7.生まれてくる命

オレはスマホを取り出して、時計を見る。



4時44分。



道理でいつまでもオレンジの空の訳だ。



どうやら、まだ七不思議の世界にいるようだ。



だからヒカルにも会えたのかもしれない。



死神のお願いと言う不思議も、ちゃんと解決していない。



オレはもう隣にいないヒカルの影を見るように、ジッと横を見て、



「またな、ヒカル」



そう囁く。



またね、リク——。



それはオレ達が、学校を出て、家路に帰る時に言う台詞だ。



サヨナラだなんて思ってない、だから『また』でいいんだ。



また会う日があると信じてるから。



その日が来る時に、オレはヒカルに怒られたり、呆れられたり、笑われたりしないよう、生きなければ。



七不思議の世界の中だろうが、視界は歪んでなくて、オレは屋上を出て、自分の教室へ向かった。



そこに、葉月も光一も朱莉もいるだろうと思ったからだ。



きっとこの世界から帰るに帰れなくて困ってるだろう。



まだ七不思議の世界の中だと教えてあげなければ。



そういえば、死神はどこへ行った?



階段を下りながら、死神の姿を探すように辺りを見回し、自分のクラスに辿り着くと、やはりそこに葉月と光一と朱莉がいたので、オレは、



「まだオレ達の世界に戻れてないみたいだな」



と、中へ入った。



「なんでこんな事に」



光一がそう呟く。



「大体、アタシは死にたいなんて思ってなかったのに、どうして死神に呼ばれなきゃならないの!? 葉月の後をつけただけだったのに」



ブツブツと文句を言う朱莉。



俯いたままの葉月。



「・・・・・・どこ行ってたんだよ、榛葉」



睨みつけるような目をして、光一はオレを見て、そう聞いたので、



「ヒカルに会ってた」



正直にそう言った。葉月も朱莉もオレを見て、光一は、



「は? 笑えない冗談言うなよ」



と、眉間に皺を寄せて、更にオレを睨みつける目をする。



別に信じてくれなくていい、そう言おうとしたが、その台詞を飲み込み、



「信じてよ」



そう言った。



まさか、オレがそんな風に言うとは思わなかったのだろう、光一も朱莉も驚いた顔をする。



「・・・・・・ヒカル、何か言ってた?」



葉月がそう聞いて、少し寂しそうな顔をするのは、葉月もヒカルに会いたかったからだろう。



「うん、いろいろ言ってたけど、葉月を大事にしてる事しか言わないから、アイツ」



「・・・・・・そう」



「だから葉月、オレと一緒に生きようよ」



「え?」



「ここにいる全員を・・・・・・オレは死なせたくない」



それは葉月のお腹の中にいる子供も含めてと言う意味で、葉月は直ぐに察したのだろう、俯いて、少し体を震わせているから、泣きそうになるのを堪えているのだとわかる。



「死なせたくないだと!? ヒカルを殺しておいてよく言えるよな!」



「アレは事故だ!」



「お前が殺したようなもんだろ!」



「殺してない! オレがヒカルを殺す訳ないだろ!」



「裏切っておいて、そんな台詞をよく吐けるよなぁ!?」



「裏切ったんじゃない! オレは葉月を好きになっただけなんだ、それがヒカルの彼女だった。勿論、それでヒカルが悲しむ事も理解してた、でも気持ちにブレーキをかけれなかった。確かに裏切り行為だと思うけど、裏切ったんじゃない、いつだって、ヒカルの事は思ってた、いつまでもこのままじゃいけないってヒカルを悲しませるだけだって思ってた。思ってたから、ヒカルに言えないままズルズルと続いてしまったんだ。ヒカルを悲しませたくなかったから・・・・・・」



「悲しませたくないなら影でコソコソ会ったりするなよ!!」



「それでもオレは葉月が好きだから!!!!」



そう吠えるオレに、光一はグッと拳を握り締めた。でもオレは、



「ヒカルを悲しませてもいいと思って葉月に会うオレと、ヒカルを悲しませたくないと思って葉月に会わないようにしようとするオレが、いつもいつもいつも葛藤してて、でも誰にも相談できなかった!!!!」



