2.王都観光とセリス大聖堂
クシャナ女王との謁見から数日が経過した。
ミーリアはアムネシアの案内を受けて入学に必要な制服、教科書などを買い集めた。普段使わない杖を買わされたりもしたがそれもようやく終わり、半日だけ余暇ができた。
(お姉ちゃんと早く会いたいけど……明日まで我慢しようかな。テンション上がって制服のままお店から出ちゃったけど)
クロエとは二年ぶりの再会であるが、入学式前日のわずかな時間で会いに行くのは違う気がした。
(時計魔法──午後二時半か……よし、王都散策してみよっかな!)
これまでアムネシアにくっついて王都を歩いていたので自由行動をしていない。
二年間のぼっち生活で慣れているので、一人行動するのは苦ではなかった。
魔法袋から何枚か銅貨を出してポケットに入れ、女王のはからいで準備された高級宿の部屋から出て、ロビーで受付に外出を告げ、大通りへと足を踏み出した。
(わあ!
王都には
洗練された石畳、白レンガの家々、魔道具の街灯、行き交う人々。
王都はアドラスヘルム王国すべての最先端技術が集約されており、クシャナ女王の善政のおかげもあって、大いに
(やっぱり観光名所は押さえておきたいよね)
まずはセリス神が
勲章をつけていなければごく普通の少女に見えるミーリアはすっかり街に溶け込んでいる。
ちょうど宿の前に乗り合い馬車が来たので、セリス大聖堂行きと確認して乗り込んだ。
「銅貨四枚だよ」
「はぁい」
ポケットから銅貨を出し、御者に渡して馬車の後部座席へ座った。
(へえ……この馬車、セリス大聖堂から王宮前まで行き来してるのか……前世で言う循環バスみたいなものかな? 下りるときはどうするんだろう?)
三頭立ての馬車は全部で二十席あり、座り心地もなかなかにいい。
ガラガラと舗装された街並みを進む壁のない乗り物は、街を見回すにはもってこいだった。
(大都会だなぁ! アトウッド領と比べたら霜降り和牛と焦げたパンだよ!)
王宮に近いこの場所には高級な服飾店、宝石店が多く並んでおり、仕立て店、浄化屋、マナー教室など貴族が行きそうな店から、変わっているものだと、緊急代筆屋や葬式通報人組合などが並んでいる。業種不明の店も多く、見ているだけで飽きない。
商家の荷車隊が前方の交差点を横断すると、御者が巧みに手綱を操って馬車を停止させた。
するとすかさず馬車に珍妙な売り子が駆け寄ってきた。
「ウーブリ、ウーブリ! お嬢さん、世にも甘い焼き菓子ウーブリはいかがですかね?」
とんがり帽子をかぶり、首から大きなバスケットを下げた売り子が笑顔をミーリアへ向けた。
乗り合い馬車が止まる瞬間を狙った販売方法らしい。
(商魂たくましいね……)
ミーリアは感心し、銅貨二枚でウーブリという焼き菓子を買った。
「ラベンダー色の髪をした美しいお嬢さんがぁ~、世界一
(いやめっちゃ恥ずかしいんですが)
ウーブリの売り子が笑顔で叫んで、このウーブリは一番だ、と宣伝している。
それに誘われて子連れの親子がウーブリを一枚買った。
商家の荷車隊が通過し、ゆっくりと乗り合い馬車が発進する。
ミーリアは手すりから身を乗り出して、小さくなっていくとんがり帽子を眺めた。
(あれくらいたくましくないと生きていけないのか……王都も大変だ……さて)
買ったウーブリに視線を落とす。見た目はアイスクリームのコーンの部分を平たくしたような形で、持った手触りは結構硬い。
(うん……うん……ほのかに香る
ぼりぼりとウーブリを
馬車は進み、ウーブリや果実水を販売する売り子と何度もすれ違う。ガラス売りの売り子がいたので物珍しさからコップを一つ買った。馬車が動いているのにガラスを割らずに走る器用な売り子にちょっと感動する。魔法袋に収納して、果実水の売り子が来たら使おうと決めた。
王都の景色を眺めていると、ミーリアの向かいに座っていた乗客の青年が、乗り合い馬車が走っているにもかかわらず、御者に断りもなく飛び下りて雑踏に消えていった。
