生い立ち 終

 あれから私は、一度も食事をする機会はなかった。不思議なことに魔物も現れなかった。伯爵とミーヤが狩ってきた獲物を美味しそうに食べているのをただ眺めていた。そして、今回の昼食狩りが屋敷に着くまでで最後の機会であった。

「ユウキ、私を失望させないでくれ。まさか鳥一匹仕留めることもできないなんて、笑い種だぞ」

「伯爵、坊ちゃまもまだ六歳です。今回は仕方がないのではありませんか?」

「いや、そんなことはない。自分に打ち勝てば六歳からでも鳥の一匹くらいは仕留められる。勇気の問題だ」

「僕、今度こそは仕留めて見せます」

私は聖教国を、世界を変えんとするものだ。こんなところで戸惑っている場合ではない。

「では、狩りの時間と行こうか!」

「はい!」

私は、今度こそ命を奪う恐怖。母を失ったことによる精神的敗北を乗り越えるのだ。

 私は今回の狩りでも、弓矢を使うことにした。魔物を食べてから力が少しついたのか、弓矢を長距離に射れないが近距離なら少しはましに飛ばせるよういなっていた。それでも、射止められないということは伯爵の言う通り気持ちの問題なのだろう。

「ふん!」

伯爵は、一射目で見事鷹を射止めることに成功した。

「ユウキ、私を見ているだけじゃ仕留められないよ!」

「わかってます!」

私は、鳩に向かって十メートルほど離れたところからそっと矢を離した。しかし、矢は鳩の隣にゆっくりと刺さり、鳩は驚いて逃げてしまった。次に私は、気に泊まっていた雀に狙いを定めた距離は先程よりも少し遠く獲物は静かに虚空を眺めているようだ。

「ン!」

私は自分に出せる最大の力で矢を射た。が、射る瞬間にやはりどうしても痛みにもがく母の面影が残っていた。雀の横に矢が勢いよく通り抜けて行った。それから何度も挑戦したがことごとく私の矢は当たらなかった。

「ユウキ、それが最後の一射だ。わかっているね?」

「はい…」

私は、必死で考えていた。矢を射て鳥をしとめることはできない。私にはまだできないのだ。しかし、数食食事を抜いている私の胃袋はそろそろ限界を向かへようとしていた。栄養不足により頭がぼーっとし、まともな判断ができなくなっていた。そんな時、私の数メートル手前に鳩がのんびりと歩いているのが見えた。私はそれを数秒間じっと眺めていた。食べたい。食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたい…

私の中で動物的な意志が何か囁いているような気がした。私は弓を手放し、矢だけ握りしめ鳩に飛び掛かった。鳩は逃げようとしたが私の奇襲に驚き片方の羽だけ私に捕らえられてしまった。私はつかんだ羽を必死に引き寄せ暴れる鳩の脳天に握っていた矢をぶっ刺した。血を吹き出し暴れまわる鳩、私は無我夢中で何度も何度も何度も、指していた。ふと、肩に何かが触れた。

「坊ちゃま、もうおやめください」

ミーヤが私の肩に手を乗せていた。私は我に返った。すると、先ほどまでの自分の行いが少しづつ鮮明によみがえった。

「ック!」

私は涙を抑えられなかった。何度やっても殺せなかったのに、腹が空いたというそれだけの理由で私は残酷になれたのだ。残虐的になれたのだ。人間とは、動物とははかない生き物である。

「ユウキ、その鳥自分で捌き食しなさい」

私はミーヤに教えてもらいながら鳥を捌き食した。その味は私にもう一度涙を起こさせた。



 馬車に乗り無言の時間が長く流れていた。時は夕暮れ時であろう、小さな窓から差し込む光は橙色の温かく柔らかくなっていた。窓の外を窺う気力もなく、私は自分の太ももと睨めっこをしていた。私は昼食の一件でずいぶんと疲れていたからである。と、馬車が速度を緩めやがて停止した。

「ユウキ、降り給え」

私は言われたとおりに降りた。そこには、私の人生上見たこともないほどの豪邸が聳え立っていた。高い柵で囲われた中に広い庭があり色とりどりの植物が鮮やかに彩っている。

「今日からここが君の住まいだ。私の教育を受けて頂き、一人前の聖騎士となってもらう。いいかね?」

「はい。私は強くなりたいんです」

ふと、屋敷の窓に小さな女の子が此方を覗いているのが窺えた。じっと見ていると私と目が合い、奥に退いていった。

「これから君が成人する十八まで辛いこと、耐えがたいこと沢山の試練が待ち望んでいる。それでも君は自分の本懐を成し遂げる意思があるかね?」

「はい!私は絶対にこの世界を変えて見せます!」

私は、母が蹂躙される姿をもう一度思い出した。もう二度と大切なものを失わないために。失くしてしまったものを取り戻すために、私はもう一度この聖教国に対する復讐を誓った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る