若き虎

 途轍もないスピードだった。

「タイトー、その柱こっち持ってきてくれない?」

「わかった。っと、はいよ、これ。アイジュ、そこにある瓦礫邪魔じゃないか?持ってくよ」

「あ、瓦礫はこっちに集めてるからー!フウリー、今どこまで終わってる?」

「柵はあと一本!終わり次第、キイノの方に向かうよ」

 全員がバラバラの作業をしているにも関わらず、四人の協力によって普通の大工がやるよりも何倍のスピードで終わっていく。本来なら多数でやるべき作業を、それぞれの身体能力の高さを最大限活かすことで四人でも十分に作業が回る。

 弱そうに見えた女子二人も恐ろしく働く。髪の短い娘はその細腕からは想像もできないほどに重い瓦礫を軽々と持ち上げていく。お団子娘も屋根という不安定な足場で一切ふらつくことなく復旧作業をしている。背の高い小僧も大きな荷物を素早く移動させ、白い童も正確に素早く家の部品を組み立てていく。そして何よりその無駄のない連携に感嘆を通り越し、恐怖すら感じる。その働きぶりは、そこらの大工が怠け者に見えるくらいに優秀だった。

 白の隊服を着た四人の若者たちは休むことなく動き続け、日が暮れる前に壊れた家を完全に、あるいは以前よりも丈夫に建て直した。

「ゼンジさん、どうでしょうか。せっかくなので、ゼンジさんが組み立てていた部分を活かしてみたんですが....」

 白い少年が指した場所は、確かにゼンジが途中まで組んでいた部分を延長するように建てられていた。

「あ、ああ...」

あまりのことに言葉が出ないゼンジに、白い少年は優しく微笑んだ。

 単なる復旧だけでなく、以前よりも良い状態にし、依頼主の意思をも尊重する。それに加えて威張ることもなく、あくまでもへりくだる姿勢。この若さで、その全てを成し遂げるなんて、並大抵のことではない。

「それじゃあ、依頼は完遂したということで良いですね?」

 髪の短い少女の声にハッとする。

「あ、ああ。報酬は後日白虎軍の方に送る....」

 白虎軍への依頼に対する報酬はほとんどが依頼後、数日経ってから白虎軍の方に払われ担当者に渡される。というのも、当日に手渡しだと色々手続きが面倒くさいらしい。

「それでは、私たちはこれで帰ります!救援に遅れてしまい、申し訳ありませんでした!」

 少女に続き、全員が頭を下げる。頭をあげると、軽く挨拶をしてから歩き始める。

「ま、待ってくれ!」

 歩き出した背中を必死で呼び止める。振り返った彼らは、少し不思議そうな顔をしてこちらをみていた。

「すまなかった。君たちに無礼なことをした....申し訳ないと思っている。それから、アイジュさんとキイノさん。とても侮辱的な発言をしてしまった。撤回させてくれ」

先ほどまで不思議そうにこちらを見ていた四人の顔には、すでに脱力感はなく真剣にこちらを見ていた。

「君たちは立派な、優秀な特殊警備隊白虎軍の隊士だった。ありがとう」

 四人はまっすぐこちらに向き直り、深々と頭を下げた。

 今度こそ帰り道を進み始めた背中をしばしの間眺めていた。先ほどまで立派に仕事をしていた白虎軍の隊士の姿はそこにはなく、仲の良い少年少女たちの姿があるだけであった。

 夕日に溶けていく四つの白が、黒い影を伸ばしながら遠ざかっていく。ゼンジはその白に向けて、誰にも気づかれないようにひっそりと未来を祈った。


「楽しかったねー!今日の、いや初めてのお仕事!」

「いや大変だったの間違いだろ」

「俺は楽しかったよ」

「うん。私も楽しかったタイトは楽しくなかったの?」

「いや、まあ....楽しくなくはなかったけど....」

「でしょー?」

 四人でテーブルを囲みながら今日の話をしていた。白虎軍の寮に着いた時にはすでに日もとっぷりと暮れ、昼食もろくに取っていなかったフウリたちはそのまま食堂へ直行したというわけだ。

 白虎軍として、真の意味での最初の一日。成果は十分だと言える。初仕事は成功したのだ。

「一時はどうなるかと思ったけどな。フウリと俺だけで作業させられるんじゃないかと思ったよ」

アイジュがひらひらと手を振ってそれを否定する。

「そんなことさせるわけないでしょー?それに、ゼンジさんは悪い人じゃなかったんだって。ねえ、キイノ?」

「うん。確かに、私たちみたいな人に危険な仕事はって言われた時はムッとしたけど、それも心配からくるものだったって思ったら、まあね?」

 アイジュとキイノはゼンジに仕事を断られそうになったらしい。確かに、そのような考えの人がいるのは至極真っ当だが、それが適用されるほど特殊警備隊というのは甘い組織ではない。

「なんか、もっと広めていかないと駄目よね。せっかく活躍してる人もいるんだしさ」

 キイノが少し悔しそうに言った。それにアイジュがまっすぐな目で頷いた。フウリもその通りだと思った。トップである長官の中にも女性はいるのに、そう思われてしまうのは何故なのだろうか。

「ま、それは俺たち若いのが地道にやってくしかないんじゃない?それより、ちょっと気になったんだけどさ、フウリ」

「え、俺?」

 突然呼ばれたので必要以上に驚いてしまった。タイトは夕食を食べる手を止め、向かいに座るフウリをまっすぐ見る。

「フウリはなんで、あの時アイジュとキイノがすぐに来るって思ったの?ああ、っていうのもさ、フウリのことだからなんか根拠とか既にあったのかなーとか思って。既にゼンジさんはフウリの策に溺れてた、とか」

「ああ、いや、そんなの全然ないんだ。ただ...」

フウリは少し言葉に詰まる。なんだか、その先を言うのが絶妙に照れ臭かったからだ。しかし、3人はそれを許してはくれないことは既にわかっている。早く言え、と目で訴えかけてくる。

「....笑うなよ」

3人は揃ってこっくりと頷いた。

 それを受けてフウリは一度空気を入れ替えてから口を開いた。

「信じてたから。アイジュとキイノなら、絶対に来るって、何よりも信じてた。ただ、それだけ」

 3人はしばし目を開けたまま固まり、それが解けると目を合わせて面白そうに、

「おお〜」

と声を揃えて言った。

 急に恥ずかしくなってきたフウリはこらえきれずにわめいた。

「な、なんだよその反応!わ、笑えばいいだろ!」

「いやいや、笑うなって言われてますしねー。いやー、嬉しいじゃんそんなこと言ってくれるなんてー!ね、今の聞きましたキイノさん?」

「よくそんなこと言えますよねー、いや、褒めてるんですけどね?ありがたいですよほんとに」

「あれ〜?俺には言ってくれないんですか、『タイトのこと、信じてるから』って、フウリさん?」

「う、うるさい!ごちそうさま!!」

 白いことだけが取り柄の顔が耳まで赤く染まっていく。それもまたからかわれて、その夜は寝る前までいじり倒される羽目になった。初仕事の疲労で体は重いはずなのに、四人で過ごしたなんてことない時間のせいで頭はふわふわしていた。そんな体のせいでいつ眠りについたのかを翌朝にはあまり覚えていなかった。ただ、翌日はとても心地のいい目覚めだった。




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