最初の依頼
「アイジュ、キイノ、タイト、フウリ.....はい、では、これからあなたたちは第61班になります。くれぐれも白虎軍として恥のない仕事をするよう心がけてください」
教育係の班員登録を終え、見事、無事、正式に白虎軍の在籍が認められた。これから本格的に業務が始まるのだ。
あの決意の日の次の日から鍛錬は再開した。と言いつつも、それまで通りと同じではない。朝決まった時刻に起き、全員揃って朝食を食べそして訓練を開始する。朝から日が暮れるまで行い、密度の濃い時間を過ごした。思ったことはなんでも言った。それによって小さな衝突も起こったが、結果的には双方が納得し、最善の形で終わるようになっていた。仲良しなだけの友達ではなく、チームになれたはずだ。見えなかった課題は、なんとかクリアすることができたのだと思う。
「ねえ、さっそく何か仕事しに行かない?」
アイジュがウズウズしながら言った。チームを回す彼女が61班のリーダーとなったが、アイジュ本人としてはリーダーという堅苦しいものは苦手らしく、あくまで名義上だけでとのことだった。
「そうね。でも、いきなり大きな仕事は担当させてくれないだろから.....修繕の仕事とかどうかしら」
キイノが顎に手を当てて案を出す。
白虎軍の大きな仕事はズバリ妖退治である。これはいわゆる特殊警備隊の特色の仕事で人気がある。加えて担当すると給料も上乗せされる。よって仕事が舞い込めば取り合いになり、新人まで回ってくることはまずない。そもそも、新人が担当しようとすると上層部に止められる。なので新人がすることといえば、妖退治による被害の修繕や他の軍からの依頼に応えることがメインだ。
「とりあえず、下の掲示板に行ってみよう。そこなら色々情報があるはずだ」
タイトの言う掲示板とは厳密にいえば掲示板ではなく壁なのだが、ある白虎の隊員が仕事の依頼を貼り始めたのが現在まで残り、板の壁がそのまま掲示板になってしまったのだ。そこには白虎軍の隊員全体に向けた依頼が貼られ、それを見て隊員は動く。たまに指名で入る仕事もあるが、それは直々に伝えられる。
「なんていうか....センスのある貼り方だね....」
「フウリ、無理して褒めなくていいんだぞ」
「センスがあるっていうより、前衛的?」
「いや、これは雑って言うのよ」
噂には聞いていたが、掲示板は本当に無秩序そのものだった。仕事の依頼が多いことは嬉しいことなのだが、多すぎて依頼の紙が何枚も重なっているところがかなりある。下の紙が見えないほどだった。
「なんでこんなことになってるんだろうな」
タイトが目の前の4枚ほど紙が重なったところをペラペラとめくりながら言った。
「白虎は人が多いから、依頼も多いんだろうね。それに、他の軍からも依頼がくるとなれば量も多くなるのはわかるけど....流石にこれは....」
フウリも目の前の紙の束を指でつつく。最新のものばかり上に貼られて過去のものはどんどん後ろになっていくのは問題ではないだろうか。緊急性が高いのはむしろ下にある依頼の方なのに。
「とりあえず最新の依頼....上に貼ってあるやつは目に付きやすいから、私たちは下の方の依頼にしよう。多分、その人たちの方が困ってる」
「アイジュの言う通りだな。キイノ、下の方に貼ってあるやつお願いできるか?俺はなるべく上の方確認する」
「わかった。なるべく古いやつの方が良いわよね?」
「そうだね。......あ、ねえ、これとかどうかな?」
フウリは目の前の修繕の依頼を手に取った。日付は三ヶ月前を示している。
「内容は、妖討伐の際に家の三分の一が倒壊、なるべく早い救援をとのこと。力仕事が予想されるので、力のある方をお願いします、だって」
「うん、大丈夫じゃないかな。私たち力あるし」
アイジュが肯定する。キイノもタイトも静かに頷いていた。おそらく、このまま探し続けると埒が明かないと思ったのだろう、何か一つでも決めてしまうのが良いと判断したのだ。
「じゃあ、それ長官室に持ってって許可もらってさっさと行こうか!」
寮を出て街を歩く。思えば、白虎の隊服を着て寮の外を歩くのは初めてだった。街ゆく人々の視線が少し照れくさい。
目的地、ゼンジという男性の家は寮のある街から二つ隣の小さな町だった。普段から相当な訓練をこなしているフウリたちにとってこのくらいの距離はどうってことないものだったので、道中冗談を言い合いながら向かった。
