10.未来のキミは

もうすぐ一学期も終わる。



初夏の香りがする季節。



太陽が一段と光輝いて見える季節は嫌いだ——。



僕の中学校はダストボックスと言うものがあり、そこに燃えるゴミを捨てると、ゴミは滑り台のようなもので、焼却炉まで落ちて行く。



僕はそのダストボックスを開けて、中を覗き込む。



やはり、僕のなくなったキャップ帽が、途中で引っ掛かっている。



誰かが捨てたんだ。



手を伸ばすと、後少しで届くのに届かなくて、一旦、ダストボックスから身を出し、僕は溜息を吐いた。



今朝の出来事——。



『日焼け止め、ちゃんと塗った?』



『塗ったよ』



『病院は来週よね?』



『うん』



母さんに返事をしながら、キャップ帽をかぶり、パーカーのフードを被ると、



『わぁ、驚いちゃう。そんな格好すると、お父さんにソックリね』



と、母さんは、はしゃいだ声を出した。



僕は鏡に映る僕を見て、父さんに似てないのにと思う。なのに、父さんまで、



『お前、益々、似てきたな、父さんに』



と、どこが?と聞きたくなる台詞を平然と言う。



『おにいちゃん、帽子、帽子、可愛く被らせて』



と、僕の足にじゃれついて来るのは、3歳の妹のルナ。



ルナは本当に父さんにソックリで、それは父さんの母さんに似ていると言う事になる。



つまり僕とルナの祖母なんだが、祖母は若い頃、ちょっと有名なミスコンで優勝した程の美人だったらしく、そんな祖母に似ているルナは大きくなったら絶対に美人になると周囲からも言われている。



確かにルナは美人になるだろうと、僕も思う。



『麦藁帽子? かぶって、どこ行くの?』



と、僕は少し屈んで、ルナの持っている麦藁帽子を、ルナの頭にかぶせてあげると、ルナは嬉しそうにキャッキャと声を出し、



『かぁいい?』



そう聞くので、



『可愛いよ』



と、笑顔で答える。



『サン、今日ね、私達、仕事休んでお墓参りに行くのよ』



『——誰の?』



『毎年、同じ事言わせないの、大事な人のよ』



『そうだっけ?』



『サンも一緒に行かない? 学校にお休みの連絡してあげるから』



冗談じゃない、一日、学校を休んだら、もう二度と行けなくなる。



『サン?』



『僕はいいよ、テストも近いし』



『そう。小さい頃は一緒に行ってくれたのに、男の子って大きくなると、つまんないわ』



と、母さんは残念そうだ。



毎年、この時期になると、同じ会話をする。



大事な人の墓参りと言うが、母さん、ソレ、もしかして・・・・・・。



いや、そんなの只の噂だ。



父さんと母さんが若過ぎるから、変な噂が広がっただけの事だ。



『サン、お前、家では無口で表情が暗いけど、実は学校で人気者だろ?』



父さんの突然の質問に、僕は眉間に皺を寄せると、



『そっくりだからなぁ、人気者だろうなぁって想像つくよ』



と、父さんは穏やかな表情を浮かべ、モーニングコーヒーを飲みながら言う。



『僕が誰にそっくりだって?』



『お父さんよ』



と、母さんが答えるが、だから、僕のどこが父さんに似てるんだと聞きたくなる。



僕はダストボックスの前で、ぼんやりと、朝の会話を思い出していた。



「榛葉・・・・・・サンくん?」



その声に振り向くと、音楽の望月 朱莉先生だ。



今年、うちの学校に来た先生で、全学年の音楽の授業を担当している。



僕の学年は週に一度、音楽の授業があるだけなのに、僕のフルネームをもう覚えてるなんて、余程、僕が目立つのだろう。



多分、この容姿が——。



「どうしたの? ゴミ当番?」



「先生は?」



「アタシはいらない楽譜を捨てに来たの」



と、手に持たれた幾つかの楽譜をポイッとダストボックスの中に入れ、僕をジィーッと見ると、



「お父さんとお母さん、元気?」



そう聞いて来た。



「え? 元気ですけど?」



「そう。アタシね、キミのお父さんとお母さんの中学時代の同級生なの。地元から離れた場所の学校の教員になっちゃって、知り合いもいないなぁって思ったら、懐かしい顔の生徒発見しちゃって。アナタの事よ、サンくん」



「僕?」



「懐かしい友人の顔にソックリだからさ。あの頃に戻ったみたいだわ」



それって父さんは若い頃、僕にソックリだったって事だろうか?



