ウ〇コ食って1億稼ぐマル秘マジック

赤幕フィルター

金銭の欲望

 金が欲しかった。とにかく俺は金が欲しかった。

 昔からの、ただ1人の友人を救うために、金が欲しかった。

 毎日休まず仕事した。寝る間を惜しんで仕事した。

 いくら働いても手が届かないことはわかっていた。

 それでも、俺は諦めたくなかった。




 友人を救うために要求された金額は”1億”。




 あとどれくらい働けばいいんだろうか。本当に友人を救えるのだろうか。

 俺は日々、そんな不安を抱えていた。



――――”ゲーム”の存在を知ったのはつい最近のことだ。

 世間で「欲望ゲーム」と呼ばれているそれは、名前の通り自分自身の欲望を手に入れるために争うゲームのようだ。詳細は公になってはおらず、ゲームの参加経験者は内容を覚えていない。しかし、参加経験者はみな何かを満たしたような表情で笑みを浮かべるらしい。

 俺はそんなゲームに参加しようと決めた。もちろん金を稼ぐためだ。こんなチャンス、逃すわけにはいかない。

 早速ゲームが行われる会場へ向かう。会場といってもそこは小さなビジネスホテルで、案内用のメールでは17時までにそのホテルでチェックインしろとの指示があった。受付からカードキーを受け取り、カードに書かれた番号と同じ番号の部屋へ向かう。部屋に入ると、まず目に入ったのは大きなベッドだった。俺はリュックサックを部屋の小さな机の上に置いたあと、大きなベッドで横になる。ポケットからスマホを取り出して時間を確認すると、予定時刻の15分前だった。

 オレンジ色の照明とクリーム色の天井とが混じった色をただぼんやりと眺めていると、突然声が聞こえてきた。女の子の声だ。


「ようこそ、私たちのゲームへ」


 声の正体を探ろうと体を起こした。

 その瞬間、目の前には黒の景色と、点々と立ち尽く人たちの姿があった。俺と同じゲームの参加者だろうか。その中の1人の男が声を上げたようだ。しかし、その声はモザイクがかかったかのようなもので何を言っているのかよくわからず、他の人たちはそれに驚いたようで、その驚きを表現するために口を開いた。もちろんそれらの声も、よくわからなかった。


「あなた達に情報共有する権限はありませんよー?」


 雑音の中に一つ、温かみのある声がハッキリと聞こえた。さっきの女の子の声だ。驚く人たちの中に落ち着きを持った人が1人。きっとこの子が声の正体だろう。


――――黒の景色よりも澄んだその目と、

太陽のようにどこまでも光を届ける白よりもなめらかなその長い髪。

口から発せられる温かみのあるその声は光の当たった新緑の葉を彷彿とさせる。

また、触れると自分自身が生きていると感じることができるような

引き寄せられる淡香うすこうの肌。

その肌をつつむのは、宇宙より手の届く近い存在であるにもかかわらず

宇宙のように未知の、あおのドレス。

小さな女の子だけど、大人の女性みたいだった。

俺は名前のわからないその女の子を勝手に、”大地の子”と名付けた。


 大地の子は話す。


「今から、ゲームについて説明します('ω')ノ」


 俺はゲームに絶対に勝ちたかった。だから一言一句聞き逃さないよう身構えた。


「まずは、”magicマジック”について説明しましょうか。スマートフォンを開いてみてください」

 指示通りにスマホを開く。すると覚えのないアプリがインストールされていることに気づく。”欲望ゲーム”という名前のアプリだった。俺はそのアプリを開いた。すると画面には――――


Name名前: サトル

desire欲望: 0/100,000,000

magicマジック: WearWearGoodness,Rank: B


「スマートフォンを開くと欲望ゲームというアプリケーションがインストールされているハズです。それはあなたたちのステータスを視覚的に表示してくれるものです。そしてステータスの一番下に”magic”という欄があるのにお気づきでしょうか?」

