1.女王陛下と謁見

 アドラスヘルム王国・王宮──謁見の間。

 ミーリアは赤じゆうたんにひざまずいて頭を真っ白にしていた。

(えっと、王都に到着して……アムネシアさんから報告があるって言われて……そのあと……なんかミーリアも来なさいと言われて……現在にいたる……んだっけ? あれぇ? 緊張で記憶が……目の前には女王陛下……ほっ?)

 ティターニアからもらったスカートとローブ姿のミーリアはごく普通の少女に見える。

 ちらりと目線を上げると、玉座には女王が座っていた。

 赤く分厚いマント、女性らしいごうしやなドレス、王冠、手にはおうしやくを持っている。

 茶と金の混じった髪の毛をすべて後ろに流しているため、整った輪郭が目立つ。眉は意志の強さを強調するように斜め上にまっすぐ伸び、瞳には冷たい無機質な光と、得体の知れない熱のようなものが見えた。

(……怖すぎる……)

 他人にも自分にも厳しそうな人物に、ミーリアは背筋がひやりとした。

「……リア……ミーリア、聞こえている……? 前へ……」

 隣にいるアムネシアは緊張しきった顔で片膝をつき、小声でささやいた。

 彼女の長く美しい金髪が絨毯で渦を巻いている。

(……転移魔法で帰っちゃダメかな……)

 この状況でできるものなら大した度胸だ。

「どうした、アトウッド家七女、ミーリア・ド・ラ・アトウッド。陛下が前へ出ろとおつしやっているのだぞ」

 文官らしき人物が横から声を上げ、ミーリアは「はい!」と返事をして、はじかれるようにして立ち上がった。

「おっとっと……あ……すみません……!」

 よろけてしまい、すぐにピシリと背筋を伸ばして直立した。

「緊張しなくてよろしい」

 女王のアルトボイスが響く。

 それだけでミーリアはさらに背筋が伸びた。

「クシャナ・ジェルメーヌ・ド・ラ・リュゼ・アドラスヘルムだ」

「あ、あの、私はミーリア・ド・ラ・アトウッドです……」

 ぺこりとミーリアが頭を下げ、女王陛下がうなずいた。

「ミーリア。そなたが魔古龍ジルニトラを討伐したと聞いた。その証明としてアムネシアからジルニトラの爪を受け取った」

 女王が目配せをすると、れいな身なりの小姓が銀のトレーにのせたジルニトラの爪を持ってきた。

「鑑定の結果、魔古龍ジルニトラの部位で間違いないと確認できた。一つ聞きたい。アムネシアの報告では一人で討伐したとのことだった。相違ないか?」

「はい……私が魔法で倒しました。うそではありません」

「そうか」

 女王がさらにうなずくと、周囲にいた魔法使いや、文官たちがざわめいた。

「あんな子どもが──」「まだ入学もしていない──」「本当ならばうちの嫁に──」「抜けていそうな子だが──」など、囁き始める。

 皆、ミーリアが討伐したと信じられないようだ。

(たぶんジルニトラが弱ってたと思うんだよね……師匠なら瞬殺だと思うし……そんな大変なことなのかな……?)

 周囲と自分の感覚のズレがいまいち理解できず、王宮に連れて来られた理由がよくわからなかった。

「あのぉ~、魔法袋に入ってるので、見ますか?」

 首を引っ込めながら、ミーリアは周囲の人々に提案した。

 謁見の間にいる全員が言葉の意味を理解できないとばかりに、囁きをめてミーリアを見た。

 しかし女王だけは動じず、王笏で手のひらをポンとたたいた。

「魔法袋に入っているとはどういう意味だ?」

「えっと──」

 ミーリアは手をバタバタさせながら、ポケットから魔法袋を取り出した。

「この中に魔古龍ジルニトラが入っています、陛下」

「中に? その魔法袋は?」

「私の魔法袋です」

「ここに出せるか?」

(うーん、謁見の間は広いし、三十mぐらいだからいけるかな。床に血が落ちると怒られそうだから重力魔法で浮かせて……)

