アフタースクール2
ソメイヨシノ
1.最近の中学生
8月に入り、夏休み真っ只中。
毎日、やる事がなくて、クーラーの効いた部屋でゴロゴロしながら、テレビのチャンネルを変えているのが日課になりつつある。
両親は働いているので、朝から家にいない。
いるのは、オレと、バカ兄貴だけ。
いつもならバイトで忙しい兄貴は、家にいない事が多いのだが、夏休みに入り、バイトを減らしたのか、家で見かける事が多くなった。
わからないのは、何故、夏休みにバイトを減らしたかって事。
普通は夏休みだからバイトを増やすものなんじゃないだろうか?
それに最近の兄貴の行動は理解し難い。
ピンポーンと玄関のチャイムが鳴り、リビングのソファーでゴロゴロしていたオレは起き上がり、インターフォンを確認せず、そのまま玄関に向かい、ドアを開ける。
ドアを開ける前に二度目のチャイムが鳴らされ、今出るとこだっつーのと、イラッとする。
「あれ? リクじゃん? タクは?」
と、来たお客さんは、兄貴の友達の翔太と言う人。
よく遊びに来るので、オレの事も知っているし、オレの名を呼び捨てるし。
年上だから呼び捨てられてもいいが、でも背はオレの方が高い。
「ちょっと待ってて」
オレはそう言うと、翔太と言う人を玄関に招き入れ、二階へ上がる階段を見上げながら、
「兄貴ー!!!! 友達来てるよー!!!!」
そう叫んでみるが、返事はない。
「寝てんだと思う。起こして来る」
そう言って、階段を駆け上り、兄貴の部屋をノックしたが、やはり返事がないので、ドアを開けると、ベッドの中で熟睡中の兄貴に、オレはまたもイラッとする。
「兄貴! 友達来てる!」
と、兄貴の傍まで行き、そう言うが、イビキで返事をされ、
「起きねぇなら友達と約束すんな!!」
と、兄貴の枕を引き抜いて、ソレを兄貴の顔にぶつけた。
ガバッと兄貴が起きた瞬間、また玄関のチャイムが鳴るから、
「友達来てるよ」
兄貴にそう言うと、
「やべ、何時? 寝過ぎた!」
と、起き上がり、兄貴は慌しく着替え始める。
オレは兄貴の部屋を出て、階段を下りながら、
「兄貴、もうすぐ来ると思うから」
そう言って玄関を見ると・・・・・・一人、増えてる。
「誰? アレ?」
それはコッチの台詞です、おねえさん——。
「タクの弟のリク。榛葉リクトだよな?」
翔太と言う人が、そう言うので、オレはコクンと頷き、一人増えた女にペコリと頭を下げると、女は甲高い声で、
「似てなくない!? つーか、めっちゃタイプ! 木田くんよりカッコイイかも! ジャニーズ系? 王子系!? 違う!! 少女漫画系だ!!!!」
と、オレを指差して騒ぎ出した。
「風香ちゃんさぁ、前から思ってたけど、自分の顔はソレなのに、男は顔で選ぶタイプだよね?」
「うっさいわね、アンタは女をオッパイで選んでるでしょーが!」
人の家の玄関で、よくそんな会話ができるもんだ。
兄貴の友達だから納得するけど。
類友?
また玄関のチャイムが鳴り、すると、翔太と言う人がハイハイと、勝手に玄関を開ける。
まぁ、いいんだけど。
玄関にいる訳だし。
でも、ここはオレんちなのに、オレ、階段の中途半端な位置から何故か止まったまま、動けないんですけど。
リビングに戻ってもいいのかなぁ?
「木田くーん!」
と、風香と呼ばれてた人が、新たな客に、そう言った。
翔太と言う人に喋る口調とは違う柔らかい口調で喋る風香と言う人。
と言うか、木田と言う人、あの人も兄貴の友達?
共通点の欠片もなさそうな友達に見えるけど?
