8.一番の味方

家に着いたのは、5時半だった。



葉月の歩幅に合わせ、のんびり歩いていたせいもある。



葉月は、無口のまま、只、オレの手を握り、オレについて来ていた。



「ここオレんち」



と、自分の家の玄関前で立ち止まり、そう言うと、葉月はオレを見て、



「ヒカルの親には・・・・・・」



小さな声で、そう言った後、黙り込んだ。



「うん、ヒカルの親にも話さなきゃだよな」



赤ちゃんを産むならば、そうすべきだ。



葉月はコクンと小さく頷いた。



ただいまと、家に入ると、玄関には兄貴の友人等の靴はなくなっていて、でも兄貴の彼女の靴はまだあって、それから、いつも夜の9時頃に帰って来る筈の両親の靴があった。



母さんが、玄関まで来ると、



「あら、リクだったの、おかえり。なぁに? リクも彼女連れて来たの? ていうか、アンタ、彼女いたのね」



笑って出迎え、直ぐにリビングへと行ってしまった。



「お母さん、ビックリするくらい綺麗な人ね」



ずっと無口だった葉月が、母親を見て、驚いたように言うから、



「若い頃、ミスコンとかで優勝したらしいよ、その賞状やらトロフィーとか寝室に飾ってあってさぁ」



言いながら、オレは、玄関で立ち尽くす葉月に手招きするが、葉月は怖気づいたように、首を振る。



「大丈夫だよ、オレが傍にいる。葉月の味方だから」



と、オレは葉月の腕を引っ張り、家の中へ招き入れた。



リビングでは、ソファーに兄貴と兄貴の彼女と父さんが座っていて、母さんがキッチンで、



「メイちゃんが帰ろうとしてた時に、調度、帰って来たのよ、だから夕飯を食べて行きなさいって、引き止めたの。リクの彼女も食べていくといいわ、えっと、何ちゃん?」



と、葉月を見た。葉月はペコリと頭を下げて、



「時枝 葉月です」



そう言うと、母さんは、



「葉月ちゃんね」



と、笑顔。



まずは話しやすい兄貴に話して、それからと思っていたのに、まさか両親揃って家にいるとは、ツイてるのか、ツイてないのか。



「リク、彼女、可愛いじゃん」



笑いながら言う兄貴に、



「兄貴の彼女程じゃないよ」



そう言うと、



「どういう意味?」



と、葉月に聞かれ、



「いや、だから、葉月は性格がいいって意味だよ、兄貴の彼女と違って」



そう言うと、



「どういう意味だ、それ?」



と、兄貴が、オレを睨むから、



「だから兄貴の彼女は見た目がいいって意味だよ」



そう言うと、父さんと母さんが笑った。



「タクは父さんに似てるからな、美人をつかまえたんだよ、父さんみたいに」



父さんがそう言うと、母さんが、



「リクはわたしに似てますからね、見た目じゃなく、中身重視で選ぶのよね」



そう言うから、オレは葉月に、



「可愛いよ、普通に」



と、フォローしたつもりが、



「普通にね」



と、葉月はムッとする。



普通って言ってしまった事は間違いだが、もう遅い。



この団欒を壊したくはないが、いつまでも笑って冗談を話してる場合じゃない。



「リク、こっち来て座れよ」



兄貴がソファーの方へ呼ぶので、オレは頷き、葉月の背を押しながら、



「みんなに話があるんだ」



と、ソファーではなく、床に正座し、皆を見た。



葉月もオレの横に、正座して、緊張した顔をしている。



「どうしたんだ、突然?」



父さんが、オレ達の正座する態度に、驚いた顔をする。



「なぁに? 早くしてよ、鍋に火をかけてあるんだから」



母さんも、そう言いながら、こちらに来て、オレ達を見る。



「・・・・・・葉月が妊娠してる」



オレがそう言うと、シーンと静まり返った。



