けれど穏やかな達成

 先手の衝撃。

 常に頭にはそれがあった。

 それほどまでに初陣の衝撃とは恐ろしいもので印象的なものだった。

 だから今度は、それを見事に躱したのだ。

 松明で広げられた炎の中、妖はこちらへ向かってきた。しかし誰一人としてそれを受けることなく距離を取った。

 まずは近づかない。たとえすぐに獣を狩ることができなくとも、まずは観察が重要だ。

 相手がどんな顔をしていて、どんな動きをするのか。それを見るために暗闇に炎を散らしたのだ。

 見える。

 それだけでも十分すぎるほどに心強い。

 妖は地鳴りのように喉の奥で唸りながら炎の中で蠢いた。そしてぎろりとその丸い瞳をフウリに向けた。

 来る。

 それは経験なんかではなく、本能的な察知だった。

 フウリは構えた刀にグッと力を入れる。その瞬間、妖がごおっと音を立て向かってきた。

 突進。

 あっという間にそれは目の前までやって来る。固まりそうになる体にぐっと力を入れ、血を巡らす。

 動け。

 背後に熱を感じる。ならば動くだけだ。動いて、そして託せ。

 フウリは一歩だけ後ろへ引き下がり、妖と一太刀分距離を開ける。目の前まで来たとき、その丸い瞳がガタガタの毛に埋もれて見えた。ぎらぎらとして、炎をこれでもかというほどに反射させている瞳。

 そこにあるのは紛れもなく生だった。

 人を傷つけたことで手に入れている生だ。

 瞬間、風を切る音だけが空気を伝った。

 フウリは前方へ飛び上がりながら下方へ刀を振り下ろした。

 わずかな呻き声が聞こえる。その直後それは絶叫に変わり、やがて途絶えた。

 着地したフウリが後ろを振り返ると、埋もれた獣を前に三人が声も出さずに立っている。

 しかしその顔から徐々に笑みが溢れる。

「...やった...」

「やったね...やった!」

 地にうずくまる妖から地面に血が流れている。その頭にはフウリが切った痕と、腹の辺りには矢が突き刺さっている。

 一直線上に並んでいることに気づいたフウリは敢えて自分に向けて直進させた。しかし多分、彼らがフウリの後ろに控えたのは妖がフウリを見た後だ。その一瞬でフウリたちは作戦を共有させ、一点突破で決める方法をとったのである。

 そして囮になったフウリが一撃を放ちその勢いを緩めた後、彼らがそこにとどめを刺したというわけである。

 完璧な作戦。

 完璧な連携。

 完璧なチームだった。

「やったな、フウリ」

 タイトが未だ刀を握ったままのフウリの肩を叩いた。フウリはそれでようやく緊張が解けた。

 体がひどく重く感じる。妖を切ったはずの刀も、先ほどよりずっと重い。

「...そっか...俺、死ななかったんだ」

 そう思った途端、笑みが溢れた。

「おう。俺たち、みんな生きてるよ」

 タイトが言った。その目線の先で、アイジュとキイノが喜んでいる。

 ああそうか。

 これが達成か。

 込み上げてくるものはたくさんある。いろんな感情があって、体の状態だって普通じゃない。今にも動き出したいはずなのに、でもそれができない。もどかしいような、なんというか。言葉にもできないほどに、騒がしい。

 けれど夜の闇は、ずっと静かだった。目の前の炎も徐々に火が小さくなっている。

 ここにあるのは仲間の安堵の息だけで。

 もっと劇的なものかと思っていた。

 けれど、達成はこんなにも穏やかだった。

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