2.死神のお願い

学校のグランドは静かだった。



今日はどこのクラブ活動も休みなのか、学校全体が静かだ。



閉まっている門は乗り越え、勝手に中に入り、グラウンドをうろつく。



誰もいない筈なのに、東口の玄関が開いていた。



当直の先生が閉め忘れたのだろう。



学校内へ入り、上履きは持って来なかったので、靴のまま、自分のクラスへと向かう。



静か過ぎる学校は変な感じだ。



長いローカに同じ窓がずっと続く。



夕焼けが広がるオレンジの空の光を目に映しながら、ヒカルを思い出していた。



ヒカルが、学校へ来てほしいなんて、オレに電話をかけて来る筈がない。



誰かの嫌がらせだろう。



もしくは、普段からオレにムカついている奴等の仕業かもしれない。



オレはヒカルと違って、友好的でもないし、人見知るし、無愛想だし、たった一人の大事な友達を平気で裏切るし——。



——うん? 誰と違って?



——友達?



——あれ?



——えっと? ここどこだっけ?



——あれ? オレ、何してるんだっけ?



教室に入るなり、オレは頭の中が空っぽになった。



男が一人、女が二人、その教室にいて、三人共、オレをジッと見ているが、その三人が誰なのか、オレにはわからない。



と言うか、オレは誰なんだ?



自分自身の事もわからない。



おかしいな、さっき迄、わかっていたと思うのだが——。



「ようこそ、放課後の学校へ——!」



と、学ランを着た実体のない3D映像みたいな透けた奴が天井から、ふわりと身軽に落ちるように現れ、これは何の立体映像なのかと思う。



天井は穴など開いてないし、どこかに身を潜めておける訳でもない。



ましてや人の体が透ける事など有り得ない。



だが、そんな登場をした男に、オレは違和感どころか、不思議にさえ思わず、なんだコイツ?と、変な奴が現れたなと思っていた。



というか、この学校の映画研究会とか、そういう類のドッキリか、何かだろうか?



「僕は死神。この学校にいる幽霊を成仏させる為に来た」



立体映像の男は笑顔で、そう言うが、オレ達は驚く事もなく、だからどうしたとばかりに、その男を見ていた。



男は学ランを着ているせいもあるのか、オレ達と変わらない年齢くらいで、整った顔立ちをしている。



「キミ達には、僕の手伝いをしてもらおうと思うんだけど」



さっきからだが、余計にシーンと静まり返る。



これは何の始まりだ?



と言うか、何の冗談だ?



何の前説もなく、死神の手伝いをすると言う設定に、頷くバカはいない。



「バカらしいが、一応、聞いてやる。何故、オレ達がそんな事をしなければならない?」



そう聞いたオレに、



「ここに来てしまった定めかな?」



と、理由になってない台詞で返され、更にニッコリ笑うから、



「ふざけんなよ、オレはそんな下らない遊びはやらないぞ。大体、幽霊ってなんだよ、オレは幽霊なんて見えないし、信じてない」



苛立って、そう言った。だが、死神を名乗る男は、ニッコリ笑顔を絶やさず、



「大丈夫、今のキミ達は幽霊が見えるから。だから僕の姿も見えている。それにこれは遊びじゃない、本気でやらないと、キミ達が失ったものは戻らないよ」



脅しのような事を言ってきやがる。



「オレ達が失ったもの? なんだよソレ」



「気付いてない?」



「はぁ!?」



「キミは・・・・・・誰?」



そう聞かれ、オレはハッとして、



「記憶を失った!?」



自分の額を押さえながら、まさかと思うが、そう言うと、他の連中も、そうらしく、



「アタシ、誰だっけ?」



「ていうか、ここって、どこの学校?」



「何も思い出せない」



などと口々に言っている。



「そう、キミ達が失ったものは記憶。この学校にいる幽霊を成仏させれば、記憶が戻る。でも学校にいる幽霊と言うのは古くからいる霊で、成仏する事を拒み、嫌がるんだ、嫌がるものを無理に天界へ連れて行くのは難しい。だから大抵の場合、死神はスルーするので、幽霊はそのままそこに留まるんだな、これが!」



スルーすんなよ、ちゃんと成仏させてやれよ。でも、



「だったら今回もスルーすればいいんじゃねぇの?」



かったるい事させるなよと、オレは面倒そうにそう言うと、



「スルーしたくないから、キミ達に手伝ってもらいたいんだ」



と、ずーっとさっきから同じ笑顔で、苛立つ事を言う死神。



大体、死神って、何!?



こんな奴が死神ってどうなの!?



