四神の国

一日二十日

四神のいる国

 今から大体400年前、この世界は人と人ならざるものがはびこるようになった。

 『それ』は物を奪ったり、人を襲ったり、時には殺したりしたから、人はそれを排除するようになった。でも、『それ』は人よりはるかに強かったから、人は簡単に倒されてしまった。

 そんな中、ある四人の人間が登場する。この四人は『それ』に太刀打ちできるくらい強い人間だったらしい。彼らは各地で『それ』を倒し、瞬く間に噂が広まった。

 その噂がどんどん広まって、ついに国の女王にまで轟いた。女王は『それ』による被害に日々悩み苦悩していた。そのため、女王は彼らに会い、あることを頼んだ。

 それは、『国を守るためにその力を借りたい』だった。

 四人はそれを快く受け入れ、彼らは軍を結成した。それが、今でいう『特殊警備隊』の原型。

 そして四人はそれぞれが長となって、各軍を統制するようになった。それが、青龍軍・朱雀軍・玄武軍・白虎軍の四つの独立機関だ。

 こうして、めでたく結成された特殊警備隊はその後、『それ』と激闘を繰り返しながら発展し、現代まで受け継がれている。ああ、『それ』を『妖』って名付けられたのも結成された時だったかな。

 現代では特殊警備隊は人気の職業になった。ただ、それになるのは困難なため、人数は一律して変わらない。というのも、特殊警備隊になるためにはまず特殊警備隊養成学校に2年間行かなければならないのだが、その入学試験が最大の難関なのだ。それに加え、入ってからも卒業するのにも一苦労なのだ。その内容とは簡単にいえば、特殊警備隊に必要な並外れた知能と体を手に入れること。それができなければ、入ったところで卒業ができない。つまり、特殊警備隊になる人材とは、素質を持ちかつそれを育てることができる人間でなければならないのだ。それができる人間は限られている。よって特殊警備隊の数は大して変わらないのだ。

 めでたく特殊警備隊に入隊できたとしても、『妖』との戦いによって失われる命だって少なくはない。だからこそ毎年人員が募集される。

 400年前から戦い続け、退治・掃討してもなお『妖』は世界から消えることはない。未だ世に蔓延り続け、人間の生活を脅かし続けていた。『妖』こそが悪であり、それから人を守ることが特殊警備隊の務めである。

 そして、現在。今年の特殊警備隊の就任式が都にて執り行われている。

「続いて、ヨルド地区。フウリ」

「はい!」

 司会の呼び声に大きく返事をし、フウリは席を立った。白髪に色白と呼ぶには白すぎる肌、目の色素も薄い全身真っ白人間が壇上へ向かう。近くを通った席の人からは奇異の目で見られていたが、それももうフウリには慣れた光景である。

 設置された短い階段を壇に登ると、そこには四人の男女がいた。四人はフウリをまっすぐ見つめていた。各軍のトップ、長官の姿だった。

 途轍もない四人分の目力に圧倒されながら、フウリは可能な限り背筋を伸ばし立った。目の前には、沢山の石と、ゆらゆらと燃える炎の姿あり。

「それでは、石を一つ選んでそれを炎の中へ」

 群青の軍服を着た白髪の女性がフウリに言った。

 フウリは緊張を抑えながら、石を見つめる。どれがいいのだろうか、よくわからない。灰色のありきたりなものもあれば、赤褐色の石もある。これによって自分の人生が決まるのだ、とても迷う。しかし、他の人のを見ている限りでは皆即決していた。焦ってしょうがない。

「時間をかけるのは悪いことではないけど、後ろがいることを忘れないでね」

「は、はい!すみません!」

 もたつくフウリに、青龍軍長官が言った。でも、それが逆に良かった。長官に話しかけられたことで、視界に入った石があった。自分と同じく、隅々まで真っ白な石。

 フウリは自然とそれを手に取った。

「それじゃ、炎の中に」

 淡々とした説明に頷き、フウリはそれを炎に向けて投げた。

 勢いよく投げられた石は、炎の中でカッと光を放った。炎の中にありながらも、不思議とその石自体が光っていることがよくわかる。その光が落ち着くと、石は炎の中から取り上げられた。

