男四人、集まれば
軽食を怒涛の勢いで食し、先ほど決めた陣形に布団を並べた。キヨネは不服そうだったが、皆受け流し眠ったのである。
眠った、はずだった。
「…誰か起きてる人ー…」
タイトの声だった。もちろんフウリは気づいたが、掴みかけた眠りへの扉に手をかけていたのでシカトをかます。
「…はーい」
と声が聞こえた。ヒノである。
「ちょっと興奮して眠れないですね」
「ですよね!それにこうやって大部屋で寝るっていうの、なんか久しぶりですし」
こういうのは話し始めると終わりだ。フウリは小声の会話を追い払うように寝返りを打つ。が、時すでに遅しだ。目が覚めてしまった。
「お、フウリが起きた」
「起きたじゃなくて、起こされたんだよ。まったく、いい感じで眠れそうだったのに」
体は疲れている。意識が飛びかけていたところを刺激され、もう二度と眠れなくなった。ここまで来れば覚悟は決まる。諦めて駄弁りに参加する。
「お、フウリが起きた。てことは、あと一人だけか」
タイトが真ん中に敷いてある布団に注目する。フウリから見れば足元にあるそれを、体を起こして確認する。布団の主は毛布ですっぽりと頭を隠し、起きているのかどうかはわからない。
「キヨネ、起きてる?」
返答はない。タイトにヒノが小声で告げる。
「起きてると思います。キヨネ、全員が寝ないと眠れないので」
「ああ、そういうタイプ。たまにいるよな」
そう言ってタイトは布団から体を起こし、その上であぐらをかいた。そしてにやりと笑う。
「よし、恋バナしようぜ」
「いやなんでだよ」
突然の宣言に思わず突っ込んでしまった。ヒノも驚いた顔をしている。
「夜はまた任務だぞ。いい加減休まないと、俺ら全員ヒサメさんに怒られる」
「そうですよ。ヒサメ副官怒らせたら怖いですよ」
しかしタイトは人差し指を左右に振ってみせた。
「もちろんこれが終わったらすぐ寝るさ。でも、今すぐには眠れないだろ?」
「ま、まあ…」
確かに、もう目はすっかり冴えてしまった。ヒノもコクコクと首を上下に振る。
「そこでだ。親睦を深めるのも兼ねて、おしゃべりしようって話よ。こういう時は無理に寝ようとしない方がいいのさ。な?どうだ」
フウリは困惑と呆れを抱きながらも、確かにこの状況で一人眠れそうにはない。うだうだしているうちに夜になりそうな気がしてしまう。だったら、潔くタイトの誘いに乗った方がいいように思われた。
しかし、こういう時のタイトというのは、とても良い結果が得られる場合と最悪な場合とに明確に分かれることがある。今回のは果たしてどうなるだろう。
「それいいですね。俺、賛成です!」
「ええ?」
意外にもヒノが乗り気だった。ヒノが乗らなければ断る理由ができたのに、こうなってしまえばもはや逃げ道はない。
「わかったよ。でも、本当にこれが終わったら寝るからな」
「わかってるって。あ、キヨネも強制参加だからな」
するとその時初めて布団から顔が出てくる。その顔はとても不愉快そうだった。
「…なんで俺まで」
「どうせ俺たち眠らないんだ。眠れないんだろ?だったら、大人しく参加しろって」
「いやだ」
「参加して早く終わらせられれば、俺たちだって早く寝るぞ?逆にキヨネがおしゃべりしてくれないなら、俺たちずっと騒ぎ続けるからな」
「…………………わかった」
こうして恋バナ大会は始まったのである。
とはいえ。
「何で恋バナ?」
ヒノが問う。
「こういう時って大体恋バナじゃないか?思春期男子の話題なんてこれだろ」
「なるほど…。じゃあ、タイトさんから」
「え?」
タイトはきょとんとした顔でヒノを見返した。
「こういうのは発案者からいかないと…ね?」
ヒノのその顔は笑顔でありながらも、黒いものを感じた。普段はおろおろし、雰囲気の柔らかい青年だが、もしかすると彼は策士だったかもしれない。
「よく言ったぞヒノ。ほら、言えよ」
