街への一歩

 憂鬱だった。

 いつもなら穏やかな目覚めによって休日の平穏を感じるのだが、今日だけはそうではない。とうとう来てしまった、と頭を抱えながら体を起こした。

 はあ。

 大きなため息によって一日が始まった。


 時を遡ること数日前、フウリの友達少ない問題に起因する妖討伐への怖気付きをどうにかしようと話し合った時だった。

「あ、じゃあ今度の休日、街に出かけてみたらいいんじゃない?」

 アイジュが突然言った。

 フウリは当然、首を傾げた。

「...なんのために?」

「もう、話聞いてなかったの?だから、友達探しよ!」

 聞いても理解できなかった。というか、したくなかった。

 休日、街に、友達を探しに行く。

「いやいや、そんなの嫌だって!ていうか、どうしたら街に出て友達ができるんだよ!」

 街に出るくらいで友達ができるのなら、自分はとっくに何百人という人と友達になれている。三人で止まるはずもない。

 しかしアイジュは首を振った。

「別に街に行っただけで友達ができるなんて言ってないってば。探して来なさいって言ったの」

 探す?

「そう、探す。別に友達を作ってこいとは言わないから、いろんな人と会って、話して来なさいってこと」

 以外にもしっかりとした考えがあったことに驚く。まあ、アイジュは馬鹿ではないので常に何かを考えてはいるのだが。

 しかしまあ気乗りしない。

 するとキイノが言った。

「私もアイジュに賛成かな」

「俺もー」

 一気に二人に裏切られた気分だった。恨めしそうに睨んでやったが、何も変わらない。二人は一切気にしなかった。

「だってフウリ、休日もずっと寮にいるでしょ?たまには外に出ないと」

「そうだぞ。友達探しとはいかなくとも、気分転換は大事だ」

 キイノとタイトにも同様に友達探しを推され、一対三の構図はなかなかひっくり返ることはなく、フウリはそのまま敗北をきたした。

 そしてついに、その約束が交わされることとなったのである。


「おー、おはようフウリ。何時に出るの?」

 食堂に行くと先に朝ごはんを食べていたキイノが言った。六一班で朝が強いのはフウリの他に彼女だけである。

「昼頃には行こうかなと思って。せっかくだから昼飯外で食べてこようかと思って」

 いくら街に行くとは言っても、何かしら目的がないと色々うまくいかない気がする。早々に帰って来てしまう気がするのも事実だった。なので巷で話題の食事処にでも行ってみようかと考えついたのである。

「そっか。じゃあ私はもう少し早く出ようかな」

「キイノもどこか行くの?」

 キイノは頷くと、机の下から何かを取り出した。

「本を返しに行こうと思って」

「本?わざわざ街の図書館まで行ったの?」

 特殊警備隊は身体能力の高さだけで構成されている機関ではない。妖退治や各以来には知識や教養といったものも必要とされるため、各軍の拠点となる場所には同時に図書館といった施設も設けられている。

「軍の図書館じゃこういう物はないからさ」

 そう言ってキイノは取り出した本をフウリに見せた。

 それにフウリは驚いた。

「絵本?」

 キイノがその手に持っていたのは紛れもなく児童向けの絵本だった。

「そう。今度実家に帰る時に親戚の子たちに読んであげる約束してて。小さい頃に何度も読んだけど、もう一回読んでみたくなって」

「俺もよく読んだよ。懐かしいなあ...」

 表紙に水彩で描かれたカラフルな小鳥の話だったはずだ。小鳥が世界中を旅するという話で、色々な場所に憧れても最後は自分が生まれた地に戻ってくるという結末だった。

「でも俺はその後に出した小説の方が好きだったな」

「小説?」

 キイノは知らない様子だった。

「この絵本の作者が絵本を出したから随分後に短編集を出したんだけど、その中の一遍に同じく鳥の話があるんだ」

「へー、知らなかった。もしかして、この小鳥が登場するの?」

 フウリは首を振った。

「この小鳥は出てこないんだけど、二羽の鳥が出てくるんだ。真っ白な鳥と、真っ黒な鳥の話で...」

 生まれた土地で馴染めなかった白い鳥が旅に出た途中で自分とは正反対な真っ黒な鳥とで出会うという話だった。絵本とよく似た内容だったが、作品の持つ空気感や結末は正反対だ。真っ白な鳥に幼い日のフウリは自分の姿を重ねたために、好きな作品になっていた。

「多分、あの絵本を読んだ子がもう少し成長して読む小説っていう感じなんだろうね。ハッピーエンドではなかったし、なんだか煮え切らない思いを持った記憶があるな」

 最後に読んだのはもう数年前になる。幼かったのも相まって結末も曖昧にしか覚えていなかった。

「もう一回読んでみようかな」

 フウリが言うと、キイノが微笑んで言った。

「それがいいわ。今のフウリだから感じることもあるんじゃない?」

 頷き、キイノの手元の絵本を見る。表紙では色鮮やかな小鳥が翼を広げていた。


「じゃあ、行ってきます」

「おう。楽しんでこいよ」

 寝起きのタイトにそう送られてフウリは寮を出た。

 気づけば仕事以外で寮の外に出るのは随分と久しぶりな気がした。というか、最初にここにやってきたとき以来ではないか。自分の出不精を嘆くばかりである。

 とりあえずのプランはこうだ。まず初めに昼飯を噂の食事処で食べる、そしてキイノとの会話に出た小説を本屋に買いに行く。本は嫌いじゃない、うろついていれば日も暮れるだろう。

 まあ、多分友達探しの目的は達成できない。いきなり友達ができれば苦労なんてしないのだから。気分転換程度に考えればいいのだ。

 少しだけ肩が軽くなった。フウリは街へ続く道を歩き始めた。

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