摩擦
「つまりフウリは、この一週間が一種の試験だってこと?」
一通り思っていたことを説明し終えたフウリはコクコクと頷く。
しかしキイノはあまり乗り気ではないらしかった。
「でも、それは何のためにやってることなの?というか誰がそれを判断するの?」
「そ、それは....あ!そうだ、多分昨日喋ってたあの先輩だよ!あの人が判断して....」
「判断して.....それで?」
何も浮かばなかった。確かに、何を判断するのだろう。何が目的なのだろうか。
言葉に詰まったフウリに、キイノはふうと息を吐いた。そのまま立ち上がり、食べ終えたお膳を持ち上げた。
「とにかく合流しよう。アイジュにも判断してもらわなきゃ」
「へー、なるほど.....でも、確証はないってわけか....」
「うーん、信じたいのは山々なんだが....」
戦闘訓練の休憩中に二人にざっと自分の考えを話したが、リアクションは微妙だった。
「でもまあ、一つの可能性として頭に置いておくのはいいよね。だからその....ご飯食べに行ってもいい?」
アイジュが言い、タイトも横で頷いた。
仕方なく食堂へ向かった。アイジュとタイトにはわざわざ食堂に来ることはないと言われたが、フウリの考えによればそうもいかないだろう。フウリとキイノも二人に連れて食堂へ行った。
だが、何というか、絶妙にチームがずれ始めている気がする。さっきのフウリの話を聞いていれば四人で食堂に行くことだって当然と思えることなのに、それが上手く通じていない。
本当にこのメンバーでいいのだろうか。
フウリはふと頭によぎった言葉を打ち消すように頭を勢いよく振った。そんなわけない、このメンバーの息が合っていることはよく知っている。養成学校時代に、勉強も訓練も励まし合った。彼らがいたから自分はここにいられる。
でも。
でももし、それが必要ないと言われてしまったなら。
求められているのが、それではないのだとしたなら。
胸の中に薄暗いものを感じる。順調に思えた新生活が、徐々に形を変えている気がした。
「ねえ、いちいちこの後の予定みたいなの決めるのめんどくさいから、一週間のスケジュール決めちゃわない?」
食堂を出る際にアイジュが言った。
「ああ、それがいい。時間ももったいないしな」
タイトもそれに賛成し、フウリも頷いた。
するとキイノが右手をあげる。
「私がスケジュール組むよ。せっかくだし、役に立ちたいの」
「ほんと?ありがとキイノ!」
アイジュに感謝されてキイノが照れ臭そうに微笑んだ。
キイノはアイジュを尊敬している。アイジュの性格等を考えれば同性からは激しく好まれるか妬まれるかのどっちかだが、後者は少ない。キイノはそれの前者だ。同い年でありながら、自分よりも何歩も先にいる彼女が憧れだと、本人の前でも言っていた。だからといって堅苦しい関係ではなく、友達というのが大前提らしい。
「じゃあ、この後夕方まで頑張って今日は終わりにしよう!後ちょっとがんばるよー!」
全員拳を上げて気合を入れた。
「結構疲れたなー、今日」
「本格的に体動かすの久しぶりだしね。卒業試験以来だ」
部屋に戻ってまっすぐにベッドに腰を下ろしたタイトはそのまま寝転んだ。フウリはベッドには向かわず、作業机の前の椅子に腰掛け、引き出しから一冊のノートを取り出す。
紫紺色のそのノートはフウリが日々つけている日記だ。養成学校に入る際に書き始めた日記は、もう4冊目の終わりに近づいていた。
フウリはページを開き、今日を綴り始める。家に帰る時に母への話のネタになるようにと綴り始めてみた日記だったが、これが意外と励みになったりする。日々の訓練に心が折れたとき、暇なときに見返してみると、思ってもみなかったところで勇気をもらえたりするのだ。
「フウリすごいよな。毎日欠かさず書いてて」
完全にベッドに横になったタイトがフウリの背中に語りかける。フウリはそれに振り向くことなく、そのまま話す。
「最初は結構大変だったけど、習慣になっちゃえば意外と楽しいもんだよ。タイトもやってみれば?結構はまったりして」
「やめとく。俺はそういうの向かないし、多分1日でやめる。....地道にコツコツっていうの、苦手なんだよなー」
「確かに、学校の時もそんな感じだった」
