わそうとするなよ!



「紫乃、俺が父親の手の届かないところへ連れて行ってやる」


 紫乃は目を丸くしたまま、しばらく俺を見つめると、「ぷっ!」と噴き出した。


「あはははは! 先輩、マジキモいです! あははははは!」

「お前なあ……」


 紫乃は目に浮かんだ涙を手で拭う。


「……でも、そう言ってくれて嬉しいです。ありがとうございます」


 俺は手を軽く挙げ「気にするな」と合図する。



「あの……先輩……本当に、私をどこかへ連れて行ってくれますか……?」



[1、「バイクで北海道を旅しよう」紫乃と、バイクで北海道をツーリングする]

[2、「フランスの外人傭兵部隊に入隊しよう」紫乃と一緒に傭兵になる]

[3、「東南アジアの海賊に入れてもらうか」紫乃と一緒に海賊になる]



 これまでで、もっともスケールのデカい選択肢が出てきやがった。

 現実的なのは1だけだ。別に駆け落ちしろとは書かれていないので、金と時間さえあれば達成可能だ。

 反対に3は、ベリーハードすぎる。おそらく1年も生きていられないだろう。



「バイクで北海道を旅しよう」

「素敵! いいですね! でも先輩、免許持ってるんですか?」


「免許もバイクもない。これから取る」

「あははは! 楽しみです!」


 教習所の費用と、バイクの購入代金、数十万がかかる。

 ただでさえ、経済状況がかんばしくないのに、泣きたくなってくるぜ。


 しかし、バイクか……。

 体は剥き出しで危険だし、風を受けて疲れるし、荷物は全然積めないし、コケるし、馬鹿か不良しか乗らないだろ、あんなもん。



「――なかなか面白い冗談でした。国内っていうのが、変にリアルで良かったです」

「いや、マジで行くつもりなんだが……?」


「え……?」

「冗談なんかじゃない。必ずお前を連れて行く」


 連れて行かないと、災厄が降りかかるのだ。俺の目は真剣そのものである。


「一つ聞かせてください……どうして、私のためにここまでしてくれるんですか?」



[1、「お前を愛しているからだ紫乃」]

[2、「この八神颯真、悲しむ女を放っておける男ではない」]



 うーん、1は駄目だな。完全にプロポーズだわこれ。

 2もなあ……ちょっとカッコ良すぎるんだよなあ。



「この八神颯真、悲しむ女を放っておける男ではない」


「ぶっ」と噴き出すと、紫乃は涙を流しながら大笑いした。


「そんな笑うなって……」

「あはははは! ごめんなさい! だって先輩、ちょーカッコいいんですもん!」


 紫乃は涙を拭うと、ひょこっと立ち上がり俺の隣に座った。


「――紫乃?」

「そういうとこ好きです……先輩……」


 紫乃にまっすぐ見つめられて気恥ずかしくなり、俺は外に視線を移した。



 ガララッ。


「終了でーす! お疲れ様でしたー!」


 俺達はゴンドラを降りる。

 そこには一条達が待っていた。


「八神君、紫乃さん、これから食事に行くけど、君達も一緒にどう?」

「ごめんなさい一条先輩。私達、もう食べちゃったんです」


 いや、食ってねーけど? ってか俺、すごい腹減ってんだが?


「そっか、じゃあまた明日!」

「お疲れ様でーす!」


 俺達は手を振り別れた。



「いいのか紫乃?」

「はい! 先輩、何か買って海を見ながら食べましょうよ!」


「いいな! よし、じゃあ行くか!」

「うふふ!」


 俺達はコンビニで適当に買い、海辺のベンチに座る。

 いくつもの船が行き交うのを眺めながら、俺はファミリーチキンをモグモグと食べる。


「船の汽笛っていいですよね」

「そうだな」


 おにぎりを食べようと、袋の中に手を伸ばす。

 紫乃も同じことを考えていたようで、手が触れてしまった。


「お、すまん」

「い、いえ……!」


 紫乃はもじもじとしながら、うつむいている。


「あの……まだ4月だから、夜は冷えますね……」

「ん? そうだな。じゃあもう帰ろうか。明日学校あるしな」


「あ、えっと……はい……」


 俺はゴミを袋に入れ、立ち上がる。

 すると、グイッとすそを引っ張られた。


「――どうした紫乃?」

「私、まだ……帰りたくないです……」


 ん? それってどういう意味? ……まさか!?



[1、「分かった……じゃあ、海の見えるホテルに泊まろうか」]

[2、「おっけー! ラブホ行ってパコろうぜい!」]

[3、「じゃあ、公園を散歩してから帰ろうな」]



 良かった……紳士的な選択肢がある。

 つうか2! お前、いい加減にしろよ!



「じゃあ、公園を散歩してから帰ろうな」

「はい……分かりました……」



 俺達は何も言わず、夜の公園を散歩する。

 海面に映し出される街に光に見とれてしまうが、一つ困ったことがある。


 紫乃が、ずっと俺のすそを引っ張っているのだ。


「紫乃、服が伸びちまうんだが……」

「放したくないです……」


 なんだよ? 急に甘えん坊みたいになりやがって。


「手じゃ駄目なのか? ……いや、キモいから嫌か」

「別に手でもいいですよ……?」


 俺は紫乃の手を握った。

 キモがられるかと思ったが、紫乃は微笑んでいる。


「先輩、家につくまでずっとこうですよ?」

「あ、ああ」


 素直で可愛い時の紫乃は強力だ。

 サッカー部の連中は、これにやられてしまったのだろう。



 俺達は改札口を通過する時も、電車の中でも手をつないだままだった。


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紫乃は手をつないで欲しくて「夜は冷えますね……」と言ったのですが……。

このあたりが陰キャといったところでしょうか。


なお、颯真のバイク乗りに対するディスは私の考えではありません。

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