海の思い出

詠月

海の思い出


 「うっわーっ! 海だぁー!」



 照りつける太陽。目の前に広がる大海原。


 その光景に隣にいた陸人が歓声を上げた。



「なあ兄ちゃん! 早く泳ご!」

「わかったから。そんな慌ててると転ぶぞ」

「おれ転ばない!」

「はいはい」



 陸人が俺の手を引っ張りはやくはやくと急かす。

 小学五年生の元気には勝てないなと思わず苦笑した。



「母さん父さん、俺ら泳いでくるわ」

「いってらっしゃい」

「あまり遠くには行かないようになー」

「うん」

「行こう兄ちゃん!」


 おっと、とよろめくようにして駆け出す。

 海の近くまで行けば冷たい波が足にかかった。



「おお! 兄ちゃん、波だ!」



 陸人はキラキラとした目を俺に向けてくる。

 幼い子供みたいだった。

 微笑ましいその姿に俺の頬は自然と緩んでいく。



「足持ってかれないように気を付けろよ」

「わかってるって! ひゃー冷たい! きっもちい!」



 バシャバシャと音をたてて浅瀬を駆け回る陸人。

 ちょっとした悪戯心で俺は陸人を呼んだ。



「陸人」

「なあに、兄ちゃん? ……うわっ!?」

「はは、隙アリ」



 隠し持っていた水鉄砲を発射する。

 突然のことに陸人はポカンとしていたが、すぐに顔を輝かせた。



「それすごい!おれも、おれもやる!」

「ん、ニ本あるから一本ずつな」



 そう言って少し大きい方の水鉄砲を渡してやる。



「おお! なあ兄ちゃん、これどうやって水入れるの?」

「この蓋を開けて、水に浸けて……打つ!」

「うわあっ! 何でおれに打つの!」

「はははっ!」



 反応がおもしろくてつい、だ。

 悪い悪いと謝り陸人にも打ってみるように促す。

 真似をして俺に打とうとしてきたからサッと避ける。



「あー、避けた!」

「はは、甘いなー」

「くーっ!」



 悔しいと頬を膨らませている。その頭をよしよしと撫でた。


 それからしばらくは水鉄砲で打ち合いをして遊んで、次に泳いだ。ニ人で泳いだのは久しぶりで陸人の上達ぶりに俺は驚いた。


 だって昔は泳ぐ俺の背中に捕まってスイスイしてたんだから。


 そう言うと陸人はそれは違うだろ! と騒いでいた。でも誉められて嬉しそうにしていたのはバレバレだ。



「海鈴、陸人! そろそろ帰るぞー」



 父さんの大きな声が聞こえてきてもうそんな時間かと意外に思う。


 いつのまにか夕暮れだ。

 わかったーと返事をしてから、俺は陸人を振り返る。



「帰るみたいだ。戻ろうか」



 海から上がって浜辺に置いていた水鉄砲を回収。

 父さんたちの方へ歩き出そうとしたところでぎゅっとパーカーの裾を掴まれた。

 振り向き、陸人の様子がおかしいことに気づく。



「陸人、どうかしたか?」

「……」

「陸人?」



 陸人は俺の後ろで俯き足元を見つめている。

 さっきまでは元気だったのに。

 俺は少し屈んで陸人の顔を覗き込んだ。



「どう……」



 どうしたのかともう一度問おうとして俺はハッとした。

 顔を上げた陸人の瞳に浮かんでいる感情。


 ……そういうことか。



「ふっ、はは」



 かわいい奴だ。

 ポンと陸人の頭に手をのせる。



「ひっどい顔だぞ?」

「っ……だっ、て……」

「大丈夫だよ。また来れる」



 そう言えば陸人は目を真ん丸にした。



「えっ……なんでわかったの……?」

「わかるよ」



 昔へと思考を飛ばす。

 俺も帰りたくなくてよく駄々こねてたな。

 どこに行っても帰りたくないと泣いていた気がする。

 陸人が生まれてからはすっかり無くなったけど。



「お前のことならわかるさ」



 陸人の前ではかっこいい兄でいたかったから。


 ひんやりとした風が濡れた体に吹きつける。

 立ち上がり俺は着ていたパーカーを脱いで陸人に掛けてやった。



「ほら、帰るぞ」



 沈んでいた陸人の瞳がだんだんと明るくなっていって。



「っ……うんっ! 兄ちゃん!」

「うわっ、お前いきなりなんだよ」

「えへへ」



 勢い良く飛び付いてきた陸人はもうすっかり元気だった。

 そのまま父さんたちのところへ戻れば、相変わらず仲良いわねぇと笑われた。



「兄ちゃん、見て見て! パーカーだぼだぼ!」



 シャワーを浴びたり着替えたりとした後。

 車の後部座席に乗ってすぐに、隣の陸人がぶかぶかの袖を見せてきた。


 こいつ着替えのときに脱がなかったのか。



「はは、まだ俺のは大きいなぁ」

「すぐに追い付くよ!」

「それは楽しみだ」



 よほど楽しかったのか、それほど時間が経たずに陸人は寝てしまった。



「あら、陸人寝ちゃった?」

「うん」

「ずいぶん2人ではしゃいでたもんなぁ」

「本当に陸人は海鈴にべったりね」

「海鈴の方も結構だと思うけどなー」



 俺に頭を預けて眠る陸人。

 すっかり安心したようなその寝顔に俺は自然と笑みを溢していた。



「……そうだね」



 陸人は大切だ。


 だって……



 俺の、たった1人の弟だから。





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海の思い出 詠月 @Yozuki01

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