3.閉ざされた世界

皆、ゆっくりと死神に視線を向ける。



コイツが本当に死神かどうかはわからない。



だが、体が透けていたり、武器を出したり、一部の記憶を蘇らせたり、普通では考えられないような事が起こっている。



「これって夢なんじゃないの?」



さっきまで楽しそうとワクワクしていた3番が震えるような声で言う。



「アタシ達、死神に命を奪われるの?」



2番も震えた声で言う。



「でもまだお願いされた訳じゃないわよね!」



と、4番が言った時、



「お願いと言うより、強制的だったかな、でもお願いしてるようなもんだよ」



と、死神は絶えず笑顔。



この状態で、よくそんな台詞が吐けるもんだ。



「七不思議なんて意味もない只の作り話と思っていたが、よくよく聞くと、理不尽な話だな、お願いを聞き入れているのに、どうして命を奪われなきゃならない?」



オレがそう聞くと、



「僕は死神。人間にしてあげられる事は無事に天界へ魂を送ってあげる事だから、お礼と言っちゃなんだけど、そうしてあげるだけだよ」



こっちはそんなの望んじゃいないのに、ふざけた答えだ。



「話にならない。帰る」



と、オレはくるりと背を向け、教室を出るが、直ぐに教室に戻った。



記憶がないから、どこへ帰ればいいのか、わからないから戻った訳ではない、最早、ここは学校とは違う作りのような気がして、戻って来たのだ。



「ここ、どこだ?」



オレがそう言うと、皆、不思議そうな顔をしながら、ローカに出て、言葉を失った。



ぐるぐる曲がりくねる長いローカ、窓の外の景色は歪み、階段は上りのような下りのような、柱や壁はぐねぐねとうねっている。



「いっちゃん!」



突然、2番が、オレを見て、そう呼んだので、



「いっちゃん?」



聞き返すと、



「あ、1番って呼び難いし、いっちゃんって呼ぶね」



って、1番でいっちゃんって、あぁそう、としか言いようがない。



「ねぇ、いっちゃん、スマホ持ってるの?」



「え?」



「ほら、ソレ、スマホでしょ?」



オレの尻ポケットを指差し、そう言うから、ホントだと、オレはスマホを取り出す。



オレ、スマホなんて持ってたんだ?