続いて道の途中で、
「乗りますわよ!」
とハンカチを振るご婦人が現れ、乗り合い馬車が速度を緩めると、長いスカートをうまくさばいて銅貨を払い手前の席に座った。この間に馬車は停止していない。
(勝手に飛び下りて勝手に乗る自由なシステム……これは面白いねぇ)
知らない文化に感心しきりだ。
ひっきりなしに現れるウーブリ売りにも慣れ、五枚目のウーブリをもりもり食べて、レモン風味の果実水を買ったコップに
〇
「ご
セリス大聖堂の受付のシスターに笑顔で聞かれ、ミーリアはいいえとは言えずにうなずいた。
「では、銀貨三枚をこちらにお納めくださいませ」
「あ、はい」
(銀貨三枚──入るのに三万円。超お高いね)
ハマヌーレで稼いだお金があるからまあいいかと、ミーリアはざっくり日本円換算で計算しながらポケットから出す振りをして、魔法袋から銀貨を三枚出した。
(高いだけあって一般市民っぽい人はいないね)
周囲を見ると金持ちらしき人物が大聖堂から出てくる姿が見えた。
「セリス神のご加護があらんことを」
「……失礼いたします」
シスターに一礼し、荘厳な雰囲気の大聖堂へと入った。
(……うわっ、すっごい
大聖堂に足を踏み入れると、息を忘れるほどの美しさが瞳に映った。
巨大な剣のような形をした
神秘的な空間で雑談する者はおらず、中にいる各々が中央のセリス像に向かって真摯に祈りを
(神さまは信じてないけど、神社で願い事を言うくらいに思えばいいかな……?)
身も蓋もない意見だがこれには理由がある。
前世でダメ
それでも、祈ってみたいと思わせる求心力がセリス大聖堂にはあった。
ミーリアはなるべく音を立てないようにセリス像へ近づき、見よう見まねで片膝をついて両手を組み、目を閉じた。
(明日は女学院の入学式です……私の願いは……願いは……)
ミーリアはむうと閉じた目を開けた。
このような神聖な場所で焼き肉食べ放題は違う気がする。
(
自分なりの真剣な祈りを捧げ、目を閉じ、眉間にしわを寄せる。
前世からずっとほしかったのが〝可愛いお友達〟だ。
小中高と学校内で話す友人はいたがすべて上辺だけの存在で、放課後にお茶をしたり家に遊びに行ったりする関係の、ミーリアが言うところの真の友達は一人もいなかった。
願わくは、女学院で友達ができればいいなと思う。
(ただ……緊張して変なことを口走る未来しか浮かばないけど)
過去のやらかしを思い出して、ミーリアは自分という存在がいかに小さくてみじめであるかを再認識してしまい、足元の床が盛大な音を立てて崩れ、ああああっと悲鳴を上げて暗い穴へ真っ逆さまに落ちていく気分になった。
思い返せば思い返すほど恥ずかしく、ネガティブ思考によって生まれる落下感と浮遊感が胃のあたりにまとわりつく。
小学生時代、クラスメイトを遊びに誘おうとしたことがあるのだが、緊張のあまり「あああ、あの、あー、あのね、できれば……ほ、ほ、ほ……ううん、なんでもない。さようなら!」と誘えずじまいで終わった。目を点にしていたクラスメイトちゃんの顔が今でも脳裏に焼き付いている。
中学の三年間は父親の束縛が激しくまさに暗黒時代であったため、友達を作る精神状態ではなかった。
高校生になってようやく余裕が出てきたので、ちょこちょこ話す女子生徒を「よ……よかったら……ほう……放課後一緒に……」と、しどろもどろで下校に誘ったところ、「ごめんね」とすげなく断られた。ばっさりと斬られるような拒絶にどこかへ消えたくなった。変な誘い方だったからだとミーリアは思い込んでいる。
すべては自信のなさが生み出した結果だ。
もし父親が少しでも優しい人間性を持っていて、「たまには遊んできなさい」と一言でも言ってくれていたら、結果は違ったものになっていたはずだ。
自信を持てない元凶は前世の父親なのだが、どうにも一人で背負いこんでしまうミーリアにとって、お誘いに失敗した、という結果だけが心に残っていた。
(あああああっ……友達、できる気がしない……!)
