「部長、埋まってください」


「やっっっっばい……。終わる気がしない…」


「あははっ、あはっ、ははははっはっ! ひーっ、お腹痛いっ、あはははっ! うふふっ、んふっ、あはっ」


ズゥゥウンッ、と気分が沈む私の隣でケラケラと笑うのは部長。これでもか! と笑うため怒りよりもこんなに笑われている自分への虚しさを感じる。


「もう! うるっっさいですよ!」


ガタッ、と立ち上がるとセンパイはパタっ、と笑うのをやめた。でも笑いを堪えているようで少しだけ吹き出していた。もうなんなんだよ、とそういう目で見ながら私は席に座る。


「だってコンクールの絵が描けないからって左手で描いて終わる気がしないって…っ、んふふっ、あはっ、あははっ、ひーっ! 超ウケる!」


「“左手で描いたら? ”って言ったの部長ですよね?!」


「うん、そうだよ」


ケロッと答える部長。まじでなんなの!?

ブチ切れたい気持ちを抑えつつ私は再び左手で絵の具が付いた筆を持つ。


左手で何かをする、なんて小学生以来全くない。プルプルと震え、その震えのせいで絵の具が落ちる。


「あははっ! ウケる! 絵の具落ちてるよーーー!!!! ふふっ、んふっえへっへへっ」


「変な笑い方しないでもらえます?! つーか黙ってもらえますかねぇ!」


バッ! と部長の方を振り返るとその反動でまた絵の具がポタリ。ダメだ。なんで水彩画にしようと決めちゃったんだろう。もう何が何だか絵に水をぶっかけたような物になってしまってる…。


何を描きたかったんだ…、これ…。本当なら傘の一片と雨の雫を描きたかったんだけどなぁ…。


「いや〜、優良ちゃん最高! 天才だよ! よっ! 美術部の天才少女!」


「からかってますよね?!」


「か〜らかってる〜!」


「まじでなんなんですか!」


と、私がブチギレるとケラケラと笑っていた部長が目に溜まった涙を拭いながら私の絵を見る。


「でもいいじゃん! 芸術だよ、これ」


「それじゃこの芸術にいくら掛けますか?」


「10円?」


「なんで疑問形なんですか。も〜いいですよ。とりあえず修正できないようなんでこれで終わりです! はい! 完成!」


「ふぅ〜〜! ゴリ押しィ!」


何がおかしいのか部長はそう言うとパチパチパチと拍手をする。私には分かる。煽っているのだけは分かる。


はぁ、とため息をついてスケッチブックのページをめくりながら私は外を見る。外は雨が降っていて今にも雪が降りそうだ。それくらい今日は肌寒い。マフラーを持ってこなかったのは失敗だったかもしれない。


「部長、雪に埋まらないかな〜…」


「そんなコンビニに行かないかな〜…みたいなテンションで言われても…」


「埋まらないんですか?」


「埋まらないよ!!」



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