朱雀軍
特殊警備隊朱雀軍。
特殊警備隊の中で最も人数が少ない部隊。主に前線で戦う部隊であり、そのために軍単位で訓練が日々送られている。入隊の儀式で選ばれるのは不思議にも男性がほとんどであるが、最近はそれに変異があり、わずかな女性兵士もいる。
そんな朱雀軍はこう呼ばれる。
『死なない部隊』
その理由はあまりにも明快である。
戦死者を出さないからである。
その強さこそが、朱雀軍の象徴であった。
「お、ここだ」
地図から顔を上げたタイトが目の前の建物を見て言った。
「え、ここ?」
「タイト、それ本当にあってるの?」
キイノとアイジュがタイトに問い詰める。タイトはもう一度地図を眺めてみたが、そこに間違いはないようだった。
フウリたち第六十一班が困惑する理由はただ一つ。そこがあまりにもフウリたちの知っている特殊警備隊の寮兼庁舎に見えなかったからである。
それは、とても小さかった。
いや、小さいというのは失礼である。一般的な目で見れば十分大きな建物であり、立派な建物になっている。しかし、それはあまりにもフウリたちの知っている白い壁が印象的な建物とは違いすぎて、寮には見えなかったのである。
「とりあえず中に入ってみようよ。仮に間違えていたとしても、時間に遅れるわけにはいかない」
フウリが言うと、アイジュが手のひら大の懐中時計で時間を確認する。待ち合わせの時間は指定されているのだ。
朱雀軍の寮は木造の建物だった。それを上から赤く塗り、朱雀軍の誇りを湛えている。白い煉瓦造りに見慣れたフウリたちから見れば、とてつもなく珍しく見えた。どことなく親しみやすさを感じる。
入り口の方まで来ると、タイトがその横にあるものに気づいた。
「ほら、やっぱりここで合ってるよ。見ろよ、ここにちゃんと『朱雀軍』って書いてある」
「あ、ほんとだ」
キイノが自分の目の高さにある看板のような表札に目を向ける。随分と古びた表札だった。
入り口はいたって普通の両開きの扉である。その右側の扉のドアノブを持ち、ゆっくりと捻る。
ガチャリ、と音を立てて開いたその先にあったのは、見慣れない風景だった。
広い空間が広がっている。その中で多くの人がせわしなく歩き、そしてその人物の全てが男性であった。しかもどれもかなりガタイがいい。横幅だけならフウリが二人並んで入れるくらいである。ただそこにいるだけで威圧感があった。
「うわ、すげえ」
タイトが呟いた。フウリは圧倒されながら頷いた。
しばし目の前の光景に圧倒されていると、アイジュがフウリの肩を叩いた。
「ちょっと、いつまでもここで突っ立ってるわけにはいかないでしょ。ほら、行くよ」
「え、ああ、うん。ってどこに?」
それにはキイノが答えた。
「あそこ、事務所みたい」
キイノが指した先にはカウンターテーブルの前で書類を整理する男性がいた。肩幅があるせいで扱っている書類が随分と小さく見える。
フウリたちはそこへ足を運び、声をかけた。
「あの、共同調査で来ました、特殊警備隊白虎軍第六十一班のものです」
すると男性は意外にも笑顔で応対してくれた。
「では、依頼状を拝見させてもらってもいいですか?」
「ああ、はい。これです」
「……はい、確かに。では、奥の作戦室へご案内しますね」
「ありがとうございます!」
男性に連れられるまま、一階の奥まで歩いた。一階の左奥には食堂があるらしい。大量の椅子と机が配置されているのを見かけた。加えて二階へ向かう人も多かった。おそらく、居住スペースなのだろう。
しかし、どこも白虎軍とは違って規模が一般レベルである。人が多い白虎軍はどこも広く大きくなければ人が入らないのだ。
受付の男性がある部屋の前で止まった。
「それでは、少々こちらでお待ちください」
案内された部屋の中で他の軍の寮を珍しそうに見ていると、ガチャリと部屋の扉が開いた。