今は似てないけど・・・・・・。



今も父さん、若いけど・・・・・・。



「つーか、母さんと先生が同級生!? 嘘だ」



「嘘じゃないわよ」



「だって、先生の方がどう見ても綺麗だし、若いし・・・・・・」



「あら、ありがと。でもそれ、多分、自分の母親だからよ。母親に対して、そういう対象で見ないもんでしょ? だってキミのお母さんにはいい男、とられっぱなしだったから」



「母さんが? 嘘だ」



「ホントホント」



「・・・・・・フーン。でも若い頃の話でしょ、今は只のオバサンだよ」



「あら、まだ28の女をオバサン? まぁ、14歳から見たらそうかもね」



「・・・・・・あの、父さんと母さんの噂って本当の事ですか? 同級生なら知ってますよね?」



「噂?」



僕はコクンと頷いた。



父さんと母さんは、若くして、僕を生み、それは話題になって、有名になりすぎて、静かに暮らしたいと思う事から、僕が物心ついた頃に地元を離れたらしい。



だが、逆に知人から離れる事で、知らない人達ばかりの場所では、余計に傷つく事も多かったとか。



僕は小さい頃から、イジメられる対象で、何かと、『お前のお父さんとお母さんは悪い事をして、お前が生れたんだ』などと言われ、僕は何も言い返せないままだった。



僕はどうして生れたんだろう。



堕ろしてくれれば良かったのに。



妊娠や出産などの理解ができる頃には、何度もそう思った。



それだけじゃない、嫌な噂が僕を追い詰める。



僕の本当の父親は、僕の父さんではなく、母さんの元恋人で、だが、母さんは元恋人と別れる為、そして、父さんと手を組んで、元恋人を殺した——。



そんなの嘘だって思う。



もし本当なら警察だって動くだろうし、僕が父さんと母さんと一緒に暮らせる訳はないだろう。



でも、その噂は本当かもしれないと、たまに父さんと母さんの言動で思うんだ。



今日だって、墓参りに行くと言うが、その毎年恒例の墓参りは誰の墓参りなのか、大事な人だと言うけど、ハッキリは言わない。



そして僕の名前は父さんのように太陽みたいな人になってくれるよう、名付けたと言うが、父さんは太陽みたいな人とは思えない。



時々、僕を父さんと似ていると言うが、似ているなんて言うのは父さんと母さんぐらいで、周囲から言われた事はないし、僕自身も似てるとは思わない。



「噂ってどの噂? いろいろあるわよね?」



「僕の父さんと母さんは人殺しだって言う噂です」



「あぁ!」



と、その噂かと言う風に、望月先生は頷いて、



「嘘よ」



と、笑ったので、僕はホッとする。



「じゃあ、僕の父さんは本当の父親じゃないって噂は?」



「さぁ? そういうのはお母さんに聞いてみたら? 幾ら同級生でも、お母さんのそういう男関係を友達のアタシが詳しい訳ないじゃない?」



「・・・・・・じゃあ、母さんの元恋人って?」



「言ったでしょ、キミのお母さんにいい男、とられっぱなしだったって。つまりモテモテだったのよ、他に恋人だっていたでしょ、そりゃ」



望月先生はそう言うと、溜息をひとつ吐いて、僕の顔を覗き込むようにして、



「あのね、榛葉くん、嫌な噂を流す人って言うのは、キミのお父さんとお母さんが羨ましいからよ。榛葉くんみたいなイイコがいて、しかも若くて、カッコイイお父さんと綺麗なお母さん、仕事もあって、家庭を大事に守ってて、幸せそうなのが許せない人がいるのよ、世の中には、そういう可哀想な人間がいるってだけ。榛葉くんがいちいち気にする事じゃないわ」



