見えない課題

「いやー、結構広いね。白虎寮」

 アイジュが食堂で頼んだ定食を食べながら言った。

「寮とは言うけど、実際は住居スペースだけじゃないからね。資料室とか会議室とかもあるし、寮っていうか事務所だね。というか、基地?」

キイノが言うように、ここにあるのは住居や食堂などの生活する上で必要なことに加え、仕事に必要な部屋も施設も完備されている。白虎基地というのが妥当だろう。

 昼時ゆえ、なかなかの混雑を見せていた食堂でフウリたちは駄弁っていた。周りには同期の面々も食事をとっている様子が見えた。

「というか、明日どうするんだ?一週間はともかく、明日の予定くらい決めておいた方がいいだろ」

 タイトが箸を止めることなく言った。

 この先一週間、新兵たちはチームの育成期間に入る。そこに何か意図があるのかもしれないし、ないのかもしれない。

「明日はとりあえず、基礎トレーニングの日にしない?いきなりとばしてもあれだしさ、最初は養成学校でやってたことから積み重ねていこうよ」

キイノが現実的な案を提示した。フウリもそれがいいと思った。

「じゃあ、明日は朝10時に訓練場集合ね!」

アイジュがまとめ、それにタイトとキイノが頷いた。明日の予定はすぐに決まった。

 しかし、フウリに胸には少し疑念が残っていた。

 あまりにも曖昧すぎる課題ともそうでないとも取れる、命令のようなそうでないような先輩の発言。軍に入ったにも関わらず、職務にもつかず命令も下されない一週間が、国を守る特殊警備隊に存在するのだろうか。

 そもそもこの期間自体、真面目に過ごそうが怠惰に過ごそうが、その後の白虎軍の仕事にはさほど関わりがない。班がうまく組めなくても、最終的には誰かと組まされる。結果は変わらないのではないだろうか。

「フウリ、どうかしたの?」

 考えこむフウリに、キイノが話しかけた。思わず思考に没頭してしまっていた。

「ううん、なんでもない」

フウリは笑顔で答えた。それを見て、キイノは大丈夫だと思ったのだろう、食事を再開した。


 その日の夜は、いつも通りの夜だった。他人との共同生活は養成学校時代に慣れたし、相手が気の知れた友達ともなれば、問題は何もない。ただ少し、入隊したというう事実にそわそわしただけだった。

 そして翌日。

 7時に目が覚めたフウリは二段ベッドのはしごを降りた。下で寝ていたタイトは、まだ夢の中のようだった。約束の時刻は10時。まだ寝ていても問題はなかったので、起こさないようにそっと部屋を出た。

 白虎寮は基本的に部屋は眠る場所のため、トイレや風呂などはすべて共同のものを使うことになっている。場所によっては個別の風呂等もあるようだが、それは役職についているものの部屋だろう。

 フウリは顔を洗い、鏡をじっと見た。真っ白な髪、死人のように白い肌、色を限りなくなく薄めた瞳。おまけにたまたま着ていた服も白かったため、ほんとに全身真っ白だった。ここまで白いと、笑けてくる。

 フウリは生まれた時からずっとこの色だったらしい。しかし、何かの病気だとか呪いといったものではなく、突然変異みたいなものだと町医者と占い師は言った。

 幼少の頃は容姿が理由でいじめられることもあったが、めげずに強く生きてきたつもりだし、逆の立場だったら自分もそちら側にいたかもしれないと思うと、一概にそれらを否定もできなかった。

 ただ、ずっと考えているのだ。自分はどうして、この姿なのだと。

 もちろん、結論は出ていると言える。だが、そうだと言い切れる証拠はどこにもない。本当の親も知らないし、自分の生まれも知らない。そんな曖昧な存在を、単なる突然変異で言い切れるだろうか。