オレはスマホをいじりながら、登録者を見るが、やはり記憶がないせいか、どれもこれも知らない名前ばかりだ。



とりあえず、警察に電話してみるかと思うが、電波が届いてなくて、使えねぇじゃんかよと、苛立つ。



「駄目だ、通じない」



オレがそう言うと、皆、あからさまにガックリした顔。



そのガックリした顔がオレに向けられるから、オレのせいじゃないのに、オレのせいっぽい雰囲気がまた苛立つ。



オレは、スマホに文句を言ってやりたくて、画面を見ると、待ち受けは、何故か桜吹雪のアニメーションと日本刀——。



なんだ、この待ち受け。



「趣味悪」



思わず、その一言に、これは文句じゃなくて、本音だと、自分の趣味に、疑問を持つ。



画面の時計は4時44分で、もうすぐ下校時間だと思う。



大体、どこの学校も下校時刻は5時だろう。



そして大体、どこの学校も、熱心な部活は、終わるのが7時くらいの所もあって、普段なら遅くまで生徒も先生も数人は残っているだろう。



だが、この学校はオレ達以外、誰もいそうにない。



さて、どうすっかな。



「キミ達が元の世界に戻りたければ、その世界に戻る扉を開けなければならない。その為には、まず僕の言う通りに動いた方がいいと思うよ」



死神はそう言うと、宙にふわりと浮いて、



「じゃないと、命がどうのこうのって言う前に、この世界からは出られないよ」



と、楽しそうに言う。



「・・・・・・出られても、死んじゃうんでしょ?」



4番がそう言って、死神を見る。



「出られなきゃ死んだも同然でしょ?」



本当に理不尽なくらい、ふざけた台詞を言う死神に、殴ってやりたいと思うが、手に持っている剣で、殴るより刺してやる方がいいかと、殺意が芽生える。



だが、あの透けた体を見ると、刺しても突き抜けて終わりだろうな。



「ここにいても、どうせ暇だよね? 幽霊退治に行こうよ」



死神の台詞とは思えない台詞だ。



退治ではなく、成仏と言ってやれ。



「おい、死神、俺達の命の保証をしてくれれば、幽霊退治に行ってやってもいいぜ」



3番がそう言うと、死神は、



「考えとく」



と、考えそうもない笑顔で即答した。



「私、まだ死にたくない!」



そう言って、今にも泣きそうな4番。



「そっちの願いを聞き入れるなら、こっちの願いも聞き入れなさいよ」



2番は、死神に、説教染みた声で、そう言った。



「いいじゃないか、行こうよ、幽霊退治」



オレがそう言うのは意外だったのか、死神は少し驚いた顔でオレを見た。



「オレ達に与えられた記憶は幽霊の居場所じゃない。この学校の七不思議だ。そして、オレ達は七不思議の世界に入り込んだんだろう、所謂パラレルワールド」



「パラレルワールド?」



3番が眉間に皺を寄せ、聞き返す。



「あぁ、オレ達が存在する世界と平行して存在する別の世界の事」



「ソレって時間が違うって事?」



2番が聞く。



「あぁ」



「時間が違うってどういう意味?」



4番が尋ねる。



オレは皆にスマホの待ち受けを見せ、



「4時44分。さっきから時計がその時間で止まっている。どうやらオレ達の時計は、この世界では刻まないようだ。つまり、ここはオレ達の時間ではなく、別の世界って事」



そう言った。そして、スマホを仕舞うと、



「つまり、オレ達の命は既に死神に囚われてるって考えた方がいいかもね。だとしたら、オレ達は幽霊に既になってるのかも。それなら幽霊が見えても当然かな、自分が幽霊って事で説明がつく。それならそれで、帰る事だけを考えた方がいい。こんな世界で幽霊になって閉じ込められるなんて、オレ達自身が七不思議になってしまうだろ」



と、皆を見た。



皆は黙り込んで、俯いている。



「とりあえず生きるか死ぬかは、記憶戻ってから考えてもいいんじゃねぇの? もしかしたら死にたいって思ってたかもしんねぇし」



「いっちゃんは、自殺志願者なの!?」



「そんな訳ねぇだろ! って今は思うけど、記憶が戻ったら、そうかもしれねぇし、何とも言えねぇよ、兎に角、今は死神の言う通りにするしかないかもね」



そう言った後、かなり小さい声で、しかも独り言同然に、口の中だけで、



「油断させとけば、欺く事もできるかもしれないし?」



そう言うと、2番も3番も4番も、3人揃って、同時に、オレを見るから、聞こえた?と、苦笑い。



だが、死神は聞こえてないようで、ふわふわと宙に浮きながら、オレ達が決断するのを暢気な顔で待っている。



「よし! わかった! 幽霊退治してやろうじゃん!」



3番がバットを片手で振り上げ、自分の肩の上に置くようにして乗せ、そう言った。



「アタシも。とりあえず、記憶もないから、今は従う事しかできないしね」



2番も弓を持って、そう言うと、



「皆がそうするなら、私もそうする」



4番もクラブを嵌めて、頷く。



「ね、番号じゃなくて、アタシは2番だって言うから、ふーちゃんって呼んで? で、3番はさんちゃん、4番はしーちゃん、一番はいっちゃんでいいよね?」



2番がそう言って、笑顔で、オレ達を見るから、オレはどうでもいいとシラッとした顔をしていたが、3番と4番が、それいいねと頷き、どうやら、皆、そう呼ぶらしい。



ていうか、3番はさんちゃんって、そのまんまだけど、いいのか?



