第6話 強制青春選択肢の呪い
時は呪いを受ける前にさかのぼる。
俺は口笛を吹きながら、桜並木をママチャリで颯爽と駆け抜け、俺が通う「
ちょうど野球部の連中も外周走を終えたらしく、同時に校門をくぐる。
「おうお前ら! 今日は1年の歓迎会やるぞ! 全員参加な!」
野球部のキャプテンが、後ろに続く部員たちに声を掛ける。
「いいっすねー! やりましょうやりましょう!」
「俺達1年のために、ありがとうございます!」
部員たちは、明るい笑顔でそう答えた。
だが、ひねくれ者の俺には分かる。本当に喜んでいるのは2割くらいだ。他の連中は無理して、そう振る舞っているだけである。
本当は行きたくないのだろうし、実際都合の悪い奴もいるはずだ。
「はっきり、そう言えばいいのに」
先輩や友人のご機嫌をとるために、自分の本心をひた隠し「イエス」と答える。
さぞかしストレスが溜まることだろう。まったく、ご苦労様である。
「一人孤独に生きれば、そんなわずらわしさとは無縁だ。俺のようにな」
校内の駐輪場にママチャリをとめた俺は、下駄箱へと向かう。
そして「うんこ」「ちんちん」とイタズラ書きされた上履きを取り出し、ためらいなく履く。
いちいちイタズラ書きを消すような、面倒な真似はしない。
そんなことをしても、翌日にはまた書かれているからだ。
2年D組の教室に入る。
挨拶はしないし、誰からもされない。
「ひひひ……刺され刺され……」
「けけけ……いい感じにカピカピになってるぜ……」
クラスのなんちゃってヤンキー
それから、イスに仕掛けられた画鋲を撤去し、引き出しに入れられた食いかけのパンを処分した。
これは毎朝のルーティンワークだ。
一般的にこれは「イジメ」と呼ばれる行為だろう。
だが俺は、こんなガキじみたことをする馬鹿どもを心底見下しているので、精神的優位に立っている。イジメられているとは、これっぽっちも思っていない。
「ねえねえ聞いて聞いて! 最近オープンした占いのお店、ちょー当たるんだって! タルソマ・ドキドキ占いハウスって店!」
「マジマジ!? じゃあ今日行ってみようよ!」
クラスの女子達の声が聞こえてきた。
占いだと? くだらない……。あんなものは、ただの合法的な詐欺行為だ。即刻、この世から廃絶すべきである。
占い師への憎悪の感情をたぎらせているうちに、新学期7日目の授業が終了した。
俺はママチャリに乗り、自宅へと出発する。
途中には地獄峠という山があり、いつもロードバイクが走っている。
高価な自転車のくせに、どいつもこいつもトロトロ走って邪魔だ。俺は、それを何台も追い抜いていく。
そのたびに「ば、馬鹿な!?」「ママチャリに負けた!?」「メカニカルドーピングか!?」などと負け台詞をほざくので、ウザいことこの上ない。
1時間かけて地獄峠を越え、俺の街に到着する。
駅前を走っていると、怪しげな露天商がいた。
張り紙に「タルソマ・ドキドキ占いハウス」と書いてある。
「ああ、あれが噂の占い師か……」
合法的な詐欺師に、侮蔑の眼を向けながら前を通る。
「おー! 君ー、ドブ川のように腐ったいい目してるねー!」
まさか声をかけられるとは思っていなかったので、ついうっかり止まってしまった。
そのまま通り過ぎていれば、俺の運命が狂わされることはなかったのに……。
「む、合法的詐欺師の分際で、ずいぶんと失礼な口を利いてくれましたね?」
「あはははー! 他の占い師は詐欺師だけど、私はガチだよー!」
近くに寄ってみて分かったが、この占い師、若くて可愛い。
まん丸の瞳に、美しい茶色い髪、デカいおっぱい。頭に被ったベレー帽もチャーミングだ。
「君、フラッシュモブ嫌いでしょー? 特に日本人がやるやつ」
「ええ、見てるこっちが恥ずかしくなってきますよ。特にプロポーズするやつは最悪ですね」
「うんうん……カラオケ、バーベキュー、インスタ、飲み会、甲子園……」
「やめてくれ!
