第三章


 「――で?行かねぇの?」


 呆れたような樹の声。


「……もうちょっと待ってくだサイ」


 それに応えたのは、固く不自然な奏斗の声。


 ニ人が会場に到着したのはついさきほど。今日の主役に挨拶をと思っていたが、もうすぐで式が始まるというこの時間に余裕があるはずもなく、挨拶は式の終わりにとなったのだけれど。

 ほとんどの参列者が揃っているであろう扉の手前で奏斗は固まっていた。


 ここに入ってしまえばもう引き返せない。

 そんな考えで体が動かなかった。

 このままじゃダメだ。

 奏斗はスウッと息を吸う。その隣で樹は黙って待ってくれていた。


 ……大丈夫。行ける。


「い、行くよ」

「おう」


 扉を大きく開き足を踏み入れる。中は教科書やテレビで見たことのある教会そのものだった。


「奏斗! 樹くん! こっちよ」


 ニ人を手招きしたのは奏斗の母・波瑠だ。隣には樹の母である真理子の姿も見える。

 母たちのいる左側の列の席へニ人は座った。


「遅かったわね」

「あー、まあ」


 あははと頬をかく奏斗を波瑠は温かな目で見た。


「ちゃんとお花買ってきたのね」

「……うん」


 きれいよ。そう誉める波瑠に奏斗の内心は複雑だった。

 式が始まる。まずは神父の入場だ。

 そのすぐ後に今日の主役の一人・新郎が続く。

 初めて見た新郎は穏やかそうな人だった。やや緊張しているようで足取りは固いけれど。悪い印象は受けなかった。


「……あの人が……」


 あの人が新郎なんだ。


「あら、ニ人はまだ会ってなかったかしら?」


 奏斗の呟きを拾った波瑠がきょとんと首をかしげる。


「会ってないっすね。今初めて見ました」

「樹も奏斗くんも顔合わせには間に合わなかったのね」


 美玲ちゃん素敵だったわよという真理子の言葉に奏斗の胸がトクンと反応した。

 ゴクリと唾を飲み込む。


 ……次だ。いよいよ、次だ。


「新婦、入場」


 全ての視線が扉に集中する。


 その扉がゆっくりと開いていき、そこには――



 ――純白のウェディングドレスに身を包んだ彼女が立っていた。



 わあああ



 盛大な拍手の雨の中、彼女はしゃんと背を伸ばして誇らしげにバージンロードを歩いていく。


 一歩ずつ。一歩ずつ。ゆっくりと、着実に。


 新郎の前まで来たところで、そこまで手をひいていた彼女の父と新郎が交代する。

 手を組み幸せそうに見つめ合うニ人。

 その姿に奏斗はズキッとする痛みを堪えた。


 ……何で。


 ニ人は祭壇へと歩いていく。


 ……何で。


 向かい合ってまた見つめ合う。


 ……何で。


 何でこんなにも苦しいのだろう。


 ニ人が微笑み合う度に。見つめ合う度に。

 胸が苦しくなる。痛くなる。

 奏斗はグッと唇を噛んだ。

 嫌でも、気づいてしまった。

 実感してしまった。


「僕は……」


 まだ、好きなんだ。


 彼女のことが。まだ好きなんだ。


 忘れられてなんかいないんだ。

 消えてなんかいなかったんだ。

 今はっきりとわかった。

 彼女を見ているだけで、ああ、好きだなあという想いが溢れてくる。


 ……だから、気づきたくなかったのに。


「新郎・中村透さん」


 神父が新郎を見る。

 誓いの言葉が始まる。


「あなたは新婦・涼宮美玲さんを妻とし、健やかなる時も病める時も、愛し、敬い、守ることを誓いますか」

「は、はい! 誓います!」


 緊張からか裏返った声に空気が和む。

 彼女はくすくすと笑っていた。


「新婦・涼宮美玲さん」

「はい」


 パートナーとは対称的に落ち着いた様子の彼女が返事をする。


「あなたは新郎・中村透さんを夫とし、健やかなる時も病める時も、愛し、敬い、守ることを誓いますか」


 彼女は隣を見上げた。

 愛おしそうに自分を見つめる新郎にふわりと笑って。


「――はい!」




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