初陣
「ねえ、これでいいかなー!変なとことかない?」
「大丈夫だよ。ちゃんと着こなせてる」
「タイトはどれ持ってく?やっぱり刀?」
「いや、俺は剣術の成績イマイチだから弓矢にする」
特殊警備隊に入りはや二ヶ月。季節は次第に熱を帯び始め、草木も光をよく反射し世界がだんだんと明るさを強めていくなか、特殊警備隊白虎軍第61班はそわそわしながら支度をしていた。もちろん、戦闘の支度である。
というのも、ついにフウリたちに妖の依頼が回ってきたのである。それは昨日のことであった。
フウリたちはいつも通り掲示板の前をビラをめくりながらうろついていた。
「ねえ、これなんかいいんじゃない?ってあれ?」
突然アイジュが止まったので全員でアイジュの方を見る。するとアイジュは掲示板ではなく廊下の先の方を見ていた。
廊下の先を歩いていたのは純白の軍服の裾を翻して歩く女性だった。だが、その人はフウリたちにとってはただの人ではない。白虎軍長官、ハクロウだ。
ハクロウはそのまま廊下を進み、フウリたちに近づいてくる。フウリたちは慌てて姿勢を正した。
「君たちだね、第61班は」
ハクロウは四人の目の前で止まるとフウリたちの顔を覗きながら言った。金色の瞳が猫のようにフウリたちを掴んで離さなかった。
まさに圧倒、という感じだった。
「は、はい!」
それでもなんとか返事をすると、ハクロウはひらひらと手を振って、
「ああ、そう堅苦しくなくていいから。最低限の礼儀さえあればいいよ。肩の力抜いて、ね?」
彼女はそう言ったが、フウリたちが簡単にできるはずもなかった。
特殊警備隊の長官は4対にして特殊警備隊のトップである。安易に話ができる存在ではないし、していい存在ではない。人数が多い白虎となれば尚更である。話す機会といえば入隊の儀の時か通りすがりに挨拶をする程度が限界である。内心では驚きと興奮で胸がいっぱいだ。
「君たち、噂は聞いてるよ?」
「う、噂?」
ハクロウはにこりと笑って頷く。
「新しく入った奴らに、二ヶ月経ってもいまだに一枚も妖討伐の認可書持ってこない組がいるんだって報告があってね。ちょっと気になってさ」
ということは、61班以外の新隊員たちは持っていったということか。
「妖討伐は花形仕事だからね。認可されなくても持ってくるのが普通なんだけど、君たちは違った。それは、どうして?」
ハクロウは口元に笑みを浮かべたままに問うた。それにアイジュは怖気ずくことなく答えた。
「優先させるべき仕事がそうではないと判断したからです。この掲示板には数ヶ月前に依頼されたものも多く存在しています。取り合いになるような仕事よりもそういった依頼を優先させたいと考えたからです」
長官に対してアイジュは立派な返答を返した。フウリは心の中で本当に同い年なのだろうかと考えてしまった。
「なるほどね。いい答えだわ。でも、明日はそれお休みでお願いするわ」
ハクロウの発言にフウリたちは顔を見合わせた。それを見てハクロウはクスリと笑ってポケットに入れていた紙を取り出した。
「明日からクイシ地区の警備の依頼が来てるの。最近連続してその近くで妖が出没してるらしくてね、おそらく次はここだろうっていう予想が出てるの。かなり人手が必要でね。で、そこに君たちは白虎を代表してきてほしいってわけ」
お願いできる?とハクロウは紙をずいとフウリたちの前に差し出す。
一瞬のためらいの後、パシッとその紙を受け取ったのはタイトだった。
「や、やりたいです!いえ、やります!な、みんな!」
少し頬を上気させながらタイトが振り向いて問いかける。3人は苦笑しながら頷いた。
「詳しいことはそれに書いてあるから、準備とかしておいてね」
ハクロウはタイトが握っている紙を指した。普段フウリたちがこなしている仕事と同様に場所などの詳細な情報が書かれていた。
「それじゃ、また明日。よろしく頼むよ」
そして本日、フウリたちは記念すべき初陣の日を迎えた。天気は快晴、初陣日和だった。
しかし、今日が天気だったとしてもそれはあまり意味を持たない。というのも、今回の仕事はいつ終わるかはわからない。いつ妖が現れるかわからないからだ。現れるかどうかすらもわからない。報告されている妖が退治されるまでが任務である。
「っし、んじゃ行くか。そろそろ時間だ」
タイトが先陣を切って言った。どうやら随分浮き足立っている。昨日も依頼を受けてからというもの突然奇声をあげて喜んだりしていた。その度に準備をしていたフウリたちからはうるさいとツッコミを入れられていたが。