僕にそう言うから、僕も溜息をひとつ吐いて、望月先生の顔を見る。そして、



「似たような台詞を言われたよ、山瀬さんに」



そう言った。



「山瀬? 山瀬って、もしかして山瀬 光一?」



「うん」



「嘘、やだ、光一を知ってるの?」



「うん、時々、うちに遊びに来るから。父さんと母さんの同級生なんだよね、山瀬さんも」



「そうよ、仲良かったんだから」



「・・・・・・フーン」



僕には仲良しなんていない。



「光一、今、何してるの?」



「普通のサラリーマンみたいだけど?」



「へぇ、野球は? 趣味でもやってたりしてないの?」



「さぁ?」



「じゃあ、やめたんだ、野球。才能なかったもんね、アイツ」



山瀬さん、野球やってたんだ・・・・・・。



「あ、光一に会ったら言っといて? アタシ、今でもボクシング続けてるって」



「ボクシング?」



「そ。中学時代から部活でもボクササイズしてるの、ダイエットの為にね。だから今、このスタイルなの」



と、スタイルのいいスレンダーな体を見せるように腰に手をあてて、僕を見るから、



「フーン」



頷いておく。



「榛葉くんのお母さんはね、中学の頃、アーチェリーやってたのよ」



「・・・・・・へぇ。父さんは?」



「榛葉くんのお父さんは・・・・・・」



「フェンシングだよね」



「え?」



「僕にいつも言うからさ、父さんは強かったんだぞって。うるさいっつーの、僕はフェンシングなんかしたくないって言ってんのに、お前にはきっとフェンシングの才能があるんだとか言ってさ、何の根拠があるんだって思うよ」



「あ、あぁ、そう、そうね、フェンシング。そっか、榛葉くんもフェンシング部か、お父さんと同じ道を辿ってるのね」



「辿らされてるの!!」



「ははは、そっか、そっか」



笑う望月先生に笑い事じゃないと思う。



「僕は父さんがわからないよ、父さんは僕をどうしたいんだろうって思う。大嫌いだ」



「あらら、ヒカルには好かれてたのに、息子には嫌われちゃったわね」



「え? 誰?」



「ううん、なんでもないわ、ほら、そろそろ部活に行くか、帰るかしないと、ぼんやりしてたら放課後の学校に掴まっちゃうぞ」



「・・・・・・伯父みたいな事言うね」



「伯父? え? お父さんに言われてるんじゃないの?」



「なんで父さん?」



「え? 榛葉くんの伯父って?」



「僕の父さんの兄さんだよ」



「その人が、アタシと同じような事を言ってたの?」



「そうだよ、用もないのに放課後の学校をウロウロしてたら七不思議の世界に嵌るぞってさ。でも親戚の中で、伯父が一番好きなんだ、僕は」



「・・・・・・ねぇ、それ、お父さんが言ったんじゃないの? 七不思議の世界に嵌るって」



「違うよ、伯父だよ。なんで父さん?」



「・・・・・・伯父?」



と、望月先生は不思議そうに何度も首を傾げる。



「喋るウサギやカエルの話とかね、鳴り響くピアノとか、伯父の話は面白いよ」



「なにそれ? 榛葉くんの伯父さん、ファンタジー作家とか?」



「違うよ、伯父はね、道場開いてて、剣術を教えてるんだ。神刀流の流派を学んで、榛葉流式って言う独自の流派を築いて、居合と体術と抜刀と試し斬りの稽古を教えてるよ。かっこいいんだ、憧れの人だよ。伯父の真っ直ぐな姿勢とか、奥さんを一生涯愛し通す眼差しとか、貫き通す強い信念とか、ホント、かっこいいんだ、侍みたい。だから、僕はフェンシングじゃなくて、伯父から剣術を学びたいんだけど」