「話し合いは終わった? じゃあ、まずどこから行く?」



ふわふわと宙に浮かぶ死神が、そう尋ね、



「一番怖くない幽霊にしようぜ」



と、3番・・・・・・さんちゃんが言う。



「だったらグラウンドのサッカー少年かな」



と、4番・・・・・・しーちゃんが言う。



「そうだね、じゃあ、グラウンドへ行ってみよう!」



と、2番・・・・・・ふーちゃんが言う。



だが、ローカに出て、オレ達は、この迷路みたいに歪んだ世界で、どうやって目的地に辿り着けるんだろう。



真っ直ぐローカを歩いているが、一向に終わりが見えない。



「あ、ここ、化学室」



しーちゃんがそう言いながら、指差したドアの上を見ると、化学室と書かれている。



「化学室のアルコールランプだっけ?」



さんちゃんが、オレ達を見回しながら聞き、ふーちゃんが頷きながら、



「いじめられていた女の子が、アルコールランプのアルコールをかけられて、火をつけられたのよね、それで顔中が焼け爛れて、自殺したって話よね?」



そう説明をする。



オレはフーンと頷きながら、そんな話があるのかと思う。



オレと言う人間は、七不思議など興味がなかったのだろう、『死神のお願い』という不思議以外、記憶にないって事は何も知らないって事だ。



でも、どうして死神のお願いと言う不思議は知っていたんだろう?



そう思った時、目の前が一瞬にして、屋上の風景に変わった。



『——死神のお願い? なにそれ?』



『この学校の七不思議の1つ』



『興味ねぇし』



『この学校には死神がいて、死神のお願いを聞くと命を奪われるって話』



『お前、興味ねぇって言ってるのに、説明すんなよ、どんだけ自由なんだ』



『だって面白そうじゃん? 七不思議なんてさ』



『くだんねぇよ、大体変だろ、普通は死神に願いを叶えてもらって、命を奪われるんじゃねぇの? 願いを聞いてやってんのに、なんで命まで奪われるんだっつーの』



『死神はお願いを聞いてもらう為に、死にたいって思う人を呼ぶんだって』



『は?』



『だからさ、死にたいって思う奴は死神に呼ばれて、その命を成仏させてもらう変わりに願いを叶えてあげなきゃならないみたい』



『死にたいなんて思う奴いるか?』



『いるんじゃない? 僕もたまに思うよ』



『お前が!? ・・・・・・それってその体のせい?』



『違うよ、障害を背負ったからじゃない、日に当たらなければ何ともないし、夏は暑いけど、こうして帽子被ってフード被ってれば対策できる訳だし、問題ないと思ってるよ』



『だったら死にたいなんて思わないだろ、オレから見て、お前は結構幸せそう』



『うん、幸せだ。だからその幸せを失うと思うと怖い』



『・・・・・・幸せを失う?』



『もし葉月を失ったら、僕は生きてられない。影でしか存在できない僕の、唯一の光は葉月だからさ』



『・・・・・・あっそ。彼女いる奴は言う事が違うね』



『お前も彼女つくれよー! かなり幸せだぞー!』



『・・・・・・いいよ、オレは。女なんて興味ねぇもん』



なんだ、この記憶!?



この学校の屋上か?



誰だ、オレの隣で笑ってる男——?



帽子被って、パーカーのフードも被って、屈託のない可愛らしい笑顔の男。



ふわふわと宙に浮いている死神をキッと睨み、今、オレに妙な映像を脳裏に浮かばせ、見せたのか?と、睨むが、死神は、なぁに?と言う風に、首を傾げる。



死神が見せたものじゃないとすると——?



そうか、記憶は奪われた訳ではないんだ。



ちゃんとオレ達の中にあるんだ。



只、記憶を引き出す扉のようなものを閉ざされただけで、何かふいにソレが開けば、記憶は蘇るんだ。



だとしたら、帽子の男は、オレの友達なのかな?



