夢の後

 目を覚ますと、光の中にいた。とてもぼんやりとした灯りの中だった。

 白が見えた。けれど、それは屋根ではなく張られたテントの天井部分だったらしい。

 ひどく気分が悪い。脇腹がなぜか痛んだ。何が起きたのかすぐには思い出せなかった。

 視界が徐々にクリアになっていく。白いテントの中に自分は横たわっている。ということは、ここは救護テントだろう。やたら寒いと思ったら、上の服は脱がされている。痛む脇腹をさすると、布の感覚があった。すでに傷の処置は終えられていた。

 ああそうだ。確か妖に襲われたんだ。フウリはここでようやくその事実を思い出した。

 体を起こす。動けないほどではなかった。

 他のみんなはどこにいるのだろう。任務はどうなった。外がやけに騒がしい。感覚が鋭敏になってきた、色々なことが気になり始める。

 その時、思い出した。

 闇の中で起きた出来事の中、最悪の場面が頭の中で再生された。悪夢のような出来事だ。

 フウリは脇に置かれていた隊服を持って駆け出した。傷が痛んだ。しかし構わずテントを飛び出していく。

 テントの外は騒がしかった。隊員たちが忙しなく動いて本部の解体作業をしていた。テントは次々に畳まれその痕跡をなくしていく。任務は終わったということだろうか。

 だがそんなことはどうでもいい。あの二人は、あの班はどうなった。あちこち見渡してみても、人が多すぎて彼らがどこにいるのかすらわからない。

「フウリ!」

 右から聞き慣れたタイトの声がした。振り向くと、タイトが人の隙間を通って駆け寄ってきた。

「よかった...気がついて。怪我は大丈夫か?」

「ああ。それより、みんなは?」

 聞くとタイトの顔が歪んだ。重い感情に包まれたそれを見て、フウリの中の密かな希望は打ち砕かれた。

 夢なんかじゃない。あれは、紛れもなく現実。

 言葉に迷っていたタイトは数秒後、小さく言った。

「こっちに来てくれ。みんなそこにいる」


 タイトに連れられた場所は喧騒から離れた静かな場所だった。あたりには何もなく、いくつかの紙灯篭が置かれるばかりだった。

 灯篭の周りにはアイジュやキイノ、そして54班がいた。その中心に担架が二つ横たわっていた。上には白い布が被せられ、何が置かれているのかは見ただけではわからないが、確認するまでもない。

 あそこにいるのはホウカとウルだ。

 彼らは、死んでしまった。

 事実はどこまでも残酷だった。

 泣き声が聞こえる。誰のものかはわからない。知りたくもなかった。誰のものであっても、友人を、仲間を、姉を失った声なんて聞きたくなんかない。

 時間が止まったみたいだった。その場所にいた全員、動くこともできずにただただ落涙するばかりだった。

 灯篭の灯りだけがゆらゆらと揺れていた。


 帰路に言葉はなかった。誰も何も言える空気と精神状態ではなかった。

 二人はあの後隊員たちによって丁重に荷馬車へ乗せられ、隊員たちと共に寮へ戻った。諸々の手続きを経たのち、親族の元へ返される予定だ。

 そして、54班の残った二人についてもこれから決まっていくようだ。それが白虎軍のルールであり、制度だった。

 そして現在、あれから三日が経った。

 あんなことがあったというのに、日はいつものように昇り、そして落ちていく。月が満ちていくのを見ては、時間の流れの残酷さを思い知らされた。

 フウリたちに課せられたのは報告書の制作だった。それもそのはずで、妖に対峙したのは我々と54班だ。けれど、54班は今やそれどころではない。大人しく紙と向かい合った。

 けれどそれ以外は穏やかな時間だった。負傷したフウリとそれぞれの心を考慮して休息をもらったのだ。

 有り難かったけれど、同時にとても辛かった。何かすることがないと、嫌でもあの場面を思い出してしまう。だからこそ今まで以上に報告書を緻密に書いた。少しでも詰め込んでいれば、彼らが入り込む隙がなくなるような気がしたからだ。

