「真斗、アンタまさか…」
「そろそろか…」
バイト先のキッチンで私は今日もお客さん少なかったなぁ、と思いながら溜まっていた食器類を洗う。全て洗い終わり、自動乾燥機にぶち込んだ後、私は一つため息をつく。
部長がコンクールの絵を描くと宣言してから数日が経った。冬のコンクールは1月の下旬に提出すればいいためまだまだ時間はある。
時間はあるのだが、私がどんな構造にしようか、どんな雰囲気にしようか、とうんぬんかんぬん考えている間に部長は5枚ほど描き終えてしまっている。
しかもそれら全てがコンクールで受賞できるのではないかと思うくらいに一つ一つのクオリティが高い。こんなの反則じゃん…! と部長が書き終えた5枚目の絵を見て思ったのをよく覚えている。
本当は破り捨てたかったが我慢した私を誰か褒めてくれ。
なんて思っているとキッチンにある外部用の電話が鳴った。
丁度同じバイトの人は受付をしているため出るのは自然と私になる。私は「はいはーい」なんて言いながら受話器を取る。
「はい、お電話ありがとうございます。こちら──」
「そこのカラオケ店に音無 真斗はいるか?」
「え?」
「音無 真斗だ! 音楽の“音”に有る無しの“無”し、真面目の“真”に……、えぇっと“斗”は…簡単なやつ! 分かるか?」
「いえ、お客様…。そう言った個人情報は…」
「個人情報じゃないだろ! 少なくとも俺は知る権利がある! 教えろよ!」
「あの…、お客様。大変申し訳ないのですが…」
「お前じゃ話にならない! どうせバイトなんだろ!? 上を呼べ!」
すっかり怒りが頭にきているのか電話の向こうの人は私の話を聞こうとしない。声からして男性なのは分かるのだが、なぜ真斗の事を知りたがるのかが分からない。
「…少々お待ちください」
“どうせバイトなんだろ”と言われ、少し(いや、かなり)カチンときたがここは大人な対応をして私は一度、受話器をミュートして事務室に行き、店長に声をかける。
「店長。今、“音無 真斗はいるか?”と言われて…答えられないって答えたら“上を呼べ”って言われたので…、今大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫だよ」
店長はそう言うとキッチンまで行き、受話器を取った。
それから私は仕事をしながら店長を盗み見ていたのだが、電話の向こうの人はなかなか引き下がらないようだ。
最終手段で店長が「埒が明かないので警察を間に挟んでお話しましょうか?」と言うと電話の向こうの人は慌てた様子で電話を切ったらしい。
今日は真斗のシフトは入っていなかったから良かった。
………もしかして真斗、人の女取ったとかじゃないよね…?
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