 石の色は変わらず白かった。ただ、先ほどまでとは別物のようにぼんやりと透けている。

「おめでとう。白虎軍だよ」

 今度は純白の軍服を着た若そうな女性がフウリに語りかけた。白虎軍長官、つまり、今からフウリの上司にあたる。

「は、はい!」

 こうして、フウリはめでたく憧れ続けた特殊警備隊・白虎軍に入隊することになった。

 徐々に緊張を解きながら席に戻ったフウリは、隣の席に着いていた人物に話しかけられた。

「おめでとフウリ。白虎軍だったな、俺と一緒だ」

 紅梅色の短髪に眼鏡をかけた人物は、養成学校で知り合った同期の友達のタイトだ。

「うん、これからもよろしく。でも、この見た目で白虎ってのも、ちょっと恥ずいね」

「ぴったりじゃんか!似合ってるよ」

 タイトは肘でフウリを小突いた。どうにも照れ臭くて、フウリはぎこちなく笑った。

 400年前に当時の女王が起こした神聖な火に、現在の王の出身地の石を投げ入れるこの占いは、特殊警備隊の配属を決める儀礼だ。その時の女王が特殊な力を持ち、特殊警備隊結成のために起こした火らしく、炎を浴びた石は青・赤・緑・白のどれかに必ずなるようになっている。

「次はマヅル地区、アイジュ」

「はい!」

 アイジュと呼ばれたその人は、スタスタと壇上へ向かい、怖気付くことなく長官たちの前に立った。ふわりとした薄い桃色の髪を短く整え、まっすぐに立つその姿は、自信に満ちた人のそれである。

「お、アイジュだ」

タイトが呟く。

 彼女もまた、養成学校の同期で友達だ。フウリにとっては養成学校で仲良くなった友達だが、タイトにとって彼女は従兄弟にあたる。

「あいつはどこになるんだろうな。やっぱエリートの青龍軍かな?」

「どうだろうね、朱雀はともかく、どこに行っても存分に活躍できるだろうし...」

 アイジュは筆記、実技試験どちらもトップで通過した首席で学校を卒業した秀才である。青龍軍はそういった人たちが多く行くので、可能性は十分にあった。

「お、アイジュ石投げたぞ」

 アイジュが投げた石は例のごとく大きく光を放った。回収されたそれが何色になったのかは遠すぎてよく見えなかった。

 しかし、次の瞬間それがわかった。アイジュに話しかけたのは、白虎の長官だったのだ。アイジュの選んだ石は白く変化した、つまり、アイジュも晴れて白虎軍だ。

「アイジュ、白虎みたいだな。一緒だ」

 フウリは静かに頷いた。内心は嬉しさで溢れていた。アイジュとタイトは養成学校時代の仲間たちだ、それが皆で一緒ともなれば嬉しくないはずがない。

 厳密に言えば、これで全員ではない。あともう一人いるのだ。小柄で内気だが、根性と意志の強さは人一倍ある少女。彼女が揃わなければ、心から喜べはしないだろう。

「あ、ほら、次キイノだ!」

「ほんとだ、ここまで来たらキイノも白虎であってくれ!頼む!」

フウリとタイトは手を合わせ大げさに願った。

 少し癖毛気味の黒い髪を、左右に団子で結わえた小柄な彼女は、臆することなく長官たちに向かった。

 長官たちの指示を受け、一瞬悩んだあと石を手に取り、そして炎に放った。

 さっきまでは普通に見られたはずなのに、フウリとタイトには今までとは違う緊張が走っていた。

 石が光り、回収されたそれは確認された。

 そして、キイノが頭を下げた相手は、白い軍服の長官だった。

「お、おお....すごい、すごいぞフウリ!皆白虎だ!俺たちみんな!」

興奮を抑えきれずにタイトが言った。だが、興奮を抑えきれなかったのはフウリも同じだった。

「うん!すごい、こんなことあるんだね!やったね!」

 式典中だということも忘れ、大きくなってしまった声を慌てて抑えた。だが、それほどまでに嬉しかったのだ。また四人で頑張れるということが、嬉しくてたまらなかった。

「....なったんだな、俺たち。全員白虎軍に....。これから頑張ろうな、フウリ」

 タイトが先ほどとは違う落ち着いたトーンでしみじみ言った。

「うん、頑張ろう。『妖』からみんなを守るんだ」

 決意と希望を湛えた瞳が、まっすぐに舞台を見つめていた。


 式典が終了した後、新兵たちはそれぞれの寮に連れて行かれ、そのまま説明がされる。新兵であるフウリたちは係の先輩兵士に連れられて、白虎軍の寮に着いた。白虎軍の寮は比較的繁華街に近い所に設けられ、その名にふさわしく白い外観が美しいレンガづくりの建物だった。人の多い白虎軍に合わせて、かなり大きく造られている。