そして目的地に着き、かけられた言葉は、
「帰れ」
だった。
文字通りの門前払いをされたフウリたちは、ただ呆然とその場に立ち尽くした。
「.....え?」
「ん?」
「あれ?」
「いやいやいや、え!?ちょっと、え?」
言葉を失った。文字通り。
「も、もう一回行こうよ!だって、まだ家直ってないし!」
フウリが指した先のゼンジの家は少しの修繕が加えられてはいるが、未だに全てが直っているわけではない。加えてゼンジは白髪の目立つ老人だ、若い手が必要なことは明らかだった。
再トライ。
「帰れ」
さながら再放送だった。
再々トライ。
「すみません!遅くなったことは重々承知しています!ですが、力になりたいんです!」
フウリに続いてタイトも締め切った玄関の向こう側に向けて話す。
「俺たち、こんな見てくれですけど役に立ちます!お話だけでも....」
「帰れ!」
玄関の向こうから聞こえたのは変わらないセリフだったが、明らかに感情が明確に現れていた。
確かに、三ヶ月も依頼を放置したのはこちら側の過失である。だが、話を聞いてもらえない限り、事情の説明も謝罪もできたものではないし、何より特殊警備隊の信頼に関わる。だが、これといった名案も浮かばない。
「.....アイジュ、どうしよう」
「そうだなぁ....」
我らが(名義上の)リーダーが下した決断は、
「あのー、すみません、ゼンジさん?ちょっとお話聞いてもらっても良いですか?」
アイジュは玄関の前に立ち、中にいるゼンジに向けてまっすぐ声をかけた。いたって普通だった。
「いやいや、それで出てきたなら苦労しなかったって」
「ああ。それじゃ意味ないから名案が必要だったってのに。アイジュなら良くて、俺たちじゃダメだったってのか?」
フウリとタイトが口々に言った。キイノはそれに呆れてアイジュの方へ歩いていく。
すると、扉が5センチほど開いた。
「こんにちはゼンジさん!私、特殊警備隊白虎軍第61班所属のアイジュと言います。この度はご依頼の申し出から遅れてしまってすみません。それの説明と謝罪も含めていたしますので、お話をさせてもらえませんか?」
アイジュに続いてキイノも応戦する。
「こんにちは、右に同じくキイノです。私たちに非があったことはわかっています。ですが、私たちは仕事だけでなく、個人としてもゼンジさんのような被害に遭われた方たちを手伝いたいのです。どうか、話を聞いてもらえないでしょうか」
二人は誠意と熱意のある説得をした。
その結果。
「......話を聞こう。だが、役に立たなかったら即追い返す。報酬も払わんからな」
アイジュとキイノは小さく拳を合わせ、後ろにいる二人を振り返って見せた。
「ったく、なんで俺たちが必死に雑草むしってる時にアイジュとキイノは中でゆっくりお茶飲んでんだよ!」
「こらタイト。せっかく作業させてもらってるのに、そんなこと言ったらダメだろ。ほらほら、口じゃなくて手動かす」
なぜ男二人が作業をし、レディース二人は中でゆっくりお茶を飲んでいるのかというと。それは数分前のことだった。
「君たちには遅れた説明をしてもらおう。あそこの男たち、あれには先に作業をしてもらう。おい!そこの白いのとデカイの!お前たちは先に裏庭で雑草でも抜いていろ!」
そして現在。アイジュとキイノはゼンジと談笑しながらお茶を飲み、タイトとフウリは雑草をぶちぶちと引き抜いていた。
どうやら、ゼンジという人は女性に弱いらしい。加えてアイジュという間違いない美人と小柄で愛らしいキイノとなれば、悔しいが納得だった。
「おい!しっかりやっとるんだろうなー!それが終わったら、倒壊部分の瓦礫を片付けておけ!」
「はい!」
「はーい」
気だるげに返事をしたタイトをゼンジはジロリと睨み、タイトはすぐに「はい」と返事をし直す。それを見て眉間にしわを寄せたままゼンジは家の中に入っていった。
「.....おいフウリ。これでいいのかよ、このまま俺たち二人だけ作業するなんて、白虎じゃない」
タイトが声を潜めながらも強く言った。
「俺たちは特殊警備隊で、白虎軍で、チームでなきゃいけないんだ。雑草の始末なんて特殊警備隊でも、白虎軍でもチームでやることでもない。俺たちがやるべきなのは、四人で1秒でも早くあいつの家を直してやることなんじゃないのかよ」