 あった。これは一体何なのだろうか。


「”magic”はこのゲームを円滑に進める個人個人がもつ固有の能力です。その欄をタップしてみてください。能力の説明を見ることができますよー」


magicマジック: WearWearGoodness価値の征服者,Rank: C

ability能力: 対象の価値が上昇


 能力の説明を読んだが意味がよくわからなかった。


「この”magic”は欲望に基づいて決まります。例えば『お金が欲しい』という欲望なら――――」

 大地の子は視線だけを一瞬、そっと俺に移す。その視線に、まるで心を優しく締め付けられたような気がした。すぐに視線を逸らした。

「”magic”は『お金で身を包んで防御』だったり『お金を食べて体力回復』だったりします」

 あえて逸らしてくれたのだろうか。

「その横の”Rank”は”magic”の率直な強さです。私が一つ一つ決めました」

 大地の子は微笑んでそう言った。とても可愛かった。


「次にこのゲームの勝利条件と敗北条件についてです。とっても簡単ですよ。このゲームに勝つにはズバリ、自分自身の欲望を満たすこと。”desire”を満タンにしてください」

 スマホの、”desire”の部分に俺は目を移す。


desire欲望: 0/100,000,000


 これは1億稼げ、ということだろうか。

 継続してコツコツと働け、ということだろうか。


「あなた達の欲望は、他のゲームプレイヤーを敗北させることによって少しずつ満たされていく。だからあなた達は他のゲームプレイヤーに勝たなければなりません。」


 息を呑んだ。


「そして次に敗北条件です。あなた達が絶対に回避しなければならないこと、それは”絶望”に満たされてしまうことです。……例えば人って『意図せぬ死』には余程のことがない限り絶望しますよね? その絶望がピークに達したとき、ゲームに負けて消滅してしまうのです。ですが死ぬことだけが絶望ではないのでそこは注意してくださいねー」


――――”欲望”を満たしゲームに勝利するか。

――――”絶望”に満たされゲームに敗北するか。


 そんなゲームに今、参加している。負けることは絶対にいやだ。だから俺には”欲望”に満たされる必要がある。


「最後に、このゲームをより面白くするシステム、”裏ワザ”について説明しましょう。”裏ワザ”とはその名の通り、ゲーム内で隠された機能のこと。そして裏ワザは『ゲームの盤面をひっくり返す程』の効力があります。裏ワザの正体はは”magic”に関するものかもしれませんし、”desire”に関するものかもしれません。……これが『欲望ゲーム』の大まかな概要です」


 大地の子は話終えると、両手を大きく開いて叩いた。

「―――――頑張ってくださいね(*'ω'*)」


 気が付くと俺は、見知らぬ芝生の上に立っていた。

 既に夜で、月明りだけが薄っすらと芝生と、俺と、さらりと流れる川を照らした。どうやら河川敷にいるようだ。遠くではビルが立ち並び、そこから発せられる光は夜を夜たらしめた。

 ふと、足音が聞こえた。その方向を見る。人影がゆっくりとこちらに近づいてくるのがわかった。


「ちぇっ、バレちまったか。面倒くせえ」

 そうだ、ゲームはすでに始まっているんだ。それに気づき俺はゆっくり後ずさる。

「おっと、逃げようってか?」

「逃げるんじゃない。戦略的撤退だよ……」


 そうだ、ここで負けるわけにはいかないんだ。だからここは撤退して、状況を把握してから――――


「もう遅いぜ?」

「……は?」

「僕の『SupremeLazy至高の怠惰』は既に発動しているんだよッ…!! 死ね!!」


 ――――相手のは突然素早く動き、俺の首を掴む。そのまま俺は芝生に倒れた。

「痛ッ……!」

「僕の『SupremeLazy至高の怠惰』は”怠惰の欲望”から生まれたmagicだ。人を殺すために特化したものでRankはBだぜ……?」

 解説ご苦労と言いたいところだが、俺は今死にそうなのだ。どうにか助からなければ――――

 突然、相手は手の力を緩めた。助かったのだろうか。しかしなぜか相手は不気味な笑みを浮かべて、視線は俺の横の、よくわからないところを見つめていた。そちらの方を見ると、なんと糞が落ちていた。犬か猫の糞だろうか。

