親睦の時間

 報告があった現場である街は都市からかなり離れた場所にある。その上、あまり栄えた場所とは言えず、建物の多くが老朽化して脆いものになっていた。よって、フウリたち白虎軍は有事の際に人々を速やかに避難・誘導ができるように導線を確保することと、それらの建物が崩壊した際の人員救助の足として呼ばれた。

 日はまだまだ高く、妖たちが動き始めるにはかなりの時間がある。その間に、諸々の作業を済ませるというのが与えられた仕事である。

「にしても、まさかこんなに早く機会に恵まれるとはな」

 隣で物資を運ぶタイトが嬉しそうに言った。

「とは言っても、私たちは今回メインじゃないからね?あくまでも二次被害を抑えるため、あとはもしもがあった時に動くくらいで...」

 キイノの発言をタイトはすかさず遮った。

「その『もしも』があるから頑張れるんじゃんか!そこで活躍して見せれば、今後は前線で...っていうことだって有り得るわけだし!」

「そんな簡単にもしもが起きてもらっちゃ困るわ」

 キイノが呆れたように答えた。

「そうだよ!もしもはちゃんとここぞって時に取っておかなくちゃ!」

 アイジュがよくわからないところで同意した。

「いいや、それでも俺は信じるぞ!今日だ!今日、俺は妖を退治する!」

「それはいいけど、今はそれ運ぶこと。みんなもいい加減ちゃんと手動かしてよ?」

 フウリの説教に3人ははーいと返事をした。返事だけは良くて困る。

 しかし、実際のところタイトの願いが叶うのは難しいだろう。配布された資料で見た限り、妖が出現したのはここから山を二つも越えた場所である。相手が人外だということを考慮しても事前に報告された情報から見るに容易なことではないだろう。

 特殊警備隊では報告された妖たちをコードで呼ぶ。報告された妖は討伐されたのちに名付けられ資料として保管され後世に残す。同じような妖が現れた際、参考にするためである。

 今回報告された『ロの326番』の特徴は以下の通りだった。

・体長はおよそ2メートル前後。

・牙が鋭く、爪も長い。獣のような見た目。

・動きは比較的速いが、追えない速さではないと思われる。

・街中で姿をくらます。山に逃げ込んだと思われ、現在朱雀軍が調査中。他の軍は周辺地域の警備を担当すること。

 これらの情報から冷静に見て、現在自分がいる地域に『もしも』が起こる可能性は低いとフウリは思っていた。タイトには悪いがそれでもこれが現実で、こんなものなのである。理想とは程遠いのが現実なのだから。

 だからとりあえずは目の前の仕事を遂行するだけだ。いくら妖が出ないとはいえ、ふとしたきっかけでパニックを起こす人がいることは珍しいことではない。そのような事態になった時、事態を収拾させるのも特殊警備隊の仕事である。

「こういう時、朱雀軍っていいよなー。優先的に前線に出してもらえて」

 タイトの止まらないぼやきにフウリの思考は中断された。どうやら本当に浮かれているらしい、いつもなら必要以上の私語は抑えているはずなのに、今日は止まる気配がない。

「おいタイト。さっきから少しお喋りが多い...って...」

 振り返ると、タイトにあてがわれた物資たちはすでにそこにはなく、タイトがフウリの物資を両手に持っているところだった。

「自分のやつ終わったからさ、手伝うよ」

「あ....ありがと」

 タイトは喋りながらも自分より速く仕事を終わらせていた。タイトのこの仕事への熱量は、気持ちだけが独立したものではなかったのである。しっかりとその肉体と連動していたのだ。

「タイトってそういうとこあるよな....正直羨ましいよ」

「え、なんの話?あ、もしかして俺が気が利く良い男ってこと?ああ、それなー。自分でも思うけどあんまりモテな...」

「あー、余計なこと言った。なんでもない、手、動かそう」

 もちろん気が利くところも憧れるところではあるが、フウリが羨ましがるのはそこではない。人よりも器用に物事をこなしてしまうところだ。それも人を傷つけることなくだ。アイジュを見る限り、血筋だと思う。

