大部屋の会合 1
「うわー!こんなに広い部屋私たちだけで使っていいんですか?」
アイジュが部屋に入るなり言った。
十数人は余裕で並んで眠れるほどの部屋だ。そこに三人だけというのは少々気がひける。
「ええ。むしろそうでもしたいのでしょうね、旅館側は」
ヒサメが荷物を端に置いて言った。キイノは言葉の意味がわからず聞いた。
「どういう意味ですか?」
「この部屋、結構奥まった場所にあるでしょう」
「はい。かなり廊下歩きましたね」
「そういうことよ」
「?」
キイノがわからずに困った顔をしているとアイジュが何かを閃いた。
「あ、そうか!遠ざけたいんですね!」
「遠ざける?」
ヒサメが小さく頷く。その顔は複雑な顔をしていた。
「こういう旅館は一般向けのものだから…私たち特殊警備隊っていうのは、本来は避けられるものなのよ。妖怪退治で怪我はするし、死人は出るし、何かとトラブルが起こりがちだから。でも、法律で協力するように言われてる。そうなれば、少しでも一般客から離れた場所に部屋を用意しておくの。一般の客室を使われないように、なるべく大きい部屋を用意してね」
それは知らなかった。てっきりどこに行っても特殊警備隊は歓迎されるものだと思っていた。
「意外と辛辣なんですね、世間は」
アイジュが言う。キイノもふんふんと頷いた。
「特殊警備隊っていうのは、もちろん国に認められたれっきとした機関よ。市民の命だって助けるし、有事の際には一番頼られる存在。でもね、『日常』にいる身からすれば特殊警備隊なんて、なんの意味もない存在なのよ。むしろ、特殊警備隊がいるってことは『何かが起こる』、『危険が及ぶ』っていう…そういう意味として捉えられるの」
ヒサメは淡々と話した。けれどその話は決して淡白なものではない。
「私たちは…いつだって英雄っていうわけじゃない」
ヒサメがつぶやくと、部屋の襖が開いた。
来たのは旅館の主人である。
「軽食をお持ちしました」
「ありがとうございます」
主人は机の上に軽食を置くとそそくさと部屋を後にした。
パタン、と音を立てて閉じた襖を見てヒサメが二人に言った。
「こんな風に露骨に避けられることも珍しくないから、普段もあまり期待しない方がいいわ」
「…ですね」
ヒサメは軽食をつまみ始めた。続き、アイジュとキイノもちびちびと軽食を口に含む。
窓の外は昇ったばかりの太陽がキラキラと街を照らしている。仕事を終えたばかりだが、人々からすればこれから一日が始まるのだ。それを思えば、やはり特殊警備隊は違う場所で生きていることを実感する。
「後悔してる?」
ヒサメが呟いた。キイノはえっ、と声を漏らす。
「こんな場所だと思わなかったでしょう。特殊警備隊のこと」
「いや、そんなことは…」
「英雄のように扱われていても、実際は事務仕事も多いし華々しい部分なんてほんの一部。いざ任務に出れば何日も寮にも家にも帰れないし、休日だって緊急の任務が入れば無いも同然。ただ退治すればいいだけってわけにもいかないし、現場の復旧や清掃だって特殊警備隊の仕事。それを命懸けてやらなきゃならないのを、養成学校では教えてくれない。現場に出てようやく把握して…結構参る人たちもいる」
それは確かにそうだ。
養成学校ではここまで詳しいことは聞かされなかった。入隊してから知ったことで驚いたことはいくつもある。しかもそれがかなり細かいし地味だった。
「あなたたちは…後悔してる?特殊警備隊に入ったこと。こんな場所だって知ってたら、来なかった?」
ヒサメの問いに、少しだけキイノは考えた。
もし、この場所のことをもっと早く知っていたら?
英雄というのは表面上だけで、実際の姿はもっと普通の職業で、命を懸けることが惜しいと思われるような場所だと知っていたら。
確かに、そうかもしれない。自分の一生を懸けるまではないのかもしれない。
それでも。
「「後悔してないです」」
声が重なった。見るとアイジュが大きな目でこちらを見ている。
「それでも来てました。だって、私が活躍できるのはここしかない!」
目をキラキラとさせながらアイジュが言う。その笑顔はどこまでもまっすぐだ。キイノも続いて宣言する。
「私もです!たとえ誰かに認められなくても、私はここにいる私が誇りです!だから、後悔なんてしません!これからも!」
幼い頃誓って、家を出た日からそれだけはずっと変わらない。
ここにいる自分が、自分だ。
ヒサメはわずかに目を見開いたが、すぐに穏やかな目をして、少しだけ笑った。
それを見たアイジュが即座に反応する。
「あ!今の顔!めちゃくちゃ可愛いかったです!」
「…何を言ってるのかしら」
「それに至っては同意です!可愛かったです!最初から思ってましたけど、ヒサメさんめちゃくちゃ美人ですね」
「はいはい。食べ終わったらしっかり寝ますよ。今日の夜も仕事です」
「すごい…流し方が散々言われてきた人のそれだ…」
「せっかくなんだからもっとお話しましょうよーヒサメさーん!」
日が昇った世界は明るい。私たちの行く先がせめて、この明るさであればいいと願うばかりだった。
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