止められずに勢いに任せるように、そう叫んだ。



光一はツカツカとオレに近付き、オレの胸倉を掴むと、拳を振り上げ、



「誰にも相談できないような事をするからだろ!!!!」



そう吠える。



「だからこれからは相談に乗ってくれよ!! 独りじゃ、間違った道を選んでしまうから」



光一の怒りで釣りあがる目を見つめ、そう言うと、光一は振り上げた拳を暫く、そのままにしていたが、スッと下におろし、オレの胸倉も離すと、



「もう遅ぇんだよ」



と、背を向ける。



「・・・・・・光一にも朱莉にも、オレがこれから葉月の傍にいる事を賛成してもらいたいんだ」



「は!? ヒカルがいなくなったのをいい事に引っ付こうって言うの!?」



朱莉がそう言って、葉月を見て、



「やっぱり二人して学校で待ち合わせしてたんでしょ!」



と、全く好感のない嫌味な口調で言う。



葉月は違うと首を振るが、



「よくやるよね、アンタ、男たぶらかすの上手過ぎ」



朱莉は、普段、そんな事を言う女の子ではない。



葉月の一番の仲良しで、葉月と変わらないくらい、イイコで、大らかで、優しい子だ。



そんなの、光一もオレも葉月も、勿論、ヒカルも知っている。



でも嫌な台詞が朱莉の口から出てくる程、朱莉は心を痛めている。



「葉月、アンタ、女子の間で何て言われてたか知ってる? ブスの癖にヒカルと付き合えたからって調子のってんじゃねぇよって言われてんだよ?」



「・・・・・・知ってる」



小さい声で、頷いて、そう言った葉月に、オレも光一も少し驚いた顔になる。



女子の間でそんな事が言われていたなんて。



「ヒカルはね、人気あったのよ、男子にも女子にも。そのヒカルを射止めたのがアンタだなんて、誰も納得しないし、その上、榛葉くんと引っ付いたら、ヒカルの次は榛葉くんかよって女子は完全にアンタを無視るよ。ヒカルに隠れてコソコソした挙げ句、ヒカルがいなくなったら学校で待ち合わせだなんて、最低だよ!!」



「ちょ、ちょっと待てよ、朱莉。オレ達は本当に待ち合わせなんてしてないし、本当に夏休みの間、連絡もとってない。ヒカルが死んでから、本当に一言も口を聞いてもない。葉月とは終わりだと思っていたから。でもオレが学校へ来た理由は、電話があって、ヒカルから——」



「ヒカルから?」



またも光一が睨みつけるような目を向けて、問う。



「あぁ、兄貴がとったんだけど、日向って奴から電話で学校へ来てくれって言ってるって言われて、最初は誰かの悪戯だと思ったんだけど、でも、それでも、もしかしたら本当にヒカルかもって思って、学校へ来た。ヒカルは本当は死んでなくて生きてるんだって、そう思うようにしてたから。でも、それは思い込みでもなく、オレは本当にヒカルに呼ばれたんだ・・・・・・」



