日が落ちる前に
ハクロウが去った後、特にすることもなかったのでそのままお茶会を続けることにした。
同世代との対話を楽しんで、あまりの平和さに眠気すら覚え始めていた頃、連絡が入った。
「そこの若いの、連絡だ」
慌ただしくお茶会にやってきた先輩兵士から聞いたのは、驚きの知らせだった。朱雀軍の報告、戦線の変更、そして戦闘態勢へ入ること。緩み切った心身にその情報はなかなか入ってこなかった。
「その机、多分長官が出したもんだと思うけど、それ片付けたら避難誘導を頼む。迅速に頼むぞ、今から避難するとなるとあっという間に夜になる。必ず、日が落ちる前に遂行してくれ」
「は、はい!」
返事を聞いた先輩兵士は続けて手に持っていた紙の束から数枚とって差し出した。
「あと....これ、警備場所の確認。それから大まかな流れも書いてあるから、何か質問があればまとめて聞きに来い」
「はい...ありがとうございます」
簡略化された地図を確認する。フウリたち新兵はまとめられて警備に当たるようだった。
「避難誘導の場所は町役場のあたりだ。すでに何人か行ってると思うから、何かあればそいつらに聞いて。それじゃあな」
「はい!ありがとうございました!」
先輩が去った後、片付けをしながらタイトが言った。
「もしも、あるかもな」
フウリは否定できず、何も言えなかった。タイトが物資を運びながら言っていた『もしもの話』。妖がこの土地に現れる話。それが今、現実になりかけているのは紛れもない事実だった。
「そこは起こらないことを願うべきでしょ」
キイノの正論が飛ぶ。それにタイトは間を空けずに答えた。
「それはそうだけどさ、モチベーションも大事じゃない?」
「俺もタイトに賛成だよ」
声のした方を振り返ると、声の主はホウカだった。彼は、というより彼らはすでに机と椅子をまとめ片付ける準備ができていた。
「キイノが言ってることはもちろん正論だよ。街の住民に被害があってはならない。そのために俺たちがいる。でも....」
ショウナは一瞬目を伏せて苦しげな表情を浮かべた。
「でも、自分がずっと憎んでた相手がすぐ近くにまで迫ってるって思ったら...少しはその『もしも』を考えるよ。俺の原動力はずっと....」
「ホウカ」
かけられた声にホウカがハッと顔を上げる。呼びかけたのはショウナだった。
「ダメだ。それ以上は、お前らしくない」
ショウナはそのままホウカの目の前に迫る。
「それに、お前がここに入った理由はそれだけじゃない。人を守るためだ」
ショウナがホウカの目を自分の方に向けさせるように語りかける。言葉の数は必要最低限だが、言葉の一つ一つがずっしりと重量感があるものだった。
その様子にウルとチルも反応した。
「「ショウナの言う通りだよ。ホウカ」」
重なった声が調和した。その響きがひどく尊く感じた。
「...そうだよな。ありがとう、みんな」
良いチームだと心から思う。特殊警備隊白虎軍が望むチームのあり方とは、こういうことなのだとフウリはホウカたちから感じた。
仲間だけど友達ではない。でも、この四人は友達でもあるのだ。だからこそ、誰かが間違えそうになった時に手を引いてくれるのだ。
この四人を尊敬する。嫉妬の感情すらもわかないほどに、彼らに憧れた。
ホウカが顔を上げた。その表情には、暗い感情は見えない。
「よし!じゃあ早くこれ片付けよう。きっと先輩たちが待ってる」
「あ、じゃあさ」
アイジュがそれを制止した。
「私たちがやっておくよ。だから、ホウカたちは先に避難誘導の方に行ってくれる?そうすれば避難誘導の人員も増えるし、私たちが追いついた時もすぐに指示仰げるでしょ?」
「そうか。じゃあ、先に行かせてもらうよ。行こう、みんな」
第54班とはそこで別れた。
「なんか良いね、ああいうの」
アイジュが先頭で机を抱えながら言った。
「ああいうのって、ホウカたちのこと?」
「うん。チームとして優秀であるのはもちろんだけど、ちゃんと仲も良くてさ。正直、私たちにはまだ足りない部分だと思うんだよね」
アイジュが突然振り向いて全員と目を合わせた。
「私たち、仲はいい自信がある。でも、特殊警備隊として優秀かと言われれば素直に肯定はできない。悔しいけど、それが事実だと思う」
確かにアイジュの言う通りだった。仲間になる決意も実行もしているが、まだ友達の延長線上にいるような感覚がある。
「だからなろうよ。54班を超える最高のチームにさ。絶対なろうよ」
アイジュの声はやたらと落ち着いていた。向き直ってしまったから、その顔がどんな表情をしていたのかは見えなかった。
避難誘導の場所に着いた頃には住民の半分の避難が終わった頃だった。どうやら、小さい街だったためにそれほど多くの人が街に残っていなかったようだった。
「落ち着いて進んでくださーい!」
「お名前を聞いてもよろしいですか?はい....確認できました。誘導の指示に従って避難してください」
「安心してください。まだ夜までには時間がありますので...」
道の誘導をするフウリの耳には様々な同胞の声が入ってきた。いくら小さな街とはいえ、街一つ分の人が移動するのだ。楽な仕事ではない。
そして入ってくる声は、彼らのものだけではない。
「ほらほら、早く歩いて」
「本当に街に妖が出るの?」
「怖い」
「早く行かなきゃ」
目の前には大勢の人。まだ若そうな男性、腰の曲がった老人、生まれたばかりの赤子。様々な住民の不安の声が直接入ってくる。
そうだ、だれであっても彼らにとっては目前まで迫った恐怖であることを忘れてはならない。そしてそれを取り除くのは、自分たちの仕事である。
つん、と裾を引っ張られる感覚を覚えた。振り返ると、そこには小さな男の子が立っていた。
「どうしたの?もしかして、お母さんとはぐれちゃった?」
男の子はふるふると首を振る。
「ママとパパはあそこ」
彼が指差した先には受付で確認を受ける夫婦がいた。
「あのね、僕聞きたいことがあるの」
「うん。何かな?」
フウリはかがんで男の子の目線に自分の目線を合わせる。そうすると男の子の顔がよく見えた。
「僕のお家、なくなっちゃうの?」
男の子は不安げもなく聞いた。フウリは首を振る。
「ううん。なくならないよ。もし何かあっても、お兄さんたちが直してあげるから大丈夫」
「じゃあ、僕たちみんな死なない?」
「もちろん。このままお兄さんたちの言う通りに避難してくれたらね」
男の子はふと受付の方を見た。どうやら両親が確認を終えたらしい。
「ほら、お父さんたち終わったみたいだよ。早く行かないと、本当にはぐれちゃうよ?」
「わかった!じゃあね!」
軽快に走り出したかと思ったら、彼は10歩ほど走ったあたりで急に止まった。そして振り返り両手を高く上げた。
「お仕事頑張ってねー!お兄さんも死なないでねー!」
苦笑いで手を振り返した。
そうだね、頑張るよ。まだ死ねない。守りたい人はまだ沢山いるんだから、死なないよ。
フウリは空を見上げた。昼を過ぎ、徐々に太陽が傾き始めている。あるかもしれない初めての戦闘に向けて鼓動が速まって落ち着かなかった。
それがただの緊張だったのか、それとも胸騒ぎだったのか、この時には考えもしなかった。
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