向かう先
「朱雀の食堂ってこんな感じなんですね」
「ええ。白虎のものと比べると、見劣りするでしょう」
「いえいえ、そんなことはないですよ」
戦の前の腹ごしらえはご厚意で朱雀の食堂を借りることができた。ヒサメとヒノ、それからキヨネも一緒である。いつの間にかリンゼは消えていた。
朱雀の食堂は全体が木造で、木本来の温かい雰囲気にあふれていた。広さは白虎の食堂の四分の一ほどしかなさそうだが、そもそも所属している人の数が違うのだ。これくらいで十分問題はないのだろう。
「それにしてもヒサメ副官、とっても美人ですね!」
アイジュが言った。それにヒサメは困った顔をした。
「あなたも十分可愛いと思うけど。時折そういう風に言ってもらうことがあるのだけれど……どうやって返せばいいのかわからないのよね」
「素直に受け取っておけばいいんですよ、だって事実なんだから」
アイジュが明るく答える。
「明るいあなたなら、それで許されるかもしれないわね。でも、私みたいなのはそうはいかないわ。気を悪くされる人がほとんどでしょうし……それに、特警の朱雀軍、しかも副官がそんな態度をとれば……」
特殊警備隊そのものの品位に関わる。
言葉を継いだのはキヨネだった。
「そういうわけだ。うちの副官は優秀なんでなあ、たった一個の言葉でも特警のことを考えて発言してんだ」
「それがわかっているのなら口を慎みなさい」
キヨネは仏頂面で食事を進めた。
態度と言葉こそ悪いが、しかしキヨネの言っていることは正しい。特殊警備隊を背負う。それが副官という立場にいるヒサメには、フウリたちよりも重く背負わされているのだ。
「ごめんなさい、さっきからキヨネが失礼なことばっかり言って」
申し訳なさそうにヒノが言う。キイノが首を横に振って答える。
「いえ、大丈夫です。うちの人たちは結構図太い人が多いので、それくらいじゃめげませんよ」
「そうですよ。あの、ヒノさんたちはいつ入隊したんですか?歳は俺たちとさほど変わらなそうですけど」
タイトの質問に嬉しそうにヒノが答える。どうやら、ピリついた雰囲気がようやく取り払えそうだと安心したようだ。
「俺は去年入隊しました。十三の時に養成学校に入ったので、今年で十七ですね」
「じゃあ、俺たちと一つしか違わないんだ。へー、でもやっぱり一年の差って大きいですね。もっと大人びて見えました。あ、もちろんいい意味で」
「そう?んー、自分ではまだまだ未熟だなって思うけどね」
穏やかに笑った。朱雀軍はもっと殺伐としていると思っていたが、どうやらそんなことはないらしい。彼のような人がいると思うと、だいぶ落ち着く。
「キヨネは?」
アイジュが聞いた。
「気安く呼ぶんじゃねえ」
「そっかそっかー。で、いつ入ったの?」
キヨネはアイジュをにらんだ。が、それに怯むような相手ではないことを察したのか、観念したように答えた。
「……養成学校に入ったのは十歳。去年入隊で、今年十五になる」
「え、じゃあ年下?」
「なんだよここは特殊警備隊だ、年齢なんて敬意の対象にはならねえ。少なくとも俺はお前たちより一年経験多く積んでんだよ先輩だぞ」
「んー、そっか。じゃあよろしくー」
軽くあしらうアイジュはやはり、人の扱いに慣れている。その人にあった立ち位置に立ってしまえるのだ。おかげでやんややんやと突っかかるキヨネが可愛く思えてきた。
アイジュとキヨネが戯れているのをタイトが面白おかしく茶化すのを横目に、フウリはヒサメに聞いた。
「ヒサメさんはどうですか」
「私ですか?養成学校入学が十歳、十三の年に入隊して、今年で十八」
「じゅ、十八!?」
思わずキイノとシンクロしてしまった。
若いだろうとは思っていたが、自分とたった二つしか違わないとは思わなかった。確かに特殊警備隊は年齢が基準にならないが、それにしてもこの歳で役職に就いているのはなかなか珍しい。
「いつもそんな反応をされるわ。それほど珍しいことでもないのにね」
ヒサメはどこか愉快そうに言った。
「いやいや、十分珍しいですよ」
「そうでもないの。私の歳で長官になった人もいるしね」
「そうなんですか?」
それは一体どんな化け物だ、と心の中で呟く。
「でも、それならヒサメさんにだってチャンスありますよね?だって、今年で十八なら、可能性はゼロじゃ……」
キイノの言葉にヒサメは首を横に振った。
