4.生きると言う事

オレの目の前、幽霊の女が突然、前のめりに倒れてきて、オレは悲鳴を上げる。



女の背中に幾つもの矢が突き刺さっていて、



「いっちゃん!! 離れて!!」



と、2番・・・・・・いや、ここは少し余裕が出てきたので、ふーちゃんと呼ぼう。



ふーちゃんが、アーチェリーを構えて立っていた。



オレの上で倒れている幽霊の女をどかすようにして、急いで立ち上がり、逃げようとしたら、オレの足首を掴まれ、またもオレは悲鳴を上げる。



「何の為の剣なのさ」



死神がオレの頭上で、そう言うから、



「うるせぇ!! テメェは見てるだけかよ!! 助けやがれ!!」



そう叫ぶと、死神は必死のオレを見ながら、楽しそうに笑う。



「笑ってんじゃねぇ!! 助けろって!!」



死神は笑って見てるだけで、何もしてくれる気はないようだ。それに気付いているオレ達は、もうふーちゃんのように武器を構えるしかなかった。



だが、幽霊とは言うけれど、実体化しているし、死神のように透けている訳でもない。



武器を振り上げる事を躊躇ってしまう。



それでもやはり、自分の身の方が大事な訳で、オレは女の頭上目掛けて、剣を振り上げ、振り落とした。



剣が叩いたのは床で、何の感触もなく、女はフッと消えていなくなり、オレ達は暫くの間、放心状態だった。



「・・・・・・どこへ行ったんだ?」



オレは宙に浮いて、オレ達を見下ろしている死神に尋ねた。



「きっと、ここにいても仲間は誰もいないってわかったから、成仏する為に、ここを出て行ったんじゃないかな」



「・・・・・・なにそれ? 成仏させるのが、アンタの仕事だろ?」



そう聞いたオレに、死神は、意味あり気に笑う顔を見せるだけ——。



「こんなんでアンタの仕事の手伝いにはなったのか?」



「うん」



と、屈託ない笑顔を見せる死神に、やはり、コイツはあの帽子の男に似ていると思う。



ホッとしたのか、他の皆も、その場にヘナヘナと座り込み、安堵の溜息を吐く。



「てか、3番と4番、もっとなんとかしろよ!」



オレがそう言うと、3番はムッとして、



「しょうがないだろ、あんなの予想外だよ! 怖過ぎ! 貞子かと思ったもん」



背が高くてバット持った男が、怖過ぎって台詞を言っても説得力がない。



「貞子のがマシだよ、マジ怖いよ、あんなの。1番だって手を掴まれただけで悲鳴上げてたじゃん」



と、4番。



「そうだよな、1番は俺達より悲鳴上げ過ぎだったよな」



「だったら悲鳴上げてる奴を助けに来いよ!」



「ねぇ、数字で呼ぶのやめようよ」



2番は不貞腐れた顔で、そう言うが、今、問題はそこじゃないだろ。



「でもさ・・・・・・あの人、生きてた時はあんなんじゃなかったんだろうな」



オレがそう言うと、皆、オレを見た。



「死んだら、オレもあんな風になるのかな。そんでもって、怖いって思われて、誰も傍にいてくれなくなるのかな。気付いたら、こんな誰もいない世界でずっと誰かを待つような存在になるのかな。それって生きる悲しみより、何倍もの悲しみだな」