「そうだ。いいことを思いついた……へへ」

 嫌な予感がした。


「お前を絶望に落とすのは”死”じゃない。この”糞”だ」


「……どういうことだよ」

 相手は空いた片方の手で糞を掴む。ただ、それだけで汚かった。さらに相手は掴んだ糞を俺の顔に近づけてくる。

「おいクソ。このクソを食え」「……は?」

 そして、相手は糞を俺の顔に塗りつけた。

「……ッ」

 ”やめてくれ”とは言いたくなかった。その言葉を言うだけで、絶望に満たされてしまうような気がした。

「どうした。早く食えよクソが」

 糞を纏った相手の指が、無理やり俺の唇を破り口の中に入ってくる。鼻の穴から糞の臭いが通り抜ける。舌がその味を感じ取った瞬間、”絶望”が垣間見えた。

……こんなしょうもないクソみたいな争いで、クソみたいな恰好で負けてしまうのだろうか。それだけはやめてほしかった。さっさと終わって欲しかった。



――――だから、もう諦めよう。



 こんなことをしているだけ、時間の無駄だ。早く帰って仕事をしよう。ゲームに敗北したって、今なら死ぬわけじゃない。だったら敗北を早めようじゃないか……。

――――負けて一秒でも早く救うんだ、友人を。


 俺は舌で相手の指についた糞を舐める。唾液と絡んだその糞を、喉の深くに無理やり押し込んだ。温かかった。腹のあたりでその温かみを感じることができた。

「うっわ、こいつ本当に食いやがった」

 相手は俺から離れる。


”絶望”


その2文字が俺の脳裏に浮かんだ瞬間、スマホから聞きなれない音声が聞こえた。


「裏ワザ『suicide自殺行為』が解放されました。magicが一時的に”負”を纏います」

「負けるわけじゃ……ないのか……?」


 スマホを取り出して確認する。magicの欄に、文字が追加されていた。


magic: WearWearGoodness価値の征服者,Rank: C

ability: 対象の価値が上昇


magic: ZeroGoodness絶対的な死,Rank: A

ability: 対象の存在価値が0になる


 ……俺は困惑している。が、とにかく負けたわけじゃない。なぜかしらないが”裏ワザ”を見つけることができた。もしかしたら、勝てるかもしれない……。いや、勝つんだ。

――――勝って一秒でも早く救うんだ、友人を。



 俺は立ち上がった。そして相手を睨んだ。

「――――次は、こっちのターンだ」

「裏ワザって……クソッ! 最初からブッ殺せば良かったんだ……!」


 相手は素早く走ってくる。


 俺は手のひらを大きく開き、相手に向けた。magicの意味なんてよくわからない……。でも”ゲームの盤面をひっくり返す程の効力”ならチャンスはある……!


「能力発動!ZeroGoodness絶対的な死……!頼むから、当たってくれッ!」


――――刹那、相手の胸のあたりが黒く渦巻いた。”絶望”を具現化したように、渦巻は広がる。相手はそのせいか、血を吐いた。芝生は汚らしい血に塗れ、また汚らしい色に染まる。そのまま渦巻は相手を飲み込んだ。相手は一切声を発さなかった。


……あっけなかった。俺は今、人を殺したのか?

 実感が湧かなかった。曖昧だった。よくわからなかった。


 俺のスマホから通知が鳴った。スマホを確認する。


「ちょびっとだけ、欲望が満たされました」

desire欲望: 1,400/100,000,000


 desireの欄の数字が少しだけ増えていた。magicの欄を確認すると、ZeroGoodnessのmagicは消えていた。


――――どうやら俺は、ゲームに勝ったらしい。

 人を殺めるなんて、こんな程度なんだなと思いながら、空を眺める。星は一つも見当たらなかった。



このゲームは自身の欲を満たす「欲望ゲーム」だ。

それと同時に、相手を恐怖に陥れる「絶望ゲーム」でもあった。


 そんなに大層なものでないことに気づいた俺は、なんだか、ちょっとだけ心の重圧に開放されたような気がした。

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