「ちょっと大きいんですけど、下がれば大丈夫……だと思います」

「出してみなさい」

 女王が許可を出すと、近くにいた王宮魔法使いらしき女性が一歩前へ出た。

「陛下、おやめください。中から何が出てくるかわかりません」

「平気だ。問題ない」

「……御意」

 女王の一言で女性の魔法使いらしき人物は引き下がった。

 ショートボブほどの髪に縁無し眼鏡をしており、ローブの下には王宮魔法使いの証明である軍服を着用していた。女王のこのへいであろうか。

「出しなさい」

「了解であります、です……!」

 ミーリアが口をへの字にしてうなずいた。

 背後で膝をついているアムネシアは肝をつぶし、どうにかミーリアに気づいてもらおうと「ミーリア……ミーリア……あんな大きな魔物の死骸を出すなんて……!」と、必死に囁いている。

 残念なことに彼女の声は、緊張しきった小さな魔法使いには届いていない。

 ミーリアは玉座から距離を取り、拳を握った。

「ミーリア、出します!」

(魔法袋ちゃん、ジルニトラちゃんを出して! それから──重力魔法発動!)

 魔法袋から魔古龍ジルニトラのきよが飛び出した。

 重力魔法のおかげで巨軀は宙に浮き、ふうじんで切断した首から血は流れていない。

「……!」

 謁見の間にいた全員がきようがくの表情を作った。

 ふよふよと浮いているジルニトラが、悔しい最期だったのか苦しげに口を開いている。

 シャンデリアの光がジルニトラのうろこに埋まっている魔石類に反射し、鈍く輝いた。

「…………」

 重い沈黙が謁見の間に広がった。

(あの…………誰か何か言ってほしいんですが…………)

 女王以下、再起動するまでに二分ほどの時間を要した。



 謁見の間に漂っている魔古龍ジルニトラを見て、最初に声を上げたのはクシャナ女王だった。

「……一部だけかと思っていたのだが……丸々魔法袋に入っていたのだな……」

「そうです。倒してすぐ入れたので、まだあったかいと思います」

「そうか」

 女王は何度かうなずいてみせると、ジルニトラを見て、ミーリアへ視線を戻した。

「ミーリアよ、魔古龍を買い取ろう」

「えっ? 陛下が買い取ってくださるんですか? このあと街で売ろうと思っていたんですけど……」

「ハッハッハ! 街で出したら民が驚くだろう。覚えておくといい」

 女王はさもおかしげに笑い声を上げた。

 めったに笑わない女王の機嫌の良さに、謁見の間の空気がかんした。

 女王は人材登用に積極的な人物であった。王国の利益になりそうな人材であればどんな身分の者でも登用する。女学院を立ち上げたのも、男尊女卑の考えがベースになっているこの国の意識を打破する狙いと、優秀な女性を自由に働かせる目的があった。こと魔法使いにおいては人材が大いに不足しているため、ミーリアのような魔法使いは大歓迎である。

 ただ、ミーリアが他を圧倒するほどの規格外な人物であることにまだ気づいていない。

「あ、そうですよね。わかりました!」

 素直なだけあっていい返事をするミーリア。

 女王はまっすぐに伸びた眉をやや下げて、ミーリアに微笑を向けた。

「これだけ大きな身体からだであればいい素材となろう。表皮に付着している魔石もかなりの量だ。財務官──査定をしなさい」

 財務官が数名飛び出してきて、メモを取り始めた。そのには金貨マークが浮かんでいる。

 また、財務官に限らず、謁見の間にいる誰もがジルニトラを近くで見たいという顔をしていた。扉を守護している無骨な騎士たちでさえ、なんだかうずうずしているように見える。

 一方、アムネシアはおとがめがなくてあんしていた。

 ミーリアの突拍子もない行動に寿命が縮んだ気分だ。

「ミーリアと言ったな?」

 先ほど女王に意見した女性がミーリアへ顔を向けた。

「え? あ、はい」

「私は王宮魔法使いのダリア・ド・ラ・ジェルメール男爵だ」

「アトウッド家七女、ミーリア・ド・ラ──」

「さっき聞いた」

 ダリアがぴしゃりと言葉をさえぎった。

 ミーリアは「すんませぇん」と声を上げそうになって、口を閉じた。

「今、重力魔法を使っているな? どこで覚えた?」

 ショートボブに眼鏡姿のダリアの視線は鋭い。

(師匠に教えてもらったとは言えないよね……)

「あの、自分で覚えました。空も飛べます」

「飛行魔法も使えると?」

「はい!」

「……アムネシア騎士」

「はっ」

 今度はアムネシアが指名された。

「討伐の状況説明を頼む。簡潔に」

「承知いたしました」

 アムネシアはミーリアが魔古龍ジルニトラの重力魔法を猫型魔法陣で防ぎ、黒猫を模した魔法によるアッパーカットではじばして、動けなくなったところに爆裂火炎魔法を撃ち込んだこと──。その後、鱗の焼失した部分を風魔法で切断した旨を淡々と説明した。