と、オレは葉月を見て、



「葉月、キミを助ける為に、ヒカルはオレを呼んだんだよ」



そう言った。



光一も朱莉も信じられないと言った顔で、少しバカにしている雰囲気もある。



だが、葉月はコクンと頷き、



「私は死神に呼ばれたのね」



そう呟き、光一も朱莉も葉月を見る。



「・・・・・・死のうって思ったから」



俯いたまま、小声で、そう言った葉月に、



「ヒカルの後を追おうって思ったの?」



朱莉がそう尋ね、葉月は首を振った。



「葉月のお腹の中に子供がいるんだ」



そう言ったオレに、葉月は更に俯き、光一と朱莉はオレを見て、目を丸くする。



「ごめんね、葉月。黙ってる訳にはいかないよ。だってオレ達、まだ中学生で、何もできないから周りに協力してもらわないと」



「協力ってなんだよ!? カンパか!?」



光一がオレに怒鳴るように言うから、オレは首を振ると、



「生ませるのか!?」



光一は更に大きな声を上げた。



葉月が生みたいならと言う台詞を飲み込み、オレはコクンと頷いた。



葉月だけの気持ちじゃないと、今のオレは言いきれる。



オレも会ってみたい、ヒカルと血の繋がった子を。



「バカじゃないの、中学生が子供なんて生める訳ないじゃん! ていうか、榛葉くん、アンタの子なの?」



朱莉がそう聞いて、オレを睨む。



「あぁ、オレの子だ」



ヒカルの子だと言い切る必要はないだろう、オレの子として生んで、育てるのだから。



だが、葉月は顔を上げ、即答したオレをビックリしている。



それに葉月から、妊娠していると言う話は聞いていない。



それに気付いた葉月は、夢でも冗談でも幻でもなく、オレが本当にヒカルと会っていたんだとわかったようだ。だから、



「ヒカルはなんて言ってた?」



と、葉月は、そう尋ねてきた。



「生んでほしいってさ」



「有り得ないから!!」



朱莉はそう叫び、



「生んでほしいなんてヒカルが言う訳ないじゃん!!」



と、更に叫ぶ。だが、光一が、



「有り得るかも。ヒカルはそういうの、なんか重たいんだよね、軽く考えないっつーか。だから生んでくれとか言いそう」



そう言うと、朱莉は、



「光一はどっちの味方よ!?」



と、ヒステリックに怒鳴る。



「別に榛葉の味方した訳じゃない。でもヒカルなら何て言うかなって考えたら、生んでくれって言いそうじゃん。なんつーか、アイツさ、榛葉と葉月ができてるかもって知っても、許しそうなんだよね。普通なら、憎しみたっぷりで、許せないって気持ちになって、怒りのオーラ纏って、復讐とか考える奴もいるだろうけど、ヒカルの場合はさ、そういう闇の感情っつーのかな、人間の暗い部分って言うか、負のオーラっつーか、そういうものがないからさ。葉月が榛葉を好きになって、榛葉が葉月を好きになって、二人は隠れて会ってて、普通なら許さないってなるだろうけど、アイツは、榛葉が葉月を好きになる気持ちもわかるなんて言いそうじゃん? だって自分が好きになった女だぜって笑いそうなんだよ。挙げ句、葉月が榛葉を好きになった気持ちもわかるなんて言いそうなんだよな、自分と同じくらいイケメンの榛葉だからとか言ってさ」



光一はヒカルの事をよく知っていると思う。



小学校からの仲良しだから、オレなんかより、ずっとヒカルとは深い絆があっただろう。



「だからさ、ヒカルなら、生んでくれって言いそうなんだよ、アイツの中で、子供を堕ろすなんて選択は全くなさそう。それぐらい、ヒカルの属性って光だったからさ」



笑いながら言う光一は、ヒカルを思い出している。



光一の中のヒカルが、笑顔なんだろう、光一も屈託ない笑みを零す。



「中学生なんだよ!!!!」



朱莉が叫んだ。



「中学生が子供なんて生める訳ないでしょ!!」



朱莉の言う通りだ。だから光一も、



「そりゃそうだ」



そう頷いた。



「でもさ——」



と、オレは、中学生でも子供はできたんだと言おうとしたが、



「しつこい!!!!」



朱莉が怒鳴り、その怒鳴り声が、兄貴の声に聞こえた。



オレの中のトラウマスイッチが入る。



『にいちゃん、にいちゃん』



『しつこい!!!!』



『でも』



『しつこいって言ってんだろ、リクももう大きいんだから何でも一人でやれよ』



『にいちゃんと一緒がいい』



『お前と遊んでる暇ないんだよ』



『でもさ——』



『しつこい!!!!』



兄貴の怒鳴り声で、ビクッと体を強張らせた——。



「大体、葉月はどうなの? 生みたいの? そんな訳ないよね?」



朱莉のその台詞で、オレは、トラウマの映像を掻き消し、葉月を見る。



葉月は朱莉を見て、光一を見て、オレを見ると、



「生みたい」



と、小さな、小さな声だったが、自分の意思をオレ達に伝えた。



「・・・・・・ヒカルの子なの、絶対に」



そう言いきった葉月に、あぁ、そうかと思う。



結局、ヒカルと葉月は強く結ばれていて、その線を、オレには越えられないんだ。



ヒカルに、ヒカルの子じゃないかもしれない、そう言ったのは、多分、もうヒカルに隠し事をしたくなくて、オレの事を打ち明ける為に、そう言った事だったんだろう。



本当はヒカルの子だと、最初から知っていた。



ヒカルも葉月も、オレも——。



「でも榛葉くんの子だって榛葉くんは言ってるけど?」



朱莉はそう言って、オレを見るから、



「うん、オレの子だよ、ヒカルの子はオレの子だ。葉月の子だからな、オレが育てるんだ」



オレも葉月やヒカルに負けないように強くならなきゃと、言い切った。



「じゃあ、好きにしろよ、でも俺は協力なんてしないぞ。ヒカルが何て言ったか知らないが、中学生が子供生むなんて常識で考えて有り得ないし、何より、ヒカルが榛葉の前に現れて、俺の前に現れないってのが気に食わない。幽霊の存在は認めるさ、散々、見せられたからな、七不思議の幽霊達を。だから榛葉がヒカルに会ったと聞いても不思議はないが、だったら俺の前に現れてもいいじゃないか。今更、友達でもないだろ、榛葉は」



