憧れ

 特殊警備隊白虎軍として任務をこなし、はや半月。未だ妖討伐の任務につけてはいなかった。というのも、初仕事の際に思ったことがあったからだ。


「白虎の仕事システムさー....ダメじゃない?」

 初仕事の次の日、キイノが掲示板を眺めながら言った。言いたいことはよくわかっていた。

「うん。仕事の量が多い上にみんなが好き勝手に貼っていくから、緊急の仕事が埋もれちゃってる」

「でもこれ、すぐには改善しないんじゃないかな。みんなこんなに多い仕事を必死に片付けてるのに、それでも毎日新しい依頼がくるわけでしょ?暇な隊員なんていないんじゃない?」

確かに、アイジュが言う通りだった。白虎の仕事は嬉しいことだが絶えない。よって施設に不備が出てもすぐには対応できないのだ。

「しかもみんな上から取ってくからなー。俺たちが地道にこなしてくしかないな」

タイトがあまりにも普通に言ったので、一瞬フウリたちは言葉に詰まった。しかしすぐに笑みを浮かべ、肯定した。

「そうだね。俺たちがやればいい」

「私達なら、全部できるんじゃないかしら?」

「うん....うん!私たちがやろう!名付けて、『白虎のお掃除隊』だ!ねえ、これどう?結構良くない?」

 フウリたちの総意は、「ダサい」だった。


 このようなことがあり、フウリたちはなるべく前に依頼されたものを見つけては赴き、終わっては探した。

 そんな生活を送る中で気づいた。妖討伐の依頼は一枚も見つからないのだ。これほどまでに大量の紙がある中で、一枚もないというのは少々疑問である。というか、問題である。

「だってこれ、修復とかの依頼よりも妖討伐の方が大事だって思ってるってことだろ?」

 タイトが少し苛立ちを見せながら言った。フウリはそれをなだめつつも、心の中ではタイトに深く頷いていた。壊れた家屋や道の復旧、妖の出現による避難場所の確保なども立派な白虎の仕事である。その中に優先順位などは存在しないはずである。

 手元の報告書を眺めながらフウリは思う。妖退治の仕事は花形で、特殊警備隊に入ったからにはそこで活躍したいという思いがあるのは当然である。フウリだってそうだ。だが、だからといって、妖討伐の仕事ができるようになったとき、それ以外の仕事をしない理由にはならないじゃないか。人々を守ること、そこにある生活を守ること、それが特殊警備隊の仕事ではないか。

「....俺たち、どうなるんだろうな」

 タイトが報告書を書く手を止めてポツリと呟いた。

「どうって....どういうこと?」

フウリが聞くと、タイトが部屋でのみかけている眼鏡を外して机の上に置いた。

「俺だって、妖討伐の仕事がやりたくないわけじゃない。だって、そのために特殊警備隊に入ったんだ。でも、このままじゃずっとそれはできないだろ。今はいい、アイジュが言ってたお掃除隊だってやってやる。でも、ずっとはできない」

 熱のこもった目がフウリを見ていた。しばしの沈黙が続いた。

 その沈黙をフウリの言葉が破った。

「でも、俺たちが辞めれば、依頼人はまた何ヶ月も待つことになる。そしたら、俺たち....特殊警備隊のことを、信じてもらえなくなる」

フウリは一度言葉を区切り、目線をタイトに向ける。

「俺たちが、裏切ったことになる。そんなこと...俺はやりたくないな」

 フウリの薄い色をした目に見つめられ、タイトの目がジワリと揺れた。しかし、すぐにいつもの強さを宿した目に戻り、眼鏡をかけ直した。

「わかってる。ダメだな、なんか焦ってるわ」

タイトが髪をガシガシと掻いた。

「.....そうだよな。目の前のこともできないやつにその先のことなんて見えるわけもないよな。っし、なんかやる気出てきた!ありがとな、フウリ」

フウリはゆるゆると頭を振る。

「タイトの気持ちもわかるよ。でも、嘆いたって今は変わらないからね。黙って目の前の報告書書くしかないよ」

「だなー」

 この時はまだ、いつか担当する妖退治に憧れしか抱いていなかった。だが、その実情を知るのに時間は必要なかった。

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