 けれどそれも完成してしまった。

「じゃあ、報告行こうか」

 アイジュが紙を机の上でとんとん、と揃えて言った。いつも通り、明るく見えたけれど、どこか無理をしているように感じられた。

 皆、一言も交わさず長官室へ向かった。外で鳥が鳴く声が聞こえる。

 重厚な白い扉をアイジュがノックした。中からどうぞ、と声が聞こえたのを合図に、ノブをゆっくり回す。

 純白の部屋の中、窓を背にその人は座っていた。大きな窓から入り込む光を一身に浴びて、ハクロウの髪がきらきらと輝いた。

 あの日見た光景と重なって、酷くそれが厭だった。

「先日の件で報告にきました」

「うん。待ってたよ」

 アイジュは狼狽えることなく手に持っている報告書を捲る。そして読み上げた。

「数日前からクイシ地区で問題になっていた妖、『ロの326番』ですが、私たち61班は事前報告に違和感を持ったために警備を離れ54班と調査に向かいました。そこで妖に遭遇し、61班は1名負傷、54班は2名が死亡しました」

 いつも以上に冷静な報告だった。

 ハクロウは頷くと続きを促した。それにはキイノが答える。

「妖は闇の中から突然現れたため、街中に潜んでいたと考えられます。事前報告にある通り、街中で姿をくらましたというのは、おそらく『ロの326番』が闇に紛れる性質を持っていたからだと考えられます。詳しくは玄武軍が調査中です」

 報告を聞きながらフウリは考えた。

 もし、あの時もっと早く気づけていれば。もっとみんなを動かすことができていれば。そうしていれば、彼らは死ななかったのではないか。

 考えて考えて、でも結果は変わらない。

 報告を聞きおえ、ハクロウは頷いた。

「ご苦労様。大変だったね、ゆっくり休むといい」

 報告書を提出し、礼をして長官室を去った。

 部屋へ戻るための廊下を歩いているとき、隣を歩いていたアイジュの目から突然涙がこぼれた。次から次へと流れて、けれど彼女はそれを拭うこともしなかった。

 全員立ち止まり、言葉を選ぶばかりだった。何を言ったところで何も解決できないことを全員がわかっていたからだ。

 実際の時間がどれほど立っていたのかはわからないけれど、しばらくした後、ようやくアイジュは自らの手で涙を拭った。

「大丈夫か」

 タイトが聞いた。アイジュは答える。

「大丈夫じゃないよ。友達が死んだんだよ。平気なわけないし、気にしないわけない。忘れることなんてできないし、つもりもない」

 アイジュが大きく息を吸った。それをゆっくり吐き出す。息を整えた後、言った。

「きっとこれからもそういうことが続くんだと思う。私たちは白虎だから、きっとね。でも、だからって辞めるわけにはいかないよ。二人のためにも、それはできない」

 彼らが特殊警備隊として過ごした日々を無駄にはしない。

 それは皆、同じだった。

「そうだな。悲しむことが俺たちの仕事じゃない」

「背負って戦って、妖を退治してみんなの平和を守るのが仕事、だもんね」

 タイトとキイノがアイジュの肩を叩く。

 アイジュの顔に笑顔が戻った。ぎこちなかったけれど、無理はしていないように見えた。

「そ!だから悲しむのはこれで終わり!自分の成長のために活かさないとね」

 無理にでも明るくしなければきっといつまでも成長はできない。どこかで立ち上がらなければ、絶対に這い上がることはできない。

「フウリもそうだろ?」

 タイトが問いかけた。

 考える時間なんて必要ない。

「もちろん!」

 仲間に駆け寄った。温かい空間だった。この先何があっても、きっと彼らがいれば乗り越えていける気がする。そう思えた。

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