 フウリたち新兵は屋外の広大な訓練場に連れられた。

 新兵たちが一通り整列すると、率いていた先輩兵士が前に出て話し始めた。

「それでは、今から白虎軍新兵集会を始めます」

 よろしくお願いします、と三十人ほどの声が練習場に響いた。それとは対照的に、先輩は淡々と話し始めた。まだふわふわしていた空気が一気にピシリと正されるのを感じた。

「まず始めに、白虎軍とは軽快さと柔軟さを軸とし、信念としています。だからと言って、軽率であっていいわけではありません。めでたく白虎軍になったあなたたちですが、そこを履き違えて行動する輩が毎年必ずいるので、以降覚えておくようにしてください」

 特殊警備隊の各軍にはそれぞれ特色がある。白虎なら今話されたようなことで、この信念が職務内容や扱う案件にも関係してくる。詳しいことはよくわからないが、どやらどこの信念にふさわしいかをあの石と炎が判断しているらしい。

「次に、白虎の活動形態の話をします。白虎軍は、基本的に三、四人の班で行動してもらいます。本格的に職務が始まる一週間後までに決めてください。人選は自由ですが、期限内に決まらないのであれば、こちらで決めさせていただきます」

 幸運にもフウリはすでにこの課題をクリアしていたので、ほっと胸をなでおろした。友達とは作っておくべきものだとしみじみ思う。

「職務が始まる一週間後までは、各班訓練を行なってもらいます。これは単なる体力育成等ではなく、班の訓練だと思ってください。何度も言うようですが、この軍は班行動が基本です。チームの息があっていなければ仕事ができません。チームとしてうまく機能することができないのであれば、後に解体されることもありますので、人員選びは慎重に行なってください」

 白虎の主な仕事は『妖』の退治、それによる被害の修繕・報告、人々の安全確保など軍らしいものから、データベースの管理等の役所仕事みたいなものまで多岐にわたる。それに加えて、白虎は他の軍に課せられた依頼に同行することもあるらしかった。

 先輩が一通り話し終わって、話し損ねたことがないか持っていた書類をパラパラと確認した。ざっと見終わった後、思い出したように顔を上げて話し始めた。

「ああ、それから、最後にこれだけは覚えておいてください。僕たち白虎軍は、年間死者数が四軍の中で最多です。どうしてかわかりませんが、創設当時から白虎だけずば抜けて多いです。入隊早々に死ぬ兵士もいます。何年か教育係を担当している僕ですが、来年ここには立っていないかもしれません。なので皆さん、せいぜい死なないように頑張ってください」

 あまりにも急な宣告に、希望に満ち溢れていた新兵たちはどよめいた。息を呑む者、固まる人、笑ってしまう人....様々だったが、動揺したのは全員だった。

 白虎の死者数は確かに多いと養成学校時代も言われてはきた。だが、噂程度のものだと思っていたし、こう実地で言われるとなればやはりそれは重みを増す。しかも、入隊早々にと言われれば背筋がひやりとするし、改めてここは『軍』であることを実感する。

 誰かの平穏を守るために、自分が戦う。

 自分が望んで決めた道だ。脅されても、引き下がるわけにはいかない。フウリの目に一層決意が宿った。

「それでは、寮に案内します。班が正式に決定すれば基本は班員同士で同室なので、とりあえずは好きなところを使ってください。二人で一部屋です」

 

