「真斗、スパルタ過ぎない?!」


「まぁ、最初はコップひとつからでいいんじゃない? 結構難しいから気をつけて」


真斗はそう言うとトレンチにのせていたビールジョッキを全て片付けるとお客さんに出す用のコップをひとつ置いた。


「普通のコップじゃなくてパフェを入れる容器みたいな形だから少し難しいかもしれないけど、慣れたら大丈夫だから」


「うん…、頑張ってみるわ…」


真斗の言う通り、置かれたコップは下になるにつれて細くなっていてバランスをとるのが難しそうだ。


真斗からコップを置かれたトレンチを渡される。重さはあまり重くなく、これなら片手でも持てる気がしてきた。


「あぁ、そうそう。ドア開ける時、利き手の方がいいからトレンチを持つのは利き手じゃないほうの手ね」


「え。左か〜」


そう呟きながら左の手のひらでトレンチをバランスよく持つ。重さがあまりない為、これなら何とか出来そうである。

しかしホッとしているのも束の間。真斗が口を開いた。


「それじゃ、そのまま歩いてみて」


「え?」


「“え?”じゃないよ。提供するんだから歩くでしょ。ほらほら」


「えっ、待って…!」


「歩けてるけど意識がガッツリコップになってるよ。ドアとか開けるんだからコップばかり意識しないで」


「急にスパルタじゃありません?!」


「早く戦力になってほしいし。それに…」


真斗がそう言いかけた時だった。レジの方から呼び出しベルの音が聞こえた。


「あ。俺行くから。優良は練習しててね」


そう言うと真斗はスタスタとレジの方へと向かっていってしまった。


………“それに”…。なんだったんだろう。


私はそんな事を思いながらトレンチに集中しないようにゆっくりと歩く。

幸いにもキッチンはやや広く、私一人が歩くのになんら問題はなかった。


しばらくして真斗が戻ってきた。


「優良、掃除頼めるかな? 5号室と8号室」


「うん。大丈夫だよ」


私はそう答えると持っていたコップとトレンチを仕舞い、代わりにボックスとプラスチックのバスケットを持ってキッチンを出た。


5号室と8号室は共に一階で、キッチンからも近い。


「えぇっと…まずは机にあるコップを仕舞って…っと」


先程店長から教えてもらったやり方の通りにゆっくりだが片付けをしていく。


コップ類をボックスの中に仕舞い、マイクやソファー、机の上をアルコール消毒してメニューを元の位置に戻す。

床にゴミが落ちていないか確認をして掃除は終了だ。


「よし!」


5号室の人はお菓子やらご飯やらを頼んでいたようでボックスの中はいっぱいになってしまった。


「先にキッチンに持って帰るか…」


そう言いながらボックスを持ち上げようとした時だった。



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