オレは父さんを見て、



「葉月は生みたいって思ってるし、オレも生ませたいと思ってる」



そう言うと、



「何の冗談よ」



と、母さんが笑った。笑ったが、オレ達が真剣な表情のままだったので、母さんの笑い声は消えた。



突然、兄貴が立ち上がり、



「ごめん、メイ」



と、彼女を見て、それから、父さんと母さんに、



「メイを送ってくるから」



そう言うと、彼女も席を立ち、



「失礼します」



と、頭を下げて、リビングから2人、出て行った。



今迄、兄貴と兄貴の彼女が座っていた場所に母さんが座り、



「生ませたいって、アナタ、まだ中学生なのよ?」



と、オレを見る。



「どうやって育てるんだ、金もないだろう」



父さんの声が怒っている。



「中学卒業したら働くから」



「バカを言うな!」



父さんの怒声が響く。



「今直ぐに働く場所なんてないよ、とりあえず中学卒業しないと」



「そんな事を言っているんじゃない! リク、お前はタクと違い、成績優秀だ、いい高校に行き、いい大学に行き、それからだろ、就職は!」



「高校も大学も落ち着いたら卒業資格を取得するよ」



「そんな事を言っているんじゃないだろ!!!!」



更に大声で怒鳴る父さん。その時、兄貴が戻ってきて、



「声デカいって。外まで聞こえるよ」



そう言いながら、オレ達の傍に来る。



「メイちゃんは?」



母さんが尋ね、



「あぁ、まだ明るいし、送らなくていいって。今はリクの傍にいてやれって言うからさ」



兄貴はそう答えると、オレを見て、



「いい顔してんな」



と、笑顔で言うから、オレは眉間に皺を寄せてしまう。



「リクはさ、生ませたいって言ってんだろ? それって責任とるって言ってんだし、いいんじゃねぇの?」



「タク、お前は黙ってなさい!」



「頭ごなしに怒ったって駄目だろ、それに、おれは寧ろ、リクが、ちゃんと生ませたいって言える奴で誇りに思うよ」



「リクは中学生だぞ!!!!」



「だから?」



「まだ中学生の子供が子供を!!!!」



「中学生でも大人と変わらないよ、只、リクが働くには無理があるからな。金銭的な問題は、おれもバイト増やして助けるからさ」



「金の問題じゃない!!!!」



「じゃあ、なに? 世間体?」



そう聞いた兄貴に、父さんは黙り込む。



母さんは無言で立ち上がり、キッチンへ入った。



鍋の火を止めに行ったんだろう。そして直ぐに戻ってきて、



「葉月ちゃん、アナタは本当に生みたいの?」



と、葉月に尋ねた。コクンと頷く葉月に、



「そう、でもね、中学生のアナタの体はまだ発達途中で、女性として未発達なのよ。そんな体で、子供なんて生んだら、アナタの命も危ないし、赤ちゃんだって、ちゃんと生れて来れる確立は低いと思うわ。病院だって受け入れてくれるかどうか——」



母さんは諭すように、優しく話す。優しく、



「どうかしら、中絶費用はこちらが全額負担するし、今後、リクにもアナタが別れたいと思わない限りは、アナタに尽くすよう約束させるから」



命を殺すよう、話を進めていこうとする。



オレが、そんなの駄目だと言おうとした時、



「それでも親かよ!!!!」



兄貴が怒鳴った。



まさか、兄貴がこんなにオレの味方をしてくれるとは思ってもなかった。



一番、説得しやすいだろうとは思っていたが、こんな直ぐに味方になってくれるとは——。



「いいじゃねぇかよ、生みたいって言ってんだからよ、生ませてやれよ、リクだって生ませたいって言ってんだから問題ねぇじゃんかよ! 自分の命が危なくても生みてぇんだよ、そういうの、おれ達を身篭った時に思ってくれた事なんじゃねぇのかよ!?」



