第5話 入部

「ブヒィ! ブヒィ! うううう……!」


 涙を流しながら豚の真似をする吉田にまたがり、俺は校内を練り歩いている。

 正直、泣きたいのは俺の方だ。


「あはははは! 何あれー!」

「ばっかじゃないのー!」

「誰だよ? あの変態2人はよー?」


 敗者は必ず支払うようにとなっていた。

 たとえ俺が望まなくとも、吉田に罰を実行しなければならないのだ。

 頑張って勝利したのに、どうしてこんな目に遭わなくてはいけないのか……。




「――や、八神、ジュース買って来たぜ……」


 品川はチラチラと吉田を見ながら、俺にペットボトルを渡してきた。


「……1本しかないぞ?」

「わ、わりい……今、金ねえんだよ」


 俺は立ち上がると、品川の襟をつかみ、壁に叩きつけた。


「殺すぞてめえ!!!! こっちは命が懸かってんだ!!!! さっさと、あと9本持って来いや!!!!」

「ひ、ひいいいいいい!」


 品川は慌てて自販機へと走っていった。


 ジュース10本しっかり貰わなければ、災いが降りかかって来るのだ。俺も必死である。



 俺は再び吉田にまたがり、校内を練り歩く。

 その時、校内放送が流れた。


『2年D組、八神颯真君。至急職員室まで来て』


 桜子先生の萌えボイスだ。誰かが俺達のことをチクったに違いない。

 ちくしょう! 俺だって、好きでこんな変態プレイやっている訳じゃないのに!


「クソッ! お前も道連れだからな! さあ、職員室まで歩け豚野郎!」

「ブ、ブヒィッ!」


 俺は吉田に乗ったまま職員室へと向かった。





 吉田はいらないとのことなので、あいつを自由の身へと解放した俺は、一人桜子先生の前に立つ。


「なんで呼ばれたか分かる?」

「はい、豚乗りのことですね?」


「豚乗り? おもしろそう……ううん、そのことではないの。八神君が出した持久走の記録は、神奈川県内トップクラスだった。教職員内で大きな話題になってる」


 マジか? なんで帰宅部の俺に、そこまでの持久力があるんだ?

 まさかこれも呪いの力か? 呪いの代償として、代わりに特別な力を授けられたとか?


「何かトレーニングしてる?」


 最近ボクシングジムに通い始めたが、今回の結果には関係無いだろう。

 さすがにたった1週間では、そこまでの効果はないはず。


「いえ、特に。ただし、毎日ママチャリで山を越えていますがね」

「え……? 山って……もしかして地獄峠?」


 俺はこくりとうなずく。


 俺の街から、ここ「毛輝毛路須けてるけろす高校」の間には、地獄峠と呼ばれる峠道がある。

 地獄のようにキツイ坂が続くことから、そう名付けられたらしい。

 そのため、バスか原付で通学するのが普通だ。おそらく、チャリで通うのは俺だけだろう。


 なぜそんなことをするのか?

 基本働くことが嫌いな俺は、できる限りバイトをしたくない。

 そこで考えたのが、定期代の横領だ。

 バス通学すると言って母上から定期代を貰い、実際にはチャリで通うことで小遣いを稼いでいるわけである。


「地獄峠はロードバイク乗りの聖地と呼ばれる場所。数々のクライマーがトレーニングにやってくる峠なの。それをママチャリで、毎日走破しているなんて信じられない」

「ああ、だからロードバイクをよく見るんですね。あいつ等遅くて邪魔なんですよ」


「遅い……?」

「ええ。チンタラ走って邪魔なんで、いつも追い抜いてますよ」


 桜子先生がポカンと俺を見る。

 いつもクールな先生のその表情、とっても可愛いです。


「……えっと、八神君のママチャリって電動アシスト付き?」

「いえ東友で買った9千円のやつですよ」


 先生がゴクリと唾を飲み込んだ。


「変速機は……?」

「9千円のママチャリに付いてると思います?」


 ガタッ!

 桜子先生が勢いよく立ち上がる。

 一体どうしたんだ?