床をぼんやり見つめながら、そう言ったオレに、



「それが死ぬと言う事だよ」



と、死神が高見からポツリと呟いた。



何故か、死神の笑顔が悲しそうに思えて、人の死を見る仕事も悲しいよなと、ちょっとだけ哀れに思う。



「次行くか」



オレがそう言うと、皆、立ち上がり、化学室を後にした。



相変わらず、この場所はよくわからない場所で、迷路に嵌ったように彷徨いながら、オレ達は歩き続ける。



多分、目指す先は一番怖くなさそうな霊がいるだろうグラウンドなのだろうが、こうなったら、行き当たりバッタリで、着いた場所にいる霊を倒す事になるだろう。



「でも、どうして死神は体が透けてるのに、幽霊は透けてないの? 私達と同じで、実体があったよね? それってどういう事だと思う?」



2番が不安そうにそう言って、何故かオレを見るから、オレに意見を求めてんのかと、



「そりゃ、幽霊とオレ達は一緒だからじゃねぇの、この世界では」



そう言った。すると、3番が、



「なにそれ? つまり、俺達、死んだって事?」



と、またオレを見るから、



「知るかよ、オレは、この世界の人間じゃないんだから、オレに聞くなよ」



と、オレは死神を見た。死神は、ふわふわと楽しそうに浮いたまま、オレ達を見下ろし、



「僕の命はキミ達とは違うからさ」



そう言った。そりゃそうだろう、死神と人間の命が同じな訳がない。だが、



「どう違うって言うんだ?」



とりあえず、そう聞いてみた。



「そうだな・・・・・・キミ達は生きてる。そして、幽霊は死んでる。キミ達や幽霊ってのは、そこんとこハッキリしてるけど、僕は、その中間にいるって感じかな、生きるのか、死ぬのか、わからない場所で迷ってる。そんな存在だからハッキリしない。だから中途半端に体が透けてるのかも。この世界では、そういうハッキリしない奴が逆に幽霊みたいなのかもね、ぼやけて、見え難い、空気みたいな存在?」



オレは、死神の話を聞きながら、コイツもオレ達と同じ世界から来たのかなと思う。



じゃなければ、『この世界では、ハッキリしない奴が逆に幽霊みたい』なんて言わないだろう、それはオレ達の世界の幽霊がぼやけて、見え難い、空気みたいな存在だと知っているから言える台詞なのだから。



「フーン、神様ってのも大変なんだね、でもそうだよね、神様だもん、生きてる人も見守り、死んでる人も見るんだから、その中間に立つんだろうね」



しーちゃんがそう言うと、死神は崩さない綺麗な笑顔で、笑っていた。



「水の音がする」



さんちゃんがそう言うと、



「レインコートの女?」



しーちゃんが聞き返すが、



「違うよ、プールの底みたい」



と、室内プールへの通路を指差すふーちゃん。



「プールの底って不思議は、どんな不思議な訳?」



オレが聞くと、さんちゃんが、



「ある夏の日の夜に、プールに忍び込んだ生徒達がいたんだ。電気をつけると当直の先生にバレるから、暗い中、みんなで泳いでたんだけど、帰る時、一人の生徒がいなくなってたんだ。きっと先に帰ったんだろうって思ったんだけど、次の日、その生徒が溺れて死んでいたのを先生が発見する。それ以来、その生徒の幽霊が出るって話——」



そう説明をした。オレはフーンと頷き、プールへと続く暗い通路を見ながら、



「で、誰が先頭で行く?」



そう尋ねた。皆、シーンと黙り込む。



さっきの化学室の幽霊の事を考えると、当然、誰も行きたがらない。



「しょうがねぇな」



と、オレが先頭を行こうとした時、またも脳裏に浮かぶ光景——。



『夏は嫌いだ。親に学校まで車で送ってもらうのも嫌だし、長袖に帽子にフードに、暑くて死にそうだし、だから外に出る事が余りできないし』



『フーン』



『去年までは、授業のプールが辛かったよ、みんな楽しそうに泳いでるのを遠くの保健室の窓から見てたんだ。この学校は良かった、プールが室内だからさ』



『フーン』



『なんてったって女の子の水着姿が近くで拝める』



『・・・・・・葉月だけだろ、お前が見てるのは。葉月に会えて良かったな』



『うん、でもこの学校でリクに会えた事も良かったよ』



『・・・・・・フーン』



『だけど夏休みは、部活がない日はまたずっと家の中かな』



『バーカ。夏休みっちゅーのは夜活動すんだよ!』



『は?』



『夏祭りに肝試しに花火! 夜じゃなきゃ遊べないだろ!』



『・・・・・・ははは、リク、お前って最高!』



『でもって屋外プールのある学校に、夜、忍び込んで、プールで泳ぐんだよ』



『いいね、ソレ』



『今年の夏は遊びまくるぞ、ヒカル!』



——ヒカル?



オレは我に返ると、脳裏に浮かんだ光景を思い返しながら、オレの隣で笑っている男を思う。



ヒカルと、オレは呼んでいた——。



そしてリクと呼ばれていた?