父さん以上の怒声で吠える兄貴に、オレも葉月も呆然としていた。



一体、兄貴に何があって、兄貴はこんな風になったのだろう。



「おれはリクの・・・・・・一生、好きな女を愛する覚悟に賛成だ」



「・・・・・・兄貴」



「リク、お前も何とか言ってやれよ! 黙ってないで!!」



「い、いや、だって、何か言う前に、兄貴が言っちゃうから」



「・・・・・・そうか、ごめん」



と、兄貴は気まずそうな顔で葉月を見て、苦笑いした。



「子供を育てるって大変な事なのよ」



母さんが、そう言った後、葉月を見て、



「でも、嬉しい事も一杯あるわ、どんなに苦しくても悲しくても、苛立つ事があっても、生んで良かったと思う事ばかり」



そう言って微笑む。だが、



「でもね、賛成はできないわ」



と、父さんも、



「あぁ、賛成はできない」



と、断言。



「子供はお腹の中で育っていくから、ゆっくり説得していく時間はないと思う。でもオレの考えは変わらないし、父さんにも母さんにも沢山の迷惑をかけるだろうし、心配もさせると思う。でもオレ、どうしても葉月に生んでもらいたいんだ」



「どうしても?」



聞き返す母さんに、オレは頷き、



「光を見せたいんだ、この世界に生まれて来て、最初に見る光を」



それは多分、ヒカルだから。



生れてくる命に、最初に祝福を捧げてくれるのは、きっとヒカルだから。



「よくわからんが、綺麗事だけでは無理なんだぞ」



父さんがそう言うと、兄貴が、



「で? 賛成はできないけど?」



と、父さんと母さんを見る。父さんと母さんはお互い見合い、そして、父さんは咳払いをして、



「賛成はできない。だが、味方だと言う事は忘れるな」



そう言った。オレの表情がパァッと明るくなると同時に、



「そちらのご両親には、これから話すのか?」



そう聞かれ、オレが頷くと、



「そうか。殺される覚悟で話に行くんだな」



そう言われ、明るくなったオレの表情が強張るのがわかった。



「わたし達も挨拶に一緒に行った方がいいかしら?」



「賛成はしてないのにか?」



「だけど、リクがやった事を無視する訳にはいかないでしょう?」



「やれる所までやらせろ。本当に無理だとそうなった時に、手を貸してやればいい。それでいいな、リク?」



オレは父さんに頷いた。



母さんは不安そうな顔をしたまま、オレと葉月を見ていた。



「それから高校も大学も、浪人せずに受かってみせろ。いいか、成績は絶対に落とすな。金銭的な事はなんとかしてやれるが、お前の成績は、お前がちゃんとやっていくしかないからな」



またオレは父さんに頷く。



「生れてくる子は、そちらのご両親が何て言うか、わからないが、こちらで育てる事も考えよう。あくまで考えると言うだけで実際に実行するとは限らないからな。これからのリクの態度で、こちらも考えが変わる事も承知しておくように」