今回白虎軍からはフウリたちを含めて20人ほどが警備に向かった。そのうち新兵は8人。つまり、フウリたちの他にもう一班初陣を決めるというわけである。
その新兵たちとは集合場所で顔を合わせることになった。
集合場所でぎこちなく待ちつつも、顔には緊張と興奮をのぞかせる四人の男女がいた。
「ねえ、あれって私たちの同期じゃない?」
いち早く気づいたのはアイジュだった。そして、向こうもアイジュに気づいたらしい、班員の一人があっと声をあげた。
「もしかして、首席入隊のアイジュさんですか?ということは、今回討伐に行く新兵のもう一班ていうのは...」
「うん!私たち61班だよ、よろしくね!」
アイジュが差し出した手を少年はぎこちなく握る。少年の顔が少し赤くなっていた。
少年たちは第54班で、アイジュの受け答えをしたリーダーのホウカを中心に、幼馴染のショウナ、養成学校で出会ったウルとチルの姉弟から構成されたチームだった。任務に就いた初日から妖討伐の依頼を認可してもらおうとした姿勢が買われたらしく、今回の任務にスカウトされたらしい。
「君たちはどうして今回の任務に?やっぱり、成績が優秀だったから?」
ウルが興味深そうに目を輝かせながら聞いた。キイノはそれをやんわりと否定する。
「そんなんじゃなくてね。噂が長官の耳に入って、それで」
「ああ、噂ってあれでしょ。妖には目もくれずに目立たない仕事ばっかりやってるってやつ!」
ちくりと刺さる一言だった。
やはり、白虎の共通認識として妖退治以外の仕事は目立たない、優先順位が低いというのがあるらしい。それを目の当たりにした発言だった。
「それにしても、アイジュさんって可愛いですね!噂には聞いてたけど、その何倍も可愛いです!」
姉のウルが目を輝かせながら言った。それにアイジュは笑顔で、
「敬語はなしでいいよ。私たち同期だもの。私たちは敬語とか得意じゃないから、ね?」
と答えた。ウルはまたも感情を溢れ出したようだった。顔がパッとさらに明るくなった。
同期による雑談が盛り上がり、少し緊張が解けてきたとき、集合場所の空気が一気に変わった。
短い髪に帽子をかぶり、ツカツカと踵を鳴らしながらやってきたその人の姿は、この前見た人物だった。
「さて、みんないるね」
ハクロウが全員の前に立った。彼女の姿は不思議とこの前見た時よりも大きく見えた。彼女は長身ではある。だが、それ以上に大きく見えるのは、彼女が持つオーラとか威厳が現れているからなのだろう。
「情報は全員頭に入ってるね?じゃあ早速行こう...っと、その前に」
ハクロウは全員に目を合わせるように見渡したあと、こう言った。
「死なないようにね」
場の空気が変わるのが肌でわかった。解けかけていた緊張がもう一度息を吹き返すのが痛いくらいだった。
フウリは腰に下げた軍刀をそっと触った。場合によっては、自分が前線で戦うかもしれない。その時、少しでも気を抜けば一瞬で全てが終わる。急に指先に感じるものが重く感じる。その重みで動けないような気がしてならない。今、この場に何かがくれば動けるだろうか。重みで何もできないのではないだろうか。
覚悟はできている、と思っていた。だが、いざこれからその土俵に立つと思えば、体がそれを拒否してしまう。
手が震えていた。
だが、自分だけではなかった。
目の前にアイジュが立っていた。いつも通り、自信に満ち溢れた背中だ。だが、握った拳が微かに震えている。よく見ると、アイジュの前にいたタイトとキイノも、同じだった。
ああ、そうだ。そうだった。一人じゃなくていいんだ。
フウリは軍刀に触れていた手を離し、アイジュの震える手を後ろから握った。震えた手はひどく冷たかったが、少しすると徐々に温度を取り戻し、震えは止まった。そしてアイジュはもう片方の腕を伸ばし、タイトの手を握る。タイトも同様に、キイノの手を握った。
繋がっている。一人で背負う必要なんてない、俺たちは白虎だから。
顔を上げた先には、ハクロウがいる。ハクロウは表情を変えずに隊員の方を見ていた。一人一人目を合わせるようにしていたハクロウの目にフウリが映った時、彼女は少し笑った、ように見えた。
「よし、それじゃあ行こうか」
ハクロウの声が雲の隙間に響き渡った。
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