「いっちゃん?」



その声に振り向くと、ふーちゃんが、心配そうな顔でオレを見ている。



「やっぱ怖いか」



と、笑うのはさんちゃん。



「そりゃそうよね、化学室の幽霊に迫られてた訳だしね」



と、しーちゃん。



「カッコイイからね、迫られちゃったんだね」



と、笑うふーちゃん。



「あ、やっぱり? アタシも思ってた。かなりカッコイイよねー! 芸能人っぽい!」



「うんうん、タレントでいてもおかしくないよね?」



「でもさぁ、それを言うなら死神も悪くないよねぇ」



「確かに! でも死神は神様な訳だから、容姿端麗が基本なんじゃない? そう考えたら、いっちゃんはかなりかっこいいのよ」



ふーちゃんとしーちゃんの会話に、



「悪かったね、俺はブサイクで。男は顔じゃないし」



と、さんちゃん。



「でも、さんちゃんはさんちゃんでイケメンだよ? スポーツマンって感じで、ね?」



と、ふーちゃんがそう言って、しーちゃんを見る。



しーちゃんは、うんうんと頷く。



よく言うよと、さんちゃんは呟き、オレは・・・・・・やっぱり帽子の男の事を考えていた。



考えてもよくわからない。



余り思い出したくないような気もするし、早く思い出したいような気もする。



みんなは、ヒカルと言う帽子の男の事、思い出したりしないんだろうか。



「で、カッコイイいっちゃんは、やっぱりプールへ向かうのが怖い?」



と、ふーちゃんが、ぼんやりしているオレの顔を覗き込んで聞くので、無言で背を向けて、プールへと続く通路を歩き出す。



「なんだよ、何か言ってから行けよ」



オレの態度にムカついたさんちゃんがそう言ったが、



「クールなんだよ、いっちゃんは」



と、クスクス笑って、ふーちゃんが言う。



「どこか思いつめてる感じとかカッコイイよね」



しーちゃんがそう言って、ふーちゃんと笑っている。



どこかで聞いたような会話——。



また脳裏に浮かぶ映像。



『え? 僕とリクが?』



『うん!』



『そんな訳ないだろ、なぁ、リク?』



『何が?』



『だから、僕とリクができてるんじゃないかって』



『どこでそんな風になるんだ?』



『だって、だってね、カッコイイよね、二人! 私達、ボーイズラブ大好きで!』



『そうそう! やっぱイケメン二人が仲良しだとさ、BLだよねー!』



『なんだそのBL? ボーイズラブって?』



『だからさ、リクと僕ができてるって事だよ、ホモっつったらわかる?』



『ヒカル、お前はよく笑顔でいられるな、ホモとか言われてんだぞ、もう少し怒れよ』



『どうして? 褒められてるのに?』



『クールなんだよ、榛葉くんは』



『どこか思いつめてる感じとかカッコイイよね』



『日向くんは人懐っこくて可愛いんだよね』



『そうそう、だから日向くんがいなければ、榛葉くんには話しかけられなかったよね』



『だよね、日向くんのキャラが話しかけやすくしてくれてるんだもんね』



『でもその二人のギャップが萌えなんだよねー!』



『ね? 褒められてるでしょ? 僕等』



『・・・・・・』



『あ、私、時枝 葉月』



『アタシは朱莉。望月 朱莉(もちづき あかり)』



また立ち止まり、ぼんやりしているオレに、



「もしかして体調悪い?」



と、ふーちゃんが言った。オレは振り向き、ふーちゃんを見て、もし、オレの脳裏に浮かぶ映像が正しければ、コイツは時枝 葉月だと思う。



「大丈夫?」



と、オレをじっと見ているしーちゃんは、望月 朱莉。



「先頭を行くのが嫌で仮病じゃねぇの?」



と、さんちゃんは、ヒカルって奴じゃねぇなぁと思う。



「・・・・・・ちょっと立ち眩みしただけだよ。大丈夫」



と、再び、背を向けて歩き出した。



何かを思い出した訳じゃない、意味不明な映像が見えてるだけ。



いちいちソレを言って、不安を煽る事はないだろう、今の状況だけで充分な不安を与えられているのだから。



プールの扉を開けると、ムッとした空気がオレ達を包んだ。



少し蒸し暑い。



そして、風もないのに、波打つように、プールの水が揺れている。



パシャッと言う音が聞こえ、見ると、少年が一人で泳いでいる。



さっきの化学室の幽霊と違い、泳ぐと言う通常の動きをしていて、普通に見えるので、幽霊っぽくない。



今、パシャンッと水が弾み、シーンと静まり返り、



「嘘っ、浮かんでこないよ!?」



と、ふーちゃんが驚いて声を上げる。



「やべ、溺れたか!?」



と、オレはプールサイドへ駆け寄り、水の中を覗き込んだ瞬間、プールの中から白い手が出てきて、オレの足を掴んだ。



「うわっ!?」



物凄い力で、オレをプールへと引きずり込む。



「いっちゃん!!」



と、ふーちゃんがオレの腕を掴み、このままだと、ふーちゃんまでプールの中へ引きずり込まれてしまうと、オレはふーちゃんを突き飛ばした。その瞬間、オレはプールの底へと沈んでいく。



オレの口から吐き出される気泡。



オレの足を掴んで、どこまでも沈もうとする少年。



つーか、どんだけ深いんだ、このプール。



底なし!?



