第3話 隠れていた才能

 先日の一件で、ひまりが俺を受け入れてくれたかと思ったが、まったくそんなことはなかった。

 俺の授業を素直に聞いてくれたのは、結局あの日だけだった。


 先生が俺を避けて部屋に引きこもってしまうので、授業などまったく聞かずに、雑誌を読んだり、お菓子を食べたりと好き放題に振る舞っている。



 そんな感じで、桜子先生にも謝罪できるタイミングがないまま、1週間が経過してしまった。

 本当、呪いのせいで俺の人生はめちゃくちゃだ。

 このうっぷんを俺は今、サンドバッグにぶつけている。


「シュシュシュッ!」


 パパパンッと小気味よい音がジムに響き渡る。


「いいぞ! 八神! さあ、もっとだもっと! 気合いだ気合いだ! 全力だ!」

「はいっ! ――シュシュシュッ!」


 呪いに「会長! 俺をマンツーマンで見てください!」と言わされ、今日も一切手が抜けない。


「ガハハハハ! 八神、お前は良いセンスを持っているぞ! まだまだいけるな!?」



[1、「はっ! ようやく体が温まって来たとこですわ!(関西弁で)」]

[2、「じゃかあしいわボケ!」会長の顔面に、右ストレートを叩き込む]



「はっ! ようやく体が温まってきたとこですわ!」


 俺はうさんくさい関西弁で、景気の良い返事をする。


「ガハハハハハ! 言うじゃねえか! それでこそ男だ! じゃあミット打ち、始めんぞ!」

「は、はい!」


 俺は会長の持つミットに、パンチを打ち込む。


「ナイスナイス! お前はダイヤの原石だ! ひたすら打って打って、磨け!」

「はい! シュシュシュッ!」


 会長は良く俺を褒めてくれるが、これがすぐに退会させないためのリップサービスであることを、俺は十二分に理解している。

 平穏を何よりも愛するこの俺に、格闘技の才能などある訳がないのだ。



「おい座間ァ! てめえなめてんのか! 腕だけで打つなって、何回言や分かるんだコラァッ! 殺すぞォ!」

「ひいいっ! す、すみませぇん!」


「やる気がねえなら、さっさと辞めろやっ! ゴミが!」

「が、がんばります! ――しゅしゅしゅっ」


 会長が凄まじい剣幕で、座間のオッサンを怒鳴り付ける。

 これは本当に謎だ。なぜオッサンには、こんなに厳しいのだろうか? こんなキツイ言い方をしては、すぐ退会してしまいそうなのだが? 実は座間のオッサンは、ドMだったりするのだろうか?



「よし、八神! スパーリングやるぞ、スパーリング!」

「え!? もうですか!? まだ1週間目ですよ!?」


 スパーリングとは模擬戦のことだ。

 実際に殴り合うので、痛いし怖い。絶対やりたくない。


「ガハハハハ! 心配するな! 迫田さこた! お前、ガードに徹しろ!」

「ハイ! 分かりやした!」


 社会人ボクサーの迫田さんが、威勢の良い返事をする。


 なるほど、パンチを打つのは俺だけということか。

 それならば痛くないから安心だ。

 万が一当ててしまって迫田さんに恨まれるとマズいから、適当に頑張っている振りをしよう。



 俺と迫田さんは、リングに上がる。


「八神! 全力でぶつかっていけよ! 一発でもいいから当てろ!」



[1、「迫田さんをKOしてやりますよ!」迫田を倒す]

[2、「次はてめえの番だからな!」迫田と荒暮会長を倒す]



 嘘だろ……?

 最低でも迫田さんを倒さないと、災いが降りかかってきちまう……! 最悪だ……!


「迫田さんをKOしてやりますよ!」

「ガハハハハハ! 良く言った八神! 本当にお前は度胸があるな!」


 ドンッ。迫田さんの肩がぶつかる。


「あっ、すみませ――」

「はん、会長のお気に入りだが知らねえが、始めて1週間のトーシロにできる訳ねえっつの……お前、調子にのるなよ……?」


 迫田さんは俺を睨みながら、ボソッとつぶやいた。

 まだ1週間目のクソガキが、イキリ散らしているのだ。怒るのは当然である。

 ここは非礼を詫びたいところなのだが……。



[1、「調子に乗っているかどうかは、試してみれば分かる」]

[2、「見せてやろう。ボクシング界の新星こと、この八神颯真の実力をな」]



 ……同じ内容しか選べないのなら、一つでいいって。まったく……。


「見せてやろう。ボクシング界の新星こと、この八神颯真の実力をな」

「ちっ、ボコボコにしてやっからな。覚悟しとけよ?」


 迫田さんがギロリと俺を睨む。こええ……!