確実に類友とは違うっぽいな。
「住所だけ聞いて来たから、途中、道に迷ってしまったよ」
と、メガネをクイッと上げる木田と言う人の背後に、これまた兄貴とは共通点が見当たらない女が立っている。
「なんで田辺さんが木田くんと一緒に来る訳!?」
風香と言う人の声色がトゲトゲしくなった。
「途中で会っただけ」
と、田辺と言う人は、汗を拭きながら答える。
今、木田と言う人とオレは目が合って、とりあえず、ペコリと頭を下げると、木田と言う人も頭を下げた。
「タクの弟のリク」
と、またも翔太と言う人がオレを紹介する。
「似てないんですね、凄い美形」
田辺と言う人がそう言うと、
「そうなのよ、超美形だよね!? 兄弟なのにこうも違う訳!?」
風香と言う人が声を大にして、そう言った時、
「悪かったね、美形じゃなくて。美形のリクは母さん似。おれは父さん似だから」
と、階段を下りて来た兄貴。そしてオレを見ると、
「リビングつかってる?」
そう聞くので、
「クーラーあるしね」
そう答えた。
「あっそ。別にお前いてもいいけど」
と、兄貴は、皆に、あがってと、リビングへ招く。
「・・・・・・お前いてもいいけどってなんだよ、オレが先につかってたんだぞ」
口の中でそう呟き、暑いが、自分の部屋に行くかと、階段を上がろうとして、またチャイムが鳴り、オレは溜息を吐きながら、階段を下りた。
玄関のドアを開けると、兄貴の彼女のメイと言う人が立っている。
この人も兄貴の彼女とは思えない程、兄貴とは人種が違うと思う。
兄貴には勿体無いくらい美人だし、大人しそうな性格で、優しく微笑む表情とか、柔らかい動きとか、男心を鷲掴む勢いがある。
計算されての仕草なのか、それとも天然だったら凄いなと思ってしまう。
「リクくん、だよね?」
「あ、はい、久し振りです」
「ちょっと見ない間に、また背が高くなった?」
「そうかな」
「受験生だっけ?」
「来年」
「あ、そっか、今、中二?」
「はい」
「そっかぁ、中二かぁ、中二ってこんなに大人っぽかったっけ?」
「・・・・・・大人ですよ」
「中学生が大人?」
と、クスクス笑うから、
「大人ですよ」
と、言い切ってみせる。
「メイ。みんな、もう来てるよ」
と、背後で兄貴の声が聞こえ、オレはサッサとその場から退こうとしたら、
「あ、リクくん、お昼食べた? あのね、サンドイッチ作って来たのね、それとケーキも買ってきたの、リクくんもいるかなって思ったから、リクくんの分もあるの」
と、笑顔で言う兄貴の彼女。
「マジで!? 悪ぃね、リクの分まで」
と、笑顔の兄貴。
そして兄貴の彼女は、玄関で、皆の靴を揃え、自分の靴も揃えて、お邪魔しますと言うと、兄貴の傍に行って、クスクス笑いながら、兄貴の寝ぐせを手で撫でるように触っている。
兄貴が、さっきまで寝てたと笑って、2人で笑い合う・・・・・・。
なんだこれ?
「リク、来いよ」
兄貴はそう言うと、彼女を連れて、リビングへ行くから、オレはうんざりする。
最近の兄貴の行動は本当によくわからない。
大体、オレに対して、どうして、そんな友好的になったんだ!?
まるで大人になったとでも言わんばかりの寛大さを見せられているようで、腹立だしい。
リビングのソファーは占領され、何の共通点もないような、よくわからないメンバーがワイワイ騒いでいて、テーブルの上に広げられたパンフレットに、オレは、ひとつ理解する。
兄貴が、朝から晩までバイトしてたのは、旅行の為かと——。
くだらないね、全く。
でも、理解しても理解できない部分もある。
どうしてあんなに必死になってバイトしてたのに、しかも彼女がいるのに、みんなで旅行な訳!?
普通は彼女と二人で行くから、頑張ってバイトなんじゃないの?