自分の足首を掴む少年の白い手。



その手首に何か赤いものが見える。



血ではないと思う、恐らく、リストバンドか何か——。



だが、水の中なので揺らいで見えるし、しかもこんな状態な訳だから、ちゃんと確認はできない。



オレは手に持っている剣を少年に向けて叩くように振るうが、水の中、抵抗が酷く、素早さもなければ、パワーもなく、鋭さも欠ける。



だが、そうやって向かって来るとは思わなかったのか、少年はオレの足を離した。



急いで上へ向けて泳ぐオレ。



プハッと水面から顔を出すと、さんちゃんがプールの中に入って、オレを探していて、だが、今度はさんちゃんの足が引っ張られたらしく、さんちゃんが沈んでいく。



オレは水の中、もがくようにして、さんちゃんが沈んだ場所まで行くと、潜って、さんちゃんを探す。



ボコボコと吐き出される気泡の多さで、さんちゃんが暴れているのがわかる。



水の中で、バットを振り回しているが、やはり、水の抵抗のせいだろう、思うように動けないみたいだ。



このプール、少年の幽霊が引きずり込む場所は底なしになるようだ。



どんどん沈んでいくから、オレも、どんどん潜って行くが、服が重過ぎる。



特にジーンズ!!



って、ヤバイ、スマホ、ポケットに入れっぱなし!!



意外に余裕だな、オレ。



今、さんちゃんのバットを掴み、オレはさんちゃんを引っ張る。



バットが引っ張られるので、さんちゃんは少年の方を見ていた顔を上へ向けて、今、オレと目が合うと、バットを更に強く握り締めた。



少年はさんちゃんの足を持っていて、オレはさんちゃんのバットを持っていて、さんちゃんはオレと少年に引っ張られている状態。



そろそろ息がヤバイと言う時、ゴゴゴゴゴッと言う地鳴りのような音が聞こえ、瞬間、少年はさんちゃんの足を離し、オレとさんちゃんは上へ向かって泳ぎ出す。



プハッと水面に顔を出すと、ふーちゃんとしーちゃんが、プールの水を抜く為の排水溝を開けたようだ。



「つーか!! そんなん開けんなよ!!!! 俺達が吸い込まれたらどうすんだ!!」



さんちゃんはそう叫ぶと、急いでプールサイドに上がる。



勿論、オレもプールサイドに上がり、そして上がった瞬間、体が濡れていない事に気付く。



目の前にあった筈の水は、一瞬にして消えて、プールの底には、赤い紐のようなものが落ちていて、オレはプールの底に降り立ち、ソレを拾って見る。



「なにそれ?」



そう聞いたしーちゃんに、



「・・・・・・ミサンガみたいだ」



そう言うと、



「きっと、友達とお揃いにしてたんじゃないの?」



と、何にもしてない、只、浮いているだけの死神が言った。



「そういうのって、友達とお揃いにしたりするもんだろ? ほら、あの霊は友達とここで遊んでたけど溺れて死んじゃったんだろ? その事に誰も気付かず、みんな帰ってしまった。でも戻って来てくれると思ったんじゃないの? そしてキミ達を戻って来てくれた友達だと思った。プールの底に沈んだ自分を助けてくれると信じて、キミ達を引っ張り込む。けど、キミ達は抵抗し、誰も助けてくれないんだと悟った。でもそう思う事で、ここから出れたんじゃないかな、そして自分が行くべき場所に行ったのかも」