 しかし、どうやったら彼を倒せるんだ?

 迫田さんはボクシング歴11年。しかも、ジム内でも高いディフェンス力があると聞いている。素人同然の俺のパンチが当てられる訳ない。



「――いや、弱気になるな俺。勝たなければ死だ」


 迫田さんを倒せなければ、トラックにはねられる、家が火事になる、発狂した父上に包丁で腹を刺される、隕石が落ちるといった不幸が、俺を襲うおそれがあるのだ。何が何でも勝たなければならない。



「八神君頑張ってー!」


 座間のオッサンから声援を貰う。うざい。

 これが可愛い女の子からだったら、感じ方も変わるのだろうか?



 カーン! ゴングが鳴った。


 俺は習った構えを取り、迫田さんに距離を詰める。

 迫田さんがニヤリと笑った。


 よし、いいぞ。

 まだワンツーしか習っていない俺の攻撃を読むことは容易い。油断するのは当然。


 きっと迫田さんはこう思っているはず。

「とりあえず最初はジャブを試してくるだろう」と……。



 そこに賭けるしかない!


 俺は一気に踏み込み、渾身の右ストレートを迫田さんの顔面に放った。



 俺のパンチが、迫田さんの顔面にめり込むのがスローで見える。

 そして自然に、まだ習っていないはずの左フックを、迫田さんのアゴ目掛けて打っていた。



 カンカンカン! ゴングが鳴る。


 まだ勝利を実感できていなかった俺は、困惑した表情で、うつ伏せに倒れている迫田さんを見下ろしていた。





「いやー! 感動しちゃったよー!」

「そりゃどうも」


 俺は座間のオッサンに誘われ、ご飯食べ放題の定食屋「じょうもん軒」に来ていた。

 母上が夕食を作り待っていてくれているはずだが、オッサンと飯を食べるか、それともボコすかの選択肢が出てしまったので、来るしかなかった。

 今日は夕飯を2回食うしかないようだ。


「まさか迫田君をノックアウトしちゃうなんてねー。八神君、絶対才能あるよ」

「いや、あれは迫田さんが油断してたからですよ。次からは――」

「その通りだ。同じ手は2度と食わないぜ?」


 俺とオッサンは、ビクリと声の主に振り返る。


「迫田さん!?」

「おう、一緒にいいか?」


「いいよいいよ」

「え、ええ……」


 迫田さんが、俺達と同じテーブル席に着く。

 まさか俺をシメに来たのか?


「八神……お前……やるな」

「え……? あ、ありがとうございます」


 迫田さんは「ふっ」と笑った。


「なんかお前って変な奴だよな……すっげえ嫌そうな顔で、真剣にトレーニングに励んでんだもん。どう評価していいのか分かんねえよ」

「はははは! 迫田君の言ってることよく分かるよ! 私もそれが不思議だった!」

「ははは……まあ、それにはちょっとしたワケがありまして……」


 良かった。思ったより和やかな雰囲気だ。


「八神、期待してるぜ」

「あ、ありがとうございます!」


 期待しているか……父上と母上、それと桜子先生以外から、そう言ってもらえたのは初めてかもしれない。――まあ、悪い気分ではないな。



「お待たせしましたー」


 店員の女の子が料理を持って来た。


「お、きたきた! 肉野菜炒め定食と、厚焼き玉子だよ!」



[1、「この女の子も、ペロリといっちゃいましょうかぁ?」(ニチャァと笑う)]

[2、「よこせコラッ!」オッサンの厚焼き玉子を強奪する]



 これのどこが恋と青春なんだよ……!


「よこせコラッ!」

「――あっ!」

「おい、八神!」


 俺はオッサンの厚焼き玉子を箸でつかみとり、口に放り込んだ。――美味しい。


「お前、基本礼儀正しいのに、時々破天荒な態度とるよな? 気を付けろよ?」

「すみません!」

「わはははは! 僕は八神君のこういうところ、すごく気に入ってるよ! いいんだいいんだ、食べて食べて」


「まあ、確かに、新しい時代を切り開く奴ってのは、こういう奴なのかもしれませんね……」


 勝手に納得されてしまった。ラッキー。



 その後も俺達は、学校のことや仕事の悩みなどを話しながら、食事を楽しんだ。

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