第157話 聖女の相談①
その夜、教会から提案された事をシャルに話すと、シャルは呆れたような顔で横に座った。
「教会は相変わらずだな……」
「相変わらず?」
「……リーンに対しては好意的だという事だ」
「あぁ……確かに当初からこちらの話をよく聞いていただきましたし、協力も二つ返事で受けて頂きましたからね。聖女の肩書が生きているんでしょうか?」
「……そうかもな」
そうとは思っていなさそうな顔なんですが?
濡れたままの髪を放置して何故か黄昏て――げんなりして?いるので風魔法で乾かしながら、言わないならまぁいいかと話を続ける。
「それで上下水道の事なんですけど、水道がきちんと使われていないみたいで不味い事になってます。今のところ飲水のみに使われているようで。
無駄遣いは駄目ですけど、日常生活で使用してもらわないとせっかく引いた意味が無いですから」
「だからノクターに指示を出していたのか」
「はい。それと、衛生観念についても合わせて広めた方がいいと気づきました」
「えいせい?」
「具体的に言えば外に出た後、家に入るときには埃を落として入ったり手を洗ったり、トイレの後にも手を洗ったり、食事の前に手を洗ったり、身体を清潔に保ったり、そういったような事です」
「あぁ……そういう」
「それで、知識を広めるのはいいんですけどネックなのが石鹸なんですよ。
石鹸があるのと無いのでは雑菌――病気の素を落とす効果が何倍も違いますからね。
あれって今は高価なものしか普及してないじゃないですか。だから平民向けというか、もっと価格を抑えたものを作れないかなと。なんとなく作り方は覚えてますから何度か試せば出来ると思うんです」
シャルは背もたれに凭れて石鹸は、と思い出すように視線を上げた。
「確か、国内産のものはディートハルトのところで作られ始めたんだったか」
「はい。前からヒルタイトの鹸を相当研究されていたようです。私が出した石鹸を調べて完成させたと聞きました」
「……だったら価格を抑えたものを作るのは少し不味いな」
「いえ、あれとは形も匂いも違いますから差別化は可能だと思います。
あれよりかなり柔らかくて、たぶん香料を付けなければ匂いもそんなにいいものじゃないと思いますし。ちょっと出してみます」
えーと、あれはこういう感じだったなと頭の中でイメージを固めて手のひらに出す。
乳白色というよりは少し黄色味がかった四角い無骨な塊が現れた。
匂いを嗅いでみると、売り物の石鹸とは違いいかにも何も入っていない石鹸ですというのっぺりとした匂いがした。変な匂いではないが、良い香りというわけでは決してない。
「水に濡れると柔らかくなって表面がドロッとするからちょっと使い辛いんですけど」
ほんの少し水を出して濡らすと、じわっとその部分がゆっくり柔らかくなり始めた。
シャルは濡れていないところを持って匂いを嗅いで、それから柔らかくなり始めたところを触ってなるほどなと呟いた。
「確かにこれは違うな。あちらから了承が得られれば問題ないと思うぞ」
「じゃあネセリス様に連絡入れます。現物も作ってみて送りたいところですが、同意が得られなかったら技術の流出になりかねませんし我慢しときます」
「あぁ、その方がいいだろうな」
石鹸を受け取って布に包んでテーブルに置き、自分の手とシャルの手を新しく納品されたタオルで拭く。ふかふかで触り心地もいい。素晴らしい技術だ。
「ところで公衆浴場、大きなお風呂を作ったとしたら王都の民は入ってくれると思います?」
頭の方も大体乾いたかなと手を伸ばして、ぼさぼさになった髪を手櫛で整える。
「大きな風呂?」
レストルームに視線を向けて、それからイメージ出来ないのか疑問顔になるシャルに、複数の人間が同じ大きなお風呂に入る施設だと言えば、難しい顔をされた。
「やっぱり、同姓とはいえ見ず知らずの人間と裸になってお風呂に入るって難しいですか? 受け入れられれば水道に対する意識も変わるかと思ったんですけど」
「そもそもそんな習慣が無いからな……何か理由付けがあれば別だろうが」
「理由付け」
「一度入れば身体が楽になるから気に入る者はいるだろうが、最初の一歩が問題だろうな」
「なるほど……。もし、それがうまく出来そうならやってもいいですか?」
「費用が賄えるなら構わないが、どのくらいになる?」
そう訊かれてサクラの件を思い出し半眼を向けてしまった。
「なんだ?」
私の視線に怪訝そうな顔になるシャル。
「サクラって何ですか」
名前を出した瞬間、ちょっと目を開いたシャルはバレたかという顔をした。
「うちに褒章とかってまずくないですか? あれって兄に対してじゃなくて父に対して与えたって事にしてますよね?」
結納の代わりだと言うなら間違いなくそうだろう。ジェンス家当主は父だからな。
「そうだな」
「兄ならともかく、父は何もしてないのに何か言われたらどうするんです」
職権乱用、依怙贔屓、そう言われても反論出来ない。
「何も……なぁ」
びみょーそうな顔になるシャルに、今度はこちらが怪訝な顔になる。
「何かしたんですか?」
うちのあの父が?
無いと思うが。と即座に否定するがシャルは口元に手を当てて言葉を濁している。
「……なんというか、抑止力になってくれたというか」
「抑止力?」
父と結びつかない単語だ。意味がわからず困惑が重なる。
「ほぼ一人で……いや……まぁ、なんだ。理由はきちんとある。
ただ今は公表していないだけで、指摘されても問題はないんだ」
「……はぁ。そうなんですか」
「本人が言うまでは待ってくれないか」
よくわからないが……待てと言うなら待ちますよ。理由があるんでしょうから。
「わかりました。大丈夫だという事であれば私としては問題ありません」
頷けばシャルはホッとしたような顔をした。
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