それぞれの
奇妙に思われたお茶会はその後、ただの懇談会となりなかなか良い時間を過ごした。各々の個性が露出し、ホウカたち54班ともより一層仲を深めることができた。
おそらくこれもハクロウの手腕によるのだろう。彼女はこのお茶会の最中、話題を提供したり引き出したり、聞き手に回って相槌を打ったりと意識して見なければわからないほどの自然すぎる振る舞いで場を回していた。ハクロウという人間はかなりコミュニケーション能力が高いのだろう。
「アイジュは確か主席入隊だったよね?養成学校はどうだった?」
「そりゃまあ大変でしたよ。授業は長いしそのくせ覚えること多いし、訓練も体ボロボロになりながらやりましたもん」
アイジュが右手をひらひらと振る。その様子にホウカが意外そうな顔をした。
「全然そんな風には見えなかったな。遠目で見てたからわからなかった」
「というか、私たちにとってはアイジュっていっつも試験で一番最初に名前書かれてる天才、って感じだったよ」
ウルの言う通り天才ではあるのだろうが、アイジュだって人間なのである。側にいたフウリたちはその表情があったのを知っている。
「私ってさ、家が裕福なのよ」
「....なんだよ急に」
アイジュの突然の発言にチルがたまらずつっこんだ。ハクロウは静かにそれを見つめていた。
「家が裕福だとさ、いろんな機会に恵まれるでしょ?私自身は何もしていないのに、いろんなものが与えられて、本人にその意思がなくても大抵は優秀に出来上がるの」
全員、ハクロウはわからないがそれ以外の全員は急に始まった謎の告白あるいは自慢話に困惑の姿勢をとった。この場にその日の飯にさえ困るような生活をしていた人間がいたならアイジュの顔が腫れ上がっていただろう。
「事実、私は教養も運動能力も人並み以上にある。でも、それって私自身の力じゃない。たまたまそうなっただけで、生まれた場所が違ければどうなっていたかわからない。だから、自分で選んで何か成し遂げたいの。それで特殊警備隊に入った」
自慢話かと思われたアイジュの告白は、意外なところに着地した。自然で滑らかな話の誘導にフウリたちはアイジュの話に没入していた。その没入具合は、しばらく、といっても十数秒の間だが、何の言葉もでなくなるくらいである。
その沈黙をいとも簡単に破ったのは、やはりハクロウだった。
「それが入隊の理由か。うん...良いんじゃないかな。頑張ってね。あ、そうだ。じゃあみんなの入隊理由も聞かせてよ、興味ある。ショウナは?」
「....急にきましたね。俺は....かっこいいなって思ったからです。それだけ...」
ホウカが恥ずかしそうに言葉の最後にかけて尻すぼみになりながら言った。ぽりぽりと首の後ろを掻いた手の奥の耳が赤くなっている。
「そうかそうか。かっこいいもんねー特殊警備隊。ショウナもかっこいい隊員になるんだぞー!よし、次。キイノ!」
「えっと、私は...」
キイノが何かを躊躇うようにして言葉を区切る。しかしすぐに紡ぎ直した。
「家を早く出たくて...みたいな?」
「おやおや、不良少女だね。意外意外。まあそういうのはデリケートな問題だからね、深くは聞かないよ」
キイノは小さくありがとうございますとハクロウに言った。どうやら、本当に触れられたくないらしい。
「ウルとチルは?双子揃って入隊できるなんて、なかなか珍しいけど」
「私たちは....まあ双子の性ですね。夢がかぶっちゃって」
「そうなんですよ。二人とも心の中でずっと思ってたんですけど、なんか言わなくて。でも、初等教育終えるタイミングで親に相談....っていうか宣言したんですけど、被ってて」
フウリは話を聞きながらもなんて微笑ましいのかと思った。二人は少し嫌そうに話してはいるものの、その奥には切っても切れない縁のことを誇らしく思っているのだろう。一緒にいることができる嬉しさが溢れ出ている。
「しかも、なりたい理由まで一緒だったんですよ!給料が高いからって!」
「見事にハモりましたね。あれは驚いたなー。双子ってすごいって思いましたよ」
「というより、双子だからこその理由だったんだよね。小っちゃいころから欲しいものは二人で半分こだったから」
「お金があれば分ける必要ないからって理由で、ここまで来ました」
話しているのを見て、聞いているだけでも二人が歩んできた道というものが感じられる。事前に打ち合わせをしているはずなど当然ないにも関わらず間や呼吸、目線でさえシンクロしているのだ。双子というものの存在を肌で実感する。
じっくりと話を聞いていたハクロウは深く頷いた。
「そうかそうか。双子、すごいよね。理由がなんであれ、ここまで来たのは君たちの努力だから、そこは誇っていいからね。よし、次、タイトは?」
「俺?俺もまあ....ショウナと似たようなもんすよ。特に面白い理由はないです」
「おや、そう。ホウカは?たしかホウカもかなり成績良かったよね」
「俺は....そうですね...」
ハクロウに尋ねられたホウカは少し間を置いた。その目には強い光が湛えられていた。
「人を助けたいと思って入りました。この国では、妖のせいで命を落としてしまう人が沢山います。俺の祖母も百鬼夜行の日にいなくなってから帰ってきません。そういう人たちを、一人でも減らしたいんです。だから特殊警備隊に入りました」