別にいいけど。



「とりあえずキミ達5人の運命は僕が握ってるから、僕に従ってね」



「5人? 4人だろ?」



そう聞くと、



「自分の名前も忘れてるから、番号で呼ぶね」



と、無視された。



その態度にもムカツクが、番号で呼ぶってのも、どうかと思う。



「ハイ、そこのムッとしてるけど、カッコイイ顔の人。1番ね」



「オレ?」



「そう、キミ」



1番かよ。



何かと面倒そうな数字だ。



「じゃあ、そこのカンカン帽のキミ、2番ね」



「・・・・・・」



女は無言で、帽子を深く被る。



「白いシャツの背の高い人は3番ね」



「俺、3番かよ」



と、男は溜息を吐きながら、呟く。



「おだんご頭の美人さんは4番ね」



「4番・・・・・・なんか不吉な番号じゃない?」



と、不安そうな声で女は言う。



「でね、僕は優しいから、キミ達に武器を与えようと思う」



「ちょっと待てよ」



「ハイ、1番、質問は手短にね」



「武器って、もしかして幽霊と戦うのか? 有り得ないだろう!? 説得するとか、経を読むとか、そういうんじゃねぇのかよ!?」



「ははは、面白い事を言うね、説得できて成仏してもらえたら、とっくに僕がやってるし、キミ達、経なんて読めるの?」



「・・・・・・マジかよ」



冗談もいい加減にしてほしいと思いながら、面倒そうに、そう呟くと、



「なぁ、これって夢だよな、夢の中。でもなかなか面白そうな夢じゃん。RPGみたいでさ。で、俺の武器ってソード?」



と、ワクワクした感じで、3番が言い出した。



「キミ達はね、この学校の生徒で、部活は運動部だったんだ、まず1番はフェンシング」



「オレ? フェンシング? って、あのビヨヨヨヨーンって言う剣?」



「2番、キミはアーチェリー」



「・・・・・・アーチェリー? アタシが?」



「3番、キミは野球」



「は? 野球って、バットっすか!?」



「4番、キミはボクシング」



「ボクシング!? 嘘でしょ!?」



「記憶がないからね、でもそれぞれ武器を手に持ってみれば、なんとなく扱えると感じる筈だよ。キミ達が一年以上は使ってるものだから」



死神は言いながら、パチンと指を鳴らした。



すると、オレ達の目の前に、武器が現れた。



これがもし夢なら、もう少し、オレの都合に合わせてくれてもいいと思うのだが——。



フェンシングってマジで?



オレは目の前にある軽い剣を手に持って見る。



これはサーブルと言う剣で、突きの他に斬りも有効の剣だ。



って、なんで、そんな事、オレ、わかんの?



2番も、



「コンパウンドボウ」



と、何やら、弓をそう呼んでいるので、覚えてないだけでアーチェリーの経験がありそう。



3番はバットを振り回して、ホームランでも打ちそう。



4番はクラブを手にして・・・・・・首を傾げているのはなんで!?



「キミね、多分、ダイエットの為にボクササイズしてただけっぽい」



と、苦笑いしながら言う死神に、4番は、



「あ、やっぱり?」



と、納得したようだが、それじゃあ戦力になんねぇだろうがと思う。



てか、オレも戦力にならねぇな、この剣がサーブルだとわかっても、持ち方がわからねぇ。



つーか、持ってみても、扱える気がしねぇ。



オレ、マジでフェンシングとかやってた訳!?



剣を手に持って、不慣れな感覚に、眉間に皺を寄せ、難しい顔をしているオレは、ふと視線に気付き、見ると、死神が、ニヤニヤしながらオレを見ている。



——コイツッ! オレがフェンシングやらないのを知った上での嫌がらせだ。



——待てよ? だったらオレ、なんでコレがサーブルってわかるんだ?



瞬間、ズキンッと頭が痛み、何か大事なものを思い出せない苛立ちを感じる。



「それからもう1つ!」



死神はそう言うと、



「僕は優しいから、幽霊の居場所を思い出させてあげるね」



などと言い出し、皆、幽霊の居場所!?と、そんなもの思い出すものなのかと妙な顔になると、2番が、



「・・・・・・レインコートの女」



ポツリと呟く。次に4番も、



「東通路の開かずのトイレ」



そう呟き、3番が、



「あぁ! そうか、七不思議だ。確かレインコートの女って、雨でもないのに、びしょ濡れの女が1年の下駄箱付近で立ってるんだっけ? 東通路の開かずのトイレは、今、使われてないトイレの事だよな? 中に入ると、知らない女子生徒が血塗れの手で助けてって言うんだっけ?」



解りやすい説明をした。



どうやら、この学校の七不思議を思い出させてくれたようだ。



「そうそう、まだあるよ、化学室のアルコールランプ、体育館の鏡、プールの底——」



4番が指を折りながら、数えるように、そう言うと、



「俺も知ってる、グラウンドのサッカー少年。サッカー部の試合の日に事故にあった少年が、自分が死んだと知らず、未だ、グランドに現れ、自分のチームを待ってるって話。お前も何か知らないの?」



と、3番はオレを見る。



オレはずっと死神を見つめたまま、



「知ってる」



そう言って、



「死神のお願い」



と、皆を見た。



シーンと静まる2番、3番、4番を見た後、また死神を見て、オレは、



「死神のお願いを聞いてはいけない。聞いた者は命を奪われる」



七不思議のひとつ、死神のお願いについて、そう説明をした。



死神はオレを見ながら、フッと笑みを零した——。

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