 実際に目の前で見たにもかかわらず、アムネシアは自分が作り話をしている気分になってきて、冷や汗が流れた。

 猫型魔法陣や、黒猫アッパーや、爆裂火炎魔法など、意味不明な単語群をいったい全体誰が信じるというのであろうか。

「──という流れでございます」

「……」

 ダリアが薄目でアムネシアを見つめた。

 アムネシアは伯爵家三女でありながら、実力で女学院の騎士科教師役としてばつてきされた優秀な人材だ。女王直々の通達で試験官に任命されている。

 よもやアムネシアが噓をつくまいとダリアは思うも、信じがたい話だった。

「ミーリア。これから私が魔法を撃ち込む。その猫型魔法陣とやらで防げ」

「へっ?」

 ダリアの予想外の言葉にミーリアは目が点になった。

 彼女は腰につけたつえを引き抜き、ミーリアへ向けた。

「陛下、よろしいですね?」

「構わない。私も見たい」

「ありがとうございます。ミーリア、準備はいいか?」

「え? ええっ?」

「それとも重力魔法を使いながら防御するのは厳しいか? 王宮にいる魔法使いを呼んで、重力魔法を代わりにやらせるか──」

「あ、いえ、それは大丈夫なんですが……それよりも、あの、平気でしょうか?」

「何がだ」

「いちおうカウンター魔法なので、ダリアさんに猫が飛んでいきますけど……」

 アムネシアが素早くミーリアの隣に来て、耳元で「ジェルメール男爵よ」と告げる。

「すみませんっ。ジェルメール男爵──」

「いい。ダリアさんでいい。まつなことだ。平気なら魔法を撃ち込むぞ」

 ダリアは居ても立ってもいられないと言いたげに、せわしなく眼鏡を上げ、口元に笑みを浮かべている。

(いろいろとヤバげな人だよ?!)

 ミーリアは察した。深入りしてはいけない人ではなかろうかと。

「では──大火球!」

 ダリアの杖からミーリアを飲み込む大きさの火の玉が出現。ゴオォッと物質が燃える音をうならせて撃ち込まれた。

 謁見の間から悲鳴が上がる。

「なんてこと──」「少女が丸焦げに──」「消火を──」

 十人十色の言葉が響く中、ミーリアはティターニアとの修行の成果を発揮して、すぐさま迎撃の魔力を循環させた。

(めちゃくちゃな人だよ! 猫型魔力防衛陣──魔力充塡……カウンター魔法発動!)

 ミーリアが右手をかざすと、猫型の魔法陣が展開され、大火球を受け止めた。

 燃え盛るバーナーに強風が当たったかのような音が漏れ、大火球が猫型魔法陣を突き抜けようと形を変える。

 だが、抵抗むなしく魔法陣に取り込まれて赤い猫に変貌し、ダリアへと進路を変えた。

 さながら猫が壁を蹴って跳んだかのようだ。

「──!」

 ダリアはカウンター魔法に驚き、手に持っている杖を振った。

 カシャン、と杖が剣に変形する。

「ハアッ!」

 赤い猫は肉球パンチを繰り出したが、ダリアの剣によって真っ二つにされ「フニャアン」と寂しげに鳴いて空中にかき消えた。

(剣で魔法を……そんな対処法、師匠からも聞いたことがない……!)

 ミーリアはダリアの洗練された動きに感動した。

「……私の魔法をたやすくはじかえすとは」

 一方、ダリアも驚きを隠せないようだった。

「よくわかった。いきなり魔法を使ってすまなかった」

 杖を元に戻し、ダリアがさっと頭を下げた。

「いえ、私こそカウンターで魔法を──」

「では次に爆裂火炎魔法を披露してもらおう」

「ええええっ?!」

(女王よりこの人のほうが厄介な気がする……)

「ここで使うのは、ちょっと……アハハ……」

 ダリアは魔法を受ける気満々なのか、すでに身構えている。手をくいくいと動かした。

(人の話を聞かない人だね?!)