ショウナのような理由で特殊警備隊に入る人は少なくない。というより、入るほかないのだと思う。
家族や友人など大切な誰かが、理由もなく失われたなら仇を討ちたいと思うのは当然のことだろう。たとえその相手が人ではないどんな存在であっても立ち向かう事は間違ってはいないはずだ。
フウリはホウカをじっくりと見た。彼の顔に宿っているのは、強い意志と覚悟だった。
「そう...それで特殊警備隊に...うん、無理はしないようにね」
ハクロウの顔に優しさではない感情が宿った。
「....無理、ですか」
ホウカは意外そうにハクロウを見返した。それにハクロウは表情を変えないまま答える。
「うん。君みたいな人、つまり妖に強い感情を持つ人は...たまに、たまにね?良くない方向に引っ張られてしまうから...気を張りすぎないように」
そう言うとハクロウは少し目を伏せた。
「....壊れてしまっては、意味がないからね」
呟かれたそれは隣にいたフウリでさえも聞き取れるかどうかの小さなものだった。
しかし、すぐに表情を戻す。それはホウカの入隊理由を聞く前のものでそこには明るい笑顔があった。
そしてハクロウはそのまま顔をフウリの方に向ける。
「じゃあ次。君が最後だね、フウリ」
ハクロウの強い瞳がフウリを捉えた。金色の瞳がじっとこちらを覗き込んで離してくれない。
「君が白虎に決まった時、とても驚いたんだよ。白虎という名にふさわしすぎる真っ白な子だったから。だから、気になるんだ。君はどうして、特殊警備隊に入ったのか」
少し顔を傾けて下から覗き込むようにフウリの顔を見るハクロウは、話している間も全く視線をそらす事はしなかった。
まるで品定めをされている気分だ。だが、不思議と嫌悪はできない。
「あ....っと、俺は...」
やっとの思いで言葉を出すことに成功したが、それはすぎにかき消された。
バタバタという足音が耳に入ってきた。
「ここにいましたか、ハクロウ長官!」
フウリの言葉をかき消した男性は、ズカズカと新人たちのテーブルをかき分けてハクロウの目の前に立つ。
フウリたちと同じく純白の軍服に身を包んでいる姿から白虎軍の、しかも長官に直々に報告してくるというのはそこそこの偉い人物と見られる。
ハクロウは男性を見上げながら深い溜息をついた。
「ちょっと、今お茶会してるの見てわかるでしょ?用件はなんだ」
「朱雀軍の前線部隊から報告が入りました。お茶会は終わりにして頂きたいのですが」
朱雀軍の前線部隊からの報告。何かあったのだろうか。
「....しょうがないな。わかったすぐ行くよ。そういうわけで、お茶会は終わりみたいだ。全く、あと一人で全員とちゃんと喋れたってのに...」
するとハクロウは椅子から立ち上がった。
「悪いけど、この机とかテントの方に運んでおいてくれないかな。ちょっと用ができてしまって。もちろん、君たちが満足するまで使ってからでいいから」
「わかりました。片付けておきます」
アイジュが反応し、それを見たハクロウは申し訳なさそうにした。
椅子にかけていた帽子を被り直し、ハクロウはフウリたちに背を向けた。その先には報告に来た男性が少し眉間に皺を寄せながら待っていた。
「それじゃ、そろそろ行くよ」
フウリたちは立ち上がった。それが礼儀だと思ったからだ。
「あ、そうだ」
何かを思い出したようにハクロウは振り返った。
ハクロウの視線はフウリとバチりと交わった。
「今度、また話そう」
ハクロウはその場を去った。
「お茶会を邪魔するほどの報告、ね...」
「ええ。少し予定外ですね」
ハクロウは報告に来た男、グンランを横目で見た。その横顔には不安が刻まれている。
しばらくして本部テントに着いた。そこにはそれぞれの持ち場の隊長が集まっていた。
そして、朱雀軍からの報告班。
「ハクロウ長官、朱雀軍のヒノと申します。前線部隊の副官からの報告を伝えに来ました」
「ああ。それで、報告内容は?」
ヒノと呼ばれた少年は上着から一枚の紙を取り出し、広げてそれを読み上げ始める。
「調査中の『ロの326番』の追跡について朱雀軍から報告。逃げ込んだと思われる山中を探した結果、『ロの326番』に繋がる痕跡は一切見られず。周辺の地域に関しても同様、目撃証言や異常などは一切なし。これらを受けた朱雀軍の見解は、警備・警戒地域の変更の検討である」
空気が張り詰める。
報告書から目を離し顔をハクロウに向けたヒノがそのまま続ける。
「山全体をくまなく調査にあたりましたが、報告されたような妖が通ったと思われる痕跡は一切ありませんでした。あの山は比較的人の手が入っている整備された土地のため、そのような痕跡があればすぐにわかるそうです」
ヒノにハクロウが問いかける。
「副官直々に調査していたかい?」
「はい」
「そうか...なら確実だな」
ハクロウは本部テントの中にいる全員に向けて声をあげた。
「任務変更だ。全員に戦闘の準備を呼びかけ、いつでも動けるようにしておけ。これより白虎は特別警戒態勢に移る」
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