第158話 聖女の相談②

「それで、費用はサクラの件があるので賄えると思います」

「そこから出さずとも計画書を出せば通ると思うが」

「どうですかねぇ……客観的に考えてみても酔狂だと言われるような案件ですよこれ。個人的にやってみて民衆に受け入れられそうならそちらに移すという流れの方がいいですよ」


 受け入れられなかったら、税で無駄なもん作るんじゃねーよと言われかねないと思うのだ。予防線は張っておいた方がいい。


「リーンがそれで良いというのならいいが……」


 あんまり納得していなさそうな顔で言うシャルだが、個人資産にしてくれたのはそちらだ。好きにやらせていただきますよ。


「あと、学校の件も実験としてそろそろいくつか建てたいと思ってます。おかげさまで資金繰りに目途が立ちそうですから?

 具体的な内容については改めて纏めてお見せしますけど、今教会で見てもらっている子達も成長してますから、そのまま日中の面倒を見るという形式でついでに教育も本格的にという方向で親御さんには話を進める予定です」

「あぁその件だが、アイリアル侯爵とディートハルトが乗りたいと言ってきたぞ」


 ……?


「のりたい?」

「平民への教育を領地で実施していみたいという事だ。

 出来れば教会から教師を派遣してもらえると嬉しいそうだが、それに関してはリーンが窓口になっているからな。

 もろもろの費用はそれぞれが持つと言っているが、どうする?」


 どうするって。そりゃ――


「願っても無い事ですけど……あのお二方、いつ学校の事を?」

「先月、王都ここの預り所を見学したらしい」


 預かり所というのは託児所の事だ。今王都で教会の近くの空き地に簡単な建物を立ててそこで日中子供たちを預かっている。


「そこで読み書きや計算、礼儀作法を習っている子供を見て思う所があったらしい」

「はぁ……そうなんですか」


 なんというか、そんなところを見学するとかフットワークの軽い方々だ。

 しかも私の方に連絡が来ていないという事は完全にお忍びでバレずに見ていたという事だろう。


「……どういうものを作るのか先に教えてもらう事って出来ますか? どういう方針の学校なのか、何を目指すのかとか。教会から教師を派遣してもらうなら、私が主導している形でないと難しいのでそこも納得してもらわないとですし」

「そこは理解しているだろう。具体的な事は書面で持ってこさせようか」

「お願いします。こちらも進めて構わないという事で大丈夫ですか?」

「あぁ。問題ない」

「それと教会から提案された件も受けていいですか?」


 ついでにさらっと訊いてみたら、シャルは苦笑いを浮かべた。


「駄目だと言ったら別の形でやりそうだからな……ドミニクとレティーナが揃っている時だけだからな?」

「わかりました。といっても、すぐに受けるつもりはないですけど」

「そうなのか?」


 少し意外そうに言うシャルに肩を竦める。


「レアンドル様の要望通りに口頭で水道の使い方を伝えてもそれを聞く人数なんてたかが知れてるじゃないですか。だからちょっとパンフレット――絵付きの説明書を作ってからがいいかなと。以前ホワイトベルの名で本を出した時にお世話になったところ、印刷技術を伝えてるんでお願いすれば聞いてもらえると思うんですよね」


 学生の時に一緒になって作ったのは所謂ガリ版印刷だ。ロウ紙からなんとか作って刷って冊数を稼いで価格を抑えた。頑張った。

 それまでは版画みたいな印刷方法だったので文字を彫る細かい作業が大変で、職人さんが彫り上げるまでにも時間がかかって自然と本自体の価格も高かったのだ。

 がり版印刷は価格だけでなく、版画よりも細かい文字が印刷できるし、細かな絵も印刷できる。


「……そんな事もやっていたのか」

「あの時は加護の力を理解していなかったので現物が無くて、どういうものか伝えるのも大変で。最初は私一人で試行錯誤してロウ紙っていう版画で言う板を作りましたからねぇ。魔法制御のいい訓練になりました」


 うっすいロウ紙を仕上げるのは魔法が無ければ出来なかった。

 今はもう魔法なしに作る方法をあちらが編み出してやってくれているが、それまではひたすら私が原紙を作り続けたものだ。


「下書きは提出しますから配布用として問題なければ刷らせてもらっていいですか?」

「わかった。下書きはともかくそれ以降はノクターに任せるんだぞ」

「えー……印刷してくれるとこ、デニスさんっていうんですけど、私が行った方が早いと思うんですけど」

「早かろうが遅かろうが駄目だ」

「この間からやけに警戒してますけど……まぁわからなくもないですけど、ちょっと過剰じゃないですか?」


 もう少し緩めてくれてもいいんでは?と水を向けるとシャルはいつになく厳しい顔で首を横に振った。


「不安がらせたくなかったから言わなかったが……国外から諜報がかなり送り込まれているんだ。相当数排除したがそれでも減らない状態でな……」


 国外?


「……政権が変わったから様子見に来ているんですかね」

「それだけならいいんだが……狙われているのは女神の再来と呼ばれているリーンだ」


 ……ガセネタのせいかよ。

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