 これには見かねたアムネシアが前へ出た。

「ジェルメール男爵。ミーリアの爆裂火炎魔法は魔古龍の鱗をも消失させる、極めて強力なものです。謁見の間で使うのはさすがに無理があるかと愚考いたします」

「私が防ぐから大丈夫だ。かまわない」

「いえ、こればかりは首を縦に振れません。ミーリア、撃ってはダメよ」

 アムネシアが必死な目でミーリアを見る。

 ミーリアはもちろんです、とうなずいた。

「人に使う魔法じゃないです。ダリアさん、ごめんなさい。あっ──ジェルメール男爵、申し訳ございません」

「いい。ダリアさんでいい。わかった。今日のところは引き下がろう」

 ダリアは眼鏡を指で上げ、定位置に戻った。

「次会ったときは頼むぞ」

「……アハハ~」

(絶対会わないようにしよう)

 ミーリアはアムネシアと目を合わせ、互いに心の中で誓い合った。

「話は済んだな。査定の続きをする」

 一連の流れを興味深そうに見ていた女王が口を開いた。

 財務官が小姓に紙を渡し、小姓が玉座へと運ぶ。

 受け取った女王は顔色を変えることなくミーリアに言い放った。

「魔古龍ジルニトラを金貨千八百枚で買い取る。金貨をここへ」

(はいぃぃ???)

 ミーリアは耳がおかしくなったのかと思った。

 自分の両耳にヒーリング魔法をかけて、再度確認する。

「女王陛下、あのぉ、金貨が……千ウン百枚と聞こえたような気が……」

「ん? 聞こえなかったか? 金貨千八百枚だ」

「せ、せせ……せん……はっぴゃく?!」

(……銀貨十枚で金貨一枚……だから……金貨千八百枚で、銀貨がえっと……一万八千枚?!)

「なんだ、不満か? この私に交渉の申し出とは骨のある新入生だ。あいわかった。二千枚にしてやろう」

「ににに、にせん……」

(銀貨で二万枚?! ダボラちゃんの羽何枚分……?!)

 ミーリアはようやく自分がとんでもないことをしてしまった事実に気づき始めた。

(えーっと、金貨二千枚だから……)

 ミーリアは脳内で計算をし始めた。

 銅貨一枚をハマヌーレの街で使えば、肉団子が一つ入ったスープが飲める。

 日本円に換算するならば、百円といった具合だ。

 銅貨百枚で銀貨一枚──

 銀貨十枚で金貨一枚──

 つまり、銅貨一枚で百円、銀貨一枚で一万円、金貨一枚で十万円換算となる。

(金貨二千枚は……二億円ってこと?!)

 ちなみにではあるが、魔古龍ジルニトラでなく、別の龍種であれば鑑定金額は金貨十万枚ほどに跳ね上がる。百億円だ。

 ジルニトラはしようをまとっていることから加工に費用と期間を要し、作業代を差し引きして金貨二千枚という金額だ。表皮に食い込んでいる複数の魔石は魔道具開発の研究に使われるであろう。女王の買い取りでなければ金額はもっと下がっていたかもしれない。

 ともあれ、金貨二千枚だ。

(ど、どうしよう……クロエお姉ちゃん……)

 ミーリアは恐ろしくなってきた。

 前世では閉店間際のスーパーで割引シールが貼られるまで待っている生活を送っていた。転生してからは金銭とはほぼ無縁の生活だ。ハマヌーレでダボラの羽を売って受験費用を稼いではいたが、ティターニアには必要以上に稼ぐなとくぎを刺されていた。

 すべてはミーリアが金持ちになって身持ちを崩さないように、というティターニアの配慮である。いずれミーリアが誰よりも稼げる魔法使いになることをティターニアはわかっていたが、誤算であったのはこんなにも早く大金を稼いでしまったことだ。

『お金のことはクロエに聞きなさい。いいわね?』

 ティターニアの言葉が脳内に響く。

「では、私の魔法袋に回収しよう。他の龍なら肉も食べられたんだがな……残念だ」

 ダリアがジルニトラに近づいて、腰につけた魔法袋で回収した。浮かんでいたジルニトラが袋に吸い込まれる。ダリアは女王のもとへ戻った。

(魔石が食い込んでたし食べられないのは何となくわかってたよ……それよりも……)

 小綺麗な服装をした小姓の持つトレーに、金貨が積み上げられていく。

 重たいのか、小姓の腕がぷるぷるしていた。

(金貨って綺麗だね……すごいね……)

 ミーリアは金勘定ができるしっかり系女子である。前世では、一人暮らしもある程度経験してきた。しかし、急に大金を手に入れた経験はない。

 夢か現実か?