オレは父さんに頷くしかできなかったが、それもこれも、全部、兄貴の御蔭だと思う。



「でもね、もし葉月ちゃんの体に、妊娠が大きく負担して、もしもの事があったら」



母さんがそう言うと、ずっと黙っていた葉月が、



「私、そう言う事も含めて、ちゃんと自分の親を説得してみます」



と、強い意志のある声の台詞を吐いた。



ずるずる話し合っていても仕方がないと言う事で、今日の所は葉月を家に帰す事になり、オレは改めて、葉月の家に挨拶に行く事を決めた。



葉月を送りながら、オレは葉月の手を握り締めて、この繋いだ手を絶対に離してはいけないと思った。



「やっぱオレ、葉月の親には殴られるよな?」



「・・・・・・ごめんね」



「なんで謝んだよ?」



「だって、生れてくる子はヒカルの子だし・・・・・・」



「関係ねぇよ、ヒカルとオレって血液型も同じだったし」



「でも——」



「ヒカルの親にも近い内、ちゃんと話に行こうな」



「うん・・・・・・あのね・・・・・・ヒカルのご両親には・・・・・・全部本当の事を話したい」



「本当の事?」



聞き返しながら、葉月を見ると、葉月はコクンと頷いた。



それは、葉月のお腹の子はヒカルの子であると言う事を話すと言う事だろう。



「わかった」



オレも頷き、そうすべきだろうと思った。



ヒカルの両親は、なんて言うだろうか——。



葉月は、黙ったまま、俯いているから、きっとヒカルの事を考えているんだろうなと、



「なぁ、葉月。お前、オレでいいの?」



そう聞いたら、



「え?」



と、顔を上げて、オレを見た。



「ヒカルを好きなんだろ? 今でも」



「・・・・・・性格いいって言ってくれたけど、性格悪いね、私」



「そんな事ないよ、少なくとも、オレとヒカルは葉月が大好きだからさ」



「2人共、私なんかのどこが良かったの?」



「全部」



そう言ったオレを見るから、



「在り来たり過ぎた?」



そう聞くと、葉月はううんと首を振り、笑った。



葉月の、全部、イイとこも悪いとこも全部、大好きだから、こんな事になったんだ。



そして、こんな事になった今も、やっぱり大好きなんだ。



葉月がオレじゃダメだと言ったとしても、オレは退くつもりはない。



葉月が、このままヒカルだけを愛していくとしても、オレの事はなんとも思ってなかったとしても、それでいいと思う。



オレはヒカルに頑張るって言ったから。



オレが葉月を、全部、全部、ヒカルの分も、全部、頑張って守るんだ。



「子供の名前、決めようか」



「気が早いよ」



「でも、もう決めてあるんだ」



「嘘!? ホントに?」



「うん、男でも女でも大丈夫な名前」



「男でしょ?」



「わかんねぇよ? 女が生れてくるかもよ、何かの手違いでさ」



「何て名前?」



「サン」



「サン?」



「うん、太陽ってサンって言うじゃん。オレの名前もヒカルの名前もカタカナだからな、子供もカタカナにしたかったし、ヒカルって名前の意味も大きく継ぐような名前にしたかったから」



「・・・・・・サン、か。いいかも」



「でもフルネームで呼ばれても、解り難いな、フルネームなのか、苗字で呼んだのか」



と、笑いながら、オレは思い出していた。



『それから僕の名前、もう少しマシなものにしてほしいな、苗字からそのまま読むと笑い者なんですけど』



未来から来たオレ達の子供が、そう言っていたなと——。



「なぁ、葉月、オレ達は一番の味方でいような」



「え?」



「サンの味方でいよう、どんな時も」



「・・・・・・」



「世界中のみんなが敵になっても」



「・・・・・・」



「オレ達に居場所がなくなっても」



「・・・・・・」



「死んで幽霊になっても」



「・・・・・・」



「何があっても、オレ達はこれから先、二度とヒカルを裏切っちゃいけないんだ。一番の味方でいなくちゃいけないんだ。だからサンを愛し続けような」



コクンと頷く葉月に、オレもコクンと頷いた。



「やっぱりサンにはフェンシング習わせる?」



「勿論だろ、ヒカルがやってたんだから」



「フェンシングなんてやりたくないって言ったらどうするの?」



「父さんはやってたんだぞ! しかも強かった! そう言ってやる」



「嘘吐くの?」



「父さんって言ってもヒカルの方ね」



「騙すんだ? でも本当にフェンシングやってたの?って聞かれたらどうするの?」



「母さんに聞いてごらんって言うさ」



「えー!?」



やっと葉月の本当の笑顔が戻って来た——。



ヒカル、見ててくれよな。



オレ、頑張るから。



いつまでもオレの味方でいてくれよな。



ヒカル——。

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