と、他人事のように説明する死神に、



「死神のアンタは、その霊と言うか魂と言うか、送ってやんないのかよ、あの世へ」



さんちゃんが怒ったように、そう言うと、



「自分で行けるなら別に僕が送る必要ないし」



と、ヘラッと答える死神。



「でもこれでアタシ達、ちゃんと死神の手伝いをした事になってるのよね?」



しーちゃんがそう言うと、死神は、多分ねと笑う。



どうも曖昧な返事しかしない死神が胡散臭くて、信用ならないのに、思う程、反感を抱かないのは、やはり、あのヒカルと言う帽子の男に雰囲気が似ているせいだろうか。



「次行くか」



オレがそう言うと、皆、頷いて、室内プールを後にする。



「でも良かったね、溺れなくて」



ふーちゃんが言う。



「溺れてたよ、アレは絶対に溺れてた!!」



言いながら、さんちゃんは、オレの肩を叩き、



「助けてくれようとしてサンキューな」



そう言った。



「いや、だって、そっちが先に助けてくれようとしたんだろ? プールに入ってたし」



「あぁ、まぁ、そうだけど」



と、照れたように笑うさんちゃんに、オレはプイッと前を向くと、



「え!? そんだけ!? もっとこう、ここで友情に芽生えるとかないの!?」



そう吠えられた。



ふーちゃんとしーちゃんの二人がクスクス笑っている。



「普通、野生動物でも、こういう場面では心通わすのに!?」



そんな事言われても。



どうしてオレはこういう性格なのだろう。



社交的ではないと言うか、何と言うか、人に対して友好的な態度がとれない。



失くした記憶が蘇れば、その原因もわかるだろうか。



『へぇ、リクには、にいちゃんがいるのか』



また脳裏に浮かぶ映像が、オレの視界を変える——。



『ヒカルは一人っ子?』



『うん。リクのにいちゃんって事は、やっぱイケメンなんだ?』



『似てないって言われるよ』



『フーン。会ってみたいな』



『・・・・・・兄貴はオレを嫌ってるから』



『なんで?』



『しつこく纏わり過ぎて嫌われたんだ。オレは兄貴しかいなくて、兄貴だけだったから、気付いたら、兄貴いないと独りでさ、それが嫌で、兄貴にしつこくして、嫌われた』



『リク、ブラコンか!?』



『そうなのかな、自分じゃわかんねぇよ』



『そうか、リクの人嫌いはにいちゃんのせいだな』



『え? オレ、人嫌い?』



『うん、リクは用がないと自分から他人に声かけないもんな、それって多分、しつこくして嫌われたらどうしようって思ってんじゃないのか? まぁ、声かけたら、こうやって話してくれるけど、初対面で、なかなかリクには声かけ辛いぞ』



『え? なんで声かけ辛い?』



『そりゃ、かなりの美形男子に普通に声かけれるのは、同じくらいの美形男子か、美形女子だけでしょー。リクレベルの美形はそうはいないよ、つまり僕レベルね』



『お前、よくそういう事、自分で言えるよな』



『で、今もにいちゃんに嫌われたままなのか?』



『さぁ? あんまりしつこくしないようにしてるし、向こうも大してオレに興味ないし、 それにもう兄貴いなくても、オレにはヒカルがいるし——』



『だな』



ニシシと笑うヒカルの顔が、あんまり嬉しそうなので、多分、オレの顔も嬉しそうだったに違いない。



どうやらオレはリクと言う名前みたいだ。



オレはヒカルにリクと呼ばれている——。



そしてオレは、この時折見える断片的な記憶が、愛おしく思う。



「いっちゃん? また立ち眩み?」



ふーちゃんが心配そうに尋ねる。



オレはふーちゃんの顔を見ながら、



「・・・・・・プールにいた幽霊、オレ達を友達と思ったなんて変だよな。友達の顔も忘れちゃうもんなのか? ミサンガをお揃いにしてたかどうかは知らないけどさ、でもだとしたら、お揃いのものを持つ程の仲間だった友達を忘れるものなのか?」



そう呟く。



ふーちゃんは困った顔で、何も答えない。変わりに死神が、



「それが死ぬと言う事だよ」



またポツリとその台詞を吐いた——。



「死の代償ってデカイんだな、生きてた頃の記憶、殆どなくなるって事じゃん」



ソレって、今のオレ達みたいだと思いながら、そう言うと、死神は、



「だからまた生まれて来れるんだよ。生まれたら、精一杯、生きて、そして沢山の想い出を思い浮かべながら死ぬんだ。例え、その記憶の殆どが消えるとしても、精一杯、自分が生きた証だから」



そう言った。



オレ達は黙って、死神の台詞をそれぞれ強く噛み締めた。



それ程、死神の台詞は心打たれるものがあった。



何故だろう、わからないけど、とても心打たれたんだ——。



「おい、こっち、下駄箱がある。グラウンドに出られるぞ」



さんちゃんがそう言って、走り出す。



ふーちゃんも、しーちゃんも走り出し、オレは死神を見上げ、



「殆どって事は忘れない記憶もあるって事だよな、例えば、さっきのプールの幽霊も、友達を待っているとか、友達が助けてくれるとか、そう思って、あそこに留まってた訳だから、そういう忘れたくない記憶は覚えていられるんだよな?」