 いや、現実なのであるが、目の前の光景がうまく処理できない。

(こんな大金、管理できない)

 ミーリアは金貨から顔を上げた。

「陛下、あの……こちらのお金なんですけど……」

「どうした? 貴族であるなら金の使い方は学んでいるはずだが?」

「王国女学院に姉がおります。私ひとりではとても使い切れないので、姉のクロエ・ド・ラ・アトウッド宛に送ってくださいませんか……?」

 女王は喜ぶどころか混乱しているミーリアを見て、アムネシアへ視線をずらした。

 状況を理解したアムネシアが一礼した。

「陛下。ミーリアの姉、クロエは今期から三年生でございます。商業科で二年連続学年一位の成績。スターの数は9個。品行方正で、大変優秀な学院生かと存じます」

「そうか、そうか。よろしい。財務官、金貨二千枚をクロエ・ド・ラ・アトウッドへ送金しなさい。王家の紋章印付きだぞ」

「御意」

 財務官の一人が金貨をトレーに置くのをやめ、小姓とともに退出した。

 クロエ、逃げて、と言いたい。

「魔古龍ジルニトラを野放しにしていたならば騎士団を出撃させるところであったな。民に大きな被害も出たであろう。ミーリア、立派な行いであったことをゆめゆめ忘れるな。金貨は好きに使え。よいな?」

「は、はい! ありがとうございます! お姉ちゃんと……えっと、クロエお姉さまと考えて使います!」

 ミーリアは何度も頭を下げた。

 やっと生き返った気分だ。

(金貨二千枚かぁ……何に使おうかな……?)

 頭が回り始めたミーリアは王都にある店を色々と巡ってみたいと思った。焼き肉のタレ的な調味料があるかもしれない。

(お姉ちゃんと相談しよう!)

「しかし、ダリアと同等の魔法使いか。先ほどの個性的な魔法も実に面白い。この先が楽しみであるな」

「はい、誠に」

 女王がダリアへ首を向けた。

「おまえなら単独でジルニトラを撃破できるか?」

「問題ないでしょう」

 王宮きっての魔法使いダリアであったとしても、単独撃破には多大な時間と労力を使うだろう。何なら、返り討ちに遭う危険性もある。

 女王もダリアもミーリアの技量を測りそこねていた。ミーリアの戦闘時間は三分ほどだが、ここにいる全員が討伐に時間をかけたと思い込んでいる。アムネシアが「簡潔に」と言われて説明したのも勘違いの原因であった。

「して、ミーリア。おまえに爵位を授けようと思う」

「……しゃくい?」

「ダリア。ひとまず、騎士爵でいいか?」

「まだ十二歳にもなっていない学院生です。よろしいかと」

(騎士爵……ってうちと同じ? 私が? 貴族?)

 女王は今のうちに爵位を渡して囲い込む腹積もりであった。素直で腹芸のできないミーリアの性格にも好感が持てる。女王は早くもミーリアをお気に入り登録したようであった。

(貴族になったら色々呼び出されたりしちゃうよね……ここは断っておいたほうが……むしろ私よりお姉ちゃんのほうが相応ふさわしい気が……)

 ミーリアは危機感を覚えた。

「陛下、恐れ入ります……あのぉ、爵位は必要ございません。私よりも姉のクロエ・ド・ラ・アトウッドにあげていただきたいです」

「ミーリア……断るなんてとんでもないわよ!」

 隣でずっとハラハラと様子をうかがっていたアムネシアが小声で諭した。女王が提案した授与の話を断るなど聞いたことがない。

 謁見の間にいる家臣らも驚いていた。

 フォローすべく、アムネシアが素早く口を開いた。

「恐れ入ります陛下。ミーリアはなにぶん世間知らずでございます。彼女の生活していたアトウッド家はアトウッド家でございます。田舎で何もなく、周囲を魔物領域に囲まれた閉鎖的な領地。ミーリアは家族から冷遇されて育った生い立ちでございます……突飛な発言はお目こぼしいただければ幸いでございます」

(突飛な発言……! た、確かに女王さまからのいい話を断るとかっ……あかん! アムネシアさんのフォローが胸に響くね……もうちょっと考えて発言しないと)