「あら、フェンシングだって同じ剣でしょ?」



「ちょっと違うよ、僕は日本の伝統的な剣術ってのを学びたいんだよ」



そう言った僕に、頷きながらも、よくわからなそうに首を傾げる望月先生。



「でも榛葉くんのお父さんだって、お母さんを一生涯愛し通してるでしょ?」



「・・・・・・なんか父さんのは少し違う気がする」



「え? 違うって?」



「父さんが家庭を守ろうとするのは義務のような、そんな感じ。誰かとの約束を必死で守ろうとしているように思えるよ。時々、僕に対して気を遣ってるなぁって感じられるし、やりたくない事をさせようとしたり、得意でもない事を得意だろうって言って来たり、勝手に僕を人気者だと思ってたり、僕の人生なのに、まるで誰かの人生の真似事だよ。そんなの愛じゃないと思う。父さんは僕を通して、誰かを見てるんだ」



「・・・・・・子供って敏感なのよね、親の言動に」



望月先生はそう呟くと、



「それ程、榛葉くんのお父さんは、榛葉くんの親なのよ」



と、解りきった事を言う。



解りきっている、父さんは僕の父さんだ。



噂では違うと言われても、小さい頃から、あの父さんしか知らないんだから。



でも本当に——?



「なんて顔してんの? キミが噂を信じてどうするの? 噂はあくまでも噂。真実とは限らない、でしょ?」



「・・・・・・火のない所に煙は立たないとも言う」



「噂が真実だと思うの?」



「・・・・・・だって僕は父さんに、ちっとも似てない」



「親子だからって全て似るとは限らないと思うけど」



「でもルナは似てるよ」



「ルナ?」



「妹」



「へぇ、妹なんているんだ? 中学卒業以来、全然、連絡もとってなかったからなぁ、知らなかった。でもキミのお母さんも連絡くらい、よこしてくれてもいいのにね、二人目できたなら。アタシがまた怒るとでも思ってるのかしら?」



「怒る?」



「いいのいいの、こっちの話。で? キミの妹はお母さん似? お父さん似?」



「父さん」



「じゃあ、すっごい美人でしょ?」



「美人になるんじゃないかとは言われてるよ、まだ3歳だから」



「あらそう、じゃあ可愛いわね」



「ルナは父さんに似てるから、本当に父さんの子だ」



「・・・・・・あのね、キミはお母さんの子でもあるでしょ? お父さんだけの遺伝子を継いでる訳じゃないのよ、お母さんの遺伝子も継いでるの、2人の遺伝子が混ざって、似てない場合もあるんだから!」



「・・・・・・」



黙って俯く僕に、望月先生は、また溜息を吐いた。



「兎も角、そろそろ帰りなさい? 榛葉くんの大好きな伯父さんが言った喋るウサギ? とか、楽しそうな七不思議の世界に嵌るならいいけど、怖い不思議に嵌ったら困るでしょ? 伯父さんの話は作り話でしょうけど、アタシが言ってるのは作り話じゃないかもよ? 本当に嵌っちゃうかも。この学校にも七不思議ってあるんでしょう?」



「知らない。興味ないし」



「そっか。じゃあ、部活行かないなら、ホント早く帰りなさい。あ、お父さんとお母さんによろしく伝えてね。生徒の家に個人的に行くのは無理だから、榛葉くんが卒業したら、遊びに行くわって言っといて。もしくは参観日か面談の時にでも会いましょうって」



「はい」



「驚くわね、きっと。自分の息子が通う学校の先生にアタシがなってた事に」



「はぁ」



「じゃあ」



と、手を上げ、去っていく望月先生の後姿を見送ると、僕はダストボックスの中を覗き込んで、途中で引っ掛かっているキャップ帽を見て、溜息。



「七不思議かぁ、幾つかあったなぁ、幽霊が出るような話ばっかりの中、変なのが1つ・・・・・・過去に戻れるダストボックスだっけ・・・・・・」



言いながら、そんな馬鹿なと少し笑ってしまう。



もし過去に戻れたら、どこがいいかなぁ?