「そうよね、幾らヒカルの人の良さを考えても、現れる人の前は、榛葉くんじゃないよね。それに、ヒカルが許しても、アタシは許せないから。だってヒカルは死んだんだもん・・・・・・生きたヒカルにはもう会えないんだもん・・・・・・」



それでもオレはいつか許してもらえるよう、協力してもらえるよう、光一と朱莉に伝え続けようと思った。



しつこく、何度でも——。



それが葉月の為であり、これから生まれてくる命の為でもあると信じて。



だから、オレは葉月に、



「頑張るよ」



そう言った。葉月はオレを見て、何て応えればいいのか、わからないのだろう、無言だ。



ぶっちゃけ、オレが頑張るなんて言っても説得力ないだろうと思う。



頑張って、人との距離を縮めたり、努力して苦手を克服したり、そういうのは避けてきた。



勉強はできる方だが、嫌いではないと言うだけで、努力で成績がいい訳じゃない。



兄貴が遊んでくれなくなって、友達もいなかったオレは、独り、やる事がなく、勉強でもするかって具合で、机に向かっていた事が多かっただけ。



運動は、体育や部活でやる程度のものは嫌いじゃない。



体は動かさなければ鈍るから、適度に動かすのは気分転換にもなる。



そんなオレは何事も、軽めに交わしていた。



他人との距離が難しいと思うと、逃げて、独りで過ごし、何かに頑張った事など、ここ数年はない。



そう、オレはまるで幽霊みたいに、目の前の壁を越えず、只、生きていたんだ。



ヒカルと出会い、楽しい事も増えたが、それでもヒカル以外の人と深く接する事はなく、葉月に対しても本命という立場から逃げて、心地良い位置に甘んじていた。



ヒカルがもしオレに対し無関心だったら、オレもヒカルに対し、無関心だっただろう。



今、思えば、どれだけやり難いオレに、ヒカルは頑張って話しかけてくれていたのだろうかと、なのに、こんなオレに対し、沢山の笑顔を見せてくれたなぁと思う。



オレはもっと頑張らなきゃいけないんだ。



ここでいつものようにトラウマに逃げて諦めたら、これから待ち受ける困難に勝てないだろう。



自分の親、葉月の親、学校の先生、全てに受け入れてもらわなければならないから——。



「オレ、頑張るから、いつか、みんなにわかってもらおう? 今直ぐじゃなくても、いつか、わかってもらえるよう、オレ、頑張るからさ・・・・・・死なないで?」



そう言ったオレに、葉月は涙を流しながら、コクンと頷いてくれた。



だが、当然、光一も朱莉も、いい顔はしなかった。



その時、どこへ行っていたのか、突然、死神がフッと姿を現し、



「契約が終わったよ」



と——。



「契約?」



聞き返すオレに、死神はにやにや笑いながら、



「フェンシング部じゃなくて、バスケ部ね、フーン」



と、傍に来て、顔を近づけて来るので、なんなんだと眉間に皺を寄せると、



「生まれて来る子供には言わない方がいいよ、フェンシングが強かったなんて」



「は?」



「それからさ、中学生になったら、お小遣いはもう少しあげた方がいい」



「なに?」



「それから僕の名前、もう少しマシなものにしてほしいな、苗字からそのまま読むと笑い者なんですけど」



「・・・・・・え?」



オレも葉月も、それから光一も朱莉も、まさか!?と、死神を見ると、死神はその通りと言わんばかりに、



「同い年の父さんと母さんに会えるなんて、ちょっと変な感じだよ」



ヒカルにそっくりの笑顔で、そう言った。



葉月は自分のお腹を押さえ、死神をびっくりした顔で見ていると、



「僕の学校の七不思議でさ、過去に戻れるダストボックスってのがあって、ソレに僕は落ちたんだ。そしたら、この学校に来てて、体は半透明だわ、体重もないのか、宙に浮いちゃうわ、死神に会ってしまうわ——」



言いながら死神は、いや、未来の葉月のお腹の子は、ふわりと透けた体を宙に浮かせた。



「本当の死神曰く、女の子のお腹の中には子供がいて、死ぬ命は2つ。死神に囚われた、その命は、既に死に逝く運命だった。2人は死ぬ他なかった。それでも、その命を助けるには、運命を変える代償として、2人以上の命を成仏させると言う約束で、僕は死神と契約したんだ」



「それでオレ達に七不思議の幽霊達を成仏させた?」



「まぁね、僕の学校にも七不思議の中には幾つか幽霊話があるからね、この学校にもあると思ったから。そうする事で自分を助けるしかなかった。と言うか、ホントは僕も死のうなんて考えてた所があって、そのせいで死神に呼ばれたのかもね。だけど、生きろって言って、いろいろとアドバイスしてくれた人がいるんだ、屋上にいた人だよ」