「リクくん、こっち座って、一緒に食べよう?」
と、兄貴の彼女は笑顔で手招きするが、兄貴が、
「リク、飲み物ってこんだけ?」
と、冷蔵庫を開けて、オレを呼ぶ。
「麦茶だけだよ。後、インスタントのコーヒーとかは、そこの棚じゃねぇの?」
オレが棚を指差して、そう言うと、兄貴は、あぁそうかと、頷いた。
とりあえず、兄貴の彼女に呼ばれたので、ソファーの上のクッションを床に敷いて、指定された場所に座る。
「やっぱ弟くん、超可愛いんですけど!」
風香と言う人はソレばかり。
「風香ちゃん、リクは可愛い中学生だからね、手は出さないようにね」
翔太と言う人が、中学生と言う所を強調して、そう言うと、
「中学生か、うーん、迷うなぁ! 意外に許容範囲狭いからな、アタシ! でもねぇ・・・・・・」
と、風香と言う人は舌なめずりでオレを見るから、オレはブルッと震えて、クーラー効きすぎ?と、クーラーのリモコンを見てしまう。
気がつけば、オレの隣に座っていた兄貴の彼女がいなくなっていて、見ると、キッチンで兄貴と一緒にコーヒーを淹れている。
二人揃って、ニコニコニコニコ、コーヒー淹れるだけで何が楽しいのか、そりゃもう、理解できねぇから、気持ち悪いったらありゃしねぇ。
兄貴のキャラクターが変わったのは、兄貴が学校で怪我をしてからだ。
窓から落ちたらしく、でも大した怪我でもなかった。
その後、バイトに明け暮れる日々で、オレに対しての物言いや態度など、今迄とは違い、大らかになった。
コーヒーを運んで来た兄貴と、兄貴の彼女。
そしてテーブルにサンドイッチが並べられ、兄貴が棚の中から見つけたスナック菓子も開けられ、だが、ケーキは後からなのか、冷蔵庫に入れられたようだ。
兄貴の彼女が、玉子のサンドイッチとハムのサンドイッチを兄貴に渡し、兄貴は笑顔で受け取る際に、彼女と軽く手が触れて、兄貴の笑顔が少し照れたような笑いになった。
兄貴の彼女も嬉しそうな、恥ずかしそうな、照れた笑いをするので、思わず、オレはハッと笑みを零してしまった。
突然のオレの笑いに、皆、オレを見るから、
「あぁ、気にしないで下さい」
とは言うものの、
「おねえさんは可愛い弟くんが笑った理由が知りたいなぁ」
と、風香と言う人が言うので、思わず、かったりぃなぁと口の中で呟く。
「え? なに? なんて?」
「別に、笑った理由は兄貴に対してだから、気にしないで下さい」
風香と言う人にそう言うが、今度は兄貴が、
「なんでおれが笑われんの? 服? あ、寝癖?」
と、髪を触り出した。
「そうじゃねぇよ、今更、なんで初々しさアピールなんかなって思っただけ。親いねぇんだし、別にいーじゃん」
オレがそう言うと、初々しさ?と、眉間に皺を寄せるので、まだわかんねぇの?とばかりに、オレは呆れたような笑いを見せながら、
「やる事やってんだろ? いちいち手が触れただけで照れる顔するなっつーの、見ててかったりぃよ、周りが逆に疲れるっつーの」
そう言うと、兄貴の顔が強張った。
皆も、シーンとするから、
「え? なに? 嘘? まだなの? つーか、兄貴、童貞? 彼女いるのに?」
思わず、そんな事を聞いてしまう。
て言うか、ここにいる男全員が、強張った顔をするので、思わず、プハッと込み上げた笑いが溢れ出た。
「うっそだろ、だってその年齢で童貞ってないないないない」
どんだけ『ない』を連発しても、現実は変わらない。
「ていうか、だったらリクはもう!?」
翔太と言う人が、身を乗り出すようにして、オレに真剣な顔を近づけて聞くから、
「さぁ?」
と、意味あり気に答えると、兄貴は溜息をひとつ吐いて、
「リク、いい加減な事言って、人をからかうのやめろよ」
などと言い出した。そして、みんなに、
「ごめんな、なんかコイツ、最近おかしいんだ、反抗期っぽくてさぁ」
などと変な説明を入れ始める。
「オレじゃない、おかしいのは兄貴の方だ」
「は?」
「何急に髪の毛黒くしてんの? 何頑張ってバイトしてんの? どうせなら彼女と二人で旅行に行く為に頑張れよ、バカじゃん、友達等、引き連れて旅行に行ったら童貞のままじゃんか、意味わかんねぇし」
「お前、童貞童貞って言うなよ、誰も童貞だって言ってねぇだろ!」
「そうなの?」
と、兄貴の彼女が兄貴に聞くと、兄貴は、急いで首を振り、
「やってないよ、誰とも!!」