そう聞いた。



「死んで成仏できないと言う事は、何か思う事があって成仏しないんだと思うから、そうなんじゃないの? それがどうかした?」



「いや、別に」



と、オレは先に行った皆を追うように走り出す。



オレはヒカルを忘れたくないんだ。



だからきっと、時折、ふと鮮明に思い出すんだ。



ヒカル、キミの事を、オレはもっとちゃんと思い出したい。



それには生きて戻らなきゃ。



ヒカルが待っているオレ達の世界に——。



立ち尽くす3人に駆け寄り、



「どうした?」



そう聞くと、



「ここ、1年の下駄箱だったのよ」



と、しーちゃん。



「だから?」



「レインコートの女がいるの」



と、ふーちゃん。



皆の視線を辿るように、見ると、そこにびしょ濡れの姿で立っているレインコートを着た女の姿があった。



と言うか、コレは化学室の幽霊と匹敵する恐怖がある。



見た目が、なんと言うか、ヤバイ。



ゾワワワワと、鳥肌が立つ。



紺色のレインコートを着ていて、フードは被っているが、濡れた長い髪が重く下にダラーッと垂れ下がり、俯いているので表情は全く見えず、細い足は血の気が全くないような真っ白な足をしていて、やはり紺色のレインブーツを履いている。



「ずっとあの場所で動かないけど、やっぱり話しかけた方がいいよね? 遠くから攻撃だけする訳にいかないよね?」



と、震えながら弓を構えるふーちゃんに、



「武器はもらったが、倒す倒さないの問題じゃないからなぁ、どう考えても、これは万が一の為に身を守る道具であって、攻撃する為の道具じゃなさそうだ」



と、自分の持っているバットを見ながら、さんちゃんが言った。



「一緒に仲良く4人で手を繋いで、近寄ってみる?」



と、オレ達を見て、しーちゃんが言う。



——仲良く?



——4人で?



——手を繋いで?



