6.ヒカル
「ヒカル?」
オレの呼びかけに、ヒカルは、振り向いて、オレのよく知っている笑顔で、
「遅っ」
と、いつもの弾んだ声を出す。
いつもなら、オレがそこにいて、ヒカルが来るんだ。
屋上は立ち入り禁止だから、誰も来ない。
オレはそこで独りになって、ぼんやりと空を見て、街を見下ろしているんだ。
だが、今はヒカルが、
「リク、ほら、見ろよ、太陽が真っ赤だ」
と、落ちる夕焼けを指差して、屋上から、街を見下ろしている。
オレはヒカルの隣に立ち、ヒカルを見て、
「ヒカル?」
また呼びかける。
「何?」
「本当にヒカル?」
「本当は死神だ」
「え!?」
「嘘だよ、本当に僕だよ、ヒカルだよ」
と、悪戯っぽい笑顔を見せるヒカルに、オレは泣きそうになる。
そんなオレから目を逸らし、夕焼けを見るヒカルの目はオレンジ色で、その横顔は、真剣な表情をしている。
これから話す会話は冗談など言える雰囲気ではない事は、その表情でわかる。
「リク、お願いがあるんだ」
ヒカルは真っ赤な太陽を見つめながら、そう呟くように言う。
「お願い?」
「葉月を助けてあげて」
「え?」
「僕はもう葉月の傍にいられないから——」
「なんで!? それにオレは・・・・・・オレだって葉月の傍にいられないよ!」
「葉月は妊娠している」
「は!?」
「葉月は妊娠してるんだ」
と、ヒカルは、ゆっくりと顔をオレの方に動かして、そう言った。
ヒカルの目に映るオレは、なんて情けない顔をしているのだろう。
「葉月は死のうとして、学校へ来た。だから僕はリクを呼んだんだ、葉月を助けてあげてほしくて」
「・・・・・・死神に狙われたのは、葉月?」
「そうだよ、葉月はお腹の子を殺したくないんだ、だから自分も一緒に死のうって決めたんだ。葉月はお腹の子を生みたいって思ってる」
「そんなバカな話ないだろ、だってオレ達中学生だぞ!?」
「だから?」
「・・・・・・反対するよ、みんな——」
「リクも? 僕は賛成だよ」
「賛成って! そんな無責任だろ!」
「どうして? 僕は賛成だよ、だって僕の子だ」
「・・・・・・お前の子だって限らない。オレの子かも——」
「僕の子だ!」
言い切ったヒカルに、オレは頷くしかできなくて、
「お前がそう言うなら、お前の子だよ」
そう言った。だが、
「なら、葉月は堕ろすべきだ。どうすんだよ、だって、ヒカルは葉月の傍にいないんだろう? そう言ったよな?」
「・・・・・・リクが父親になってよ」
「無理だよ」
「どうして?」
「何度も言わすなよ、オレ達、中学生なんだぜ!?」
「でも妊娠したんだよ、葉月は——」
「・・・・・・」
「そして葉月は生みたいって思ってるんだよ」
「・・・・・・」
「それが中学生だろうが、高校生だろうが、大人だろうが、応えてやりたいと思うのは駄目なのか? 無理だって何もしない内から諦められるくらいなら、僕はリクの前に現れてない」
「・・・・・・ヒカルらしい考えだよ。だけど、中学生が子供なんて育てられると思うか?」
「協力してもらうんだよ、周りに! 僕は障害がある。日焼け止めを塗らないと直ぐに火傷したみたいになるし、夏でも長袖にフードは欠かせない。でも周囲の協力があったから、僕はみんなに受け入れてもらえたんだよ、困った事は周りに協力してもらうんだよ」
「それはヒカルの性格だからだ。オレがどうやって周囲に協力してもらえるんだよ」
「頑張れよ!!!!」
ヒカルは大声でそう叫んだ。
真剣な顔で、怒ったような、そんな風に、オレを見て、そう叫んだ。
「もっと周囲に理解してもらえるよう、頑張れよ!!!!」
「・・・・・・」
「もう僕はリクの傍にいないんだぞ、お前がみんなに歩み寄らなければ、誰もお前の傍にいないんだぞ、葉月だってそうなるんだぞ!!」
その台詞に、オレの頬を涙が伝い、ズッと鼻水を啜りながら、
「ヒカル、お前、本当にもういないんだな」
そう言った。
ヒカルは夏休み前、事故で亡くなった。
その日、オレは葉月から呼び出されていた。
暗く沈んだ葉月から、別れ話をされると思っていたオレは、無理矢理、葉月を遊園地へ連れて行き、別れ話をさせないようにした。