僕が生れる前に言って、母さんに生まないように言うかな。



なんて事を考えながら、ダストボックスの中へ身を入れて、帽子に手を伸ばしていた時、僕は体全部をダストボックスの中へ入れてしまい、そのまま滑るように落ちてしまった。



悲鳴をあげながら、どこまでも落ちていくような暗闇を滑り、気付いたら、僕は知らない場所で目を覚ました。



死んだようだ、僕の体は半透明で、宙に浮いている。



ちょっと楽しいけど。



人って簡単に死ぬもんなんだなぁと思った。



変な場所で、空中を舞うように動き回っていると、空が見える場所に辿り着いた。



屋上みたいだ。



誰かいる。



僕を見て、手招きをしているから、きっと天使だ。



そうだ、この人に聞いてみよう、天使なら知ってるだろう、僕の本当の父さんの事——。



「サン!!」



その声に、目を開けると、



「サン!! 良かった、目が覚めたみたい。只の脳震盪なんて言うけど、声をかけても全然、起きないんだもの、すっごい心配したわ」



泣いている母さんが、そう言って、僕の頬を触っている。



あれ?



ここはどこだろう?



「サン? 大丈夫か?」



父さんが僕の顔を覗き込むから、



「・・・・・・中学生の父さんに会ったよ」



そう言った。白衣を着た医者らしい人が、



「夢を見たんでしょう、大丈夫ですよ」



そう言うが、僕は、夢だったの?と、不思議に思う。



だって、僕の周りにいる父さんや母さん、山瀬さんや望月先生までいるが、皆、余りにも真剣過ぎる顔をしているから——。



「アタシが第一発見者で、救急車を呼んだのよ」



望月先生がそう言った。



「俺は墓参りに行った時に、リクや葉月と出会って、お前が転落したってスマホに連絡が入ったから、急いで、リクと葉月と駆けつけたんだ。大丈夫なのか?」



山瀬さんがそう言った。



僕はコクンと頷き、



「多分、大丈夫」



と、起き上がろうとしたら、父さんが、僕に、



「いいから横になってろ、今、車まわして来るから、それまで休んでろ」



そう言って、行こうとする。



「父さん」



呼ぶと、父さんは直ぐに振り向いて、



「どうした?」



と、僕を見た。



「僕ね、人気者なんかじゃないんだ」



「え?」



「僕、ずっと独りなんだ、人との距離がわからない。そんな僕に、守護霊が言ったよ、リクにソックリだって——」



「・・・・・・」



「僕、父さんにソックリだってさ」



「・・・・・・当たり前だろ、親子なんだから」



「うん、でも守護霊も嘘を吐いてるって思ったけどさ、中学生の父さんは僕にソックリだったよ、驚くくらい——」



「・・・・・・フェンシング、やってないってバレたか?」



そう聞いた父さんに、夢じゃないんだなと思う。だけど、



「何の事?」



と、とぼけたら、父さんはフッと笑い、



「全く、クソ生意気な死神だよ」



と、背を向けて、駐車場へ向かった。



母さんが、いつまでも泣いているから、



「ルナは?」



そう聞くと、ハッと我に返り、泣き止んで、



「小児科のプレイルームに置いてきちゃったわ、ちょっと行ってくる」



と、走り出した。



「全くヒヤヒヤさせるよな」



山瀬さんが安堵の溜息を吐いて、そう呟く。



「ホント。もうバイバイなんて嫌よ、絶対に」



望月先生も安心した表情で、そう呟く。



そこへドタバタと走って来たのはタク伯父さんと奥さんのメイさん、それから祖父や祖母。



大丈夫なのかと、僕を取り囲み、ワイワイ。



静かにして下さいと看護婦から注意を受けるまで、そりゃもうワイワイ。



僕は、こんなにみんなから、僕と言う命を大事にされている。



脳震盪とは言え、たんこぶもできたし、頭の怪我なのに、こんなに人が集まるのは正月みたいだからと、みんなで夕飯を食べに行こうと言う提案になり、父さんと母さんと山瀬さんと望月先生は、ちょっとした同窓会だと、はしゃぎ出す。