ヒカルだと思った。



「その人が、オレに死神のお願いと言う七不思議を利用して、幽霊達を成仏させる事も計画してくれたんだ。みんなに武器を与えたりできたのは、僕は想像だけの存在みたいなものだから、僕が想像すれば、それを与える事ができるみたいで、まぁ、だから僕も宙に浮けたりできるんだろうけど。あぁ、ごめん、僕もよくわかんないんだ。でも、この世界では不思議が当然だから、いちいち説明はいらないよね」



「でもよくアタシ達が所属する部活がわかったわね?」



朱莉が不思議そうに聞く。



「それは——・・・・・・それこそ、僕が未来から来たって理由になるかな」



「ちょっと待てよ、部活は兎も角、お前が本物の死神じゃないって言うならさ、俺達の記憶がなくなったのは? 幾ら不思議が当然でもソレはどう説明つけるんだよ?」



光一が疑問を問うと、



「記憶は本物の死神の仕業だよ、僕に協力する者は記憶の扉を閉じるって言ってたから。死神としては、本来死ぬ命を、あの世へ導きたいところ。だけど僕との契約で、違う命を導く事になるかもしれない。そうならない為にも、協力者である者達に死ぬ者の記憶がないようにしたんだ。記憶があったら、死なせない為に頑張られるって思ったんだろうね。そんな事しなくても、頑張るよね、こんな世界に来ちゃったらさ」



確かに元の世界に戻る為に、頑張るのが普通だが、死神にしたら、元の世界もこの世界も同じなのかもしれない。



「そろそろ僕も自分の世界へ戻れるみたいだ」



「・・・・・・あのっ!」



葉月が、声をかけると、



「大事にしてよね、母さんだけの命じゃないんだからさ、僕も生きてんだよ、ソレでも。そんな命にもなってない、まだカタチだけのモノでもね。カタチにもなってないか」



と、葉月の腹を指差して、またヒカルそっくりの笑顔を見せた。



「なぁ、その屋上にいた人さ、お前と、何か他に話とかしたか!?」



オレがそう聞くと、首を傾げ、



「何かって?」



と、問い返され、でも何て言っていいか、わからず、黙っていると、



「特に何か話をした訳じゃないけど、誰ですか?って聞いたら、僕自身の命だとか、僕に続く命だとか、僕と繋がった命だとか、確か、そんなような事を言ってたよ。どういう意味か、よくわかんなかったから、適当に頷いておいた」



そう言ったから、それは、葉月のお腹の子は、ヒカルの生まれ変わりって意味なのか、それとも、ヒカルの遺伝子を継いだ命と言う意味なのか——



そして、死神と名乗った、オレ達の未来の子供は、スッと姿を消した。



オレ達は、消えた彼を、いつまでも見つめるように、その場で佇んだ。



「無事に生まれて来てくれるんだね」



そう言った葉月は、嬉しいのか、悲しいのか、わからない表情で涙を流すから、オレは嬉し泣きの方だと思うようにする。



「楽しみが1つ減ったな」



オレはそう言いながら、泣く葉月の傍に行き、



「男の子か、女の子か、もうわかっちゃった。残念。しかも超生意気だと言う事までわかっちゃって、どうすんだよ」



と、溜息混じりに言うと、葉月は泣きながらもクスクス笑い出す。



「・・・・・・そういえばって感じだけど、ヒカルに似てたな」



光一が呟く。



「・・・・・・屋上にいた人って、もしかしてヒカルなのかな」



朱莉が呟く。



光一と朱莉の呟きは、どことなく、オレ達を許してくれているような口調で、だが、それもこれからのオレ達の頑張り次第だろう。



ふと、壁にかけられた時計を見ると、針は4時50分を差している。



オレはスマホを取り出し、待ち受けの時計を見ると、やはり4時50分。



どうやら、オレ達の時間が動き出したようだ。



もうここはオレ達が元々存在していた世界なのだろう。



「帰ろう」



オレは葉月の手を握り、そう言った。



光一も朱莉も頷く事はしないが、一緒に校舎を後にした。



夏休みの学校を出て、光一と朱莉と別れ、オレは、



「うちに来てほしい」



葉月にそう言った。



「生まれてくる命の事、オレの家族に話したいから」



オレ達は、生まれてくる命を守る為に、大きな壁を越える為、最初の一歩を踏み出す——。

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