「タイト。依頼人をあいつなんて呼んだらダメだ」
「おい!」
タイトが声を荒げた。フウリは雑草を抜く手をピタリと止め、タイトを見上げる。フウリが静かに見つめたことで、タイトの目がわずかに揺れた。
「大丈夫だよ、タイト。だから、早く今やってるこの庭仕事を終わらせるよ。じゃなきゃ、遅れちゃうんじゃないかな?」
「は?どういうことだよ....」
タイトが再び手をゆっくりとだが動かし始める。それを見てフウリは少し微笑んだ。
「いいから俺のこと信じてみてよ。それか、二人のことをさ」
「...というのが、救援に遅れた理由です。申し訳ありませんでした」
「申し訳ありません」
アイジュとキイノがゼンジに向かって深く頭を下げる。ゼンジはそれをひらひらと手を振って制する。
「いや、いいんだ。さっきは頭に血が上ってたから、あんなこと言っちまって。あんたたちみたいな別嬪さんが来てるとも思わなかったからな」
「あらあら、褒めても何も出ないですよ?」
笑い声が部屋の中に響く。キイノは外をちらと見た。外ではフウリとタイトが静かに雑草を抜いている。
「それじゃあ私たちもそろそろ依頼の方に」
キイノが笑い声が途絶えた瞬間に切り出す。しかし、それをゼンジはもう一度制する。
「いやいや、あんたたちはいいよ。ああいうのは、男たちにやらせればいいんだ。あんたたちに怪我させるわけもいかないしな」
あまりにも自然に放たれた否定に、キイノは言葉が出なかった。
特殊警備隊というのは、確かにきつい職業である。だが、だからと言って男性ばかりが所属しているわけではない。朱雀軍を覗く軍での男女比はちょうど半々くらいなのである。だが、それは時に勘違いされている。一般の人からするとその事実を知らない人も多く、特殊警備隊の特色ゆえ男性ばかりが所属しているイメージを持っている人も少なくない。
だが、今ここにいる自分たちは紛れもなく特殊警備隊である。それを知っているのに、今キイノの目の前にいるこの男はそれを否定したのだ。
キイノは胸の奥に湧き上がってくるふつふつとした怒りを抑えるように、下を向いた。
「あ、そうだ。もっとお茶飲むかい?この前いい茶葉をもらってたから、今用意するよ」
「いえ、結構です」
ふと聞こえたまっすぐな声に、キイノは顔を上げた。
横に座っているアイジュは、口元に笑みを浮かべながらまっすぐゼンジの方を見ていた。
「あ、ああ、そうか。じゃ、じゃあお菓子とか...」
「いえ、何もいりません。私たち、職務中ですので。....それから、ゼンジさんは少し勘違いをされていますね?」
アイジュはなおも笑顔を携えながら言った。ゼンジは少し驚いた顔をのぞかせている。
「ゼンジさんは、特殊警備隊のことをどう思っていますか?」
「どうって....妖たちと戦って、自分の命すら犠牲にしてまで俺たち市民を守ってくれる人たちだろ?」
アイジュはひときわ笑顔になって、それを肯定した。
「そうです!そこで、私たちの話です。私と横にいる彼女、キイノは、望んでその特殊警備隊に入りました。この意味がわかりますか?」
ゼンジは笑みになりきらない笑顔で頭を掻いた。
「特殊警備隊に入るのは大変なんです。キツイ試験もあるし、並大抵の身体能力、心の強さじゃ最終試験にさえ残れないんです。それに私たちは残って、そして今、白虎軍の隊服を着てるんです」
アイジュはその場にすっと立ち上がった。
「つまり私たち、あなたが思うほど弱くないし、守られる必要もないんです。もちろん、運命の王子様には守られたですけどね?おっと、話がそれましたね。とにかく、私たちは特殊警備隊の白虎軍です。さ、行くよキイノ!」
「え、あ、うん!」
アイジュがすたすたと裏庭に向かっていくのに、キイノも慌ててついていく。
アイジュは外を出る手前でピタリと止まり、ゼンジの方を振り向いた。
「そうだ、今雑草むしってる白いのとデカイの、私の自慢のチームメイトなんです。二人と私たちがいれば、ゼンジさんのお家、半日で直りますよ」
そう言ってアイジュはニカッと最高の笑顔で笑った。
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