そう言うから、
「童貞じゃん」
と、オレは独り言のように、ボソッとそう言った。そして、オレは兄貴を見て、
「別れる前に勿体無いから、やっといた方がいいよ、あんまいないっしょ、顔可愛くて、オッパイおっきくて、優しい女なんて。都合いい感じ。でも、別に期待はしない方がいいよ、フーンって感じだから。なんなら一人でやった方が気が楽だし」
アドバイスのつもりで言ってやったのに、シーンと静まり、嫌な空気が流れるから、
「オレ、邪魔みたいだね」
と、立ち上がり、リビングを出る。
「アンタの弟さぁ、顔いいけど、性格悪すぎ」
風香と言う人がそう言った。
「いや、あの、別にフォローする訳じゃないけど、前はあんなんじゃなかったんだよ、どっちかって言うと、オレのが態度悪かったし。でもごめんな、ホント、アイツ、最近、変なんだよ、夏休み入っても友達とも遊びに行かないしさ。母さんが言うには、おれと違って、勉強はできるらしく、塾へ行かせる必要もないし、あの年頃は何でも反抗したがるから気にしなくていいって言うんだけど。おれが中学生の頃はアイツまだ小学生で可愛かったんだ、今では兄貴なんて呼ぶけど、当時は高学年の小学生だっつーのに、にいちゃん、にいちゃんって、おれの後ろばっかついて来てさ。あの頃はうぜぇって思ったのに、今では逆にうぜぇって思われてそう」
わかってんじゃん、兄貴。
うぜぇって思ってるよ。
つーか、聞こえてるっつーの。
「僕達が中学生の頃とは違って、今の中学生は経験豊富なんですかね」
木田と言う人が、そう言って、
「でもアタシは中学生だったよ、中3で同じクラスの男子と!」
風香と言う人がそう言うと、マジで!?と食いついたのは翔太と言う人。
「早い人は早いよね、でもドラマとかで言う程、そうでもないって思ってるんだけど」
兄貴の彼女がそう言うと、
「別にいいんじゃねぇの? 早かろうが遅かろうが、好きな人とやれるなら、それで。一生、大事にできるなら、早くてもさ、問題ないよ」
バカ兄貴がわかった風に答えた。
「タクは平太郎さんの影響凄いからなぁ、一生とか言っちゃうし」
翔太と言う人がそう言って、平太郎って、ソレ誰?とオレは思う。
「でもさぁ、ショックだよなぁ、リクが彼女持ちなんてさぁ」
翔太と言う人がそう言うが、いつ彼女がいると言った?と突っ込みたくなる。
「彼女いんのかな、アイツ。そういやぁ、去年の夏、ショートヘアの可愛い子と歩いてたの見た事あるなぁ。でも少し距離開いてたし、手を繋いでた訳でもないし、彼女と言うよりは友達って感じだったなぁ」
いつ見かけたんだ、兄貴の奴。
「じゃあ、友達とやってるって事? セフレだ!?」
翔太と言う人がそう言うと、
「アンタの弟の性格だと有り得るかも。セックスはするけど愛はないみたいな」
風香と言う人がそう言った。
「だから、アイツは口から出任せ言ってるだけで、本気じゃねぇよ、だってアイツ、まだ中学生なんだし」
ホント、兄貴はバカだ。
オレの本性を見せてやっても、何も気付かない。
「だからぁ、アタシだって中学の時にやってんだし、アンタの弟だってやっててもおかしくはないって! あ、言っとくけど、アタシはその時の彼氏とやったんだからね! セフレがいるアンタの弟と一緒にしないでよ!」
「あの、もうやめません? そう言う話。そういうのは、人それぞれだし」
田辺と言う人がそう言って、シーンと静まり返ったので、オレは階段を上がろうとしたら、
「でもさぁ、やっぱメイちゃんのオッパイは手放したら勿体ないって思うんだねー!!」
と、翔太と言う人が声を大にして、そう言った。
「なんか、オッパイだけの人間みたいで嫌だな」
と、兄貴の彼女の声が聞こえた後、もう階段も上まで上りきり、誰の声も届かなくなった。
オレは自分の部屋に入り、扇風機を付けて、ベッドに寝転がると外から聞こえる蝉の声をBGMに目を閉じた。
あの田辺と言う人の言う通りだ。
人それぞれなんだ、そういうのは——。
ゴロンと横になり、枕の横に置いてあったジャンプをパラパラ捲り見る。
去年、中学初めての夏は楽しかった。
葉月が笑っていたなぁと、思い出す——。
時枝 葉月(ときえだ はづき)。
彼女は、今、どうしているだろう。
もう二度と、オレ達が集まる事はない。
オレ達が——。
気がついたら、もう夕方だった。
