第159話 聖女の相談③

 ガクっと肩を落としてしまった。


「この国に来ればかなりの確率で精霊が確認出来るようになった事は間違いないからな。だからその原因と言われているリーンの事を調べようとしているのだろうが……危害を加えてこないとは言い切れない。むしろ、本当かどうか反応を見るために手を出してくる可能性の方が高い」

「……もう、違ってましたって言ってしまっては?」

「無理だ。そう言ったところで誰も信じない。リーンの周りで精霊が多く確認されている事は事実だ。否定していたとしても、噂は勝手に広まっただろう」


 ……頭が痛い。そもそも私の近くでという点からして気のせいだと思うのだ。この王宮でという括りの方が正しいと思う。ここって精霊に認められたらしい始祖が建てたところだし。そう考えると私よりもシャルの方が原因だという可能性が高いのでは?子孫なのだから。タイミング的にも彼がここに戻った頃と一致するわけだし。


「リーンを手に入れれば、このレリレウスにしか存在しなかった精霊を自国のものに出来ると考えているところもある。そうなれば加護を得られると」

「迷惑な……」

「あぁ、そんな事をしても意味がないんだがな」

「本当ですよ……」


 はぁと二人でため息をついて、同じように膝に肘をついて頬杖をつく。

 面倒この上ないし、えらく迷惑な話だ。各国の優秀な諜報員さんにはガセネタにいつまでも振り回されていないで、もっと有意義な仕事をしてはどうですかと言ってやりたい。


「……前屈みだときつくないか?」

「え?」


 ふと訊かれて、横を見ればシャルの視線はお腹にきていた。

 

「あぁ、まだそこまで大きくないですから大丈夫ですよ」

「動きを感じたんだよな?」

「そうですけど、触ってもわからないですよ」

「ちょっといいか?」

「はあ、どうぞ」


 あれから感じてないしわからないと思うけど。と思っていたらシャルは立ち上がって私の前に膝をつくと、ソファの座面に手をついてやおら身を乗り出してお腹にピタリと耳を当ててきた。


「……なにしてるんです」

「何って、何か聞こえるかなと」


 いやそうだと思ったけど、いきなり耳当ててくるから驚いたわ。


「……さすがにそれで心音は聞こえないと思いますけど」

「ぽこぽこ聞こえるが」

「それは私のお腹の音です」


 説明させるな恥ずかしい。胎児の心音はもっと早いのだよ。


「これはどうしたんだ? 足を縛っているのか?」


 足の横でソファについていた手が、私の太ももの付け根に触れて服の下の骨盤コルセットに気づいたらしい。


「縛っているというか、骨盤が広がり過ぎないように支えているんです」

「骨盤が広がる……」

「リラキシンというホルモンが妊娠すると出て、出産に備えて骨盤が緩むんです。で、そうなると上から子宮の重さが加わって骨盤の丁度股の部分、恥骨っていうんですけど、普通はくっついているここが無理に開いて痛むんですよ」


 両手を底の抜けたお椀の形にして骨盤に見立て、指先の方を少し開いて見せる。


「他にも腰痛予防にもなってて、大腿骨の骨頭――太ももの付け根の外側、でっぱっているところを通るようにこうやって回して支えてるんです。縛ると血流を悪くするのでこればっかりは加護で専用の物を出しました」


 ドロシーさんにも腹帯だとか妊婦用品セットつきでこっそり差し入れしときました。もちろんエイシャ先生とおじいちゃん先生に確認はした。二人とも骨盤が緩む事は知っていたが、支えるという発想はなかったらしく、産後すぐに骨盤を縛るという事もしない事がわかった。

 下半身の筋力がしっかりしている人なら産後に自然と元の状態に戻るのだが、貴族令嬢なんて華奢が理想とされているので、当然戻りづらい事に……ドロシーさんも私も動く方だがやらないよりはやった方がいいと思うのでお願いした。


 事前にわかって良かったと思い返していると、説明を聞いていたシャルが顔色を悪くしていた。


「……大丈夫ですか? 顔色悪いですよ?」

「想像したらちょっと……骨がずれるようなものだろう?」


 あぁ、そういう話が駄目だったか。剣を握っていたのだから痛みだとか血だとかそういう事に強いのかと思っていたんだが……


「大丈夫ですよ。そういう風に出来ているってだけですから」


 そう言うがシャルの顔色はあんまり戻らない。それどころか眉を下げて申し訳なさそうな顔をしてきた。

 そんな顔をする必要はないんだが……なにか意識を逸らす話はないかなと考えて、丁度いいのがあるじゃないかと思いついた。


「それより、良かったら話しかけてください」

「?」

「赤ちゃん、この時期はもう聞こえているんですよ」

「!?」


 驚きに染まった顔に、よしよし逸れたなと思う。


「妹もこれぐらいの時にお腹にちーちゃんと呼びかけていましたからね」

「ちーちゃん?」

「ちっちゃい赤ちゃんで、ちーちゃん。お腹にいる時に使う愛称のようなもので、生まれてからつける名前とは別物です」

「ちーちゃん……」

「いえ、ちーちゃんでなくてもいいんですけど」

 

 お腹に向かって真剣な顔でちーちゃんと言うシャルに笑いが出そうだ。その顔でちーちゃんて。


「じゃあ他に何というんだ?」

「他……えーと、べびちゃん、ひよちゃん、たまちゃんとか?」

「………ちーちゃんで良くないか?」

「いいならいいですよ。呼びたい名前で呼ぶものですから」


 べびちゃんひよちゃんたまちゃんと口の中で転がして、ちーちゃんに戻って来たシャルに笑いを堪えて言えば、シャルはちーちゃんとお腹に向かって真剣な顔で話しかけていた。


「ちーちゃん。ちーちゃんもちーちゃんの母もちゃんと守るから安心して大きくなれ」


 真摯な様子でそう言うシャルに、不意打ちをくらって笑いが消えた。

 揶揄うように現れる野次馬を視界から外し、心の中だけで呟く。



 あなたすごくラッキーだね。お父さん、とても優しい人だよ。

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