「お、いたいた。同室にしようぜフウリ」

 背後から急にフウリの肩に腕を回したのは、タイトだった。

「うん。とりあえず、ここにしない?どうせ正式決定までの仮宿なんだから、どこでもいいよ」

フウリは目の前の扉が開かれた部屋を指した。

 部屋の扉には小さく『74』と部屋番号が書かれていた。

 タイトはそれを撫でて、

「お願いしまーす」

と軽い挨拶をしてから部屋に入った。フウリは小声でしっかりと挨拶をしてから、続けて入室した。

 部屋は、二人で生活する分には十分な広さの部屋だった。二段ベッドと二つの机が設置された没個性な部屋を窓から入る光が暖かく照らしていた。

「おお、意外と普通だった。フウリ、ベッドの上と下どっちがいい?俺は下」

「俺は上。意外と普通って、どんなの想像してたのさ」

「え?んー、白虎だから部屋中真っ白で、家具も全部真っ白かと思ってた」

 確かに天井、床、壁は真っ白だが、家具はいたって普通の木の温かみが嬉しい、木造の机とベッドだった。

「そんなのだったら俺、部屋と同化しちゃうよ」

「それはそれで見てみたかったな」

 冗談を言い合いながら、部屋を散策していると開きっぱなしのドアから声が聞こえた。

「フウリ!タイト!やっと会えたー!」

 短い髪をふわりと揺らしながら、躊躇いもなしに部屋に入ってきたのは、アイジュだった。

「あ、フウリにタイト。二人ともおめでとうだね、これからもよろしく」

笑顔で入隊を祝いながら、アイジュに続いて入ってきたのはキイノだ。入室というイベントだけでも、ここまで差が出るものかとフウリは思った。

「そっちもね。みんなおめでとうだ」

 フウリが言うと、全員顔を見合わせて笑った。

 憧れていた特殊警備隊に全員がなった。それも配属先まで一緒なんて奇跡だ。フウリにはそれが純粋に嬉しかった。フウリだけじゃなく、ここにいる全員がそう思っていた。

 嬉しさを静かに噛み締めていたタイトが、気づいたように言った。

「そうだ、二人はもう部屋決めたのか?荷物は持ってないけど」

「うん!二人の姿が外から見えたから、それ見て隣に置いてきて、突撃したって感じ」

 アイジュが元気よく答えた。それに静かにキイノが頷く。わざわざ隣部屋を確保するとは、班の構成はやはりこのメンバーで決まりらしい。

「アイジュは、誘われたりしたんじゃない?」

フウリが聞くと、アイジュは絶えず笑顔のまま、

「まあかなり誘われたけど、私はこのメンバーが良かったからね。みんなだってそうでしょ?」

と言った。

 アイジュという人間は成績優秀に加え実家も裕福、容姿にも恵まれた。完成されたスタイルに加え造形の良い顔に、それに見合った生まれきっての愛嬌を持ち合わせてもいる最強生物なのだ。実力としても欲しい人材であるだけでなく、チームも明るくなる。それに加え、男女ともにモテる。つまり、引く手数多だった訳である。最初はそんな彼女に遠慮することもあったが、今ではもうないと言っていいくらいになることができた。

「そんなことよりさ、この後どうする?ていうか、この先一週間くらいだけど、明確な予定ってないじゃない?」

 アイジュが目を輝かせながら言った。フウリたちは先輩が言っていたことを思い出した。

 フウリたちに課せられた課題は班を構成すること、そしてチームとしての育成に励むことだった。

「なんていうか....ざっくりしてるよね。明確にやらなきゃいけないこともないし...」

キイノが不安そうに呟いた。タイトも静かに頷く。

 確かに、課題というには曖昧で、そもそも課題と言えるほどの内容でもない。どちらかといえば、レクリエーションである。

「何か裏があるのか...?すでに試されてるとか....」

タイトが顎を指で撫でながら呟いた。しかし、それも変な話だ。課題やテスト、試験なんて養成学校時代にやることだ。それをめでたく終え、入隊した人間に出すのだろうか。

 考え込むフウリたちに少し思い空気が流れた。だが、それはすぐに打ち消されることになった。

「ま、そんなに考え込まなくてもいいんじゃない?課題であれなんであれ、私たちは普通に過ごせば良いんだって!もちろん、トレーニングしながらだけど。とにかく、いつも通りの私たちなら大丈夫!」

アイジュは満面の笑みでそう言った。こういう時にチームをまとめてくれるのが、彼女に与えられた才能の一つだ。自然と彼女の意見には皆が納得してしまうのだ。

「そうだな。とにかく、動いてみなきゃわからないし....寮の見学に行ってみないか?」

「うん!それに私、お腹減ってきちゃった。食堂もあるって聞いたから、見学ついでに行ってみようよ」

 タイトとキイノがアイジュに続く。フウリもその提案に頷いて、

「よし!じゃあ、今日は寮の見学デーにしよう!訓練は明日から頑張るよー!」

アイジュが総括し、フウリたちは部屋を出た。

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