まだ外は明るいが、時計の短い針は3を差している。
喉がカラカラだと、階段を下りると、笑い声が聞こえ、まだ兄貴達、リビングにいるのかと思う。
近くにはコンビニも自販機もない。
別に悪い事をした訳ではないし、ここはオレの家な訳だし、リビングに入るのを躊躇する必要はないと、オレはガラスのドアを開け、リビングへと足を踏み入れた。
皆、まだパンフレットを広げて、賑やかに話している。
その輪の中に兄貴はいなくて、調度、兄貴は、カウンターの上にある電話の所にいて、その電話の受話器を置いた瞬間だった。
「リク、お前の友達から電話だった」
兄貴がそう言ってオレを見る。
オレはキッチンへ入り、冷蔵庫を開けて、麦茶を取り出しながら、
「誰?」
そう聞いた。
コップに麦茶を注ぎ、ゴクゴク飲んでいると、
「日向って奴。なんか今から学校へ来てほしいって言うだけ言ったら電話切れて」
なんて兄貴が言うから、麦茶が喉の変な所に入る。
コップを口元から離して、少し咳き込み、唇の横から流れ出た麦茶を手の甲で拭き、
「は?」
と、兄貴を見ると、
「ごめん、おれ、リクじゃないって言ったんだけど、一方的に話されて、リク呼んできますって言ったんだけど、電話切れちゃったから」
と、困った顔。
「なにそれ? 嫌がらせ?」
「え?」
「・・・・・・日向なんて奴知らねぇし」
「そうなのか? じゃあ、聞き間違えたかな」
「・・・・・・日向 ヒカル(ひなた ひかる)」
オレは口の中で、そう呟きながら、兄貴を見ると、
「うん?」
と、聞き返され、
「学校、来いって? 今から?」
そう聞き返した。
「あ、あぁ、でも、もう放課後の時間だよな。そういやぁ、お前、部活とかは?」
「行ってない」
「行かなくていいのか?」
「よくない。でも行く気しねぇから行かねぇ」
「・・・・・・リク、なんかあったのか? 最近、おかしくないか?」
「別に。オレ、学校、行ってくるよ」
「え!? だって知らない奴なんだろ? 部活の先輩とかでもないんだろ? それとも夏休みの間、部活をズル休みしてるから呼び出しくらったのか?」
「そんなんじゃねぇよ!!」
うっとうしい兄貴に、思わず、怒鳴ってしまった。すると、兄貴の友達等はシーンと静まり返り、フリーズして、オレを見ている。
「てか、暇だから暇つぶしに行って来るだけ」
そう言ったオレに、兄貴は自分のスマホを差し出して、
「持ってけよ、何かあった時、電話かけて来いよ、おれ、今日はずっと家にいるから」
とか言い出すから、余計にうっとうしく思う。
「リクくん、持って行った方がいいと思う、もう放課後になる時間でしょ? そんな時間に学校行くなんて、何が起こるかわかんないんだから」
兄貴の彼女が言う。
何が起こるって言うんだ?
「最近の中学生って割りには、まだ自分のスマホは持ってないのね。だから友達も家に電話して来たのね」
田辺って人がそう言うと、
「確かに! 小学生でも持ってるよね! 今時!」
と、風香と言う人。
「うちの親、そういうの欲しいなら、自分で金貯めて買えって言うからさ。おれも、スマホ持ったのは、バイトできるようになってからだから」
兄貴がそう言うと、田辺と言う人も風香と言う人も、そうかと頷いた。
「でも何か起こったとして、スマホが使える場所でしたっけ?」
木田と言う奴がそう言うから、どんな不憫な場所にオレの学校があると思ってんだ?と睨むと、風香と言う人が、
「一緒に行ってあげれば? おにいちゃん」
と、兄貴を見た。
「そうだな、そうするか」
兄貴が頷いて、
「冗談!! 何考えてんだよ、オレがいつも通ってる学校へ行くだけだ、すぐそこだぞ!」
オレは、そう吠えて、玄関へ走る。
「おい、リク! だからスマホ持ってけって!!」
「必要ねぇよ!!」
「おい!」
と、オレの肩を引っ張る手を弾き返し、振り向くと、
「あ、すいません」
オレの肩を引っ張ったのは翔太と言う人だったので、兄貴じゃなかったと直ぐに謝った。
「帰りにトッポとファンタオレンジ買ってきて?」
と、翔太と言う人は、オレの手の中に500円玉を入れて来るので、
「はぁ」
と、頷くと、
「おつり、返してね」
ニッコリ笑顔で、そう言って、翔太と言う人は、
「いってらっさい」
と、手をヒラヒラ振って見せる。
「行ってきます」
トッポとファンタオレンジ?
