ため息
ヒサメは大きなため息をついた。
「よろしくではないでしょう。そもそも長官は今回の任務には参加しないはずです」
「それはそうだが、ここで名乗らないのも失礼だろ?せっかく来てくれたんだ、手厚くもてなすくらいはしないとな」
リンゼが軽快に言うと、それに突っ込んだのはキヨネだった。
「その必要はねえ。こいつらは客人じゃねえんだぞ」
口が悪いのはさておきこの少年、自分の直属の上司に敬語を使わないというのはどうなのだろうか。フウリはふと思った。しかしリンゼはそんなことを気にする気配もなく笑っている。どうやらとても懐の深い人のようだ。
「俺の話はいい。自己紹介の続きだ!」
そう言ってリンゼは先を促す。前に出たのは紫紺の少年だった。
「じゃあ、俺から。特殊警備隊朱雀軍第二部隊所属のヒノです。共同任務は初めてなので緊張しています。仲良くやりましょうね」
そう言って穏やかにヒノは笑った。傍にいる少年のせいで彼まで印象が悪くなりかけていたが、そんなことはないらしい。むしろかなり人は良さそうだ。
「じゃあ次。ほら、キヨネも」
ヒノはそっぽを向いているキヨネの背を押した。フウリたちから見れば、とっくにその名前は知れているわけだが、おとなしく彼の返答を待った。
案の定彼はギロリとフウリたちを見上げながら、ぶっきらぼうに唱え始めた。
「…特殊警備隊朱雀軍第二部隊所属キヨネ。お前たちと馴れ合うつもりはないし従うつもりもねえ」
言い終わるとキヨネはふん、と鼻を鳴らしもう一度そっぽを向いた。これは完全に敵視されてしまっているようだ。フウリたちから見れば、どうしてここまで嫌われてしまっているのだろうかと思うばかりなのだが。
そんなキヨネを見つめながらリンゼが言った。
「すまないな。キヨネはこういう奴なんだ。それに、共同任務は初めてだから緊張してるんだよ。悪い奴ではないから、安心してほしい」
な、と同意を求められた本人は顔をわずかに赤くしながら反論した。
「違う!俺は緊張なんかしてねえし、いい奴でもねえ!俺は本気でこいつらのことなんて必要ねえって言ってんだ!」
「そうかそうか!自信を持つことはいいことだ。しかしだ、慢心は良くないぞキヨネ。そういうことはヒノに一度でも勝ってから言えと何度も言っているだろう?」
「剣術だったら俺が勝っただろ!」
熱を帯びるキヨネにヒサメが横から静かに答える。
「でも体術ではヒノに一勝もできていないわ」
「ヒノはたまにキヨネから一本取ることはあるけどな」
「ぐっ……」
やり取りからフウリたちは察した。
このキヨネという少年、おそらく大して警戒すべき人ではない。
「ねえタイト、私ちょっと思ったことがあるんだけど」
朱雀軍が喧騒を繰り広げる中、小声でアイジュが言った。
「何だよ」
「あの子、キヨネくんを見てたらさ、思い出したの。ほら、昔飼ってた犬のコンちゃん」
「あー、わかるわ。うわ、やばい。むしろそうとしか見えなくなってきた」
「でしょ?なんかあのきゃんきゃん吠えてる感じとか、すっごいそっくりじゃない?」
「わかる。俺もよくアイジュの家に行った時、一緒に遊んでたなー」
懐かしがるアイジュとタイトを横に、わずかに緊張しているのがキイノである。
(どうしよう。アイジュもタイトもついに昔飼ってた犬の話し始めてる……緊張感なさすぎじゃない?だってここには長官も副官もいるんだよ?)
そんな中、フウリは朱雀軍を観察していた。
喧騒するその姿はなんとなく、家族を思い起こさせる。いたって普通の兄弟喧嘩を見ているような感じだ。
その感覚はフウリにとっては珍しくない感覚だった。実の両親を知らないフウリには兄弟がいない。孤児院ではなく里親の元で育ったので、周りに同年代がいたという感覚もほとんど知らなかった。
だから家族を羨む感覚というのは、自分の中に何層も堆積されていたのである。
「ともかく、仲良くやること。いいな?」
「よくねえ!」
「はい。俺が面倒見るので、大丈夫です」
「長官は早く休んでください。夜通しの任務だったのでしょう?こんなところで時間を潰していないで、休養をとってください」
「俺には必要ない。しかしまあ、邪魔をするのもよくないな。わかった、おとなしくしてるよ」
それだけ言ってそのまま出て行く。
と思っていたのだが。
仕切り直した作戦会議の場に彼はいた。長机をいくつか並べたその端に当然のように座っていたのである。
「……あの……長官?」
「ん、どうしたヒサメ」
「……なぜここにいるのでしょう」
「なぜって、見学くらいはいいだろう?助言だってしてやるさ、安心してくれ」
「そういう意味ではなく…」
「ならどういう意味だ?」
長机は囲むように三辺に置かれている。その真ん中にヒサメ、わきの二つにフウリたちとヒノとキヨネが向き合っている。その端、キヨネの隣にしれっと座っているのがリンゼである。
彼が出て行ったあと、程なくして彼は戻ってきた。そのまま当然のように席に着き、今に至る。
「おとなしくしてるんじゃなかったんですか」
「おとなしくしてるさ。余計な口は出さない」
「そういうことじゃなくて、私は休めって言ったんです。それともなんですか、私たちだけじゃ不安だとでも言うんですか」
「そんなことは言ってないだろ?そんなに怒るなって。暇だからいさせてくれ」
「暇なら休んでください」
「休むほど疲れてない。平気だ」
ヒサメはため息をつく。なんとなく、いつもこのようなやりとりがあるのだと想像がつくテンポ感だった。
諦めたのか、ヒサメが渋々資料を手に持つ。
「すみません、長官のことは気にしないでいいですからね。それでは、作戦会議を始めます」
本題にたどり着くのに、こんなにも時間がかかるとは思いもしなかった。
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