「それは多分……ないかな」
寂しそうにも、けれどどこか誇らしそうにも見えた。
「朱雀軍がどんな風に役職を決めるか知ってる?」
「いいえ」
見当もつかない。特殊警備隊の序列の付け方は、その軍によって異なる。
「朱雀は単純なの。一番強い人が一番偉い。軍の中の序列は強さの並びなの」
それが朱雀が朱雀たる所以。どこまでも強さにこだわり、固執し、讃えていく。だからこそ第一の軍隊になれるのである。
そしてそれはフウリの目の前にいるこのヒサメという人間の誇りと、力を示していた。
彼女は朱雀軍の副官。
この軍の中で、二番目に強いということ。
「もし、私がリンゼ長官を倒したら、その時は私が晴れて朱雀軍の長官になる。でもね」
彼女はため息をついた。そして苦笑して、
「勝てたことないの。一度も」
と言った。
「今までなんども挑んでみたんだけど、一度だって勝てたことないの。もちろん、諦めてるわけじゃないけど……でも、難しいかな」
「そうなんですか……」
コップの水を口に含み、フウリはあることに気づいた。
「あれ、そういえば、キヨネもそうですけど十歳の時に入隊したんですか?ってことは、初等教育を終えないでってことですか」
大抵の人は初等教育を修了してから特殊警備隊の養成学校に入る。しかし、場合によっては十歳に入学し、養成学校を修了する事で初等教育の修了を認定する人もいるのだ。
「ええ。私は孤児院育ちで、すぐに入隊したかったの」
しかし、この方法はメジャーではない。大抵の人は初等教育を終えてから養成学校に入学する。それは十歳の入学には色々と面倒な書類申請や更新などがあることと、もう一つだ。むしろその方が意識は強いのかもしれない。
十歳になり入学するのは、孤児などが多い。というのも、十歳での養成学校入学はあまり推奨されていない。子供の安全を考えるならば当然の選択である。しかし、孤児の中には妖によって家族を失った者たちや経済的な問題を抱えている者もいる。そういった人への措置として十歳からの入学が許可されているのだ。しかし、その場合きちんとした理由を求められる。
「そうだったんですね。俺もちょっとだけ、気持ちわかります」
ヒサメはわずかに首をかしげる。
「俺も里子なんです。しかもこんな見た目だし……早く独り立ちしたかったのと、特警には導かれたような感じで」
「そう。キイノさんは?」
「私は…そんなにかっこいい理由ないですね……ただ家を出たかっただけなので」
ヒサメは首を横に振った。
「むしろその方がいいのかもしれない。この仕事はあまり目的を持ちすぎると、きついから」
そう言ってヒサメは少しだけ悲しそうな目をした。その中の桜色が揺れる。
「中には復讐のために入隊する人もいる。でも、そういう人たちが道半ばでいなくなっていくのを見たとき……なんともいえない気持ちになる」
光景がフウリの頭に浮かんだ。
目の前で散っていった友人の姿。身内を妖によって奪われた彼が、その妖という存在によっていとも簡単に消えていった、あの景色。
「でも、朱雀は死なない部隊なんですよね」
キイノが聞いた。ヒサメはああ、と言って続ける。
「うちはそうね。でも、他の軍の人と関わらないわけじゃないし、副官という立場なら色々な場所に出向くことになるから、その中で色々な人と出会うことになる。その中でそういう人たちと知り合うことだって多いのよ。もちろん、あなたたちだってその中に含まれる」
「そっか…そうですよね。愚問でした」
「いえ、大したことじゃないわ。それより、そろそろ片付けてここを出ましょう。もうすぐ時間だわ」
「あ、はい!」
気づけば全員が昼食を終えていた。いそいそと食器を片付け、支度をする。
腰に下げた軍刀に手をやる。あのとき誰かを守り抜けなかったそれは、あの時よりもずっと重く感じた。
それでも、これをつかんでいなければいけない。
誰かを死なせないため、自分が死なないため。
生きて誰かの元へ帰るため。
そうだ。帰る場所がある。母のところにも、友人の元にも、自分は帰らなければならない。
まっすぐ前を見据えた。向かう先にはきっと闇が広がる。
だがそこは辿り着く場所ではない。
目的地は、闇の向こうである。
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