何か言い出そうとする葉月の台詞を遮り、遊園地ではしゃいだ。
夜になり、葉月を家まで送り、家に着くと、留守電に朱莉から連絡が入っていた。
ヒカルが事故にあって、病院に運ばれたと——。
急いで病院へ向かうと、朱莉が待合室で泣きじゃくっていた。
光一は朱莉の背をさすりながら、『大丈夫だよ』と、繰り返し言っていて、ヒカルは手術中だった。
ヒカルの両親も、オレ達とは離れた場所にいて、手術室をじっと見ていて、手術室の電気が消えて、中から外科医が出て来て、暫く、ヒカルの両親は医者の話を聞いていたと思ったら、わぁっと母親の方が泣き出し、オレ達は呆然と、その光景を見ていた。
そこへ葉月がやって来て、突然、朱莉が、
『どこに行っていたの!?』
と、葉月に詰め寄った。更に、オレを睨みつけ、
『二人一緒だったんでしょ!? ヒカルがこんな時に何やってたのよ!!』
と——。
オレと葉月が、ヒカルに隠れて会っていた事を、朱莉は知っていたそうだ。
朱莉はヒカルが好きだった。
でも葉月とヒカルが両想いになった時、相手が葉月なら諦めると言った。
だが、葉月はオレとも会うようになり、それを知った朱莉は、ずっと心の中にオレ達の事を仕舞い込み、ヒカルが悲しまないよう、ずっと独りで耐えていたが、ソレが爆発して、『アンタ達が死ねば良かったのよ!!!!』と。
光一が、朱莉を押さえていたが、朱莉の気持ちは抑えきれず、そう叫ばれた。
朱莉の取り乱した様子と、台詞で、光一も、オレ達の事を知った。
『お前、男として最悪だな。ヒカルはお前を友達だと信じてたんじゃないのか?』
と、光一は静かな怒りを見せた。
それから夏休みに入り、オレはヒカルが死んだなんて思えなかった。
只、夏休みで会えないだけ。
また新学期が始まれば、普通に会えるんだと思った。
なのに——・・・・・・
「ヒカル、お前、ここにいるじゃん、なのに、もうどこにもいないのか?」
泣きながら、そう言ったオレに、ヒカルは、
「うん」
当然のように頷いた。
「嫌だよ・・・・・・嫌だ・・・・・・ヒカルがいないなんて嫌だ・・・・・・」
泣くオレに、
「僕も嫌だ、リクがいないなんて」
そう言ったヒカル。
オレは七不思議の幽霊達を思い出した。
辛いのはオレじゃない、ヒカルなんだ。
ヒカルをあんな幽霊達のようにしたくない。
いつかオレの事も忘れて、葉月の事も忘れる、そんな幽霊になってほしくない。
どうせ忘れるなら、笑顔で新しく生まれて来てほしい。
それは葉月のお腹に宿った命もそうなのかなと、オレはヒカルを見つめて、
「オレにできるかな、みんなにわかってもらう事——」
そう言った。ヒカルは笑顔で頷き、
「できるよ、大丈夫、だってリクは話せば、結構面白い。人から好かれる性格だよ」
そう言ってくれて、オレもコクンと頷いた。
泣き止んだオレはオレンジの空を見渡し、赤い太陽を見ながら、夕焼けに染まる街を見下ろす。
「綺麗だな、夕焼け」
「うん」
「リクとさ、こうして帽子外して、風を感じながら、一緒に太陽を見られるなんて、夢みたいだ」
「・・・・・・そうだな、夕焼けでも、お前、帽子とパーカーのフードは被ってたしな」
「僕、忘れないよ、あの真っ赤な太陽」
「うん、オレも忘れないよ」
太陽を見つめるヒカルを忘れないと、オレは思う。
ヒカルの瞳が揺れているように見える。
涙だろうか。
オレの悲しみはヒカルの悲しみに比べると、とても軽い。
ヒカルは新しい命を残してくれる。
オレはその命を守れるんだから、それは悲しみではなく、嬉しい事なんだから。
「死神がさ、オレ達4人しかいないのに、5人って言ったんだ、アレ、間違いじゃなくて、葉月のお腹の子供も人数に入ってたんだな」
「フーン」
「ヒカルに似てんのかな」
「そうかもね、でもリクに似てるって言い切ればいいよ、だって、僕はイケメンだから、僕に似てるなら、イケメンの子だろ? そして僕と同じくらいイケメンはリクだから」
「・・・・・・怒ってないのか? オレの事——」
「なんで?」