そういやぁ、なんとなく、死神に顔が似ている気がする。



それは透けた体と、帽子の男の色素が薄い感じが一致したからだろうか。



「ねぇ!? ねぇったら! いっちゃん!?」



急にオレの腕を引っ張り、オレの顔を覗き込むようにする2番・・・・・・いや、ふーちゃんに、オレはビックリする。



そうだった、オレはいっちゃんだった。



「なに?」



「先に化学室に入って、いじめられた女の子の霊を退治する?」



「あぁ、それでいいんじゃねぇの?」



と、ガラッと躊躇う事もなく、目の前の化学室の扉を開けた。



オレは幽霊的なものは信じない。



それは記憶などなくても感覚的なものだからわかる。



大体、幽霊ってよくわからない。



怖いものとは認識しているが、怖いと言っても、小さな子が怖がる程度だろう、オレはそう思っていた。



幽霊に出会う迄は——。



ドアを開けて、化学室の窓際の席に座っている俯いたままの女がいる事に、オレ達はその場でフリーズしていた。



「・・・・・・あれが幽霊?」



オレが指を差し、横にいるふーちゃんに尋ねると、



「知らないわよ、聞いてみるしかないでしょ?」



と、ふーちゃんは小声でそう言ったので、誰が聞くの?とオレは、さんちゃんとしーちゃんを見る。



「俺パス」



と、怖くてしょうがないと言う顔で、オレの後ろにいるさんちゃん。



「わ、私も嫌よ」



しーちゃんも怖いようだ、声が震えている。



ふーちゃんは、黙ったまま、硬直しているし、死神は知らん顔状態だし、オレが行くしかないかと、化学室に足を踏み入れ、女に近付く。



只の俯いたままの女じゃないか、何がそんなに怖いんだろう?



それよりもオレは知らない人に話しかける事の方が緊張する。



というか、どう見ても人なんですけど。



コレ、使う事ってあんの?と、オレは右手に持たれた剣を見る。



ま、いっかと、とりあえず女に声をかけてみた。



「あの・・・・・・すいません・・・・・・アナタ、この化学室にいる幽霊ですか?」



コレ、違ったら人違いで済むような台詞じゃないぞ。



失礼にも程がある。



女は長い髪で顔を隠すように、ダラッと垂らし、俯いていて、ピクリとも動かない。



「すいません・・・・・・あのぅ・・・・・・」



なんて言おうか考えていると、突然、オレの左手をガッと掴み、その動きの速さと言ったら、幾ら不意打ちだったとは言え、避けれるようなスピードではなく、気がついたら既に掴まれている状態で、挙げ句、扉の所で様子を見ていた2番、3番、4番が、悲鳴を上げるから、オレも思わず、悲鳴に似た声を出してしまう。



さっきまで俯いて座っていた筈なのに、オレの目の前に立ち上がっていて、スレスレに近付いて来て、長い髪の間から見えるのは焼き爛れた皮膚だけで、なのに、



「熱いよぉ」



と言う囁きに似た声からわかる恐ろしい表情。



ポッポッポッポッと、音を立てて、机の上に置かれていたアルコールランプに火がついて行き、オレの右手を掴んでいる手に力が入って行く。



「離せ! 離せよ!!」



と、振り解こうとすると、女は更に近寄って来て、



「綺麗な顔ね」



と、オレの顔をまじまじと見つめてくるように、顔を近づかせる。



「うわああああああああ!!!!」



オレは後ろへ仰け反って、そのまま尻から床に落ちるように尻餅を着き、そして、そのままの体勢で後退りしながら、右手の剣を女に向けて振り回した。



なにこれ?



怖いってもんじゃない。



幽霊とか関係なく、こんな事、普通にされて怖い事なんですけど!!



それはオレだけでなく、只、見ていただけの皆も同じ気持ちな訳で、オレを置いて逃げようとしたんだろうが、誰かに背を押されるようにして、化学室の中に足を踏み入れると、扉が勝手に閉まり、皆、この空間に閉じ込められてしまった。



「ちょっ! ちょっと死神!! なんとかしなさいよ!!」



ふわふわ浮いて、観覧している死神に、4番が叫ぶ。



「なんとかって?」



「扉を開けてよ!!」



「逃げるの?」



「逃げなきゃならない状況でしょう!!」



「どこへ逃げても同じだよ? この世界からは出られない」



オレは死神と4番の声を聞きながら、そして、幽霊の女を見ながら思っていた。



死ぬって事は、こうして閉ざされた世界にいる事なのかもしれないと——。



死んだ人間がどうなるかなんて、生きてるオレにはわからない。



でも、行き場を失い、世界が閉じてしまうならば、オレは死にたくないと思った。



死にたくないと思ったんだよ、記憶のないオレは——。

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