自然と笑みが漏れてくる。なんの疑念も猜疑心もない、まっすぐな時間だ。
「....フウリ、それもう少し時間かかる?」
フウリは紙を滑る筆を一度止め、タイトの方を振り返る。
「まあ、もうちょっと書こうかと....」
「じゃあ俺先に風呂行ってくるわ。もう汗やばくて」
「ああ、なんだ。ご自由にどうぞ?」
タイトが大浴場に向かい、フウリは机に向き直った。
頭の中で今日あったことを思い出しながら、それを明文化していく。他愛もない会話から訓練の内容、自分が思ったことなどを細かく記していくと、頭が整理されていく。
ふと筆が止まる。胸の中にある疑念が頭に浮かんだからだ。フウリはそのことを書こうかどうか悩んだが、結局簡潔に一言でまとめてしまった。
ノートを閉じ、窓の外を見つめる。
未だ空は完璧に夜にならないまま、複雑な色に染まっていた。その姿が妙に自分と重なるように思えて、フウリはじっと空を眺めていた。
二日目。
フウリはいつも通りに目が覚め、タイトも昨日と同様だった。もちろんフウリが起こした。ただ、昨日よりも起こし方が雑になった。それが功を奏し、今日はタイトと二人で待ち合わせ場所に向かうことができた。
昨日と同様に待ち合わせ場所。キイノが一人立っていた。
「アイジュは?」
「...もうすぐ来るはず」
昨日と同様だった。
少ししてアイジュ合流。キイノが夜遅くまで考えて作ったメニューに従い、アイジュが指揮をとりながら、まずランニングから始まった。昨日より周回数は減っていた。
その後もメニュー通りにこなし、昼食も全員でとった。昨日よりは上手くチームが機能していると言えた。
午後もこれといって大きな事件もなく、二日目の訓練終了。充実していたと言える。
三日目。
フウリ通常通り起床。どうやら朝は得意らしい。タイト、昨日よりも起こすのに苦労する。なんとか起こし、寝ぼけながら準備。時間通り待ち合わせ場所に到着。
待ち合わせ場所。キイノの姿見えず。アイジュとともにギリギリで到着。理由を聞くと、キイノも若干寝坊、アイジュはキイノの物音でやっと目が覚め奇跡的に合流。
キイノ作成のメニュー通り遂行。ただ、完璧と思われたメニューに少しほころびが見え始める。使えると思っていた施設が満員のため使えなかった。それによってメニューがずれ始め、三日目の目標に達することができなかった。キイノは落ち込み、謝罪した。
そして本日のメニュー終了。量自体は昨日より少ないはずなのに、皆少し疲れがたまり始めているのか、達成というより、やっと終わった感が強かった。
三日目、全員ベッドに飛び込むなりそのまま就寝。
四日目。
疲れた体のおかげでいつも以上にぐっすりと眠ったフウリはいつも通りの時間にパチリと起床した。そのまま流れるようにタイトを起こしに向かう。
「起きろタイト、ほら。もう朝だ」
布団にくるまり眠りにつくタイトを、ゆさゆさと揺らしても起きる気配がなかったので、少し強めに肩をたたく。昨日まではこれでなんとか起きた。
しかし、今日は違った。
フウリの強制目覚ましに低く唸ったタイトは、毛布からぬっと手を出し、パシッとフウリの手を払った。
払われた手がジワリと痛み始めると同時に、フウリのうちにも怒りがこみ上げてくる。フウリはかがんだ姿勢をやめ、毛布の中に埋もれるタイトを見下ろす。
「なんだよ、人が親切に起こしてやったってのに!もういい、遅刻でもなんでもすればいいだろ!」
怒りに任せフウリはそのまま部屋を出ようとした。が、寝間着の自分に気づき、足をだんだんと鳴らしながら着替えを持って部屋を出た。幸運にも寮内に更衣室だってあるのだ。
待ち合わせ時刻。誰の気配もなし。フウリはそのまま30分ほど待ってみたが、誰もこなかったのでフウリは部屋に戻ろうとしたが、それも気まずくてできなかった。とりあえず隣の部屋に向かった。
ノックをする。しかし反応はない。もう一度ノックをする。反応なし。声をかけてみようとした時、不意に扉が開いた。
中から出てきたのは、トレードマークのお団子頭をしていないキイノの姿だった。それだけでなく、随分と顔色が悪い。
「ごめんフウリ...。アイジュは多分食堂にいると思うんだけど...」
いつものように声に覇気がなく、立っているのも辛そうだった。
