第7話 呪いの解除方法

 俺は勢いよく玄関のドアを開けた。


「颯真、ただいま帰りました!」

「おかえり颯真ちゃん!」

「おかえり颯真よ!」

「おかえりです! 兄上!」


 おや? 父上がもう帰られているぞ? 今日は仕事が早く終わったのだろうか?


 リビングに入ると、すでに父上と妹のつむぎが、食卓についていた。

 母上は料理を配膳している。


「ちょうど今、お夕食ができたのよ」

「それは良かった。ではいただきましょう」


 俺は紬の隣に座った。


「颯真。食事を始める前に、お前に伝えておくことがある」

「ほう、お聞かせ願いましょう」


 チラリと母上と紬を見る。

 表情を見る限り、二人はすでに知っているようだ。



「父さん、リストラされたぞ!」


 何だと!? 天下無双の父上がリストラ!?


 ……まさか選択肢を無視したからか!?


「……それは驚きです。しかし、優れたお力を持つ父上であれば、すぐに良い仕事が見つかることでしょう」

「はははは! まあな!」

「うんうん、パパは超優秀で素敵ですからね。――ところで今日からお味噌を変えてみたの。どうかしら?」


 俺達は味噌汁を一口すする。


「素晴らしい味です母上!」

「いやー、ママの料理は本当美味しいなあ!」

「うふふ、それは良かったわ! ――ところで颯真ちゃん。しばらく家計が苦しくなるから、学費は自分で稼いでもらって良いかしら?」


「つまりバイトをしろと?」

「ええ、お願いね! ああ……颯真ちゃんが、どんなお仕事をするか楽しみだわ! きっと、なんでも上手にこなしちゃうんでしょうね!」

「そうに違いない! はっはっはっ!」



[1、瑠璃川ひまりの家庭教師を引き受ける]

[2、刺身にタンポポを乗せるバイトを始める]



 げっ! また出てきやがった!

 どっちもやるつもりはない。俺は働きたくないのだ。無論、無視である。


「母上、父上は長期間失業する訳ではないでしょうから、心配いらないかと……」


 ドッゴォォォォン!


「な、なんだ!?」

「玄関の方から凄い音が!」


 俺と父上は、すぐさま玄関へと向かう。


「こ、これは……!」


「い、いやあ……アクセルとブレーキを踏み間違えてしまいまして……」


 我が家の玄関には、ジジイが乗ったプリウチュが突き刺さっていた。





「まずい……まずすぎるぞ……! この呪い、本物だ!」


 父上がリストラされてしまったのも、俺が選択肢を無視したからに違いない。

 とんでもなく、やばい呪いだ。


 ゲーミングチェアの上で震えていると、スマホに着信があった。


「誰からだ? 見知らぬ番号からだが……」


 普段なら無視するところだが、今の状況を考慮すると出ておいた方が良いだろう。

 もしかしたら、あの占い師という可能性もある。

 俺は通話をタッチした。


「もしもし……?」

「八神君? 担任の瑠璃川だけど」


 なんだ、桜子先生か。まさか家庭教師の件か?


「どうしたんですか?」

「お願いだから、ひまりの家庭教師やって」


 やはりそうか……って、あ、くそ! 脳内に選択肢が浮かんできやがった!



[1、「よろこんで!」家庭教師を引き受ける]

[2、「先生が、俺の夜の家庭教師になってくれるなら」家庭教師を引き受ける]



 断れば、さらなる不幸が俺を襲うに違いない。下手すれば家族を巻き込んで。

 引き受けるしかない訳だが、2の選択肢は一体何なんだ……?

 恋と青春ではなく、破滅を与えようとしているとしか思えないのだが。


「よろこんで!」

「本当? ありがとう八神君。嬉しい」


 こうして俺は、瑠璃川ひまりの家庭教師となったのだ。





 そして現在。瑠璃川邸のリビング。

 ひまりは教科書を広げただけで、ネイルをデコることしかしていない。

 一応俺は解説をしているのだが、正直ただの独り言と言っていいだろう。


 こんな授業でもバイト代は貰えてしまう訳だが、次の中間テストで結果が出せなければ、俺はクビになる。

 初めから桜子先生と、そういう契約を結んでいるのだ。

 今のまま行けば、俺は確実にクビになるだろう。



「じゃあ出掛けてくる」

「いってらっしゃーい!」


 桜子先生が外に出て行ってしまった。

 どうやら彼女は、英会話教室に通っているらしい。


「さてと……はい、バイト代! じゃあお疲れー!」

「おい――」


 ひまりはテーブルの上に5千円札を1枚置くと、自分の部屋に入ってしまった。

 俺は大きなため息をつく。


 こんな女の家庭教師など、こっちから願い下げと言いたいところだが、やはり1回5千円のバイト代はやはり大きい。回を重ねるごとに、それを実感する。


「父上の仕事もなかなか見つからないし、できれば続けたいのだが……」


 1学期の中間テストまで、残り約1か月。

 あの馬鹿っぷりを考えれば、今すぐ猛勉強を開始しなければ間に合わない。

 だが、コミュ力ゼロの俺には、この状況を打開する手がまったくないのが現実だ。



 俺は再び大きな溜息をつきながら、瑠璃川家を出てエレベーターに乗る。

 メインエントランスをくぐり、タワーマンションの敷地内にあるベンチに腰掛けた。


「やっほー! 元気ー!」


 この声……まさか!


「あの時の占い師か!」


 俺は声のした方に勢いよく振り向く。

 ベレー帽にデカいおっぱい。間違いない。あの女だ。


「苦労してますなー」

「ああ、おかげさまでな! 頼む、この呪いを今すぐ解いてくれ!」


「むりー! その呪いは、私じゃ解けないんだなー! あははははー!」

「は!? ふざけんなよ! じゃあどうやって解くんだ!?」


 占い師はニヤリと笑った。


「君が呪いに打ち勝てる、最強の男になったら解けるよー」

「意味が分からん……最強ってなんだ? まさかケンカ? それなら一生無理だぞ?」


「あはははー! そだねー! じゃあ頑張ってー!」

「あ、おい! 待て!」


 占い師はダッシュでどこかへと去って行った。めちゃくちゃ足早い。



「おいおいマジかよ……」


 どうやら俺は、一生この呪いと付き合っていかなければならないようだ。

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