「お待たせしました」
「いえ、大丈夫で…す…?」
立ち上がったフウリたち四人は入ってきた朱雀軍の隊員に目を奪われた。
あるいは、疑ったのかもしれない。
肩にかかる藍白の髪を後ろで半分だけ結い、髪の隙間から覗く真白な肌に桜色の瞳が映える。典麗な顔立ちのその人は、一瞬ここにいる人とは思えなかった。
しかし、彼女が身につけている黒と隊の色である深紅が鮮やかなその隊服は紛れもなく朱雀軍のものである。
「……何か」
わずかに顔を顰めた彼女のつぶやきに、フウリたちは我に返った。
「ああいえ!なんというか、びっくりしまして」
タイトが言った。
女性はぱちりと瞬きをした。決して表情が豊かではないのだが、それが逆に顔の造形の良さを際立たせ、フウリの胸が鳴った。
「朱雀軍に女性がいて驚いた、ということでしたらお構いなく。慣れていますので。どうぞお座りください」
言うと女性はすたすたとフウリたちの向かいの席に向かった。
「ああいや、そういうことでは……ありますけど……」
タイトの声はどんどん尻すぼみになっていった。
怒らせてしまっただろうかとフウリとタイトが肩を落としながら着席すると、アイジュが言った。
「あの、怒ってますか?」
女性が書類から目を上げてアイジュを見つめた。
「うちのが失礼なことを言ったなら謝ります。ですので、今後はお互いに今のことを持ち出さないようにしませんか。じゃないと、任務に支障が出るかもしれないですし」
芯のある声でアイジュが言った。
こういう時、こういうことを当たり前に言ってしまえる彼女が羨ましいと思う。心の中だけで留めてしまいそうになる小さなことを、大きくなって取り返しがつかなくなる前に解決してしまう彼女がすごいと思うのだ。それはフウリにはできないし、むしろその逆だ。いつまでも頭で考え続ける節がフウリにはある。だから彼女のこういうすぐに行動できるのが羨ましい。
アイジュを見つめた女性はしばらくして、ふう、と息を吐いた。
「すみません。そんなことを考えさせてしまって」
意外な返答だった。
「そうですね…必要ないですよ。謝罪は。私は気にしてないので。というか、よくあるというのもしょうがないことなんです。朱雀軍は少し前まで男性だけの軍だったでしょう?それに、今だって女性の数は少ないですから、珍しがられるのも不思議ではないんです」
そういってわずかに女性は苦笑、したように見えた。
「加えて私はあまり表情が表に出ないので、怒っているように見えるのでしょうね。いつも上司や仲間から言われているのですが、なかなか治らなくて」
ですので気にしないでください、と女性は言った。それを受けてタイトはホッと胸をなでおろした。
やはりアイジュはすごいと思う。彼女が聞かなければ、きっと、ずっとモヤモヤを抱えたまま任務を過ごしていた。その先にあったのは悪い結末だったかもしれない。
「そうですか。では、最初に自己紹介をさせてもらってもいいですか?本当は最初に挨拶すべきだったんでしょうけど、ちょっと曖昧になってしまったので。特殊警備隊白虎軍第六十一班、アイジュです」
アイジュが先陣を切ったのを合図に、席順で続いた。
「右に同じくキイノです」
「タイトです」
「フウリです」
よろしくお願いします、と四人揃って頭を下げる。彼女も小さく返してくれた。
そして四人が頭を上げ切ったのを見計らい、彼女が言った。
「特殊警備隊朱雀軍、副官のヒサメです」
彼女の言葉をそのまま飲み込もうとした時、フウリはえ、と思った。
彼女は今、副官と言ったか。
副官とは、最高指導者の長官の下。つまりナンバーツーだ。
「今回の任務で隊長を務めます。よろしくお願いします」
鮮烈だ。
やはり赤は、刺激の色である。
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