タク伯父さんの車に乗り込む、祖父と祖母、それから望月先生の車には山瀬さんが乗り、僕等家族は、いつもの父さんが運転する車に乗る。



父さんの横に座るのは母さん。



僕とルナは、後ろの座席。



母さんが助手席に乗り込み、ルナが外食に喜びながら車に乗り込んだ時、父さんが、



「サン」



僕を呼ぶから、僕は車には乗らず、父さんを見る。



夕日をバックに、父さんは、



「長生きしろよ」



そう言った。



「・・・・・・」



「長生きしろ、オレよりも、母さんよりもな」



生まれて来なければ良かったと、そう思っていた気持ちを見透かされているように思えた。



黙っている僕に、



「今は辛い事も多いかもしれないけど、未来のお前は、絶対に幸せを手に入れてるから」



そう言いきった父さんの顔は、夕日が眩しくて、見えない。



「・・・・・・父さんは幸せを手に入れた?」



「入れたよ、母さんだろ、お前だろ、ルナだろ」



いつもなら嘘くさい台詞だと思うが、今日は思わない。



夕日のせいで、父さんの顔が見えないからじゃない。



父さんは、一度も嘘なんて吐いてないんだ。



こういう事を言う時、少し声色が変わり、目を逸らしたり、俯いたり、ちょっと挙動不審なのは、人と接するのが苦手なんだろう、それが息子の僕だとしても。



僕自身、そうなんだから、それをわかってあげなきゃいけなかった。



疑ってばかりいて、僕はバカだ。



「未来の僕にも、手に入れられるかな? 幸せ——」



「当たり前だろ、オレが手に入れられたんだ、お前だって手に入れるさ」



「うん」



「・・・・・・サン、ごめんな、人気者だとか、勝手に思い込んで言ってしまって、辛い思いさせたな。何もわかってなくて、本当にごめんな」



「別にいいよ、もう」



「今更だけど、独りで辛い時は、我慢しないで、もっと頼ってくれて構わない。ずっとお前の味方だからな、何があっても絶対にお前の味方だから」



「・・・・・・大袈裟だよ」



笑う僕に、今、父さんはどんな顔をしているのだろう。



眩しいから目を細めて見るが、やはり、よく見えない。



ルナが、早くと急かすように車の中で呼ぶので、僕が車に乗り込むと、父さんも運転席に乗り込んだ。



それから居酒屋に移動し、みんなで大騒ぎ。



父さんと母さんは山瀬さんや望月先生と盛り上がっているし、タク伯父さんは相変わらずメイさんとイチャイチャしてるし、父さん方の祖父と母さん方の祖父は盛り上がっているし、祖母達もおしゃべりが尽きないし。



ルナは食ったら寝ちゃうし。



次の日、普通に学校があったので、当然、夜更かしした僕は遅刻状態だった。



望月先生は担任でも生徒指導でもないので、只の音楽教師に僕の遅刻の理由をフォローしてくれる訳はない。



問題は祖父が二人揃って酔っ払い過ぎなんだ、なんで飲ませるかな、毎回、飲ませちゃ駄目だって祖母達も口を揃えて言ってる癖に。



だが、チャイムが鳴る前に、教室の前に辿り着けて、僕はホッとして、ドアを開けようとした時——・・・・・・



「ホントだって。榛葉の母親って、二股かけてたんだってよ。で、その片方が死んじゃって、もう片方と結婚したけど、榛葉は、死んだ奴の子供なんだってさ」



「その噂、何度も聞いたけど、信憑性はないよ、だって、だったら堕ろすでしょう?」



「だよねぇ、態々、うち等の年齢で生まないよね、死んだ奴の子供なんて」



「しかも、結婚はしないっしょ、普通に父親なんてできないよね、二股かけられて、挙げ句相手の子供の事なんてさ」



「何言ってんだよ、ホントだって! おれの父ちゃん、榛葉の親と同級生だったらしいんだよね。父ちゃん曰く、榛葉の父親は超嫌われてたってさ、実は二股かけてたって言う噂の他に榛葉の父親と、その死んじゃった奴って親友だったらしく、その親友を裏切って、榛葉の母親と影で付き合ってたらしいよ、で、親友が死んだ後、あからさまに付き合いだしたんだって」



