「長瀬クン、ここは穏便に…」


「お邪魔します…っ」


ドキドキと鼓動する心臓が凄く邪魔である。センパイに聞かれでもしたらどうしてくれるのであろう。できる事ならば心臓を取っ払ってしまいたい。


そんな現実ではできない事を悶々と考えながら私はセンパイの家の玄関に踏み入れた。前回来た時と同じく綺麗に整頓された玄関。


今日から明日までこの家にいると思うと口から心臓がまろび出そうである。


「どうぞ。両親は仕事で今はいませんのでゆっくりしてくださいね」


先に家に上がったセンパイはそう言いながらリビングへと進む。そんなセンパイのあとをガチガチに緊張した私が行く。お義母さんたちがいないからってそれじゃ緊張しません、なんて事はない。決してない。


「今お茶用意しますね」


「お、お気遣いなく!」


センパイは軽く会釈をするとそのままキッチンへも向かっていった。私は高そうなソファーに腰をかけ、持ってきていた荷物を床に置く。


スンスンと匂いを嗅ぐと当たり前だがほんのりとセンパイの匂いがする。あれ? 匂い嗅ぐのとか変態では? と気づくがあえてスルー。だって誰もいないから。


「え? 何。臭う?」


「そんな訳…──」


後ろから聞こえた声。ギギギ、と音が鳴る程ゆっくりと後ろを振り返るとそこにはゲーム機を持っている長瀬クンの姿。


今さっき階段から降りてきたであろう長瀬クンにセンパイの家の匂いを嗅いでいるところを見られてしまった。一体どうしたものだろう。口止め? いや、あの長瀬クンが交渉に乗ってくれるはずがない。一体どうすれば…!


「昨日トースト焦がしたから臭う?」


長瀬クンはそう言ってスンスンと家の匂いを嗅ぐ。


あっ。これはもしかして誤魔化せ──


「それとも兄ちゃんの匂い嗅いでテンション上がってたり?」


──…ないですね、これ。


ニヤリ、と笑いながらそう聞いてくる長瀬クン。聞き方こそ疑問形だが絶対に確信している。確信しているのに疑問形で聞いてくるのは如何なものかと思う。全くである。


「すす、すす、すすす、する訳!」


「クソほど動揺してんじゃねぇか。きも」


「うっ!」


──ド正論が 優良 の心を貫いた!


──効果は バツグンだ!


──優良 に1000000ダメージ!


ソファーの背にへにょっともたれ掛かる私を見ながら長瀬クンはケラケラと笑う。まるで人の不幸を天から見ている悪魔のようだ。


「長瀬クン…、この事はセンパイには…」


「あっ、兄ちゃん。おかえりー」


長瀬クンは私の言葉なんてスルーしてキッチンから帰ってきたセンパイの方を向く。



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