「八神君、陸上部に入って!」



[1、「この俺に任せておけ。お前の首に金メダルをかけてやる」陸上部に入部]

[2、「入部するんで、おっぱい揉ませてください」陸上部に入部]

[3、「可愛い子ちゃんに頼まれちゃ、断れねえな」陸上部に入部]



 くっそ……! 3つとも全部入部かよ……!


 部活、それも運動部なんて絶対入りたくねえ……!

 手芸部や官能小説朗読部とかだったら、まだ良かったんだが。

 しかも、セリフがどれも最悪じゃねえか。なんで普通に「分かりました」って言わせてくれねえんだよ……。


「可愛い子ちゃんに頼まれちゃ、断れねえな」

「もう……! だから、からかうのはやめて!」


 桜子先生は、真っ赤な顔で頬を膨らます。――可愛い。


「すみません。なんか時々発作みたいに出てしまうんです」

「そうなの? でもびっくり。八神君があっさりOKすると思わなかった。1年の時、部活に入るの散々嫌がったでしょ? どうして急に?」


 呪いのせいです……とはもちろん言えない。

 言おうとしても、言葉が出なくなるのだ。



「――そのキモ野郎が、桜子を狙ってるからよ!」


 背後から、やかましい声をかけられたので振り返る。

 予想通り、瑠璃川ひまりが腕組みして立っていた。


 桜子先生は陸上部の顧問。陸上部に入部すれば、先生との距離が縮まる。

 このビッチは、俺がそんなことのために入部すると思っていやがるのだ。


 ここは一回ガツンと言ってやらないと! ……とはいかないようだ。



[1、「馬鹿、俺が狙っているのはお前だよ。ひまり」ひまりの頬を撫でる]

[2、「それの何が悪いんだ? 原稿用紙1枚に理由を書け」]



 1は当然なしだが、2もクソダサくて嫌だなあ……。

 何が「原稿用紙に書け」だよ。まったく。


「それの何が悪いんだ? 原稿用紙1枚に理由を書け」

「ほら、やっぱり! 桜子、絶対こんな奴入部させちゃ駄目よ!」


 先生は恥ずかしそうに髪をいじっている。


「う、うん……でも、八神君なら絶対結果を残せると思うし……」

「やめときなさいって! この手の陰キャってのは、ちょっと優しくされただけで勘違いして、最終的にストーカーになるの! 関わっちゃダメよ!」


 言わせておけばこいつ……!



[1、キスで黙らせる]

[2、アイアンクローで黙らせる]



 おやおや、選択肢がでてきてしまいましたか。


 この八神颯真、女性に暴力をふるうなど絶対許さない男です。

 しかし、選択肢に出てきてしまったとなれば仕方ありませんなあ。



「食らいやがれ!」


 俺はひまりの頭をつかみ、握力を込める。


「イダダダダダッ! 何すんのよ!?」

「ちょっと! 八神君!」


 ひまりがキッと俺を睨む。



[1、「すいやせんでしたぁ」と、舐め切った態度で謝罪]

[2、「頭にいた毒グモを退治したんだ」と言って、クモの死体を見せる]



 先生が目の前にいるし、1はやめておいた方が良いだろう。

 となれば、2になる訳だが……え……? 毒グモ?


「頭にいた毒グモを退治したんだ?」


 意味が分からないまま、ひまりに手のひらを見せた。


 ――あれ? マジでクモの死体がある。


「こ、これは、日本全土、朝鮮半島、中国に広く分布し、在来種中で最も毒が強く、国内のクモ刺咬症例の大半を占める毒グモ【カバキコマチグモ】じゃない!」


 お前、随分と詳しいな!

 つうか、知らず知らずの内に、素手で毒グモを潰させられていたとは……。本当最悪な呪いだ。


「……ふんっ、いいわ! アンタの入部認めてあげる! 感謝しなさいよね!」


 ひまりはつかつかと、職員室を出て行った。

 ちゃんとお礼言えよ。可愛くねえやつだなぁ。



「八神君、本当に入部してくれる?」

「ええ、まあ……」


「良かった……ありがと」


 先生は天使の微笑みを見せる。――可愛い。



 こうして俺は、死ぬほど嫌悪していた運動部に入部することとなってしまったのであった。トホホ……。

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