キヨネが阿吽の呼吸で応戦する。この二人、抜群のチームワークだ。
言われたタイトはあからさまに動揺している。こうなる展開を予想していなかったとは、ノープランは彼の性格のようだ。
「い、いやいや!俺!?俺、全然そういうのないけど!」
「発案者ならなんか面白い話持ってろよ」
「そんな上手くは行かないってキヨネサン」
早くも終わりそうな会話にキヨネは布団をもそもそと被りはじめる。それを防ぐようにヒノがタイトに問うた。フウリは彼が策士だと再認識する。
「そういえば、アイジュさんってタイトさんの従兄弟なんですよね。あんな可愛い子が親戚にいるって、側から見れば羨ましいですけど」
あわあわと動揺していたタイトも、アイジュの名前が出たことでペースを取り戻した。
「羨ましい、か。ま、確かに可愛いけどな、アイジュは。でも、従兄弟だからなあ。特に俺らは兄弟みたいなもんだし。つーか、敬語とかいいって。そのためのおしゃべりなんだし」
ヒノは言われて嬉しそうにはにかんだ。
「そっか。そうだね」
「つーか、そっちはどうなんだ?朱雀軍といえば、男所帯だが紅一点がいるじゃんか。それもとびっきりの」
「ヒサメ副官のことか…確かに綺麗だとは思うけど…ねえ?」
ヒノはキヨネを見る。キヨネも頷いた。
「あの人は無理。絶対にな」
「なんで?もしかして、とてつもない秘密が…」
「人に言えない趣味を持ってるとか…」
タイトとフウリがゴクリと唾を呑むのをヒノは笑って否定する。
「そういうのはないけど…前に、朱雀のみんなが聞いたんだよ。隊員の一人が副官に告白して振られたんだけどね?その時に、『理想はどんな人ですか』って」
「そしたら?」
「そしたら、『自分より強い人』って答えてさ。うちのルール、知ってるでしょ?」
確か朱雀軍は一年に一度の特別な手合わせで序列を決める。つまり、一番強いものが一番偉い人、つまり長官になるのだ。
「ヒサメさんは副官だから、彼女に勝たなきゃ無理ってわけ。それがあってから、副官に告白する人は減ったんだよ」
「ま、ほんとかどうかはわからねえけどな。ヒサメがそういう輩が鬱陶しくて適当に言っただけかもしれねえし」
なるほど、とフウリは思った。本気かどうかは彼女のみぞ知るということである。
「お前はどうなんだ?なんかあんだろ」
キヨネがフウリを見上げる。フウリは会話が始まる時にキヨネの方に頭を向けていたので、バチっと目が合った。金色の瞳が澄んでいて、あまり見ない色だと思った。
「なければこの話は終わりだ」
「えっと…うーん、俺はあんまりそういうのないし…というか、そもそも友達もいないし…」
自分で言っておきながら悲しみを覚える。しかし、ハッとして気づく。
「あ、いなくはない!いなくはないんだけど、少ないってだけ!だけだから!」
「そうかよ。じゃあこの話は終わりだ。寝るぞ」
「まあまあそう言わず。理想のタイプくらいはいるでしょ?」
「た、タイプか…」
フウリは考える。今までそういうことは考えたことがなかった。フウリはどちらかといえば表に立つような人間ではないし、そもそもこの見た目のせいで何かと距離を置かれがちだ。あまり明るいタイプではないから、好かれるという経験もない。タイトの方がよっぽどモテる。
「や、優しくて髪の長い人、かな?」
「…ありがち。二点」
「二点って何だよ!」
恥ずかしくなってタイトに詰め寄りたくなる。精一杯捻って出したタイプを二点に採点され、じわじわ顔が赤くなるのを感じる。フウリは筋金入りの長髪派だった。
「わあ、フウリ顔真っ赤だよ」
「白いからわかりやすいな」
「だろ?これが見たくてたまにからかってやりたくなるんだ」
「おい!」
恥ずかしさで枕で顔を隠す。しかしタイトは耳が隠れていないことを見逃さない。
「あれー?フウリくん、真っ赤な耳が見え見えですよー?」
からかいの気持ちでできたその言い方に、フウリは恥ずかしさから怒りへと徐々に感情がシフトしていく。そうだ、なぜ自分だけが理想を語らなければならないのだ。