「でも実際思わないか?朱雀っていいなーみたいな」

「....思わないかな。朱雀ってかなり厳しいとこだって聞いたし」

「あー、それはあるなー」

 手を動かしつつ言った。

 朱雀軍。それは特殊警備隊の中でもかなり異色な集団である。もしくは、最も軍隊らしい集団でもある。

「朱雀ってほぼ毎日休み無しで訓練か任務だろ?しかもその任務自体も重いやつばっかだし。体が持たないって」

「だよなー。ガタイいい人めっちゃ多いイメージ。でも確固たる強さって、憧れるもんだろ?」

「確かにね」

「『死なない部隊』かー、俺たちとは真逆だな」

 フウリは思わず苦笑した。

 朱雀軍はその強さから『死なない部隊』と言われている。まさに白虎とは正反対だ。

「せいぜい頑張らないとね」

「だなー」

 そんなことを喋りながら作業をしていると、遠くから小さく声が聞こえた。どこかで聞いた声だった。

 思わず声のしたほうを見てみると、そこにはホウカたちが手を振りながらこちらへ向かってきていた。

 ホウカたちはフウリとタイトの目の前で止まり、

「俺たちの場所もう終わったから、こっち手伝うよ。あと、終わったら休憩していいってさ」

快活な笑顔を浮かべながらホウカが言った。

「ありがとう。助かるよ」

 既に荷物を手に持っているショウナは問題ないと目で告げた。どうやら無口な人らしい。

「じゃあ、私たちはアイジュさんたちのほう行くね?行こ、チル」

 コクリとそれに頷いた弟は姉を追いかけて歩いて行く。任務中とはいえ、なんだか微笑ましい光景だった。

「ああいうの、ちょっと憧れるよ。俺兄弟いないからさ。二人はどう?兄弟とかいる?」

 ホウカが尊そうに宙を仰いだ後、顔をこちらに向けて言った。

「俺も兄弟いないな。まあ、アイジュがそういうもんかなー。従兄弟だけど」

「俺もいない....というか、知らないんだよね。俺、拾われたから」

 場が一気に凍ったのが肌でわかった。しかし、フウリももう15である。このような場面を幾度となく対面してきた。もう慣れっこだ。

「気にしないでいいからね?俺は気にしてないからさ。血は繋がってないけど大切なことに変わりはないし、意外と普通の家族だよ」

 母は引き取った自分を大事に育ててくれた。それも、最も人気のある職業につけるくらい立派にだ。決して簡単なことではないし、苦難もたくさんあっただろう。感謝してもしきれない。

「そうか...じゃあ、謝らない。フウリがそう思ってるなら、気にしたり謝ったりしたら悪いもんな、フウリにも、ご家族にも」

 ホウカが静かにそう言った。横にいるタイトもこっくりと深く頷く。それにフウリはニコリと笑った。

「ありがとう、ホウカ、タイト」

 こうして理解してくれる人がいるというのはとても安心できるものだ。いくら他人には関係のないことだ、自分が分かっていればいいと言い聞かせても理解者がいるのといないのとでは心の負担が違う。

 特殊警備隊に入って良かったと思うのは、これで何回目だろうか。養成学校の二年間と入隊してからの数ヶ月。人生という大きな流れの中で見ればとても短い間だが、とても濃厚な時間を過ごし経験してきた。

 幸福、だと心の底から思った。


「双子かー、憧れるなー!」

「そう?」

「だって、自分と同じ場所に立ってくれてる人って貴重じゃない?どんなことがあっても離れたりしない....みたいな?憧れるー!」

 手は動かしつつも、それ以上に口を動かしながら作業に望む姿は軍人というよりはただの学生のようだった。

 アイジュとキイノの元に助っ人としてきたのは顔がそっくりな双子の姉弟だった。

「でも、そんなに良いもんじゃないよな。いっつも比べられるし。双子だからって何もかもおんなじってわけにはいかないからさ」

「そうそう!わかりやすいとこでいうと、養成学校の卒業試験あったじゃない?あれ、私の方が実技は上だったんだけど、筆記はチルの方が上でさー」

「でも、実技の方が重視されるだろ?だから総合点では俺の方が下なんだよ」

 双子の苦悩というやつである。どうやらそれは特殊警備隊という特殊な集団においても変わらないようだ。

「えー、でもやっぱり良いなー。ていうか、私は妹とか弟に憧れる。お姉ちゃんになりたい!」

 アイジュが愛らしく言った。その態度からしてお姉ちゃんというものは向かなそうだと、この場にいる全員が思っていたことは言うまでもない。

「私、お兄ちゃん3人の末っ子だからそういうの良いなーって、小さい頃から憧れがあってさ。しかも兄妹で年離れてるから、年の近い兄妹っていうのも縁遠くて」

「ふーん、そんなもんかな。年近い、っていうか俺たちは同じだけど、喧嘩ばっかでろくなことないけどな」

 チルがちらとウルの方を見た。ウルが何か言いたげだったが、チルもそれを察したらしく急いで口をつぐんだ。

 そんなこと気にもしないでアイジュはキイノに問うた。

「キイノは?そういえば、あんまり家族の話って聞いたことなかったけど」

「私?」

 不意に話しかけられてキイノは思わず聞き返してしまった。それにアイジュは笑みを絶やさぬまま返答を待った。

「私は...妹がいる。二つ離れた妹」

 へー、と一同から声が上がったあと、すかさずチルが質問する。

「キイノから見て、妹ちゃんってどんな感じ?やっぱ可愛い?」

「うーん、そうだな...。妹は私が可愛いって言えるほどやわじゃないっていうか...」

 チルが少し表情を固くして聞く。

「あんまり仲良くない?」

 キイノは少し考え、少し首をひねって答えた。

「そうかもね」

 キイノは小さく笑った。


 談笑の中、作業はどんどん進み二手に分かれていた班は合流し、最後の物資を運んでいたその時、カツ、カツと響きわたる靴音を全員が聞いた。

 音のした方を振り返ると、そこにはスラリとした長身に短い髪を携えた女性がこちらへ歩いてきていた。もちろん、その姿はよく知っている。その純白の軍服が何よりの身分証明だからだ。

「よっ、頑張ってるかい?」

 言わずもがな、ハクロウ長官である。



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