どれも虫唾が走るものばかりだ。
言葉を聞いただけで、気分が悪くなってくる。
「あははははー! 君、本物だねー! そういう子に、恋と青春を教えてあげるのが私の仕事なのー! じゃあいくよー……どーん!」
占い師は俺に両手を突き出した。
「……え? なんですか?」
「君がバラ色の人生を送れるように、【強制青春選択肢】の呪いをかけたからー! 選択肢を無視したら災いが降りかかるよー! じゃあ恋と青春を満喫してねー! バイバーイ!」
「はあ?」
俺は何かされていないかと心配になり、自分の胸や腹、足元を確認した後、再び占い師を見た。
「……え?」
なんと信じられないことに、占い師の姿はおろか、店自体がなくなっていた。
「やばい……相当疲労がたまっているようだ。すぐ家に帰って寝よう」
俺はママチャリのセンタースタンドを外し、チャリにまたがった。
「あのー、しゅいましぇん学生しゃん。郵便局はどちらにありましゅでしょうか?」
皺くちゃのババアが話し掛けてきた。
[1、婆さんを郵便局まで案内する]
[2、婆さんに地図を描いてあげる]
俺は頭がおかしくなってしまったようだ。脳内に選択肢が浮かび上がってくる。
なんだか気分も悪くなってきたし、家に帰って休みたい。
「すみませんお婆さん。ちょっと今、体調が悪くって……」
「あらあら、それはしゅみましぇんね。お大事に」
婆さんは去って行った。
俺はチャリを漕ぎ始める。そしてすぐに異変に気付いた。
「おいおい……なんかガタガタし始めたぞ」
俺はチャリを降り、タイヤを調べる。
「くっそー、釘が刺さってるよー」
確か自転車屋が近くにあったはず。
俺はチャリを押して、歩き始めた。
ドコォッ!
真横から凄まじい衝撃を受け、俺はチャリもろとも横倒しになる。
「うごっ……一体何が……?」
「鹿よー! 鹿が暴れているわー!」
「暴れ鹿だー! 山がお怒りになられている!」
し、鹿だと……?
これが俺に降りかかった最初の災厄だった。
だが俺は、超常現象をまったく信じないタイプ。
この時はまだ、呪いの力によるものだとは思っていない。
どこも骨折していないことを確認すると、トボトボと自転車屋までチャリを押していく。
「チューブ交換しないと駄目だね。千円」
「分かりました。お願いします」
バイトをしていない俺にとって、千円の出費は痛い。
だがチャリを直さないと、バスに乗って通学しなくてはいけないのだ。そうなれば、さらに金がかかる。必要経費だと割り切るしかない。
俺は自転車の修理が終わるまで、隣の本屋で時間を潰すことにした。
ゲーム、エアガン、野鳥観察、木のウロ写真集、俺好みのコンテンツを物色していると、気が付けば数時間が経っていた。
「やべ! もうこんな時間かよ! ――お、あれは……?」
黒髪ボブの可愛い女の子。桜子先生だ。
こんな時間にもう仕事が終わっているなんて珍しいな。今日は陸上部には出なかったのか?
――ん、何かの本を手に取ったぞ。
俺はタイトルを確認しようと、先生に近付いていく。
「ふむふむ、『馬鹿相手でも、怒らせずに分かりやすく教える方法』か……」
「――ん、八神君?」
しまった。普通に声に出してしまっていた。
「こんばんは先生。馬鹿相手ってD組のことですか?」
毛輝毛路須高校は、それなりの進学校なのだが、俺に対するイタズラを見れば馬鹿ばかりであることは一目瞭然だ。先生もさぞかし苦労していることだろう。――もっとも、俺は賢く良い子だが。
「違う」
「ははは。まあ立場上そう言うしかないですよね」
自分の受け持つクラスの生徒を馬鹿呼ばわりしたら、すぐに炎上だ。
俺は絶対チクったりしないが、先生の対応は正解だろう。
「ひまり」
「はい?」
「馬鹿は妹のひまり」
「あ、ああ……なるほど」
瑠璃川ひまり。その凄まじいテストの点数から、赤点量産機と呼ばれるモンキーだ。
それほどの馬鹿女が、うちの高校の入試を受かるはずがない。
父親が名士なので、コネとワイロで入学させたのだと誰もが思っている。
「家庭教師を雇っても、全然続かない。授業を聞く気がまったくないし、口が悪いからすぐ辞められちゃう。昨日でもう32人目」
「それは大変ですね。まあ、確かにあのクソビッチを相手にするには、よほどメンタルが強くないと無理かもしれません」
桜子先生の頬がぷくーっと膨らむ。
「私の妹!」
「す、すみません……えっと、クソビッチをパッパラ女に訂正します……」
「変わってない! ……そういえば八神君、去年の期末、学年8位だった。精神力も強い。ねえ、ひまりの家庭教師やって。1回5千円払うから」
5千円だと!? 高校生には破格のバイト代だぞ!?
だが相手が、あのパッパラ女となれば話は別。退散退散と思ったその時――
[1、「よろこんで!」家庭教師を引き受ける]
[2、「先生が、俺の夜の家庭教師になってくれるなら」家庭教師を引き受ける]
まただ。また俺の脳内に……。
まさか、あの占い師の言ったことは本当なのか?
だが、あのクソビッチの家庭教師など、死んでも嫌だ。やはりここは退散だ。
「すいやせん! 自転車屋のジジイを待たせてるんで! 失礼しまーす!」
「あっ、待って――」
俺は先生に振り返ることなく、自転車屋にダッシュする。
そして千円札をジジイに叩きつけ、急いでチャリに乗って家に帰った。
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