 もしかしたら、人であるかどうかすら。

 フウリはハッとし、考えを打ち消すように頭をぶんぶんと振った。

 そもそも、強力な結界の張られた特殊警備隊の施設に入れている時点で、人間であることは証明されているのに、つい癖で考え込んでしまう。でも、これがなければここまで来れなかったのも事実だ。この疑問が原動力になったからこそ、ここを目指し、そしてここにくることができた。

 フウリはもう一度鏡を見る。そこにいるのは、寝癖が目立つただ人より幾ばくか白い人間である。自分に言い聞かせるようにしてから、フウリは部屋へ戻った。

 着替えをし、食堂で朝食を済ましたフウリは、外の空気を吸いに寮の周りを散歩がてら見学に出かけた。

 朝の空気と木々の匂い、そして姿は見えないが、鳥の声が響きわたる散歩は、とても気持ちのいいものだった。通りがかった訓練場には、すでにトレーニングに励んでいる人の姿が確認できた。その声が、自然の音と混じりあってとても気持ちが高揚した。ただ、少し予想外だったのは、寮はフウリが思っていた以上に広かったことだ。散歩というには、少々距離が長かった。

 そのため、部屋に戻る頃にはすでに9時を過ぎていた。一時間後には今日の訓練が始まる。

 しかし、部屋に戻ったフウリは驚愕した。

 フウリが部屋を出て、はや二時間。一時間後には訓練が始まる。にも関わらず、タイトはまだ目覚めていなかった。むしろ先ほどよりも深く眠っているように見えた。

「ちょ、タイト?そろそろ起きた方がいいんじゃない?」

フウリはゆさゆさとタイトの体を揺すった。しかし、目覚める気配すらない。

「....タイト、タイト!もう9時だよ、そろそろ起きなって!」

 今度は強めにガシガシと体を揺すった。するとタイトは低く唸った。いや、起きて欲しいのだが。

 確かに、今はまだ寝ていても致命的な時間ではない。だが、もう数分すればそれは変わる。朝の支度に加え、朝食をとる時間を考えれば、すぐに10時になってしまう。

 それに、朝食をとらない訳にもいかない。訓練の前にエネルギーを補給しておかなければ、体はすぐに動かなくなる。

「タイト起きろ!」

 一際大きな声でフウリは起こそうと試みた。すると、

「....うぅ...」

と小さく唸り、目を薄く開けた。

「やっと起きた。全く、いくら10時からだからってギリギリに行くわけにはいかないだろ。ほら、さっさと顔洗って飯食ってきな」

 タイトはぐぐっと小さく唸り手をひらひらと振って了解して見せた。


 10分前になり、集合場所に行くとそこにはキイノの姿があった。

「おはよ」

「おはようキイノ。アイジュは?」

てっきり、二人一緒に来ているものかと思っていたが、アイジュの姿はどこにも見当たらない。

 キイノはああ、と頷くと少し呆れたように、

「アイジュは寝坊。さっき起きたばっかりだから、間に合うかどうか...」

と言った。

「こっちもタイトがそんな感じだったんだ。まあ、俺が起こしたから、間に合うとは思うんだけど」

「朝が弱いのは血筋ってことかしら?」

キイノがにっと笑いながら言ったので、フウリもつられて笑った。

 5分後、タイトが間に合った。それに続きアイジュも10時ぴったりに集合場所に来た。

「ごめん、久しぶりに朝ゆっくりできると思ったら、すっごい寝ちゃった!」

 アイジュが少々息を切らしながら、待ち合わせに来るなり謝罪した。

「大丈夫だよ。遅れたわけじゃないし....それに、タイトだってギリギリだったから」

「そうそう。フウリが起こしてくれなかったら、遅刻してたかもしれないしさ!」

 キイノの発言に、タイトが続く。アイジュはそっかあと言って、いつも通りの顔に戻りチームの指揮を取り始める。