「わ、わかった。キイノはとりあえずベッドに戻って!そこで話そう!」
ふらつくキイノの体を支えながら部屋の中に入ると、そこにはアイジュのものと思われる服が散乱していた。おそらく、寝坊したことに気づいて慌てて着替えた類のものだろう。
「ごめん、散らかってて」
ベッドに座ったキイノがフウリに謝る。
「いや、それは気にしないけど...キイノ大丈夫?」
キイノは力を振り絞り顔に笑顔を作りながら、
「多分、平気。それより、ごめんなさい。ダメだね、こんなとこで体調崩すなんて」
と言った。フウリは首を振ってそれを訂正する。
「ねえ、それよりタイトは?」
「ああ...実は、」
それから今の状況を事細かく説明しようとしたが、キイノにこのまま聞かせるのも良くないと思い、フウリは言った。
「とりあえず、キイノは今は休んで。四人揃った時に、またちゃんと話すよ」
フウリは部屋を出た。
このままではいけない。多分、この一週間の意味は今の状況にある。ここを通過することができなければ、本物の白虎軍にはなれないのだ。
部屋にタイトはいなかった。ただ、寝間着が毛布の上に置いてあったので、どこかへ向かったらしい。
今朝のことはあとで謝らなくてはならない。いつもならなんとも思わなかったのだろうが、意識せずに余裕がなくなっていたのはフウリも同じだ。
部屋を出て、扉の前に立ち尽くす。食堂へ行っても良かったが、入れ違いになるのも避けたかったから、ここで待つことにした。
ついこの前までよく噛み合った優秀なチームだと思っていた。だが、今となっては誰も同じ場所にいない。
誰一人、自分のそばにいない。それが悲しくてたまらないのだ。
フウリはその場にしゃがみこんだ。
赤子に近い時に里親に拾われ、血の繋がらない母と過ごしていた幼少期。フウリは拾われた時からその白さを持っていたため、周りからは奇異の目で見られた。その上、母は真っ黒な髪が印象的で、フウリとは似ても似つかなかったため、いじめられるようになるのも時間の問題だった。
毎日、近所の同世代くらいの人たちから石をぶつけられ、罵声を浴びせられ、誰もフウリに近付こうとはしなかった。フウリはいつも一人ぼっちだった。
お前は人間じゃない、妖なんだと言われたこともあった。幼かったフウリは、それを否定できなかった。自分自身、人間だという自信がなかったからだ。あまりにも色を持たない体なんて、自分以外に見たことがない。それならば、妖だったとしてもおかしい話ではないと思ったからだ。
だが、成長するにつれて医者の話を理解するようになった。それはフウリだけでなく、周りの子どもたちも同様だ。次第にただの個性として受け入れられていき、初等教育を終えた。
12歳になったときにはすでに特殊警備隊を夢見るようになっていた。というのも、小さい頃に言われたあのセリフがまだ尾を引いていたからだ。
「お前は『妖』なんだ」
医者の言葉だって信じているし、自分でも己は人間だと思う。だが、実の親の顔も知らない、生まれもわからない、そして異様に白い。100パーセント自分を人間だと言い切れるかと言われれば、そうも言えない。
自分を知りたい。そして、自分と同じような人を護りたい。
こうしてフウリは特殊警備隊の養成学校に入学を決めたのだ。
そして出会った。初対面の人には必ず気味悪がられるこの見た目を気にせずに、普通に話しかけてきた三人に。この人たちだけは、信じると決めたのだ。それを簡単に、手放したりなんてしない。
「フウリ」
自分を呼ぶタイトの声に、ハッと目を覚ます。
目の前にはタイトとアイジュが心配そうにフウリを見つめていた。フウリはいつの間にか眠ってしまっていたらしかった。
「ご、ごめん!寝てた....あの、話したいことが、」
「待って。それはみんなで話そう。多分、そうじゃないといけない気がする」
フウリの言葉をアイジュがゆるゆると頭を横に振る。タイトもそれに続く。
「ああ、ちゃんと四人でな。....じゃなきゃ、チームじゃない」
タイトがフウリに手を差し伸べる。
フウリはなんだか泣きそうになった。だが、それをぐっと飲み込み、無理やり笑ってその手を取った。
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