——有り得ない。



「オレ、行ってくる」



そう言ったオレに、えぇ!?と、3人は驚きの声を上げる。



「お前、勇気あるなぁ! 化学室とプールで結構な怖い思いしたにも関わらず!!」



と、さんちゃんが言うから、それでも仲良く4人で手を繋いで行くくらいなら、1人で近付いた方がいいと言いそうになるが、言わないでおく。



言ったら、手を繋ぎたくないのかと、女の子は煩そうだから。



オレはレインコートの女に、ゆっくりと近付いていく。



近付いても、表情が見えない。



人は表情がわからないと怖いなぁと思う。



臆病な気持ちが、オレの足を重くする。



ふと、また脳裏に浮かぶ光景——。



『本当に怖いって言うのは、恐怖に立ち向かう事じゃないと思う。大事なモノを失ってしまう事なんだよ。大事な人が消えたら、多分、僕は立ち直れない』



『・・・・・・葉月はお前が好きだよ』



『わかってるけど、最近のアイツがわからない。なんか僕を避けてる風な感じもあるし』



『考えすぎ』



『そうかな?』



『・・・・・・仮に、葉月が別の男の所へ行ったとして、したら、やっぱ立ち直れないのか?』



『多分ね。でも多分、また立ち直って、恋をするのかなぁ』



『そりゃそうだろうな、大抵はそうやって生きてんだろうし』



『でも僕は葉月だけだよ』



『今はね』



『これから先もずっと』



『・・・・・・』



『今はそう思ってる』



『・・・・・・そっか、そりゃ怖いな』



『え?』



『これから先もその人だけなんだもんな、失ったら怖いと思うのは当然だ』



『だろ?』



『あぁ、お前は正しい』



『こういう話を真剣に聞いてくれるのはリクだけだよ、いっつもバカにされるんだ、みんな、ヒカルは重すぎるとか言うんだぜ? 中学生がそこまで考えるなってさ』



『・・・・・・中学生だろうが、小学生だろうが、20歳過ぎてようが、考える奴は考える』



『だよなー!』



気付いたら、直ぐ目の前にレインコートの女がいる。



でも怖いと思わないのは、ヒカルとの会話が脳裏を過ぎったからだろう。



本当に怖いのは、大事な人を失う事。



確かにそうだ。



だからオレはヒカルを思い出したいんだ。



きっと大事な人だから。



「やっと来てくれたのね」



女は囁くようにそう言って、少し顔を上げて、薄っすらと笑って見せる。



だが、前髪で目が隠れていて、笑った口元しか見えず、不気味だ。



今、レインコートの女の手が伸びて、オレの首を掴もうとする。



だが、オレは咄嗟に身を退いた。



そして、またレインコートの女がオレに手を伸ばすが、体を右へ傾けて、フェイントをかけ、左へ避けた。すると、



「どうして逃げるの? やっぱり・・・・・・あたしと別れたいの?」



震えるような声でそう言うと、女は、



「別れないからぁぁぁぁぁ!!!!」



大声でそう叫び、両手で、オレの肩をグッと掴んで来た。



大声に驚いた事もあり、逃げ切れず、オレは両肩を掴まれ、そして、近寄って来る顔に、ひぃぃっと声にならない声を出す。



女の異様に赤い唇が笑っている。



「コノヤロウ!!!!」



と、さんちゃんが走って来て、女にバットを振るう。



ふーちゃんも狙いを定め、女に矢を放つ。



しーちゃんは・・・・・・クラブは嵌められているが、只、オロオロしている。



女はフッと消えるが、直ぐに現れ、



「彼は誰にも渡さないわ、邪魔しないで」



と、見えない何かに突き飛ばされるように、ふーちゃんとさんちゃんが吹っ飛んだ。



そして、女はオレの傍に来て、



「さぁ、二人だけの世界へ行きましょう」



と、手招きする。体が勝手に動くように、足が女の方へ歩き出すから、オレは首を振り、



「オレは違う!! アンタなんか知らないし、アンタもオレを待ってた訳じゃない!」



そう叫ぶ。



「大丈夫よ、あたし達は永遠に離れないわ」



「だから違うって!!」



「どうしてそんなに拒むの? ほら、もっとこっちへ来て」



「だから違うって言ってるだろ!!」



「アナタがいないと駄目なのよ」



「知らねぇよ!!」



「アナタを失うくらいなら、あたしは死を選ぶわ」



「もう死んでんだよ!!!!」



そう叫ぶと、見えない何かから体が解放され、足が自分の意思で動かせるようになった。



オレは急いで、女から離れ、



「アンタ、もう死んでんだよ。アンタの大事な人、アンタを置いたまま消えたんだ。アンタ、とっくに大事なモン、失って、アンタ自身も死んでんだよ」



そう言うと、女は、



「嘘よ・・・・・・嘘よ嘘よ嘘よぉぉぉぉ!!!!」



と、取り乱し、瞬間移動したかのように、フッと消えると、フッとオレの目の前に現れ、オレの首を絞め始めた。



オレは持っている剣を振り上げる。



締められている首が苦しくて、だが、チラッと女を見ると、大きな瞳からポロポロと幾粒もの涙が落とされていて、その表情は、只の女の子だった——。



それでもオレは剣を振り上げて、振り落とした。



女は姿を消して、いなくなり、シーンとした静かな空気だけが残った。



思っていたより、首は絞められていなくて、女がいなくなった後は、苦しさもなかった。



「・・・・・・死んでも報われねぇのに、なんで待つかなぁ」



そう呟くオレに、



「それが死ぬと言う事だよ」



と、また死神がそう言って、オレ達を見下ろしていた。



「次なんてないんだ、大事なモノを失ったら次はない。だから、ずっと待つんだ、例え、待っても来ないとわかっていても、その理解さえ、何れ消えて行く程、長い時間留まれば、もう只の悪質な霊でしかない。それでも待つんだ、もうそれしかないから。死んだ命はそうするしかないんだよ、悲しくても寂しくても辛くても、それは一生じゃない、永遠なんだよ。誰かが気付いてくれて、誰かが教えてくれる迄、そして再び理解する迄」