「葉月とオレが、お前に隠れて・・・・・・」
「僕は葉月の気持ちがわかるだけだよ」
「葉月の気持ち?」
「僕が葉月なら、僕かリクか、やっぱ迷う! 僕もリクもイケメンだしな」
ヒカルはそう言って笑う。そして、
「お前の気持ちもわかる。葉月を好きになる気持ち、僕と同じだから」
と——。
「僕が死んだ日、葉月が子供ができたかもって言ったんだ、勿論、僕は驚いたし、その時は生んでいいよって言ってあげれなくて、これからどうするんだろうって、凄く焦った。だけど、葉月が、ヒカルの子じゃないかもしれないって言ったんだ。もしかしたらリクの子かもしれないって。それで何度も泣いて謝って、リクにも話すって言ってた」
いつまでもオレンジ色の空を眺めながら、そう話す。
「そうだったんだ、オレはその日の夕方、葉月に呼び出されて、別れ話されると思ったんだ、葉月が余りに深刻な暗い顔だから。遊園地に誘ってさ、絶叫系は嫌がるから、ゆったりした乗り物ばかり乗って、でも話を逸らして、葉月に何も言わせなかった。そしたらヒカルが——・・・・・・ヒカル、オレがヒカルを殺したようなもんだな・・・・・・」
「どうして?」
「事故にあったのは、オレと葉月が隠れて付き合ってた事を知ったからだろう?」
「事故にあったのは、バイクに跳ねられたからだ。リクのせいでも葉月のせいでもない。そんな風に思わなくていいから。思って欲しくない。だって違うのに、そう思われてたら、死んだ事、悔やみ過ぎて成仏できなくなるだろ。二度と自分のせいだなんて言うなよ? 周りに言われても違うって言い切れ。あれは事故だと説明してやれ。じゃないと、葉月が感じなくていい罪を感じちゃうだろ? それにさ、僕はリクで良かったと思ってるんだ。知らない男の所へ行かれるよりは——」
どうしてヒカルは優しいんだろう。
ヒカルが大好きなのに、オレ、どうしても葉月への気持ちを止めれなかった・・・・・・。
「・・・・・・ごめんな、ヒカル」
「僕もごめんね、リクが葉月の事好きなのに、気付いてあげれなくて、葉月の相談、いっぱいして、無神経だったね」
「お前が謝るなよ・・・・・・お前は何も悪くない・・・・・・オレがお前の彼女を——」
「リクも悪くないよ、人を好きになるのに、悪い事なんてない。それでいいじゃん」
ヒカルはサッパリしてる風に言うが、本当は辛いし、オレを殴り殺したいと思っているだろう。でもそれを微塵も出さないのは、オレ達には、これから先があるのを知っているからだ。そしてヒカルには、これから先がない——。
「死ぬってさ、自殺でも他殺でも病死でも・・・・・・事故死でもさ、悲しいよな。だって、オレ達とは時間が違う。時間の経過がないから、いつまでも、そのままでさ・・・・・・」
「だからきっと、あっという間だよ」
「え?」
「次に会える迄、あっという間。だから、リクは今を一生懸命生きて、今を一杯、悲しんで、楽しんで。そしたら、あっという間だから」
「ヒカル・・・・・・なんで・・・・・・体が透けて来てんの・・・・・・?」
「これからリクは大変な想いを一杯するだろうけど、負けんなよ?」
「ヒカル?」
ヒカルの笑顔がオレンジ色の世界に消えて行く——。
「待ってヒカル!!」
「リク、葉月の事、頼んだよ」
「ヒカル!!!!」
「リク、僕等、なにがあっても、ずっと友達だからな」
「ヒカル!!!! ヒカルーーーーッ!!!!」
オレの叫び声が、オレンジの空に響き渡る。
ヒカル。
最後に会いたい人はオレではなく、葉月だったんじゃないのか?
だけど、葉月を助ける為に、オレに会う事を選んだんだな。
ヒカル、オレはお前の気持ちを受け取ったと思っていいのかな。
これからは葉月は、オレが守っていく。
お前の変わりに、オレが——。
オレがヒカルの分も生きていくから。
ヒカル、オレ、ヒカルのように、光り輝く生き方をしていくよ。
ヒカルのように。
オレの中に、ヒカルが生き続けていると信じて。
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