「よし!それじゃ、まずは走り込みから行こう!そうだな、とりあえず寮の周り10周!」

 そう言って走り出したアイジュに、タイト、キイノ、フウリの順に続く。しかし

、一周だけでも結構な距離がある寮の周りを10周ともなれば、相当な距離になる。初日からそんなにとばしてもいいものだろうか。

 フウリが思案にふけっていると、先頭にいたアイジュがフウリを振り返り、

「フウリ?どうかしたの?」

と聞いた。

 フウリはゆるゆると首を振り、

「なんでもないよ」

と、笑顔で言った。


 10周のランニングを終えた四人は、案の定ヘロヘロだった。

「いや....ちょっと、頑張りすぎたね....」

「....うん.....だいぶ....きつかった」

 全員ぜえはあと息を切らしながら、地面に引き寄せられた。タイトなんか大の字に横たわっているほどだった。

「やっぱりきつかったね....」

 フウリも息を切らしながら言った。それにアイジュがピクリと反応した。

「やっぱりって...フウリ知ってたの?」

 アイジュの空色の大きな眼がフウリをまっすぐに見つめた。

「実は、今朝全く同じコースをたまたま散歩してさ。それで知ってたんだけど...」

「えー!?もー、知ってたなら言ってよー!そしたら10周もしなかったってー!」

 アイジュがうなだれながら言った。タイトとキイノもコクコクと頷いた。フウリはごめん、と軽く謝った。

 皆の息が一通り整ったあと、キイノが口を開いた。

「ねえ、このあとどうする?もうお昼だけど、もう少しやってからお昼にする?それとも、先にご飯食べちゃう?」

 気づけば時刻はすでに正午を過ぎていた。

「うーん、そうね....。私はまだ大丈夫だけど、フウリとキイノは早起きしてたし、お腹減ったんじゃない?」

フウリはキイノと目を合わせる。確かに腹が減ってきている。

 二人の様子を見たアイジュはにこりと笑い、

「じゃあ、二人は先にご飯行って来なよ。私たちはまだ大丈夫だから、後で食べに行くよ、いいよねタイト?」

アイジュの問いにタイトは無言で頷いた。

「よし!じゃあ、私とタイトはこのまま訓練継続、フウリとキイノはお昼!解散!」

アイジュが合図がわりにパン、と手を叩き四人は二手に分かれた。


「まだ1日目なのに、結構疲れちゃったなあ」

 キイノが日替わり定食を食べながら言った。今日の定食は魚の塩焼きらしい。

「ごめん、俺が伝えてなかったから無駄に走らせて....」

「ああごめん!そういうのじゃないの、これはただ単に、私の力不足ってだけだから」

キイノが眉を傾けながら言った。そんなことないとフウリは否定したが、ただにこりと笑うだけだった。

 キイノは自己評価が低い。目標には達成しているにも関わらず、自分はまだまだだと言う。向上心があるとも取れるのだが、キイノのそれは一概にそうとは言いにくい。頑なに自分を認めていないような感覚だ。単なる性格の問題、といえばそれまでだが、どこか引っかかる。

「それより、これで良かったのかな」

 考え込むフウリの思考を中断するように、キイノが言った。フウリは慌てて意識を現実の方に向ける。

「....何が?」

「チームとして成長しなきゃいけない期間なのに、二手に分かれちゃったこと」

 キイノが食堂の中を見渡す。

「ほら、見てよ。多分先輩たちだろうけど、どこも班全員で行動してる感じじゃない?少なくとも、一人二人で行動してる人なんていない」

フウリもキイノを視線を追うように食堂を見渡す。確かに、言われてみればそうだ。食堂だけじゃない、今日これまで見てきた白虎の隊士は全員そうだった。必ず仲間たちと行動していた。二人以下で行動している人なんて見ていない。