 ミーリアは自戒し、深呼吸をした。緊張するとどうにも考えが一方通行になりがちだ。

「……家族に冷遇か……ミーリア、それは本当か?」

 女王はミーリアの発言よりも家庭環境が気になるらしく、ぴくりと眉を動かした。

 ミーリアは肩を小さくしてうなずいた。

「あの、はい……お恥ずかしいことに……」

「そうか。それはつらかったな。ミーリアが素直に育ったことは奇跡であろう。セリス神へ感謝せねばならんな」

「いえ……姉が、クロエお姉さまが可愛かわいがってくれましたので……」

「クロエという学院生もよほど優秀なのであろう。覚えておこう」

「ありがとうございます」

 ミーリアはクロエの株を爆上げしていることに気づいていない。

「だが、爵位は受け取ってもらうぞ。皆への示しがつかんからな」

「そ、そうなのですか?」

「貴族とはそういうものだ」

 断れば女王のメンツが丸つぶれになる。しかし、爵位はほしくない。

「保留……ということにはできませんでしょうか?」

 ミーリアの最後の悪あがきに、アムネシアが顔を青くした。

「ミーリア、おかしなこと言わないでちょうだい……!」

(保留もダメなのか……! でも、ここで粘らないと……)

「クロエお姉さまを差し置いて爵位をいただくなど……私にはできません」

 一度思い込むと意地っ張りなミーリアであった。

 謁見の間がしんと静まりかえる。

 財務官、記録係、その他文官などがかたをのんで女王とミーリアを見守った。

「……あいわかった。ミーリアの提案を受け入れよう」

 意外にもあっさり女王が折れた。それに、若干愉快そうな表情だ。

「陛下、よろしいのですか?」

 ダリアが眼鏡を押し上げ、疑問を呈した。

「かまわん。魔古龍ジルニトラを討ち取った英雄の提案を無下にはできまい。ではミーリアよ、爵位は姉クロエが叙爵するまで、一時保留とする」

「ありがとうございます!」

(よかったぁ~……あやうく本物の貴族になるところだったよ……。貧乏貴族の七女ってほうがまだ色々言われなくて済みそうだもんね。もし貴族になるならお姉ちゃんも一緒のほうがいいし……それに、魔法使いじゃないお姉ちゃんが貴族になるのはかなり難しいんじゃないかな? だとすると、私が貴族になるのはまだまだ先になる。うん……保留にしてもらえてよかった……よね?)

 ミーリアは胸をなでおろした。

 しかし、女王はミーリアへの爵位授与をあきらめた顔はしていなかった。

龍撃章ドラゴンスレイヤーの勲章と、スターしようを持て」

「はっ!」

 女王の指示に小姓が退出して、金のトレーにのった勲章とスターの徽章を持ってきた。

(ドラゴンスレイヤー? スター?)

 勲章は龍を雷で貫いた様子を表した銀色の細工があしらわれており、星の徽章は星形で金色、親指の爪ぐらいの大きさだ。

「保留はないぞ」

 女王がくっくっく、と厳しい顔つきを愉快げにして言った。

 小姓がさっとミーリアに近づいて、胸もとに勲章と徽章をつけた。

 謁見の間に拍手が鳴り響く。

「ドラゴンスレイヤー!」「最年少だ!」「素晴らしい!」「おめでとう!」「討伐感謝する!」

 拍手は鳴りまない。

 小姓の少年も尊敬の目でミーリアを見ている。

 話題に事欠かない王宮であっても、魔古龍ジルニトラ討伐はセンセーショナルな出来事であった。

「勲章と徽章は女学院の制服に必ずつけよ。よいな?」

「えっと、はい! わかりました!」

「そなたには女学院の大いなる謎を解いてほしい。学院長から沙汰がある。心しておけ」

「謎ですか?」

 女王は一つうなずくと、謁見の間に響く声でこう言った。

「厳しい試験をよくぞ合格したな。アドラスヘルム王国ならびに王国女学院は心からそなたを歓迎するぞ!」

 女王の宣言に、謁見の間に響いていた拍手がさらに大きくなる。

「ありがとうございます。すみません。ありがとうございます──」

(恥ずかしいけどうれしいよ!)

 ミーリアは大勢の人に褒められたことがなく、顔を赤くして何度も頭を下げた。

 誰かの役に立つことがこんなにも嬉しい気持ちになると初めて知った。

 胸が熱い。

 隣のアムネシアも謁見が無事終わる安堵から、柔和な笑みで拍手している。

 こうして、女王との初対面は終了した。

 来週にはアドラスヘルム王国女学院の入学式だ。

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