僕はドアをガラッと開けると、皆、僕を見て、シーンと静まり返った。



教室のど真ん中の席に座り、僕の親と同級生の親がいると言う、噂を流す奴は、僕をにやにやと、嫌な笑いをしながら見ている。



「・・・・・・おはよ」



僕はそう言って、教室へ入ると、皆、一瞬、驚いた顔をした。



いつもなら、挨拶もなしに、無言で教室に入るからだ。



「え? 今、おはよって言ったの?」



「さぁ? 言ったような? 言わなかったような?」



と、口々に、皆、呟きながら首を傾げて、僕を見ている。



僕が自分の席にカバンを置くと、嫌な噂を流す奴が近付いて来て、



「おい、お前の父ちゃんって、お前の本当の父親じゃないんだろ? いい加減、認めろよ」



と、いつものお決まりの台詞。



みんなが、口々に、



「また始まったよ、榛葉イジメ」



「もう見てんのも嫌だよね」



「榛葉と同じクラスだと、イジメがあるクラスって決まりだからな」



そう呟き、さっきまで僕を見ていたが、皆、目を逸らし始める。



「その死んじゃった奴が、お前の本当の父親なんだろ? ソイツもお前と同じで白皮症とか言う奴だったそうじゃねぇかよ」



「知らないよ」



そう言った僕を、誰もが驚いて見た。目を逸らしていたみんなが、僕を再び見る。



今までの僕なら黙っていた。



黙って言われるがままだった。



だから皆、ビックリしているんだ。



「なんだと!? そんな口きけんのかよ!」



「なにが?」



「お前の父親が何したか、わかってんのか!?」



「・・・・・・さぁ? 知らないよ」



「知らないだと!?」



「僕が知らないのに、どうしてキミが知ってるの? キミのお父さんが僕の親と同級生? だから何? 言っとくけど、僕は父さんの子だよ、間違いない、ソックリだ。キミも父親似? だろうね、いちいち息子に同級生の事をある事ない事を吹き込む父親だもんね、キミそっくりだろうなって想像つくよ」



「なんだと!?」



と、僕の胸倉をつかむから、



「顔はやめてね、キミと違って、父さんと同じで僕の顔はイケメンだから、この顔を台無しにされたくないからさ」



そう言うと、直ぐ隣の席にいた女の子がプッと笑いを零し、すると、他のみんなもクスクス笑い出し、誰かが、



「ブサイクな父親からはブサイクしか生まれないってか」



そう言った瞬間、クラス中が大笑い。



僕の胸倉を掴んでいた奴は、怒りで震えだし、僕を睨みながら、



「お前の父親とお前は似てねぇよ!! 死んだ奴とソックリだって言うじゃねぇかよ!! だから噂にもなったんだろうが!!」



そう叫んだ。爆笑していたクラスは、一瞬で静まり返る。



僕は胸倉を掴まれている手を掴み、弾き返すと、



「だからキミが言っている事は何の根拠もない事だ。でも根拠がない事でいいなら、僕も言わせてもらうよ、この世には似た人が3人はいるって言う。本当に僕の母さんが二股してて、片方が死んだとして、その人が僕に似ていたとしても、それは似てただけかもしれない。それにそんな噂が真実かどうかなんて、僕は本当に知らない。いちいち親の若い頃の恋愛事情なんて、興味を持つ程、マザコンでもファザコンでもないんだ、僕は。あ、後、僕と同じ病気って言うけど、僕のは先天性であって、遺伝じゃない」