なんなんだ、一体・・・・・・
自分の手の中にある500円玉を見ながら、首を傾げてしまう。
まぁいいかと、ギラギラ照りつけるような太陽を見上げ、もうすぐ4時くらいだっけ?と、腕時計して来なかったなぁと、自分の手首を見る。
でもこの時季の腕時計は好きじゃない、日焼けして跡が残るから。
500円玉をずっと手の中に入れておくのは変だから、財布に入れておこうと、ジーンズの後ろポケットに手を入れた時、財布ではなく、スマホがオレの手の中に入った。
「あの時か!?」
翔太と言う人が、オレの肩を掴んだ時だと、やられたと髪を掻き上げながら、苛立つ。
なんでいちいち兄貴のスマホを持って行かなければならないのか。
スマホなんて、登録してある番号やアドレス以外は使えないものだ。
覚えている電話番号などない。
こんなもの持ってたって役に立たないのにと、オレは兄貴のスマホをズボンの後ろポケットに突っ込むと、学校へ向けて歩き出した。
オレが小さい頃から、両親は働いていた為、オレの面倒は兄貴が見ていた。
そのせいか、オレは小学生になっても、友達より、兄貴と一緒にいたくて、兄貴の後を追い駆けていた。
本当に小さい頃は、兄貴は優しくて、おやつもオレに多くくれて、転んで怪我したら、背負ってくれて、ゲームの裏技も教えてくれて、間違いだらけだったけど勉強も見てくれて、大好きだった。
近所でも、弟の面倒を良くみる出来た兄だと評判だった。
兄貴が言うには、オレは、女の子みたいに可愛らしい弟だと近所で評判だったらしいが。
なのに、兄貴が中学生になると、オレより友達と遊ぶ事の方が多くなった。
縋るように兄貴を呼ぶオレに、兄貴は面倒そうに、もうデカイんだから一人でできるだろって言い放った。
そして、小学4年生だったオレは、一人で夕飯を食べるのが多くなった——。
両親は夜の9時頃、帰宅する。
兄貴は、両親が帰って来ても、まだ帰って来なくて、10時過ぎて帰って来る事もあって、だからって兄貴は不良って訳ではなく、只、友達等と近所の公園で喋ってて遅くなったとか、そういうのだっただけで——。
オレは一人で風呂に入って、一人でテレビを見て、一人で布団の中に入った。
それまでのオレは兄貴ばかりだったので、友達と呼べる奴はいなくて、気がついたら、学校でも独りぼっちだった。
何故か、独りでいる姿が知的に見えるとか、クールだとか、勝手に勘違いされて、女の子達から告られるのが多くなったのも、その頃からだった。
小6の頃には、独りでいるのが慣れてしまった。
でも慣れても、孤独が好きな奴なんていないだろう。
だから、兄貴が中3で受験生になって、勉強する為に、家にいる事が多くなった事に、オレは嬉しくて、兄貴の為にジュースを運んだら、邪魔だからあっちへ行けと言われて、オレは近くにいても、兄貴の存在は遠いと知ったんだった。
今、思えば、兄貴は受験生でピリピリしてたんだろう、でも、小学生だったオレに、そんな事、わかる筈もなく。
でも、自分が中学生になって、兄貴の気持ちがわかったんだ。
オレにも、かけがえのない友達ができたから——。
中学校は、同じ小学校からの連中もいるが、別の小学校からの奴等もいる。
初めての学ランは、兄貴のお下がりで、兄貴が使っていた学ランのボタンが赤く装飾されていて、母親はソレに気付いていたものの、直すのを忘れたらしく、オレはその目立った学ランを来て、入学式だった。
勿論、速攻で、先生よりも余りよろしくない先輩達に呼び出しを食らった。
そんなつもりないのに、孤独に慣れた無表情のオレの顔が生意気にも見えるらしく、先輩達は恐ろしい顔で、詰め寄って来るから、困っていた。
だが、オレよりも先に呼び出しを食らっていた奴がいた。