「もう!そういうタイトはどうなんだよ!なんで俺だけ暴露しなきゃならないんだ!」
「わかったわかった!まあそう怒るなよ。じゃ、次キヨネ」
「はあ!?なんで俺なんだよ!つーか、まずお前だろうが」
「いやいや!真打は最後だからさ!ほら、キヨネどうぞ?そんなに渋るってことは…あ、もしかして理想はお母さん、みたいな?」
タイトが言い終わるそのコンマ数秒で、彼の顔面には枕が直撃していた。それが向かってきた方向はフウリの目の前、キヨネである。
「てめえ、腑抜けたこと言ってんじゃねえぞ」
言ったキヨネのこめかみには青筋が浮いている。しかしその青筋は、後方から飛んできた枕が後頭部に直撃したことで一旦収まる。枕を投げたのはヒノだ。
「こらこら。そんなに怒んないの、キヨネ」
「………てめぇ」
キヨネはフウリの枕を鷲掴み、ヒノに投げた。が、それはひらりと躱わされ、逆にヒノの手元に送られる。
そうこうしているうちに、キヨネの枕に被弾したタイトが復活した。その手にはもちろん枕が。
「さっきのは効いたぞ。今度は俺の番だ!」
タイトはにっと笑い、キヨネを前に枕を構える。そしてその反対側にはヒノがキヨネを狙っていた。まさか、最初にふざけて決めた陣形がこうもキヨネにとって不利な陣形になるとは思ってもみなかった。
「タイトくん、同時に投げよう」
「ああ。もちろん!いくぞ、せーの!」
その弾丸枕は左右からキヨネに向かって真っ直ぐ飛んできた。しかしキヨネはその細い体躯で二つの枕の隙間をするりと抜ける。フウリには彼のドヤ顔がスローモーションではっきりと見えた。
そして、その二つの弾丸はキヨネの背後にいたフウリに被弾した。
ごっ、という衝撃を頭に二回感じた。
静かに、とても静かに頭に張り付いた枕を剥がし、そして立ち上がった。
「やったな!もう容赦しない!!」
そして少年たちの枕投げ戦争は始まった。途中から枕だけではなく布団まで投げ、簀巻きにしたりされたり布団の下敷きにされてはしたりと、もみくちゃだった。
そんな白熱した枕投げだったが、フウリが何度目かの布団の下敷きにされたときだった。
スッ、と部屋の襖が開いた。汗ばみながら白熱していた選手たちも、自然とそちらに目がいく。
明るい廊下の光を背後に、ヒサメが立っていた。
「…随分と楽しそうね」
背中がスウっと冷えていくのを感じる。汗ばんでいるせいか、余計に冷たい。
「夜になればまた調査に向かう。そのために休めと言ったはずなのだけれど…」
静かに、音もなくヒサメは部屋に入ってきた。声が落ち着きすぎていて、余計に恐ろしい。そして足元に転がっていた枕に爪先がぶつかると、ゆっくりとそれを拾い上げた。
「元気なのは良いことだけれど、ここは一般の方も利用するし…何より隣の部屋では私たちも休んでいるの。静かにするのは、当然のマナーのはず」
四人はジワリジワリと後退していく。もはや逃げることなど不可能なのに。
「喧嘩もするなと言ったはずよね」
その目がキヨネに向く。キヨネはビクッと肩を上げる。
そしてヒサメはこう言った。
「すぐに眠れる方法があるの。試してみる?」
次の瞬間、キヨネは既に息絶えていた。正確に言えば死んでいたわけではないが、ヒサメが投げた枕が直撃したことによって気を失ったのである。有りえない速さだった。
まずいと思い、逃げる体勢に入ったがそれも虚しく、ヒサメはその倍の速さで枕を拾い、次々にぶつけていった。背後でばた、ばた、と連続して聞こえた次の瞬間、目の前から何かが飛んできて、とてつもない衝撃を感じたのが最後だった。
そのあとは夜まで誰一人起きることなく、深い眠りに落ちていた。
四神の国 一日二十日 @tuitachi20ka
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