「・・・・・・理解したのか?」



「したんじゃない? 大事な人はもういないって、ここには来ないって、だからキミ達が来たんだって悟ったんじゃない? だからいなくなったんだよ、多分ね——」



オレはそうかと頷き、なら、もう泣いてないのかなと、女の霊に思う。



「お、こっからグラウンドに出れるぞ」



と、玄関のドアを開けて、さんちゃんは外に出た。



オレも、ふーちゃんも、しーちゃんも、さんちゃんに続き、外に出る。



グラウンドに向けて歩いて行く3人の後ろで、オレは死神を見上げ、



「なぁ? オレ、フェンシング部って嘘だろ?」



そう聞いた。



「なんで?」



「オレ、バスケなんじゃねぇの?」



「なんで?」



「そう思っただけ」



「フーン」



「フーンじゃなくて。なんでオレがフェンシング部なんだよ? 違ぇだろ」



「だとしても、ボールで身は守れないんだから、剣を持たせてあげてるだけ有り難いと思ってほしいなぁ」



「あっそ」



何を言っても、本心は語ってくれそうにない死神に、もういいやと、皆を追った。



グラウンドをぼんやり見ていると、また脳裏に映像が浮かんだ。



『光一! 野球部、頑張ってんだな!』



『おう、ヒカルか、なんだよ、もう帰んのか?』



『野球部と違って、試合が近い訳でもないしね』



『応援頼むよ、ヒカル』



『あ、コイツ、山瀬 光一(やませ こういち)。小学校からの友達なんだ。光一、コイツは榛葉 リクト。今、同じクラスなんだ』



『へぇ、よろしく、榛葉くん』



『どうも』



『どうも? それだけ? なんか怒ってるのか?』



『違う違う、リクはね、こういうキャラなの』



この映像が正しければ、さんちゃんは山瀬 光一と言う名前だ。



つまり、オレも、2番も、3番も、4番も、ヒカル繋がりなんだ。



その肝心のヒカルは、ここにはいない。



「あれだ、あの少年だよ」



と、さんちゃんが指を差した場所に、独り、佇む少年の姿がある。



確かにユニフォームとか、サッカーボールとか見ると、サッカー少年のようだ。



オレ達はどうするかと、立ち止まると、少年の方から、オレ達を見つけ、駆け寄ってきた。



「スイマセン、今日はサッカーの試合がある日ですよね」



そう聞かれ、オレ達は顔を見合わせると、



「チームのみんな、誰も来ないんです、どうしたんだろう」



と、心配そうな表情で、そう呟く少年に、余り過酷な事は言いたくない。だが、言わなければ、わからない。



だけど、さっきのレインコートの女の涙がオレの心のどこかに引っ掛かっていて、悲しいとか寂しいとか、そんな感情が込み上げてくるから、オレは武器である剣を地面に置くと、



「サッカー、一緒にやろうか」



少年にそう言った。ふーちゃんも、さんちゃんも、しーちゃんも、オレを見る。そして、少年もオレを見る。



ずっとチームを待っている少年に、せめて何かしてあげたかった。



「試合はできないけど、二人で練習くらいなら——」



オレがそう言うと、さんちゃんもバットを地面に置いて、



「面白そう」



と、笑う。



ふーちゃんとしーちゃんはお互い見合い、



「やった事ないけど、アタシもやろうかな」



「うん、私も。サッカーは観戦するだけだったけど、ちょっとやってみようかな」



そう言って、少年を見た後、二人共、声を揃えて、



「足手纏い?」



と、聞いた。少年は首を振り、



「そんな事ないけど」



と——。



さんちゃんが、ふーちゃんとしーちゃんに、サッカーのルールを教えた後、オレ達はボールを蹴って、皆にパスしながら、キーパーのいないゴールへ何度もボールを入れ、シュートして楽しんだ。



こんな風に遊んだのは何年ぶりだろうと、オレは童心に返った感じがした。



無論、記憶がないから、そう思うのかもしれないが——。



ボールを蹴って進んでいくと、さんちゃんが、オレの行く手を阻み、オレは少年にボールをパスすると、少年はそのボールを蹴って、ゴールを決めた。



オレがやったねと、少年に駆け寄ると、少年は笑顔で、



「ありがとう」



と、スッと姿を消し、オレはキョロキョロして、少年を探すが、少年の姿はどこにもない。



「もうここに思い残す事はないと思って、行っちゃったんじゃないの?」



死神がそう言って、高い場所から、オレを見下ろし、



「キミ達とサッカーして、チームを待ってる事も忘れて、楽しんじゃったんだろうね」



そう言った。



「忘れた? そんな簡単に忘れるものなのか? だってずっと待ってたんだろ?」



「ずっと待ってたんだよ、長い時間、ずっと待ってた。でも誰も現れなかった。幽霊に気付いてくれる人が、極稀にいたとしても、気付いてくれただけであって、何もできないからね。そこへキミ達が現れて、一緒にサッカーやってくれた。長い時間、ずっと思ってた事なんて忘れる程の衝撃的な出来事だったんだよ」



「だってサッカーなんてもんじゃない、只のボール遊びみたいなもんだよ、それで衝撃的? あんな遊びが? そりゃ、楽しかったけど、大事な事を忘れる程?」



「それが死ぬと言う事だよ」



死神は、何回、その台詞をオレ達に言うのだろう。



だが、何回聞いても、オレ達は、初めて聞く台詞のように、心に強く残って消えない。



それ程、この世に留まる想いを持って死んだ者は悲しい——。



「・・・・・・駄目だね、自殺とか事故とか、そういう死は悲し過ぎるね」



しーちゃんが、ポツリと呟いた。



「死ぬなら、ちゃんと成仏できるように死にたいな」



さんちゃんが、ポツリと呟いた。



「どれだけの人間がちゃんと成仏できるのかな」



オレが、そう呟くと、



「やめよう、だってアタシ達は生きてる。死んだ人の事なんて考えるの、やめよう」



ふーちゃんが、そう言った。すると、死神がふわっとふーちゃんの目の前に降り立ち、



「そうだよ、その通りだ。死んだ人が大事な人でも、生きなきゃいけない。どんなに大事なモノを失っても、生きている以上、生きなきゃいけないんだ」



まるで死神とは思えぬような台詞を言った。そして、



「それが生きると言う事だよ」



死神はそう言った——。

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