赤いパーカーを学ランの中に着ていて、赤いキャップ帽を被っているのに、更に、その上からパーカーのフードを被り、キャップ帽のツバのせいで顔は見え難いが、顎の線が綺麗で、白く長い綺麗な指先で、キャップ帽のツバを更に下へ向けるから、余計に顔がわかり辛いが、チラッとこっちを見た目が、黒ではなく、茶色に光って見えた。
そりゃ、その格好は呼び出されて当然だろうと、オレは思った。だが、
『先生の許可は得ている』
ソイツは、はっきりとそう言い切った。
そんな訳はないだろう、どんな優遇を受けてんだ。
『オレは兄のお下がりで、ボタンは兄がやってたものだから』
そう言ったオレに、先輩達は、
『お前等は格好だけの問題じゃねぇんだよ、容姿そのものが気にいらねぇ』
と、意味不明発言。
後でわかった事だが、女の先輩達が、今年の新入生のオレ達をカッコイイとか、可愛いとか言っていて、ソレが気に入らなかったらしい。
だが、オレ達はカッコ良くても、可愛くても、喧嘩なんてした事がないから、こてんぱんにやられて、フルボッコ状態の顔は腫れ上がり、青痣になり、見るも無残な姿になった。
勿論、先生達にも怒られるし、最悪な入学式だった。
次の日の朝、登校途中で、
『よぅ! やっぱ顔ひでぇな!』
と、懲りないのか、やはりキャップ帽とパーカーを着て現れた男に、
『また殴られたいのか?』
そう尋ねると、
『あぁ、本当に先生の許可は得てるんだ、僕は障害があって、日の光を浴びると皮膚が火傷したみたいになるんだ、でも重度の障害じゃない、軽度だから、こうして日陰になってれば、大丈夫だし、手の方は光を浴びても何ともないし、だから夏もこの格好だよ』
そう言って、少しだけキャップのツバを上にあげると、
『日向 ヒカル。僕の名前だ。影にしか存在できないのに、名前は僕の存在とは正反対で笑えるだろ?』
と、薄茶色の目の色をした瞳を細くして、ヒカルは、柔らかい笑顔を見せた。
『榛葉 リクト』
『知ってる。昨日、出席簿見て知ったんだ。僕も名前がカタカナなんだよ、ヒカルって』
『へぇ。え? てことは、同じクラス?』
『うん、榛葉の席は僕より前の方だったから、僕の存在に気付いてなかったろ?』
『へぇ』
『あ、ちょっと待てよ、一緒に学校行こうよ』
と、追いかけて来るヒカルに、一緒に行かなくても、行く場所は一緒なんだから、いちいち言わなくていいのにと思って、ヒカルを見ると、ヒカルの表情は笑っていた。
何が楽しいんだろう、コイツ?って思ったっけ。
教室に入って、フードと帽子をとったヒカルは、薄茶色のサラサラの髪と白い肌で、まるで外人みたいだと思った。
だが、この時は殴られて、腫れていて、絆創膏だらけの顔だったので、ヒカルが綺麗な顔立ちをしていると言う事に気付いたのは、数週間経ってからの事だ。
ヒカルには、同じ小学校からの友達が多くいた。
オレに対してもそうだったが、人見知りをしないヒカルは、直ぐにクラスの中でも人気者になって、影で存在するにも関わらず、その性格は名前通り、明るく眩しかった。
だが、ヒカルは誰よりもオレと一緒にいた。
暗くて、余り喋らないオレの横で、いつも笑っていた。
気がつけば、ヒカルと仲のいい奴等の中に、オレも存在していた。
その中に、時枝 葉月と言う女の子がいた。
ヒカルは葉月が好きだった。
知っていた。
知っていたけど、オレも葉月を好きになってしまった。
ヒカルは葉月と付き合うようになったけど、ヒカルに隠れて、オレは何度も葉月と会うようになった。
オレ達はヒカルを裏切っていた——。
オレ達は、中学生だけど、人を好きになったり、愛したり、傷付けたり、悲しませたり、禁断を犯したり、一人前の大人と変わらない恋愛をしているんだ・・・・・・。
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