めくるめくめまい
自分の中の緊張というものが膨れ上がっていくのをフウリはひしひしと感じていた。
今、目の前にいる人というのは、紛れもなく自分たちよりも上だ。
実力も経験も人格も、何もかもが自分たちより秀でている。それほどまでに副官という肩書きは重いものだった。
「それでは、作戦について報告したいと思います」
困惑するフウリたちを気にすることなく、ヒサメは淡々と続ける。その冷静さですらフウリには特異なものに見えた。
ヒサメが口を開きかけたその時、ガチャリと扉が開く音がした。
その音にすらフウリは肩を揺らしたわけだが、幸運にもタイトも同じような行動をしていたのでさほど目立たずに済んだ。と思う。
扉が開いた先に見えたのは、二人の少年だった。
「あれ、もう始まってました?」
長めの紫紺の髪を後ろでゆるく結んだやや背の高い少年が軽やかに言った。その瞳はフウリたちをわずかに見ると、小さく笑んだ。感じのいい少年だった。
「いいえ。というか、あなたたちはまだ呼んでいないけれど」
ヒサメが答えた。紫紺の少年は首を傾げた。
「あれ、そうでした?だってさ、キヨネ」
彼は隣にいる金色の髪をした背の低い少年に言った。その金色の瞳が鋭くヒサメを捉える。
「そんなの知ってる。知ってて来たんだよ」
吐き捨てるように言った彼に、ヒサメはわずかに困った顔をして言った。
「理由は」
聞かれたキヨネという少年は軽く鼻で笑ったあと、フウリたちの方を見た。
「こいつらのことを見に来たんだよ。一緒に任務にあたるやつらが、腑抜けてねえかってな」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
じわじわと言葉を噛み締めてみると、ようやく自分たちが挑発されたのち、喧嘩を売られたことに気づいた。
これは、有事か。
「ちょっとキヨネ、失礼だよ」
傍にいる紫紺の少年がオロオロしながらなだめようとしている。しかし、彼の勢いは収まるどころか、むしろ燃え上がっていった。
「失礼なんてものはない。そもそも俺はこいつらより早く入隊してるし、それに俺の方が強い。なら、どんな態度を取ったって俺の自由だろ」
フウリは仲間たちの様子がみるみるうちに緊張からもっと激しいものに変わっていくのを感じた。
まずい。先手を打たなければ、最悪の空気になる。
フウリは立ち上がり、試みた。しかし、何を試みるかを考えていなかったのである。
「あ、あの!」
それだけしか言えなかった。
それだけならばよかったのだが、立ち上がってしまったばっかりに無駄に目立ち、ただでさえ目立つ見た目をしているのに余計に目立ち、金色の瞳がフウリだけに注がれた。
「あ?」
あ、やばい。
前進してくる金色に仰け反りそうになった時、金色が逆に声をあげた。
「んぐあっ!」
後ろから頭を鷲掴みにされたキヨネが喚き声をあげながらずるずると後ろに下がっていく。その手の主は紛れもなく、ヒサメの細腕だった。
「まったくこの子は……」
ため息をつきながらジタバタと暴れるキヨネをしっかりと抑えている。その力を緩めることなく、ヒサメは深々と頭を下げた。
「すみません、うちの若いのが。なんというか、この子は少し突っかかりやすい性格なので……非礼はお詫びいたします。けれど、この子にとってこういう態度は平常運転なので、あまり気にしないでいただくのが最善です」
「副官の言う通りです。気にしない方がいいと思います」
と言い、二人は綺麗な謝罪を見せた。
あまりにも潔い謝罪を見せられたので、正直困惑した。
怒るべきなのか。それとも、彼らの言う通り気にしないのがいいのだろうか。しかし、気にならないこともない内容である。侮辱をそのままにしておくのは、果たして良いことだろうか。
「……ちょっと、これってどういうこと?」
キイノが小声で言った。
「わからん。ただ、もう純粋に怒れん」
タイトの言う通りである。色々思うところはあるが、先ほどまでの勢いはない。
「テメェ、おい離せ!」
キヨネが漸くヒサメの手のひらから逃れる。なんというか、力関係がうかがえる。副官という地位がなくてもヒサメは強そうに見えた。
しかしこのキヨネという少年、口も態度も悪い。フウリたちはともかく、自分の上司に向かっても敬語を一切使わないとは、正直受け入れられない。
「ともかく、俺はお前らなんか必要ねえ!朱雀がいれば十分だ!」
今度は紫紺の少年に取り押さえられたキヨネは噛み付く勢いでそう言い放った。なるほど、嫌いかもしれない。
それを見てヒサメは湿ったため息をついた。
その時。
再びガチャリ、と音がした。
自然、目線が扉の方へ向く。その先に見えたのは、深紅そのものであった。
「随分と騒がしいなあ。またキヨネが何かやらかしたのか?」
よく通る声が部屋に響く。声の主を認知した途端、朱雀軍の空気が変わった。
靴音を立てながら彼は部屋の真ん中へ向かってくる。力強い足取りに深紅の隊服が揺れる。
「……俺は思ったことを言っただけだ」
「そんなことありません。キヨネが彼らに突っかかったんですよ。悪い形で」
「それは良くないな。一緒に任務を担う仲間だ、仲良くするように」
そう言うと彼は手袋をした手でキヨネの頭を小突いた。
すると彼はくるりと体の向きを変え、フウリたちに向き直った。
「君たちが六十一班だな」
言うと彼はじっくりと一人ずつフウリたちの顔を見つめた。自然とフウリたちもその顔を見つめる。
印象はきっと全員同じだった。
茜の髪、燃え盛るような火の瞳。精悍な顔立ちに自信を滲ませたその姿は、ヒサメと違ってその見た目が全てを物語っている。
「いつ戻ったんですか」
ヒサメが問う。彼はわずかに体をフウリたちから引いて答えた。
「さっき戻った。それで部屋に向かう途中、騒がしい声が聞こえたもんでなー。気になったんで入ってみた」
「そうですか。仕事終わりに申し訳ありません」
「お前は何もしてないだろう?ヒサメのことだから、せいぜい止めようとしてたんだろ」
まったくその通りである。
すると彼は身を起こし、何かに納得したように頷いた。
「なるほどな。面白そうな連中だ」
それだけ呟いて、笑った。
緊張する。これは以前にも体験したことのある緊張だ。
「まあそんなに固くなるなって。驚かせるつもりはなかったんだ……あ、そうだヒサメ。自己紹介は済んだのか?」
「私は最初に。けれど、二人は勝手に入ってきたので……二人じゃないですね。もう一人」
「それもそうだな」
すると彼はまっすぐ立ち、フウリたちを見下ろした。
名乗る必要など、きっとどこにもない。
彼の顔は見たことがある。
それだけじゃない。肌でわかる。
この人は。
「じゃあまず俺から。俺は特殊警備隊朱雀軍長官、リンゼだ。よろしく頼む」
なんだか、先ほどからいろんなことが起こりすぎている。
目が回りそうだった。
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