祈りはいつの間にか嘆きに変わりつつある。
手を組んだまま、脳内でじたばたと転がり回るミーリア。
友達がほしいという
自分でもそれは自覚している。
クロエ、ティターニア、アムネシアと仲良くできているのは全員年上だからかもしれない。そう思うと、同年代の女子とどう仲良くなればいいのか、何を話題にすればいいのか、さっぱりアイデアが浮かばなかった。
(不安だ……入学式……うまくできるか不安だ……)
脳内で「私、ミーリア・ド・ラ・アトウッド! 趣味は魔法開発と食べ歩き! よろしくねっ!」と爽やか笑顔で自己紹介をしている自分を思い浮かべ、胃がきりきりと痛んだ。爽やかに言えるかい、そんなもん、と思わずツッコミを入れてしまう。
何度もシミュレーションを重ねてはツッコミを入れるという作業をすること約十分、思考は
(一緒に馬車に乗って、ウーブリを食べて、王都観光……。洋服を買ったりもしたいなぁ……前世より自由にできるお金があるから夢は広がるなぁ……ハマヌーレでおこづかい稼いでおいてよかったなぁ……)
金貨二千枚のことはすっかり頭から抜け落ちていた。
「……」
目を開け、片膝をついたまま白亜の石に彫られたセリス像を見上げると、慈愛に満ちた目で見つめられた気がした。セリス像の瞳には角度によって輝きの色が変化する、ムーンオパールと呼ばれる宝石がはめ込まれている。ステンドグラスからこぼれる光と相まって、虹色の粉を
(祈ろう……たとえ効果がなくっても……)
この世界はセリス神の一神教のみだが、元日本人であるミーリアは思いつく限りの神へと祈りを捧げた。
〇
友達がほしいと祈りを捧げるミーリアよりも、一時間前から祈りを捧げている少女がいた。
王国女学院の制服の袖からは触れれば溶けてしまいそうな白い肌が出ており、艶のある銀髪を耳の斜め後ろでツインテールにまとめ、
「……」
公爵家の三女である少女は、その全身に高貴さをまとわせていた。
可愛らしいツインテール姿も、すっと通った鼻筋の横顔と合わされば、彼女にとってふさわしい髪型に見えてくる。彼女は意識していないが、その髪型には美しい彼女の外見を年相応に見せる効果があった。
──扉が開いた。
司教がセリス大聖堂へ静々と入室する。
今にも聖なる羽が生えてきそうな見目麗しい銀髪の少女が微動だにせず熱心に祈っており、ちょうど一時間前、火を入れにきた際と姿勢に変化がない。セリス神に仕える
司教がゆったりと聖句を唱えながら、セリス像の傍らの蠟燭へと火を入れる。
ぽっ、と火種から蠟燭へと火が移っていく。
銀髪の少女は集中しているのか、司教の存在に気づかず目を開けることもなかった。
司教は恭しくセリス像へ聖印を切って退室した。
実のところ、彼女の頭はこれから始まるアドラスヘルム王国女学院の学院生活でいっぱいだった。
(必ず……魔法科の首席になります……)
少女はセリス像へと祈りを捧げる。
(首席になるため魔法にすべてを懸けてきました……だから……わたくしは……友達など絶対に作らず、勉学と魔法に打ち込むことを……ここに誓います……友達など作らずに……)
ぴくりと少女の長いまつ毛が震える。
心の奥がずきりと痛んだ気がした。
先ほどから、魔法科の首席になる、友達など邪魔、だから絶対に作らない、そう誓うと胸が痛い──この繰り返しであった。
(わたくしは……弱い人間です……もっともっと強くならないと……)
少女は自分の心の弱さが恥ずかしかった。
公爵家の三女として、前を向いて進まねばならない。
(……友達も作らず、必死に魔法の訓練をしてきました……やっと十二歳になって入学できることになったのです……今さら友達など……必要ありません……)
自分にはやるべきことがある。
必ずやり遂げなければならない。
公爵家の期待を一身に背負っている。
(新入生にはドラゴンスレイヤーがいます……絶対に……絶対に負けられない……)
少女は祈る。
同じ聖堂にいるラベンダー色の髪をした少女が自分と真逆の「友達超ほしい──NOフレンドNOライフ」と祈っているとは知らず、しかも負けたくない相手のドラゴンスレイヤーであるとは夢にも思わず、己の心を律するために祈り続ける。
(魔法科の首席になって地図を受け取り……学院の謎を解きます……必ず……)
銀髪少女の祈りはまだしばらく続くのであった。
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