そう言って、睨み返した。



今日の僕は強い。



中学生の頃の父さんは独りでも強かったから、僕も独りでも強くなろうと思った。



でも結構、勇気がいる。



足とか気づかれてないけど、かなり震えてます。



カッコ悪い程に。



悔しそうな顔で僕を睨むが、何も言い返せないのか、無言で教室を出て行こうとするから、



「あのさ!! 僕の私物、勝手に捨てないで欲しいんだけど」



そう言ったら、



「おれが捨てたって証拠あんのかよ、それこそ何の根拠もねぇだろ」



そう言われ、僕が黙ってしまうと、



「榛葉の帽子とか捨ててるの見たけど、オレ等」



と、数人の男子が、そう言い出した。



「帽子なかったら、榛葉、帰れねぇんじゃねぇの? 直接、肌が太陽に当たったらヤバイんだろ?」



「この前は教科書も捨ててたよな?」



「あぁ、見た見た、夏なのに暑苦しいんだよって長袖の体操服も捨ててたしな」



「だから榛葉、体操服がなくて、体育休んでたんじゃねぇの? この前」



男子達がそう話すと、ヒドーイと、女子が騒ぎ出し、そこまでする?と、皆、囁き出した。すると、嫌な噂を流した彼は舌打ちをして、



「覚えてろよ」



と、僕にそう言うと、教室から出て行った。



覚えてろも何も忘れる訳がないと思うが、覚えてろなんて、そんな捨て台詞、本当に言う人がいるんだなぁと、ポカーンとしていると、



「榛葉、お前、結構やるじゃん」



と、一人の男子がそう言って、みんなが、僕を笑顔で見る。



今迄、僕に目を背けるばかりで、誰も笑顔を向けてくれる人なんていなかったのに。



ちょっとした勇気で、こんなに変わるんだな、世界が——。



「ていうか、榛葉くんって、可愛いよねー!」



「うんうん、前から思ってたのー! 榛葉くんのお父さんって、前に面談の時に来てたよね? 超かっこよくない!? 私、実は影ながら榛葉くんの事、気に入ってたんだよね」



「何言ってんのよ、榛葉くんはアタシが最初に狙ってたんだからねー!」



女子がキャアキャアと騒ぎ出し、男子が、



「榛葉、騙されんなよ、このクラスの女子みんな怖いからな」



「そうそう、このクラスの男子は全員、騙されました!!」



「だからお前も気をつけろよ、榛葉」



そう言って、みんな笑っている。



それって、僕もこのクラスの一員になったと思っていいんだろうか。



学校で居場所ができたと思っていいんだろうか。



「ちょっとー! 榛葉くんに変な事、言わないでよねー!」



「大体、うちのクラス、榛葉くん以外、レベル低いのに、騙す必要ないしぃー」



「な? 聞いたか、榛葉? ひでぇだろ? うちのクラスの女子は!」



と、笑いながら、みんな、話しかけてくれる。



その時、担任がドアを開け、



「なんだ、騒がしいぞ、静かにしろ」



と、教壇に立った。



僕は椅子に座り、カバンの中から筆記用具などを出していると、右隣に座っている女子が、



「榛葉くんって、サンって名前なんだね、前から思ってたけど、いい名前だね」



ニッコリ笑い、小さな声で話しかけてきた。



「・・・・・・ありがとう」



そう言うと、僕の前に座っている男子が振り向いて、



「サンって呼んでいいの?」



と、聞いて来た。ちょっと恥ずかしいのもあり、返事に困りながらも頷く。



すると、左隣の男子が、



「夏休みの予定決まってる? クラスの連中何人かでキャンプすんだけど、サンも来る? 日陰がある場所があればいいんだろ? キャンプなんてさ、夜がメインだし、サンが来れば、女子が喜びそうだからさぁ」



と、早速、サンと呼んで来た。



僕もクラスのみんなの名前、ちゃんと覚えなきゃ。



父さん、僕にも友達ができそうだ。



未来の僕は、きっと、人気者だよ——。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アフタースクール2 ソメイヨシノ @my_story_collection

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る