成果のない夜明け
「しかし、少し困ったわね」
ヒサメが言った。神妙な面持ちをしている。
「このまま山の方に入ってもいいのだけれど、足場が不安定な場所で鬼と対峙するのは少し…」
ちらりとヒサメがこちらの方を見る。どうやらヒサメが心配しているのは白虎らしい。
「大丈夫です。私たち、不安定な足場での訓練もしていますから」
アイジュが言う。間を空けずキイノとタイトも頷く。
それを見たヒサメは頷くことなく山に足を向けた。どうやら許可されたらしい。
山の足場は木の根やら石やら土やらで普通の道よりもだいぶ歩きにくい。しかし、普段だって寮に併設されている模擬訓練場で鍛えている。これくらいならば余裕でついていける。
フウリだけではない。タイトもアイジュもキイノも、全員がちゃんと朱雀についていけている。
無駄ではない。成長している。確実に。
しかし、そんなフウリたちの成長とは裏腹に成果となる鬼の姿は一切見られなかった。痕跡すら見つからない。らしきものを見つけても、それが鬼のものと断言できるほどの代物ではなかった。ただの獣が通った際にできたものということも十分に考えられる。
そうこうしながら夜を探っていると、ついに夜が明けた。
昇ってくる日を眩しそうに見つめたヒサメが言った。
「…時間ね。今日はここまで」
日が昇ったことでわかった土にまみれた自分の足を見て、フウリはどことなく無力感を抱いた。
「落ち込まなくていい。これくらいのことは、むしろ普通のことなんだから」
ヒサメは穏やかに言うと、山を降り始めた。
山を降りた一行は近くの宿に向かった。
「特殊警備隊のものです」
ヒサメが言うと、宿の主人はああ、と頷いて奥の部屋へ案内した。
特殊警備隊は様々な場所で特別な待遇を受けられる。それは宿もまた然りである。
任務にあたっている際は深夜だろうが早朝だろうが宿を取ることができるし、料金もかなり安く利用できる。特殊警備隊が国直属の軍隊ゆえのことである。
「では、奥の部屋に案内いたしますね。お部屋は…」
ここにいるのは全員で七人だ。
「大きめのお部屋を二つ、でよろしいですか?」
「ええ。ありがとうございます」
ということは。
ヒサメは振り返り言った。
「男と女。一部屋ずつ」
キヨネがとても嫌そうな顔をした。
奥の部屋に連れられると、主人が言った。
「夜通しの任務でしょうか。でしたら、軽食をご用意いたしましょうか」
ヒサメは間を開けずに答える。
「はい。お願いします」
「では、お持ちいたしますので、少々お待ちを」
主人が行くと、ヒサメが部屋の戸を開けた。
「じゃあ、そっちは任せるわ。くれぐれも喧嘩とかしないように」
「誰がするか」
「あなたに言ってるのだけれどね。…まあいいわ。とりあえず、よく休んで。夜になったらまた調査に行くから」
「はい」
ヒノがキヨネを抑えながら言うと、ヒサメは部屋に入っていった。それを見てアイジュが言う。
「じゃあ、私たちも行くわ。行こ、キイノ」
「うん。んじゃ」
「ああ」
パタンと扉が閉まる。フウリはなんとなくタイトと顔を見合わせた。
「俺たちも部屋に入ろう。…何が起こるかわかんねえけど」
「…だよね…」
長い長い朝が始まりかけていた。
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