 ただの体力育成ではなく、班の訓練。

 白虎の活動形態は班行動が基本。

 フウリは箸を置いた。

「.....キイノ。もしかしたら俺たち、結構やばいかも」


「今年も教育係は大変だな、お疲れさん」

「ああ」

 労いを軽くあしらい、机に書類を並べる。教育係に任命されると一般の職務に加え、新兵関連の仕事が増えてかなりハードワークだ。意識して時間を作らなければ終わらない。

「どうだ、新しいのは」

 隣で別の書類仕事をしながら話しかけてきたそいつは、班員の一人だ。

「どうだろうな。今のところ特に何もない。と言うか、あってもらっちゃ困る」

「はは、確かにな。まだ1日目も終わってないのに問題を起こされちゃあ、お前の胃に穴が開いちまう」

 確かにそうだが、お前に言われると腹が立つ。

「今年は首席がうちに入ったからな。いやー、バンバン働いてもらおうぜ!そんで俺たちに楽させてほしいってもんだよ!」

「ふざけるな。それに、たとえそいつが優秀であっても白虎で役に立つとは限らない。実際、すでに問題ありげだったからな」

 部屋に戻ってくるまでの間、訓練場を通りがかった時に見かけたのだ。

「ほー、というと?」

間抜けな声を出しながら聞いてきた。

「.....首席のそいつ、確か....ああ、そうだアイジュ。訓練場でアイジュともう一人の男子が二人で戦闘訓練を始めてたんだよ」

 手元の新兵たちの名簿を見ながら言った。名簿には名前と養成学校の成績が細かく記載されていた。

「まあ、詳しく説明してるわけじゃないから、そうなるのもわからんでもないが....それくらい考えてもらわないと困る」

 渡された指導本に明記されていた文言をきっちりと新兵たちに伝えること。それが先代の教育係から言われたことだった。

 このカンペ通りに読むこと。決して詳しく述べてはいけない。詳細を話してしまえば、軍のレベルが下がるから。

 しかしヒントはあげること。白虎が何を大切にしている軍なのか、それを可能にするためには何が必要なのかを考えるようにしてあげること。

「ふーん。それじゃ、首席ちゃんも早々に離脱かなー?いやー、久しぶりに当たりくじ引いたと思ったんだけど、残念だね」

「どうだかな。試験の一週間はまだ始まったばかりだ。これからどうとでもなる」

「チームによってはだろ?まだ1日目なのに仲良く遠慮なしに訓練やってったってことは、学校時代の友達同士で組んだとかじゃねーの?それじゃ望み薄じゃない?」

 さっきからおしゃべりばかりだが、こいつは自分の仕事をしているのだろうか。

 だが、こいつの言うことも一理ある。というか、それがもっとも大事なこととも言えるのだ。

 俺とこいつは友達じゃない。性格も合わないし、むしろ少し嫌いだ。だが、チームの一員としてはこいつを外すことはできない。こいつの能力と自分の能力、そして他二人の隊員の能力が完璧にかみ合っているからだ。そのどれかが欠けては仕事にならない。戦場に出て無様に死ぬだけだ。

 つまり、班を構成する際に重視すべきなのは仲良しなチームではないということ。むしろ友達同士で組むことは避けるべきだ。

「俺とお前くらい仲が悪いくらいでいいんだよ。白虎として生きていくためには」

「言ってくれるねー?ま、その通りだけどさ」

 喧嘩をしたっていい、暴言を吐く相手でもいい。己の意見同士をぶつけ合える相手でなければ、生きるための行動はとれない。各々がそれぞれの役割を持つ機関でなければならない。それに気付けるかどうかが、新兵たちに課せられた見えない課題である。

「何人生き残るかね。ほら、俺たちの同期たち、半分は死んじゃったからさ」

「さあな。というか、そろそろ仕事に集中しろ」

「はいはーい」

 酷な選択だとしても今それを選択しなければ、のちにそれ以上に辛いことを招く。

 自分が生きるため、誰かを死なせないために選択をするのだ。

 

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